平和外交研究所

中国

2021.03.01

「海警法」と中国の海洋戦略

2月1日、中国は、沿岸警備隊(中国名は「海警局」。日本の海上保安庁に相当)に武器使用を認める権限などを定めた中華人民共和国海警法(以下、「海警法」)を施行した。
この法律は、必要になれば外国の公船に対しても武器を使用することを認めているが、国連海洋法条約(30条)では、領海内で法令に従わない軍艦に対しては「退去」を要求することができるとされているだけで、武器の使用は認められておらず、海警法は国際法に違反していると考えられる。

また、海警法は、武器使用など強制行為を取ることができるのは中国の「管轄区域」内の海や島においてであると規定しているが、「管轄区域」内か否かは中国が一方的に決めようとしており、そうであれば海洋法違反となる。

一方、日本の海上保安庁法は、国連海洋法条約に沿って外国の軍艦や公船に対する武器使用を禁止しており、武器を使用できないわが海上巡視船は、海警法の施行により武器を使用できるようになった中国の海警船に比べ不利な状態に置かれることになった。そのため、我が国では海上保安法を改正し、必要に応じ武器使用を認めることとすべきだとの声が上がっている。

海警法の根底にあるのは中国の海洋戦略である。中国は、我が国の九州南端から沖縄、台湾、フィリピン群島さらにボルネオへ連なる「第一列島線」と中国大陸との間の海域、つまり、東シナ海から台湾を経て南シナ海へ続く一大海域を中国の支配下に置くための戦略を立て、実行しようとしている。

1992年、中国が制定した「中華人民共和国領海及び接続水域法(以下、「領海法」)」が戦略の基本になっており、同法は台湾や尖閣諸島を含め、この海域内のすべての島嶼が中国の領土であると規定している。他国の領土を中国のものだと主張するとんでもない内容の法律である。

中国は同法の制定後、海警船を大型化し、また装備をグレードアップしてきた。そして今回は海警法を制定するなどこの戦略を進めてきた。

尖閣諸島については、周辺の海域へ何回も侵入を繰り返した。はじめのうちは中国漁船が主であったが、最近は海警船による領海・接続水域への侵入と、我が国の漁船を追いかけたり、追い払ったりするなどのハラスメントが増加している。

台湾については、中国は自国への統一を最大の課題としている。また南シナ海では、南沙諸島で人工島を造成し、軍事利用が可能な基地を建設し、さらにフィリピン、ベトナム、マレーシア、インドネシアなどの漁船にハラスメントを加えている。

中国のこうした行動が国際法に違反していることは、2016年の南シナ海についての、国際常設仲裁裁判所による「昔から自国の海だとする中国の主張は国際法上の根拠がない」との判断によって確定したと考えられる。この判断は、直接的には南シナ海に関するものであったが、中国の主張に根拠がないことは尖閣諸島についても、さらに台湾についても同様の事情にある。

しかし、中国は国際常設仲裁裁判所の判断を完全に無視した。残念ながら中国は国際法を尊重していないといわざるを得ない。

日本は、尖閣諸島海域への海警船による侵入を断固排除するのは当然であるが、中国の戦略を見据えた対応が必要である。
 
第1に、尖閣諸島に対して中国が行っていることは危険な行為であり、大規模な紛争に発展する恐れがある。そうなったばあい、海上保安庁だけでは対応できなくなることもあり得るので、海上自衛隊との連携・協力を引き続きよくしておく。
 
第2に、日本としての海洋戦略をつねに明確にしておく。その上で日本としては領土・領海に関する中国の一方的主張は到底認められないことを中国側に言い続けることが肝要である。

第3に、米国をはじめ各国との連携と協力をいっそう強化する。米国のバイデン政権は尖閣諸島、台湾、南シナ海について関係国と協力して対処する姿勢を明らかにしている。さる2月18日の日米豪印の4カ国(QUAD)による外相電話協議は米国の呼びかけにより行われた。その際、初の首脳協議を開催するという重要な合意が得られた。また日本が提唱する外交構想「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現に向け、より多くの国々と同構想を推進する重要性が確認された。

南シナ海については、さらに、英国、ドイツ、フランスなども最近関心を強め、艦船を派遣する考えがあると伝えられている。フランスはすでに潜水艦を派遣済みである。日本としてはこれらの国との協力を強化することも必要である。

バイデン政権の対中姿勢については、かつてのオバマ政権時代のように融和的になるのではないかと懸念する向きがあったが、尖閣諸島については日米安保条約が適用されること、つまり、第三国から侵略や攻撃を受けた場合、日米両国は協力して対処することをバイデン政権はすでに確認している。

台湾についてもバイデン政権は、米国の同盟国や友好国との協力に「台湾との関係を深めることも含まれる」と明言した。つまり、台湾を同盟国並みに扱うということである。またバイデン大統領の就任式には、台湾の実質的な駐米大使である台北駐米経済文化代表処の代表を初めて招待した。さらに南シナ海での「航行の自由作戦」を継続し、演習も行っている。ブリンケン米国務長官はフィリピンのロクシン外相と電話会談し、中国による南シナ海での領有権の主張について「米国は拒否する」と表明したという。バイデン政権の対中国政策の全体像はなお検討中であるが、尖閣諸島、台湾、南シナ海については明確な姿勢を示している。

