平和外交研究所

中国

2023.03.02

中国国際仲裁機構を設立する動き

 中国の秦剛外相は2月16日、「国際仲裁機構」設立準備室を開設したと発表した。中国語のウィキペディアでは「国際調解院」、英語ではInternational Organization for Mediation(IOMedと略称)と呼んでいる。

 この機構は中国が発起国であり、その設立目的は「平和的な方法により紛争を解決し、意見の主張を処理すること」と説明されている。中国、インドネシア、パキスタン、ラオス、カンボジア、セルビア、ベラルーシ、スーダン、アルジェリア、ジブチなどが本年より機関の協定交渉を開始するという。

 この機構の設立予定を聞いて我々が直ちに考えるのは「常設仲裁裁判所」との相違である。「常設仲裁裁判所」(英語 Permanent Court of Arbitration、仏語では Cour permanente d’arbitrage)は、1899年の第1回ハーグ平和会議で設立された常設の国際仲裁法廷で、オランダのハーグに設置されており、すでに100年以上活動を行っている。
「常設仲裁裁判所」は文字通り「常設」であるが、裁判官名簿と事務局などがあるだけで、その構成は一定していない。その裁定(award)には法的拘束力があるが、裁判所は執行する権限を持たない。

 国際間の仲裁に関してはもう一つ、臨時の「国際仲裁」がある。これはビジネスや商業においてよく行われることであるが常設ではない。仲裁の方法や仲裁人は事前に決まっておらず、紛争ごとに当事者の合意によってどのように仲裁するか決められる。このような仲裁は世界中で行われている。

 中国が設立しようとしている「国際仲裁機構」は常設仲裁裁判所と全く異なるか、重複する部分があるか、何とも言えない。機構の内容は今後の交渉次第であるが、国際間で広く合意されたことでない。国連とは関係なさそうである。ともかく名称は紛らわしいので、私はとりあえず「中国国際仲裁機構」と呼ぶことにした。同機構についての合意が成立すれば、その内容に応じて呼び名を変更するかもしれないことはことわっておく。

 この機構は香港に設置することが香港当局と中国政府との間で合意されていると中国版ウィキは説明しているが、機構の設立はまだ中国とスーダンの間でしか合意がないのに、設置場所だけは決まっているというわけである。中国政府は恣意的に事を進めているのではないかと疑われるのではないか。

 中国がこの機構の設立を提案したのにはきっかけがあった。エチオピアでは、近年経済成長が著しく、また人口が急増している。2018年の世銀報告では現在1億922万人であるが、2032年には1億5,000万人に達し、2049年には2億人を超えるとみられている。当然電力需要も急増する。そこでエチオピアはナイル川に約10年前からダム(グランド・ルネッサンス・ダム)を建設し電力需要の急増に備え始めた。

 ナイル川流域にはエチオピアのほか、下流にスーダンとエジプトがあり、いずれも急成長中である。そのため、1つの水源を共有するこれら3国間で争いが起こり、貯水期間や水量制限などに関する交渉が始まったが、難航している。

 アフリカ連合(AU)が中に立ち、また米国、EU、アラブ連盟の関与が求められたこともあった。2021年7月8日には国連安保理がこの問題を取り上げたが、結論は出なかった。その後、中国はスーダンと協議し、その結果、2022年10月27日、「(中国)国際仲裁機構設立に関する共同声明」が発表された。

 ナイル川の利用に関する紛糾は「アフリカの問題なのでアフリカで解決する」という考えが強いエチオピアとエジプトやスーダンの考えが違っているので中国が仲介の労をとって解決を図ることは前向きに評価できるが、だからといって中国国際仲裁機構を設立するのがよいか。強い疑問がある。

 紛争の当事国全部でなく、スーダンとだけ合意して進めるのは果たして建設的か。3か国の意見の違いと紛糾を助長することにならないか。

 中国の国際仲裁に関する姿勢についても重大な疑念がある。常設国際仲裁裁判所は中国による南シナ海での拡張的行動に抗議してフィリピンが提訴した件について2016年7月、中国の南シナ海に対する権利主張を全面的に否定する裁定(award)を行った。

