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2019.11.04

徴用工問題に関する韓国歴史学者の興味深い見解

 私は徴用工問題の解決を望んでいる一人であるが、それには3つの山を越えなければならないと常日頃思っている。

 第1は、1965年の日韓基本条約及び請求権協定に違反しない解決でなければならない。

 第2は、解決のための具体的措置を実施する主体は日韓両政府でなく、韓国政府である。韓国政府が関係の日本企業や日本政府に協力を求めることは妨げないが、協力は義務的にはできない。徴用工問題について日本政府が責任があるか否か、議論が分かれるだろうが、それを議論していてはいつまでも解決できない。

 第3は、韓国で政権が交代しても解決のための措置が覆されてはならない。

 この3つの山を越えうる対策を考える上で参考になることを韓国の歴史学者・鄭恵瓊(チョン・ヘギョン)氏が語っている(朝日新聞10月31日付)ので以下に掲載させていただく。同氏は、2004年に盧武鉉(ノムヒョン)政権下で設けられた「日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会」で徴用などの実態を調べた人物であり、徴用工問題研究で韓国の第一人者だという。

「韓国政府、被害者の不信ぬぐって 歴史学者・鄭恵瓊氏
 
 ――元徴用工問題は解決の糸口が見えません。
 「日本側の対応だけでなく、韓国政府が(元徴用工ら)強制動員被害者の信頼を失っていることが原因と考えます。私は2005年から約11年、政府機関で被害の実態調査に関わり、その後、在野で歴代政権の対応を研究しました。そこで明確になったのは、解放から74年の韓国の歴史は被害者が自国政府への不信感を深める過程だった、ということでした」
 ――韓国では日本の責任を問う声が強いですが。
 「被害国政府にも果たすべき役割があります。被害者の証言に耳を傾け、同じ被害を繰り返さない方法を提起することです」
 「韓国政府は1987年の民主化まで、被害者が救済を求める活動を抑えつけました。90年代に一部の人が日本の裁判所で日本政府と日本企業を相手に提訴しましたが、支えたのは日本の市民です。盧武鉉(ノムヒョン)政権で初めて被害申告を受け付ける活動を始めましたが、15カ月で打ち切りました。韓国政府は国民が非常に強く要求したときにしか動きません」
 ――文在寅(ムンジェイン)政権は日韓の企業が資金を出し、裁判の原告に賠償金相当額を支払うという案を提案しています。
 「被害者を救済されるべき人とそうでない人に分け、葛藤を助長するのではないかと心配しています。提訴できるのは企業名が明確で給与明細など記録がある人で、全体の数%に過ぎない。文政権が掲げる『被害者中心主義』が、勝訴した原告の権利を保障するだけに終われば、多くの被害者は失望し、新たな問題が起こる可能性があります」
 ――解決の道は。
 「国を失ったことで過酷な人生を強いられた被害者が望むのは、まず自国政府に癒やされること。膠着(こうちゃく)状態の訴訟以外で韓国政府ができることはあります。被害調査の再開や、日本などで亡くなった人の遺骨返還、日本軍兵士としてシベリアで抑留された同胞の名簿提供をロシアに求めるなどです。地道に被害者の信頼を回復することが問題解決の土台になるはずです」
 

2019.11.01

中国共産党四中全会と香港情勢

 注目されていた中国共産党の4中全会が10月28~31日、ついに開催された。4中全会とは、第4回中央委員会総会(全体会議とも呼ばれる)のことで、2017年10月に習近平総書記が中国共産党第19回全国代表大会で再任された直後に開かれた1中全会から数えて4回目の中央委員会総会という意味である。

 2中全会は例年通りであれば、翌18年3月、全国人民代表大会(全人代)が開催されるに先立って開かれるはずであった。全人代は共産党の会議でなく、国家の代表大会であり、わが国の国会に相当する。国家主席、首相などの人事が決定されるのだが、その前に、共産党は中央委員会総会を開催するのである。

 ところが、習近平が総書記に再任されてから事情が変わり、全人代を待たず、1月18日に2中全会が開かれた。そうなったのは、前年の党大会で党規約に盛り込まれた習近平総書記の政治思想「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」を憲法に明記すること(これは全人代の権限)を党としてあらかじめ確認したかったからである。全人代直前の中央委員会総会でも同じことをできたかもしれないが、時間的余裕が必要だったのであろう。