2021.01.26

バイデン新政権の中国政策序章

 バイデン新政権が発足して以来わずか1週間であるが、米国と中国が火花を散らしている。特に注目されたのは、新疆ウイグル自治区における中国政府による強硬なウイグル族同化政策について、ブリンケン次期国務長官が「ジェノサイド」だという判断を示したことと、台湾に関して米新政府が中国に一歩も引かぬ姿勢を取ったことである。前者は別の機会に譲り、本稿では後者を見ておきたい。

 トランプ政権が最後まで台湾を擁護する姿勢を示したことは周知であるが、バイデン新政権も初日から台湾を支持する姿勢を示し、大統領の就任式に事実上の駐米台湾大使を招待した。これはトランプ政権もなしえなかったことで、1979年の米中国交回復以来初めてのことであった。

 すると、中国は、軍の爆撃機と戦闘機など計28機を23、24日、台湾南西部の防空識別圏に侵入させた。中国軍は近年、台湾周辺での活動を活発化させていたが、1日に10機以上は異例の規模であった。

 中国軍機の飛行に関し、米国務省のネッド・プライス報道官は23日、声明を発表。「米国は中国が繰り返し、台湾など周辺に脅威を与える行動を取っていることを憂慮している」、「米国は台湾との関係を強化し続ける」、「中国政府に対し、軍事、外交、経済の面で台湾に圧力をかけるのをやめ、民主的に選ばれた台湾の代表らと意味のある対話を始めるよう強く求める」と述べた。
また同日、米軍の空母艦隊が「航行の自由作戦(Freedom of Navigation Operations)」の一環で、南シナ海(South China Sea)を通行した。
 バイデン新政権の対中政策については、オバマ政権時代に戻るのではないかと憶測が飛び交っていたが、トランプ政権と同様強く台湾を支持する姿勢を打ち出したのである。バイデン政権の高官の発言は中国に対し厳しいものであり、即興で言えるようなことでない。時間をかけて検討した結果だとみられる。これでバイデン政権の対中方針がすべて固まったわけではないが、政治・安全保障面では中国に対して妥協する余地がないと考えていることがうかがわれる。

 これに対し習近平主席は、中国軍機による台湾防空識別圏への侵入の翌日(25日)、世界経済フォーラム(WEF)が開いたオンライン会合「ダボス・アジェンダ」で演説し、「『新冷戦』によって他者を排斥、威嚇し、制裁を行うことは世界を分裂や対抗に向かわせるだけだ」、「分裂した世界では人類共通の課題に立ち向かえない」、「差異を尊重し、他国の内政に干渉せず対話を通じて相違を解決する必要がある」、「対立や対抗の道を歩めば、冷戦であれ貿易戦争であれ科学技術戦争であれ、最終的には各国の利益を損う」などと述べた。

 これらの演説内容に問題はないとする見方もあろう。米国と対立する恐れがある問題についてはある程度オブラートに包んだ発言であったが、中国の実際の行動はまるで異なるものである。南シナ海(公海)では米国を締め出そうとしている。東南アジア諸国の抗議を無視し人工島を建設するなどしている。制裁もちらつかせている。国際仲裁裁判所の判決に従わないことを明言している。

 また、中国は最近「海警法」を制定した。外国の軍艦や公船への強制措置を認めるなど、一般的な国際法の解釈とはいちじるしく異なる内容を含むものである。
 たとえば、武器の使用規定や活動海域は曖昧である。
 「海警」など中国当局による法執行権限が及ぶ範囲を「管轄海域」と規定。中国最高人民法院(最高裁)は「管轄海域」を「内水、領海、接続水域、排他的経済水域(EEZ)、大陸棚、及び中国が管轄するその他の海域」としており、その範囲は広大かつ曖昧だ。
 外国軍艦や公船が「管轄海域」で不法行為をすれば「強制退去・えい航などの措置を取る権利がある」と定めた。「管轄海域」の島や洋上にある構造物を強制撤去する権限も盛り込んだ。
 もし、このような規定通りに「海警法」が執行されると、周辺の国との衝突は不可避となろう。

 ヨーロッパも最近中国への警戒心を高めている。中国はEUと投資協定を早期に結びたいようだが、その締結を米国が邪魔しているととらえ、批判している。が、バイデン政権もヨーロッパ諸国も、トランプ政権時代に悪化した米欧関係の修復が先だと考えている。

 米欧日は中国に国際法を尊重し、また、国際協調を重視すべきことを求めているが、中国は「中国の特色ある社会主義」を建設するのだとして耳を傾けず、都合の悪いことは「主権にかかわる」などと言って排除する。習主席のいう、「差異を尊重する」とは中国流を押し通すことではないか。中国は荒れ狂う巨象のように手が付けられなくなる方向に向かっているのではないかとさえ思われる。

 経済・貿易関係は、本来政治・安全保障面での矛盾を緩和するものであり、米国としてもこの面では今後も中国との協力を継続・維持する必要がある。だが、中国はWTOに加盟したころと違って、いわゆる国家資本主義傾向を再び強めており、その結果、中国企業と中国政府の結びつきが強くなり、経済合理性が働く余地は小さくなっている。経済・貿易面での相互依存関係が積極的な効果を発揮することを期待したいが、まだ不透明と言わざるを得ない。
2021.01.24

インド太平洋戦略

ザページに「日本が提唱する「自由で開かれたインド太平洋」とは? 中国は「一帯一路」主導」を寄稿しました。
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