 これに対し、中国外交部は声明で、「裁定は無効であり、拘束力を持たず、中国は受け入れず、認めないことを厳粛に声明する」、「南海における中国の領土主権と海洋権益はいかなる状況下でも裁定の影響を受けず、中国は裁定に基づくいかなる主張と行動にも反対し、受け入れないものである」と宣言するとともに、仲裁裁判の裁定に対する中国政府の白書を公表した。中国政府白書は、①中国は東沙群島、西沙群島、中沙群島、南沙群島を含む南海諸島に対して主権を有する、②中国の南海諸島は内水、領海、接続水域を有する、③中国の南海諸島は排他的経済水域と大陸棚を有する、④中国は南海において歴史的権利を有する、⑤中国の上述の立場は関係の国際法と国際慣行に合致している、と述べ、裁定に真っ向から反対した。

 これに対し、当事国であるフィリピンはもちろん、日本や欧米諸国は仲裁裁判の結果は尊重されるべきであるとし、中国に仲裁裁判結果を受け入れるよう促した。しかし中国はその後も裁判結果は認めないの一点張りである。

 中国は国連安保理の常任理事国であり、国際の平和に重い責任を負っている。にもかかわらず、国際仲裁裁判に対し中国がとっている態度はあまりに利己的ではないか。中国にとって都合の悪い判断を行った常設仲裁裁判所は無視し、自分たちの考えを押し通せるよう別の仲裁機構を中国に設立しようとしているのではないか。

 またインドネシアは中国国際仲裁機構の設立に賛同している形になっているが、同国は南シナ海の一角にあり、中国の拡張的行動に悩まされてきたはずである。いったいどのような考えで同機構の設立に賛同できたのか、これも不思議なことである。

 これらのことを含め、中国国際仲裁機構の設立には重大な疑問がある。中国には公平な立場で臨んでもらいたい。
2023.02.06

中国気球の米上空飛行問題

 中国の気球が1月末にアリューシャン列島付近で米国に探知された後、カナダ領空に抜け、31日に再び米領空に入り(アイダホ州で)、その後東へ飛行を続け、4日、サウスカロライナ州沖の米領海上空で撃墜された。この間約1週間、米国と中国の間で何があったか。発表されていることは一部にすぎないが、中国も米国もその言動には不可解な点がある。
 
 気球が米側によって探知されてから、中国側が米側から説明を求められたことに疑う余地はない。単に説明を求められたというより、もっと強い姿勢を見せられた可能性が大きいが、具体的なことはわからない。ブリンケン国務長官は3日の会見で、「中国の監視用気球だと確信している」と述べ、「明らかな米国の主権の侵害で、国際法違反だ」と批判した。
 
 中国側は「気象分析などの科学研究に使われる民間のもので、西風の影響でコントロールを失い、予定のコースから大きく外れた」と主張し、「不可抗力によって生じた予想外の状況だ」とした。また、「中国政府は、米国側に冷静かつ専門的、抑制的な方法で適切に対応するよう求めてきた」とした(5日の中国外務省声明)。

 中国側の説明はこれですべてであっただろうか。もし中国側が丁寧な説明をしなかったのであるならば、米側は到底納得しないだろうし、撃墜もやむを得なかったということになる。

 中国側から米側に説明すべきことはいくつかあったはずである。
・飛行計画の詳細。
・なぜこの気球は中国側の手でコースを変えられなかったのか。
・民間とはどのような企業(?)で、科学研究の内容はどのようなものであったか。
・中国政府とその企業との関係いかん。

 明らかにすべきことはもっとあるかもしれない。ともかく、米国の領空を侵犯した中国の気球は深刻な状況に陥っており、それが撃墜されるのを回避するには米側を納得させる説明が必要であった。