 そして、全人代の直前に3中全会が例年通り開催された。全人代では習近平思想を憲法に記載され、かつ、国家主席の任期を2期(10年)までとしていた規定をなくす憲法改正案が可決された。これ以来、習近平の独裁体制が確立したとされ、また、そのために、中国内では批判も強くなった。

 ともかく、1中全会と次の中央委員会総会の間に特別総会である2中全会が入ったので、その時から例年とはずれ始め、全人代前の中央委員会総会は3中全会となった。

 次は、その年の秋に開かれる総会、例年では3中全会、習近平政権の2期目からは4中全会になる。中国では、3中全会はいつも非常に重要な会議となってきた。中国の改革開放政策を決定したのも1978年の3中全会であった。4中全会も本来重要な会議である。

 しかし、4中全会は2018年秋になっても開催されないまま年を越した。その原因については、米国との貿易戦争激化や経済減速を背景に、指導部内で見解の相違があるのではないか、との憶測が広がった。

 そのような状況は今も解消していないが、10月末に4中全会を開催することが決定された。8月末のことである。その季節には、北京郊外の避暑地北戴河で、非公式であるが、重要決定が行われることが以前からあり、今回もそのような形で決定されたのであろう。

 その理由は、香港の民主化デモが長引き、鎮静化する兆しが見えない状況において、中国として強い態度で香港問題に対処することを確認するためであったと思われる。習近平は、かねてから中国内に潜在する民主化要求が増大することを恐れていた。また、チベットや、新疆に悪影響を及ぼすこと、さらには台湾の統一を遅らせる結果になることを極度に恐れていた。

 また、報道されることは少ないが、習近平の独裁体制に対する批判は、隠れてはいるが、根強いものである。中国共産党系の理論誌『求是』は10月2日、習近平総書記が2018年1月5日、「防止禍起蕭墻(内部から起こる災いを防ごう)」「百足の虫は死して僵れず(支持する者や加勢する者が多ければ、なかなか滅びない)」「まず内から消滅させてはじめて、徹底的に打ち負かすことができる」などと党内の反対勢力に強い警告を発した演説を掲載した。4中全会を前に、あらためて習近平に不満な勢力に警告を与えようとしたのであろうが、そのような勢力が現存し、しかも、習近平政権として無視できない勢力であることをも示唆していた。

 4中全会では、「中国の特色ある社会主義制度の維持・改善と、国家統治システムと能力の現代化に関する決定」が採択された。決定の全文は未発表だが、対外説明用のコミュニケは、デモが長期化する香港に関し「一国二制度」の重要性を強調しつつ、「香港とマカオは憲法と基本法によって厳格に管理されなければならない」「香港・マカオで国家の安全を守るため法と執行制度を確立し、完全な形に整えていく」と強調した。要するに中国が決めたことに従えというのであろう。
 
 台湾については、「平和統一のプロセスをしっかりと進め、両岸(中台)関係の発展を深める」「台湾同胞と団結し、台湾独立に反対し、統一を促していく」と訴えた。
 
 4中全会とは直接関係なさそうに見えるかもしれないが、中国が言論の統制を強めているのは、香港問題とも関係がある。

 中国当局は最近、中国社会科学院近代史研究所の招聘(しょうへい)を受けて訪中した北海道大学教授(日本人)を拘束した。このニュースが、日本の学界や研究機関に大きな衝撃を与えたのは当然である。中国は好ましくないとみなす言論を手段を択ばず封殺しようとしているのではないか。

