平和外交研究所

中国

2021.11.04

中国・東欧関係とピレウス港

 中国海運大手の中国遠洋海運集団(コスコ・グループ)がギリシャ・ピレウス港運営会社の株式67%を取得した(新華社10月26日)。
 ピレウス港はヨーロッパの南玄関口に位置し、コンテナ港、フェリー港、客船母港、自動車運搬船中継港、船舶修理センターとして重要な役割を果たしている世界的港湾の一つである。
 コスコは2009年からピレウス港のコンテナふ頭の運営を開始し、16年4月にはギリシャ国有資産開発基金(HRADF)との間で、同港運営会社の株式67%を3億6580万ユーロで取得する取り決めを結んでいた。今般、取り決めに従って株式取得が完了したという。

 習近平政権は2012年以降、東欧16か国との首脳会議、いわゆる16+1を開催するなど、東欧との関係強化に努めてきた。

 2013年から始めた一帯一路はヨーロッパにも及び、ピレウス港は中国のヨーロッパにおける最初の拠点として注目された。

 2019年3月、中国はイタリアと「一帯一路」構想に関する覚書を締結した。これにより、イタリアはG7の中で同構想に係る覚書を交わした最初の国となった。

 同年4月にはギリシャも東欧・中国サミットに参加し、16+1は17+1となった。

 中国と東欧との関係が緊密化するに伴い、各国において中国に対する警戒心が強くなり、ピレウス港はトロイの木馬だと揶揄されたこともあった。米欧の軍関係者は中国海軍の影響力が広範囲にわたって強化されると警戒心をあらわにするようになった。

 ギリシャの財政危機が表面化したのは2009年であり、コスコによるピレウス港への関与はちょうどそのころから始まった。それ以来ギリシャはEUやIMFから厳しい条件を突きつけられる一方、喉から手が出るほど欲しかった資金を中国から受けたのであった。金額的にはギリシャの財政赤字(2009年は2355億ドルのGDP比で13.6%)に比べると4億ドル弱は微々たるものであるが、ギリシャが困り果てている中での投資であり、象徴的意味は大きかった。そしてコスコの関与によりピレウス港の中国関連コンテナ取扱量は急増し、運営・財政状況は顕著に改善した。

 ギリシャは中国の関与を喜んだ。最近(2021年10月)、ギリシャを訪問した王毅外相はミツォタキス首相と会談し、一帯一路構想の象徴ピレウス港を「世界一流の港にしたい」と持ち上げた。ミツォタキス首相はギリシャのピレウス港開発が「素晴らしい成功を収めている」と称賛し、また「ギリシャは反中国的な議論には賛同しない」と述べたという。

 ただし、中国と東欧諸国の関係は万事順調に進んでいるわけではない。ここ数年、懸念材料も発生している。2020年8月、チェコのミロシュ・ビストルチル上院議長が率いる代表団が1週間の日程で台湾を訪問した。チェコは17+1のメンバーであり、台湾を訪問したことだけでも刺激的であったが、さらに同議長は立法院で演説し、「私は台湾人です」とまで述べ、中国側は激怒した。おりしもドイツ訪問中の王毅外相はチェコに「深刻な代償を払わせる」と息巻いた。あまりに激しい口調だったので、ドイツの外相にたしなめられた。ビストルチル上院議長がそこまで中国に挑発的態度を取ったことには背景があったというが、それにしても王毅外相の振る舞いは国際常識に反するものであった。

 リトアニアの17+1からの離脱も中国の東欧政策にとって大問題であった。2017年以降、中国の経済協力は急速にトーンダウンし、欧州への外国直接投資額は16~19年の間に約3分の1に落ち込み、17+1で約束されたインフラ事業も多くが実現されないままになっている。リトアニアはそれに愛想をつかしたのだが、リトアニアに限らない。後に続く国が出てくる可能性がある。リトアニアはしかも台湾に代表処(代表部に相当)を開設した。このようなリトアニアの振る舞いは、中国が進めてきた「一つの中国」プロパガンダに対し、公然と反旗を翻す意味合いがある。

 もっとも、中国の東欧政策を失敗に向かっているとの観点だけで見るべきでない。中国とギリシャの関係は前述したとおりであり、またそれを伝える新華社の報道などから両国政府とも関係強化の実を感じている雰囲気が伝わってくる。

 王毅氏はギリシャの後、セルビア及びイタリアを訪問した。セルビアは西バルカンで中国との関係がもっとも強く、またコロナ感染に関して格別の支援を受け、中国との蜜月関係はますます強くなっている。中国として東欧の中でセルビアは最も信頼できる国なのであろう。

 イタリアはヨーロッパでは大国であり、親中一色では語れないが、前述したようにG7で唯一の一帯一路参加国であり、中国としてはイタリアとの友好関係は常に確認しておきたいだろう。

