平和外交研究所

オピニオン

2016.03.26

(短評)馬英九の南シナ海工作

 3月23日、馬英九総統は内外の記者を南沙諸島の太平島に招待した。その際南沙諸島に関し仲裁裁判を申し立てているフィリピンと仲裁裁判所に対しても参加を求めたそうだ。記者たちは実際に太平島を訪問したが、フィリピンも仲裁裁判所もいかなかったはずだ。
 馬英九自身は1月28日に太平島に上陸した。米国にいったん諭されたのでいったん延期し、日を変えて実行したものだ。台湾では馬英九の積極的な行動が注目されている。

 馬英九の狙いは、一義的には、仲裁裁判で太平島を含め南沙諸島が島でなく、岩礁に過ぎないと認定されるのを防ぐことにある。太平島は南沙諸島の中で最大であるが、それでも岩礁とみなされる危険がないとは言えない。そのため、内外の記者に太平島は島であることを宣伝してもらいたいのだろう。
 なお、仲裁裁判の判断が出るのは5月とも、6月とも言われている。
 太平島は、特に台湾の領土問題に関心を持つ人でなければ知らないのが普通であるが、最近は中国の埋め立て工事、フィリピンの仲裁裁判申し立て、それに馬英九の行動が加わり、台湾、香港、米国などに本拠地がある中国語の新聞でしばしば報道されている。

 馬英九にはもう一つの狙いがあると思う。太平島に注意を向けさせることにより、来る5月に新総統に就任する蔡英文にその島の重要性を示し、その扱いを誤ると中国との関係が悪化することを印象づけようとしているのではないか。馬英九でなくてもフィリピンの仲裁裁判が台湾の新政権にとって扱いが困難な問題であることは知られるようになっている。民進党は本来中国や国民党のように膨張主義的でない。だから、太平島の領有権はさほど重要な問題でないが、台湾にもナショナリズムがあり、太平島などどうでもよいという態度はとれない。つまり、太平島は民進党政権を南シナ海と、ひいては国民党による統治からあまり離れさせないためのリードになっている。そのことを考えれば、馬英九としては、太平島の問題が大騒ぎになり、台湾のナショナリズムの注意がそちらに向かえば好都合なのだ。
2016.03.23

中国とガンビアの外交関係樹立

 ガンビアは英国から独立して3年後の1968年、中華民国と外交関係を樹立したが、1974年、中華人民共和国に乗り換えた。国連における中国代表権問題で中華人民共和国が中華民国に代わって中国の代表となったのは1971年であり、それまで中華民国を承認していた国は相次いで中華人民共和国を承認していた。ガンビアはそのうちの一つだった。
 1993年、ガンビアではヤヒヤ・ジャメがクーデタで政権を奪取し、外交方針を転換し始め、その一環で1995年、中華民国を再び承認した。中華民国にとっては中華人民共和国との外交戦争で失地を取り返した数少ない例の一つであった。
 ところが、18年後の2013年11月14日、ガンビアは中華人民共和国を再び承認し、4日後、中華民国は同国との外交関係を断絶した。中華民国はガンビアに援助を供与した直後のことであり、不愉快さは倍増していただろう。
 しかし、中華人民共和国は意外にもガンビアが手を差し出したのに応じなかった。通常承認すれば外交関係樹立に進むが、そうしなかったのだ。勝手に外交方針を変更するガンビアに不満であったかもしれないが、主たる理由は馬英九が率いる台湾の国民党政権へ配慮を示そうとしたのだ。若干前後するが、2013年6月、習近平主席は国民党の重鎮である吳伯雄との会談で、「我々は現在外交では休戦している」と語っていた。
 そして2016年3月17日、中華人民共和国とガンビアは外交関係を樹立した。中国が、今後台湾に対してどのような方針で臨むか、注目されているなかでの外交関係樹立である。台湾や香港の新聞がこの問題を比較的大きく取り上げたのはごく自然なことだが、実際に大きな影響が出るか。承認の問題は3年前に終わっていることなので、台湾にとって実害はないだろう。ちなみに、台湾を承認している国の数は22のままである。
 中国は厳しい姿勢を示すことにより、蔡英文総統に率いられる新政権が台湾独立に走らないようけん制したのだろうが、国民党をこれまでと同じ姿勢で支持することは台湾人にアピールできるか。台湾人としてのアイデンティティが顕著に強くなっている近年の状況にかんがみて疑問である。

2016.03.18

(短評)李国強首相の奮闘と人物像

 中国の全国人民代表大会(全人代 国会に相当する)は3月16日、閉幕した。全人代は表舞台だから本当のことは分からないというのは半分間違いだ。30年前に中国で勤務した時でさえ、中国の本当の姿が、完全にではないが、漏れてくることがあった。今は、その時とは比較にならないくらい多くのことが見えるようになっている。

 まず注目されるのは政府活動報告である。政治的にデリケートな問題はそれを聞いてもわからないが、経済情勢と今後の見通しについてはかなり率直に実情が語られる。李国強首相の政府活動報告には特徴的なことが3つあった。
 第1に、今年の経済成長率の目標は6.5~7%と、かなり幅のある見通しが示された。昨年も「7.0%前後」と一定程度概数であったが、今年は昨年以上に予測困難な状況に立ち至っているのだろう。
 第2に、財政赤字の対GDP比率は3%と、昨年実績の2.4%を大きく上回る過去最高の水準となった。楼継偉・財政部長(財務相)は記者会見で、状況次第では財政赤字が3%以上になることもあると説明している。
 第3に、例年は明示されていた貿易総額(輸出入の合計)の目標数字が公表されなかった。ちなみに昨年は6.0%増という目標であった。

 この政府活動報告は、国政全般にわたる大部の報告(A4判36ページ)であり、李首相はこれを読むのに2時間近くかかった。その間、何回も言い直し、鉄鋼生産の減少量に至っては、9千万トンと原稿に記載されていたが、「900万トン」と読み違え、これはそのままとなった。李首相の政府活動報告を聞いていた各国記者の中には、李首相は元気がないと漏らした人もいたそうだ。

 全人代の終了に際して李首相は恒例の記者会見を開いたが、これがまた、大変だったらしい。香港の『大公報』紙3月16日付は、「もっとも厳しい(最先鋭)」記者会見だったと評し、「株式市場、養老年金、工場閉鎖と失業、国有企業、農民が受けた損失など経済社会の問題点を鋭く突く質問が相次いだ。中国経済は火山の噴火口の上にあるようなものだ。過去数十年間高成長の陰で隠れていた諸問題が噴出しかけている。記者会見が始まって間もなく、李首相は何回も無意識に姿勢を正していた。李首相は針の筵に座っているようだった」と報道している。

 蛇足かもしれないが、李国強首相は中国内で、一部であろうが、「弱い指導者」と見られている(本HP3月16日「ある中国人実業家の率直な発言が暴露した中国の政治状況?」参照)。
 その当否はともかく、中国内の政治状況には不安定な面があり、その中で李国強首相の立ち位置には注目が必要だ。

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