平和外交研究所

中国

2021.12.06

「民主主義サミット」と「中国の民主」白書 

 バイデン大統領は12月9、10日、110を超(こ)える国家・地域の指導者を招いて、オンライン形式で「民主主義サミット」を開催する。NGOや市民団体の代表らも招かれている。

 中国はこれに反発したのであろう。数日前から大々的な反民主主義サミット・キャンペーンを始め、中国外務省は2日、「何が民主で、誰が民主を定義するのか」と題する座談会を開いた。また各地の大学やシンクタンクも同様の討論会を開催。国営メディアも民主主義についての記事やインタビューを相次ぎ掲載した。

 3日には王毅国務委員兼外相が、友好国パキスタンのクレシ外相との電話会談で、「米国の目的は民主主義ではなく、覇権を守ることにある」「民主主義を議論するなら国連で議論すべきではないか」などと対米批判を行った。

 そして4日、中国政府は「中国の民主」と題する白書を発表し、「長い間、少数の国々によって民主主義の本来の意味はねじ曲げられてきた。一人一票など西側の選挙制度が民主主義の唯一の基準とされてきた」などと主張した。

 中国は2019年に習近平主席が上海視察を行った時から「全過程人民民主」をとなえ、自国の現実や歴史に根ざして実践する民主主義を主張し、地方レベルの直接選挙や人民代表大会など、中国では政策の立案から実施まで様々なプロセスで民主制度が機能しているというが、中国の選挙が共産党の指導の下で行われており、選挙民が自由の意思で投票できないことは世界の常識である。

 ただ、中国が米国を批判していることには賛成する国が多数あるだろう。世界中の2百弱の国々の中で、民主的な国家はその半数に満たないので、中国は非民主主義的な多数の国家が賛成するであろうことを見越して、米国批判を行っているのである。王毅外相の「民主主義を議論するなら国連で議論すべきではないか」との発言も「国の数では負けない」という意味である。

 しかし、中国が米国を批判してもどのような効果が期待できるか、国際政治の実態が変わるわけでなく、宣伝に終わることは目に見えている。

 一方、バイデン大統領による「民主主義サミット」の呼びかけについても唐突な感じはあったが、中国は最近わが道を行くと言わんばかりの姿勢を強め、また台湾に対して実力行使を示唆するともとられる言動を行っている。民主主義の諸国家が、専制主義の中国などと対峙するのも辞さないとの姿勢を示し、また台湾に対する支持を表明することは時宜にかなっている。


2021.11.19

彭帥選手の告白

 中国テニス界の女子スター選手で、かつては世界のトップクラスであった彭帥(Peng Shuai)さんが、張高麗(Zhang Gaoli)前副首相兼共産党政治局常務委員から性的関係を強要されたとソーシャルメディアで告発した(11月2日、微博への投稿)。しかし、その情報は4日までに検閲対象となりインターネット上から削除された。ただし、削除される以前に10万回以上閲覧されており、その内容は一部に出回っていたという。彭さんが張氏に性行為を迫られたと訴える投稿のスクリーンショットとされる画像には、情感のこもった長文で「とても怖かった」とつづられていた。また、「たとえ岩に卵を投げつけるような行為にすぎないとしても、自ら火に飛び込んで身を滅ぼすガとなっても、私は事実を話す」と書かれていた。
 その後、彭帥氏の所在・安否が分からなくなった。

 現在、中国の検閲当局は、彭さんが投稿したとされる内容への言及をすべてブロックしており、どの検索エンジンを使っても何も出なくなっている。

 彭さんを心配する声が各方面から上がり、女子テニス協会(WTA)のサイモン最高経営責任者(CEO)は14日、「深い懸念」を表明。性暴力は「最大限に深刻に」受け止められるべきだと主張し、「完全で、公正で、透明性があり、検閲のない調査が行われなければならない」と強い口調で訴えた。
 彭さんの友人たちも相次いで懸念を表明した。大坂なおみ選手は「彭帥はどこにいるの」を意味するハッシュタグを付け、「いかなる場合でも検閲は許されない」と批判した(17日のツイッター投稿)。またノバク・ジョコビッチ選手(セルビア)も15日、記者団に対し「消息不明は衝撃的。過去のツアー戦で顔を合わせていた人物ならなおさらだ」と語った。

 一方、中国国営の英語放送CGTNは18日、彭さんがWTA宛てに、「(WTAの声明文は)根拠も実証もなく、自分の同意なく公表されたものだ」と述べ、「性的暴行の申し立てを含むニュースは真実ではない」「私は安全で、自宅で休んでいる」などと、協会側に伝えたとするEメールを公表した。

