平和外交研究所

オピニオン

2016.03.07

習近平主席への公開状(抜粋)

 3月5日付の香港紙『明報』は、「習近平同志に党と国家の指導的職務を辞するよう求める」と題する公開状を掲載した。この公開状は、海外に拠点がある民主派のサイト『參與網』が掲載し、4日付の『無界新聞』が転載したものである。つまり、『參與網』から『無界新聞』、さらに『明報』と転載されたものだ。
 『無界新聞』は、昨年3月、『財経』雑誌を出版している「財訊集団」が新疆ウイグル自治区およびアリババと共同で設立した『無界伝媒』グループの傘下にあるが、「中央インターネット安全・情報化指導小組(中央网络安全和信息化领导小组、「中央网信办」と略称)」系統に属する党の新しい宣伝媒体だと明報は説明している。要するに党の一宣伝媒体なのだ。本拠は北京にある。

 党の宣伝媒体が習近平主席に辞職を求めるのはもちろん前代未聞だし、中国ではありえないことである。「無界新聞」では大騒ぎとなり、急きょサイトは閉鎖され、再開されたときには当該記事はすでに削除されていた。明報は、これがハッカー攻撃によるものか、内部から出た問題か分からないともコメントしている。

 この公開状が今後、大規模な習近平批判に発展する可能性は非常に小さいと思われる。世界第二の経済大国の指導者がそんなもので影響されるとは思えない。この公開状の火元は海外にある。
 しかし、この公開状は、一時的であったにせよ、中国内でも閲覧可能な状態で掲載された。
 内容的には一方的な批判が多いが、習近平がすべての権力を一手に収めたこと、反腐敗運動を政治目的で進めていることなどの批判は、人によっては同調するかもしれない。
 一方、公開状が、習近平夫人の妹が中央テレビ局で重要な番組を担当したことを取り上げ、この問題が原因で習近平とその家族の安全が脅かされるかもしれないと述べているのは露骨な嫌がらせだろうが、まったく問題ないと言えるか。中国では指導者の振る舞いが批判される場合に、テレビ局を巻き込んでのスキャンダルがよく出てくるだけに気になる。習近平は総書記就任に先立って習家の親族については身辺整理をしたことが想起される。

 外交面では、「一帯一路」により資金を無駄遣いしたと批判し、また、南シナ海問題について、「米国が韓国、日本、フィリピンおよびその他の東南アジア諸国と統一戦線を形成し、中国に共同で対抗するのを許してしまった」と指摘しているのはその通りだ。
 また、台湾の総統選と立法院選挙で民進党が圧倒的な勝利をおさめたことを習近平の失策の一つとしてあげているのは、習近平には酷なことだが、中共中央で台湾政策が問題になっていることを示唆しているようだ。

 中国の指導者は来年秋に現在の任期が満了する。習近平主席は再選されると大多数の人が思っているだろうが、その関連でもこの公開状は際物として片づけるのでなく、頭の片隅に置いておくべきことと思う。
 以下は公開状の抜粋訳である。

 「習近平主席、われわれは忠実な共産党員です。あなたは2012年の第18回党大会で共産党中央委員会総書記に選出されて以来、志を立てて反腐敗運動を進め、党内の不正な風潮を正してきた。みずから中央全面深化改革指導小組など多くの小組の長となって経済発展のために多くの仕事を行ない、人民から一定の支持を得てきた。
 しかし、まさにあなたがそのような方式を用いたために権力を全面的に自己の手中に収め、なんでも自ら決定し、政治・経済・思想・文化各領域においてかつてない問題と危機を招来した。
 人民代表大会、政治協商会議、国務院内の党組織を強化する一方、国家の各機関の独立性を弱体化させた。李克強国務院総理を含む同志の職権は大きく影響された。
 中央規律検査委員会(注 反腐敗運動を進める機関。党組織からも恐れられるようになっている)が各国家機関・国有企業に派遣する巡視組は新しい権力機構になり、各級党委員会と政府の権力・責任関係は不明確になり、政策の実施が混乱に陥っている。

 外交面では、鄧小平同志が残した「韜光養晦(才能を隠して、内に力を蓄える)」を捨て、盲目的に手を出し、良好な国際環境を作り出すことができなかった。北朝鮮の核兵器とミサイルの実験を止めることができず、中国の安全にとって巨大な脅威を作り出した。
 米国はアジアへ戻り、韓国、日本、フィリピンおよびその他の東南アジアの諸国と統一戦線を形成し、中国に共同で対抗させてしまった。
 香港・マカオ・台湾問題の処理においても鄧小平が残した「一国両制度」の考えに従わず、困難な状況に陥った。台湾では民進党が政権を獲得し、香港では独立派が台頭した。香港では非正常な方法で香港の書店主を大陸に連行した。