 また、世界を市場とする海運事業の特殊性も考慮すべきである。『大紀元』(法輪功系)によれば、コスコはドイツ最大のハンブルク港への投資にも意欲を見せており、ドイツ側との交渉は終盤に差し掛かっている。港のホームページにはすでに中国語版ページが増設されている。

 中国の「上海国際港務集団」は、イスラエル最大の港、ハイファ港の運営を行うことになっている。リース期間は25年間。さる9月1日、ハイファ新港の開港式が開かれた。
アメリカは近年、米第6艦隊が頻繁に寄港する地中海のこの重要な港が中国の管轄下に置かれることに繰り返し懸念を表明し、イスラエル政府に対して、米国との安全保障関係を損なう可能性があると警告している。CIAのバーンズ長官が最近イスラエルを訪問した際にもイスラエルのベネット首相にこの問題を再度提起したという。

 
2021.10.29

台湾の国連専門機関などへの参加に関するブリンケン声明

 米国のブリンケン国務長官は10月26日、台湾の国連(UN)専門機関などへの参加を支持するよう各国に呼び掛ける声明を発表した。50年前の1971年10月25日、国連総会は台湾を追放し中国の代表権を認める決議を採択し、それ以来台湾はどの国際機関からも締め出された。だが、台湾が民主主義の下で著しい経済発展を遂げたこと、国際社会がグローバルな諸問題に直面するに至っている今日、台湾も問題解決に参加することが求められることなどにかんがみ、ブリンケン氏は台湾の国連専門機関などへの参加を支持するよう呼びかけたのであり、この声明は非常に時宜を得たものである。
 
 ブリンケン氏は、国際民間航空機関(ICAO)や世界保健機関(WHO)関連の会議から台湾が排除される一方、新型コロナウイルスの世界的な大流行では台湾が早期介入によって被害をよく抑え「世界トップレベル」の対応を称賛されていることや、年間数千万人が台湾の空港を利用していることなども指摘した。その上で米国をはじめとする多くの国連加盟国が、台湾を大切なパートナーで信頼できる友人とみなしていると述べ、また「台湾の国連システムへの意味ある参加は、政治問題ではなく実務的な問題だ」と述べつつ、米国が国家承認しているのは中国だけである点を強調した。

 これに対し、在米中国大使館は声明後の報道官談話で、「中国は強烈な不満を示し、絶対に認めない」と猛反発した。また、「一つの中国」原則は「国際社会の普遍的な共通認識だ。米国が一方的に挑戦、曲解することは許さない」と非難し、台湾が国連などの国際組織の活動に参加するには「必ず『一つの中国』原則によって処理されなければならない」と強調した。

 しかし、ブリンケン氏は「一つの中国」原則を否定したのでなく、また米国が中国のみを国家承認している現状を変更しようとしているのでないことを明言している。ただ、台湾がどの国際機関からも締め出されている現状を放置するべきでなく、また台湾を無視することが国際社会にとって好ましくないと考えてこのような声明を行ったのである。

 日本としてもブリンケン声明を支持すべきである。日本と台湾の関係は「非政府間の実務関係」であることを明確に表明しており、国際機関などの活動に台湾が参加することを認めても、この日本の立場は何ら変わらない。台湾は国際的に大きな役割を果たしうること、実務的諸問題を台湾を交えて解決を図る必要があり、台湾と国際社会との直接のコミュニケーションを実現することは大きなメリットがあることは日本としても同じ考えである。

 台湾を国際社会から孤立した状態にしておくべきでないことは日米だけの考えでなく、ヨーロッパ諸国やオーストラリアなどにおいても共有されつつある。10月初め台湾を訪問したフランス元国防相のリシャール上院議員ら仏議員団、オーストラリアのアボット元首相はいずれも、国際社会における台湾の重要性を強調し、台湾の孤立状態に言及している。
 
 リシャール氏は仏上院で台湾友好議員連盟の代表を務め、5月に台湾が世界保健機関(WHO)などの国際組織に参画することを支持する初の上院決議を導くなど活発に動いている。
 
 ブリンケン声明に呼応する国がどのくらい出てくるか予測は困難だが、国際社会では台湾の孤立状態に疑問を感じている国が増加している。今後、G7サミットなどでも取り上げられる可能性がある。

 なお中国は、「一つの中国」原則は「国際社会の普遍的な共通認識だ」と主張するが、日本も米国も「一つの中国」原則を認めた事実はない。以下に、ニクソン大統領訪中に際して1972年2月、米中間で合意された上海コミュニケと日中国交正常化の共同声明(1972年9月)の該当部分抜粋を再掲しておく。米国も日本も「中国は一つ」であることを認めていないことを確認されたい。