 しかし、中国側が、「気象分析などの科学研究に使われる民間のもので、西風の影響でコントロールを失い、予定のコースから大きく外れた」、「不可抗力によって生じた予想外の状況だ」、「中国政府は、米国側に冷静かつ専門的、抑制的な方法で適切に対応するよう求めてきた」以上の説明をしなかったのであれば、米側を納得させることはできない。撃墜されても文句を言えない。

 米側についても疑問がある。トランプ前政権時代に少なくとも3回、バイデン政権の発足直後も1回、中国の監視用の気球が米本土上空を短期間通過したことがあると説明されている。その際、米側は中国側に対してどのような態度で臨んだのか。今回は米国上空の滞在時間が長かった点で、従来と異なるというが、今回、前4回と異なる対応をしたことは理解されるか。

 もちろん、そこまでは米側も発表してくれないだろう。安全保障のためすべてをさらけ出すことはできないのはわれわれとしても理解しなければならない。

 中国外務省は2月5日朝、「強烈な不満と抗議」を示す声明を発表し、「明らかな過剰反応であり、国際慣例の重大な違反」などと反発した。
 
 米側がどのように対応したか不明である。上述した問題点についてかりに中国側が詳細な説明を行っても米側が理不尽な行動をとったならば、中国が問題視するのも分かる。国連や国際的裁判などで米国を訴えるのもよいだろう。

しかし、問題を起こした側が木で鼻をくくったような説明で済まそうとしても、理解は得られない。

2022.11.30

中国共産党大会

 中国共産党第20回大会が2022年10月16日~22日開催された。今次党大会の最大の特徴は、過去10年間中国を率いてきた習近平総書記の独裁体制がこれまでより一段と強化されたことである。

 中国ではいわゆる「改革開放」を進め中国の経済大発展の基礎を築いた鄧小平の後、江沢民、胡錦涛、習近平が相次いで最高指導者となったが、この過程が進むのと並行して「七上八下」という了解が作られた。「党大会時の年齢が67歳以下であれば引き続き現役として活動する(留任する)が、68歳以上であれば退任する」という意味である。この了解は党規約に記載されていないが、党の新陳代謝のために必要であると考えられ、受け入れられてきた。

 江沢民と胡錦涛がこの了解に従ったのはもちろん、習近平も今次党大会開催の時点ですでに69歳になっており、後継者にバトンを渡すものと思われてきた。しかし、習氏は総書記の地位にとどまることとなった。また習以外の人物についても「七上八下」に制約されることなく、自分の思いにあった人事を断行したのでこの了解は大きく崩れた。

 政治局員25名のうち、党内序列3位の栗戦書全国人民代表大会常務委員長、7位の韓正副首相、劉鶴副首相、外交部門トップの楊潔篪中央外事工作委員会弁公室主任は引退することとなった。いずれも68歳以上である。

 2位の李克強(リーコーチアン)首相と4位の汪洋全国政治協商会議主席は67歳であるが引退することになった。習近平氏の最有力候補とみられたこともある胡春華副首相は59歳と若いが、政治局から外れた。政治局員の数は1名減って24名となった。
 
 李克強は北京大学卒のエリートである。経済に明るい実務家で、過剰な景気刺激策に頼らない経済政策を提言し、「リーコノミクス」ともてはやされたこともあった。
 しかし、習近平とは肌合いが合わないと噂されることもあった。李氏が力を入れた産業政策「中国製造2025」も次第に空文化した。李氏が災害被災地へ駆けつても報道は抑えられるようになった。
 新型コロナが広がった際、政権批判を懸念した習氏は「感動的なストーリーを積極的に報じよ」と命じたのに対し、李氏は「正確な数字、真実を報告せよ」と指示したという。2022年に入ってからも、「ゼロコロナ」の徹底を指示する習氏に対し、李氏は失業率低下への対応を全国オンライン会議で呼びかけた。
  