 経済においては、あなたは中央財政経済指導小組を通じてマクロ・ミクロの経済政策制定に直接関与し、株式市場の大混乱を招き、人々の財産を無にしてしまった。嘆きの声は世に満ち満ちている。
 国有企業からは大量の失業者を出した。
 「一帯一路」戦略で多額の外貨準備を混乱した国家や地域に投入し、準備を減少させた。人民元は下落傾向に陥った。国民経済は崩壊の危機に立ち至っている。

 思想・文化面では、あなたは「共産党という名字のメディア(媒体姓党)」と強調し、メディアの人民性を無視している。あなたは程度の低い人間を文芸戦線の代表と持ち上げ、広範な文芸工作者を憂慮させている。あなたは文化関係者にあなたをたたえる歌を歌わせて悦に入っている。あなたの夫人の妹を中央テレビ局の春節の聯歓晩会の制作主任にしており、本来みんなが喜ぶ春節を個人の宣伝道具にしている。個人崇拝に酔いしれ、党中央について議論することを許さない。

 習近平同志、あなたは高圧的に反腐敗運動を進め、党内の不正をただすのに貢献した。しかし、それにともなって必要なことを実施しなかった。各級の政府は消極的になり任務を怠るようになっており、官員はことを恐れ、仕事しようとしなくなっている。
 反腐敗運動の目的は権力闘争になっている。このように党内の権力闘争をあおるとあなたとあなたの家族の安全にかかわる問題が生まれてくる可能性がある。
 あなたは党と国家を指導して未来に向かって進む能力を欠いている。総書記には向いていない。すべての党と国家の職務を辞して、党中央と全国の人民に、我々が積極的に未来に向かって歩めるよう指導できる賢く、有能な人を選んでもらうべきである。

2016年3月」
2016.02.24

(短文)中国の慰安婦問題

 2月23日の新華網(新華社)は、22日、旧日本軍の「慰安所」跡の建物が取り壊されたと報じている。翌24日の新華社電では、取り壊しはしばし停止されているそうだ。上海市虹口区公平路425弄12号にあった建物で、1939年に開設され、「海の家」と呼ばれていた。1940年当時、日本人慰安婦が10人、朝鮮半島出身者が10人、中国人が20人いた。中国人は中国の戦場でさらわれた(掳掠的)平民だったそうだ。
 この新華社電は長文で、「海の家」のことを非常に詳しく報道している。政治的意図があるのか分からない。今後の状況を見守る必要がある。

 慰安婦は中国にもいたが、中国政府の意向もあり、これまで問題になっていない。
2016.02.19

米国による南シナ海での国際的連帯の形成

 オバマ大統領が2月15~16日、アセアン諸国の首脳をカリフォルニア州のサニーランズ別荘に迎えて開催した特別サミットで、南シナ海の問題について米国とアセアン諸国が共通の認識を表明したことの意義は大きい。

 3カ月前のクアラルンプールでの米・アセアン首脳会議では、一部の国が中国を刺激することを恐れたため共同声明を発出することができず、議長声明という軽い形式の総括になった。米国はこれが不満で、今回の特別サミットをホストしたのだった。

 共同声明は中国と名指しこそしていないが、中国が南シナ海で東南アジア諸国との対立を省みないで行っている拡張的行動を指していることは明らかだ。

 米国は中国に対抗して国際法順守の国際的連帯を形成しようとしている。中国との関係に強く縛られ参加できない国もあるが、国際的連帯形成の努力はサニーランズで一歩前進したと言えるだろう。

 日本は国際連帯の重要な一員であり、尖閣諸島の関係でも南シナ海の状況を密にフォローする必要がある。
 中国は日本にとって重要な国だが、東シナ海及び南シナ海での中国の拡張的行動に日本が毅然として反対し続けるのは当然だ。今回、米・アセアン諸国の特別サミットが開催されたこと自体、また発表された共同声明は日本にとっても積極的な意義がある。

 フィリピンが提訴していた国際仲裁裁判の決定が近日中に下る予定だ。領有権問題について結論が出るわけではないが、中国のいわゆる「九段線」主張、つまり、南シナ海のほぼ全域を中国の領域だとする主張の妥当性については判断が示される可能性がある。

 東洋経済オンラインに寄稿した「「反中同盟」の呼びかけに加わる国と逃げる国 南シナ海を巡る攻防が緊迫度を増している」を参照願いたい。

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