上海コミュニケ
「中国側は、台湾問題は中国と米国との間の関係正常化を阻害しているかなめの問題であり、中華人民共和国政府は中国の唯一の合法政府であり、台湾は中国の一省であり、夙に祖国に返還されており、台湾解放は、他のいかなる国も干渉の権利を有しない中国の国内問題であり、米国の全ての軍隊及び軍事施設は台湾から撤退ないし撤去されなければならないという立場を再確認した。中国政府は、「一つの中国、一つの台湾」、「一つの中国、二つの政府」、「二つの中国」及び「台湾独立」を作り上げることを目的とし、あるいは「台湾の地位は未確定である」と唱えるいかなる活動にも断固として反対する。
 米国側は次のように表明した。米国は、台湾海峡の両側のすべての中国人が、中国はただ一つであり、台湾は中国の一部分であると主張していることを認識している。米国政府は、この立場に異論をとなえない。米国政府は、中国人自らによる台湾問題の平和的解決についての米国政府の関心を再確認する。」

日中共同声明
「二 日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。
三 中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。」

2021.10.15

台湾に対する中国の威圧的行動

 中国の台湾に対する威圧的姿勢が強くなっている。中国軍機による台湾の防空識別圏(ADIZ 西南域に集中)への侵入が9月に入ってから顕著に増加しており、10月4日には延べ56機が侵入した。台湾国防部が中国軍機の侵入数を発表し始めた2020年9月以降、1日の最多数であった。
 また、中国軍は台湾付近の海域で演習を繰り返しており、10月11日には台湾の対岸に位置する福建省の島で海岸上陸・攻撃の演習を行った。中国軍はこれ見よがしに演習の事実を公表し、映像も公開している。

 10月10日、辛亥革命110周年記念大会において、習近平主席は演説で「台湾問題は純粋な中国の内政であり、いかなる外部からの干渉も許さない」、「(台湾の)統一という歴史的任務は必ず実現させなければならない」と訴えるなどいつにもまして強い姿勢を見せた。

 これまで中国は、米国が認めない武力行使は控えてきたが、今回頻繁に威圧的姿勢を見せるようになったので台湾の内外で緊張が高まり、中国はついに武力行使に踏み切るのではないかという見方も現れるに至った。だが、中国は基本的には台湾に対する揺さぶりを強めているものとみられる。もちろん圧力を受けた台湾が先に手を出すようなことがあれば中国にとっては武力行使の格好の口実となる。中国軍はそのような事態に発展する可能性も想定のうちに入れているだろうが、現在のところは武力行使に至らない範囲内で台湾に対する工作を強化しているものと推測される。

 習近平政権は来年で10年となるところ、反腐敗運動(権力闘争)、言論の封じ込め、香港の中国本土化などにおいては顕著な成果を上げたが、台湾の統一問題は何ら進展せず、むしろ後退気味である。米国のバイデン政権はアフガニスタンや環境問題などについて中国との協力が必要であり、また貿易上の利害も絡んでいるため中国との対立が過熱しないよう努めているが、台湾問題については従来よりもむしろ強気の姿勢になっている。特に、日米豪印戦略対話(クワッド)、米英豪の安全保障枠組み(AUKUS)、英語圏5か国の機密情報共有枠組み(ファイブアイズ これはバイデン政権以前から)などは、中国を念頭に置いていることは明らかである。また英仏独など欧州諸国もインド太平洋地域での活動を活発化させており、中国を取り巻く国際情勢は中国にとって厳しさを増している。

 一方、台湾の蔡英文総統政権は、香港の中国本土化という中国のイメージを落とす出来事も手伝ったが、安定しており、あと2年で(2024年に)2期目が満了する。蔡英文総統は習近平主席の演説と同日の双十節において、「中国がわれわれに示した道を歩むことを誰からも強制されないよう、われわれは引き続き国防を強化し、自衛の決意を表明していく」、「これは、中国の示す道が、台湾の自由で民主的な生活や、台湾市民2300万人の主権につながらないためだ」と自信のほどを示した。

 台湾においては、さる9月末、国民党の党首選挙がおこなわれ、親米派で対中国でも穏健路線をとる元主席の朱立倫が党首に復活した。習近平主席は祝意を表したが、台湾の国民党は弱すぎる。台湾では中台統一を希望しない現状維持派が80・4%を占めている。国民党が今後台湾の世論を中国寄りに導けるとは到底考えられない。

 そんな中、中国では来年(2022年)共産党の全国大会が開催され、習近平氏が党の総書記を続けるか問われる。当然台湾との関係も問題になりうる。習氏は独裁者になりつつあると言われるが、決して盤石の地位を築いているわけではない。習氏としては、次期党大会までに台湾に対する工作を強めておく必要があると考え、台湾への圧力を強めているのではないか。

アーカイブ

検索

このページのトップへ

Copyright©平和外交研究所 All Rights Reserved.