 そして、習氏が今次党大会で最高指導者の地位を固め、国家主席として3期目続投を確実にする一方で、李氏は引退することとなった。李克強、汪洋、胡春華はいずれも共青団出身である。習近平は共青団に強く批判的だというのがもっぱらの噂である、。

 李克強や胡春華の冷遇にもまして注目されたのは今次党大会の閉幕式で、共青団の大御所的存在であった胡錦濤前総書記が党規約改正案が採決される直前に突然会場から退席したことであった。胡氏は習氏の隣に着席しており、シンガポールメディアの映像では、目の前に置かれた書類を見せないように習近平国家主席に近い幹部が書類を押さえたように見えた。そして会場のスタッフが胡錦涛を扶ける(?)形で連れ出した。この間の出来事は中国の主要な国営メディアは報じなかったが、各国メディアの映像で世界に伝えられた。胡氏は強制的に退席させられたのであり、その理由は習氏への権力集中に対し不満を表明する恐れがあったからだとも言われた。

 一方、今次党大会で重用されたのは習氏とかつて部下として仕えるなど人的つながりがある者か、過去10年間に習氏への忠誠を示した者がほとんどであった。政治局常務委員(トップセブン)に選ばれたのは習近平総書記(69)、李強・上海市党委書記(63)、趙楽際・中央規律検査委員会書記(65)、王滬寧・中央書記局書記(67)、蔡奇・北京市党委書記(66)、丁薛祥・中央弁公庁主任(60)、李希・広東省党委書記(66)の7人で、王滬寧以外はかつて習氏に仕え、信頼を得た人物である。
 王毅外相は69歳であるが留任した。同人は元来穏健・合理的な人物であるが、最近は外相として各国外相などと渡り合い、カナダでの記者会見では遠慮のない質問をした記者を面罵するなど、習近平総書記の忠実なしもべを演じていた。

 人事を見る限り習近平の独裁体制が確立されたことは明らかであったが、他方であまりに行き過ぎないよう抑制した面もあった。今次大会では習近平の「党中央・全党の核心」としての地位と思想の指導的地位を確立する「二つの確立」が党規約に盛り込まれるとの見方があったが、結局それは見送られ、「中国式現代化によって、中華民族の偉大な復興を全面的に推進する」といった文言が新たに盛り込まれた。「党主席」の復活や習氏に対する「領袖(りょうしゅう)」の肩書も明記されなかった。

 大会開催前の13日、北京市内の高架橋に「独裁の国賊、習近平(国家主席)を罷免せよ」と書かれた巨大な横断幕が掲げられるという異例の事態が起こった。それには「封鎖は要らない、自由が欲しい」「領袖(りょうしゅう)は要らない、投票が欲しい」などとも書かれていた。封鎖はゼロコロナのことである。この横断幕はすぐ撤去されたが、SNSで拡大した。

 大会開催中の18日に予定されていた、7~9月期国内総生産(GDP)など経済統計の発表が前日の夕方突如延期されたことも注目された。中国経済の数字は日本などと比べればずっと良い状態のようだが、コロナの影響もあり、年間目標の5.5%前後の達成は困難になっており、今後の見通しは明るくない。
 
 習近平の独裁体制は台湾進攻につながると見るのは早計であろう。同氏は政治活動報告において、台湾問題について平和的統一に最大限努力すると述べる一方、「武力行使の放棄は決して約束しない」と強調した。多くのメディアは、これは強気の発言であり、武力行使に近づいたとの趣旨をコメントしたが、はたしてそう取るべきか。「武力行使の放棄を約束しない」には不自然さも感じられる。強気の姿勢を求める中国軍と武力行使を認めないとする米国の間を取ったのではないか。習近平は、前回の党大会(2017年)では「一つの中国」に関する「92年合意」に4回言及したが、今回はわずか1回だけであり、しかも、この部分を読み飛ばした。習近平政権にとって台湾の統一は今後も最重要課題だが、具体的な政策をどう展開するつもりか、まだ見えてこない。

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