 高原明生東大教授は、「拘束理由は依然不明だが、歴史研究者が研究活動をしたことで勾留され、人身の自由を長期にわたって奪われるようであれば、友好的な交流などできなくなってしまう。日本の学界の動揺は大きい。
 日中国交正常化から47年が経ったが、残念ながら両国民の相互理解はさほど深まっていない。そのことは日中関係の不安定性の根本的な原因となっている。このため、両国首脳は市民レベルの交流を後押しすることで合意している。学術も含めた文化交流の促進について、来日した王副主席と福田康夫元首相の間で意見が一致したと報じられたばかりだ。
 それにもかかわらず、中国政府の研究所が招待した研究者を拘束し、一切の関連情報を開示しないとはどういうことなのか。このままでは中国が怖い国だというイメージが日本で急速に強まっていく。中国訪問を中止したり、日中交流を再検討したりする動きが少なからず広がっている。米中対立が激化する状況下で重要性が増している日中経済交流にも影響が及ぶことは避けられない。
 両国首脳の努力もあって、日中関係は戦後最悪と言われた政権発足当初の状況から現在の水準まで改善した。だが日中関係には強靱(きょうじん)な面もあれば脆弱(ぜいじゃく)な面もあり、双方が細心の注意を払わなければせっかく積み上げた協力の小石が一気に崩れてしまう。この状態を放置したままで、来春の習近平(シーチンピン)国家主席来日を歓迎できる雰囲気が果たしてつくれるだろうか。関係方面に強く問いかけたい」と述べている(朝日新聞11月1日付。「私の視点」)。その通りだと思う。

2019.10.31

オリンピックのマラソン・競歩開催地問題

 2020年の東京オリンピック・パラリンピックの準備状況に関する国際オリンピック委員会(IOC)調整委員会と大会組織委員会、東京都などとの合同会議が10月30日、東京都内で始まった。3日間の予定だという。

 最大の問題はマラソンと競歩の開催地であり、IOCは、猛暑の中で走る選手への配慮を理由に東京から札幌に移すことを決定したと発表しており、今次合同会議にIOCを代表して出席したコーツIOC副会長は、その決定について東京都に説明し、理解を得たいとしている。

 これに対し東京都の小池百合子知事は、冒頭のあいさつで「東京都民1400万人の代表」と前置きの上、約10分にわたって英語と日本語で訴え、「一方的に札幌開催が発表されたことに都民は衝撃を受けた。都をはじめ、都議会にも事前に説明がなかった。開催都市の長として、都民の代表として東京開催を望みたい」と熱弁をふるった。

 日本中が本件問題に注目し、メディアは連日報道するとともに、論評を加えている。その中ではIOCの権限、バッハ会長の考え、国際陸上連盟(特にコー会長)の意向、選手の受け止め方、札幌に変更された場合の追加費用の負担、さらには小池知事が来年知事選挙を控えていること、森組織委員会会長との確執、カジノ誘致問題などとの関連も指摘されているが、それらについてはよく分からないことが多いので、本稿では一点だけ、国際的な視点から論じたい。

 メディアで論評している方々の中には、日頃すばらしい論評をしている人が何人もいるが、本件に関しては、小池知事の姿勢と発言が「感情的だ」とか「小池知事はかたくなだ」とか「落としどころを考えないで追加費用を払わないと言っている」などとコメントをしている。

 しかし、国際的な視点で見ると、これらのコメントは説得力のあるコメントか疑問である。

 第1に、「1400万都民を無視した」ということは感情的なことでなく、国際社会でも通用する指摘である。IOCがこの点を無視すると、国際社会は黙っていないだろう。したがって、また、バッハ会長もコーツ副会長もそのことに頭を悩ましているのは間違いない。コーツ氏は、東京の了解を得られなければバッハ会長のもとへは帰れないと言っていると伝えられている。そうだろうと思う。

 第2に、IOCがいったん決定したことは変えないというのは思い込みに過ぎない。国際社会では決定をし直すことはいくらもある。スポーツにおいてもルールの修正が行われている。最近日本で急激に人気が出てきたラグビーもルールが変更された。たとえばトライの場合の得点であり、修正を重ねて多くの人が楽しめる競技となったのである。

 小池知事の反論は国際的に説得力があると思う。日本では、「落としどころを考えて行動すべきだ」とよく言われるが、国際的に通用する論理で主張を展開することは非常に重要である。今回の場合に、「札幌は選手の安全を考えれば当然だ」という意見が多いが、札幌は安全、東京は危険」というのはあまりにも単純な思考であり、国際的に議論されれば容易に崩れる主張だと思う。かといって、札幌より東京が安全だというのではないが、国際的に説得力のある主張が必要だ思うのである。

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