 これに対し、サイモン氏は18日、「かえって彼女の安全と消息への懸念が高まった」とコメントし、メールが本物だとは信じられないとの見方を示した(18日、AFPなど)。

 中国側と国際社会の見方が対立しているわけだが、CGTNの報道は国際社会の納得を得られないだろう。中国のメディアは政府・党の厳しい統制下にあり、その意に反した報道はできないからだ。

 日本も含め各国のメディアは常に厳しいチェックを受けている。政府や党によるチェックでなく、世界の読者によるチェックである。具体的には、政治の影響を受けない自由な報道であること、客観的な証拠によって裏付けられていること、透明性が確保されていることなどであり、それらを満たして初めて世界に真実を伝えることができる。そのような要件を満たすことなく、政府や党の指示に従ったものは宣伝に過ぎない。

 彭さんに関するCGTNの18日報道は、残念ながら、それらの要件を満たしていないのではないか。だから、世界の懸念を払しょくすることはできないのではないか。

 今回の事件は、コロナ禍に関し、ウイルスの起源を調査した際のことも想起させた。中国当局は多大の努力を払ってWHOや各国専門家と合同調査を行った。しかし、中国側は世界を納得させることはできなかった。一部であるが重要な点について実態をさらけ出すことができなかったからである。

 厳しい言論統制は中国政府・党が必要を感じて行っているのだろうが、果たして中国の利益になっているか、むしろ逆に不利益になっているのではないか。世界は、中国に対して宣伝でなく、客観的な報道を願っている。

2021.11.12

中国共産党における新たな歴史決議の採択

 中国共産党の6中全会(中央委員会第6回全体会議、5年に1回の党大会に次ぐ重要会議)において、11月11日、40年ぶりに新たな歴史決議、「党の100年奮闘の重大な成果と歴史的経験に関する決議」が採択された。全文が発表されるにはあと数日(?)かかるとみられるので、現段階では新華社などの報道に依拠するほかないが、とりあえずの感触は次の通りである。

 習近平総書記の権威を非常に高めたことは事前の予想通りであった。具体的には毛沢東、鄧小平に次ぐ位置づけをし、習氏を「新時代」の指導者と呼び、「マルクスはあらゆる時代に大人物が必要だと指摘した。習総書記は長年の課題を解決し、大事を成した」、「歴史の流れに乗る核心の人物であることは間違いない」と礼賛し、「経験豊富な船長」と持ち上げた。来年に開催される党大会において習氏の総書記としての地位が改めて確認されることがほぼ確実になった。

 習近平氏は2012年に共産党の総書記となって以来、反腐敗運動によって政敵ないし問題人物を排除し、メディアや民主化勢力に対し管理統制を強化し、また党内の後継者候補たち(政治局員)に対しては、18年から「報告制度」を始め、水も漏らさぬ管理指導を実施してきた。また習氏はことあるごとに「党の権威を高めよう」と呼び掛けてきた。実績は十分である。

 しかし、今回の歴史決議は、習近平氏の独裁体制確立の観点からのみ見るべきでない。これまで歴史決議は2回とも、過去の総括を行い、かつそうすることによりその後の大方針を示してきた。第1回は、日本軍および国民党との戦争で勝利したことを背景に党内事情を総括し、中華人民共和国の建設にまい進するという方向が示された。また第2回の歴史決議においては、文化大革命の混乱を終結させることによりその後の「改革開放」の方針が示された。いずれの決議においても、過去を総括することにより未来の方向が明確に示された。

 今回の歴史決議は過去をいかに総括し、未来につなげていくかが前2回ほど明確でない。次のような事情があるからだ。

 最大の問題は、今後、経済成長が鈍化せざるを得なくなり、安定した成長、共同富裕化、人口減少への対処などが必要となるなど、明るい未来像を打ち出しにくい状況にあることだ。その他、台湾の統一についても明るい中国として望ましい展望を示せない。宇宙開発などは好調であるが、全体の雰囲気を変えるほどの問題ではない。

 にもかかわらず今回あえて歴史決議を行ったのは、中国共産党の一党独裁体制をそのような展望の中であらためて揺るぎのないものにしておくことが必要と判断したためではないか。中国共産党は過去100年の間に、特に文化革命以後、共産主義の理想から離れて巨大な権力を持つ官僚機構と化しているのが現状であり、低成長下で、下手をすれば、その問題が表面化し、共産党独裁は動揺するかもしれないという危機感があるからだ。

要するに、今回の決議は、変質した共産党であるが、今後も長きにわたってその独裁体制で行くしかないことと、習近平氏はその困難なかじ取りに最適の人物だという認識を同時に打ち出したのではないかと考える。

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