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2019.10.16
この投稿に対し、中国バスケットボール協会は6日、不当な発言だと反発。NBAとの協力関係を一時停止するとも発表した。
中国の国民からも強い反発が出た。SNS上には「バスケは大好きだが愛国に勝るものはない」「ロケッツを応援し続けるためにも、モーリー氏を解雇してほしい」などのコメントが飛び交った。
それでも上海と深圳で予定されていたNBAのプレシーズンマッチは予定通り開催されたが、試合会場周辺ではNBA側に謝罪を要求するプラカードが並んだ。中国国旗も配られた。会場は満員だったが、スポンサー広告は大半が消され、選手のインタビューも行われなかった。中国中央テレビは試合を放送しないこととした。
中国側の反発に対し、NBAは理解を示しつつ、「表現の自由は規制しない」としてモーリーの処分はしなかった。NBAは政治力もあり、中国から文句をつけられても言いなりにはならないようだ。
しかし、NBAにとって中国市場は稼ぎどころの一つであり、市場規模は40億ドル(約4300億円)を上回るといわれている。それだけに、NBAとしては今回の件は何とか穏便に済ませ、中国との協力関係を維持したいのであろうが、中国側は収まっておらず、今後の見通しは不透明だという。
バスケットボール以外でも香港情勢に関連して外国企業が中国側の圧力にさらされる事態が続いている。
米アップル社は10月9日、香港のデモ隊が警察の動きを把握するために使っていたスマートフォンのアプリを配信サービスから削除した。共産党機関紙の人民日報が「有害アプリだ」と非難しており、アップルに対応を迫っていた可能性がある。
米ホテル大手のマリオットは昨年、香港やチベットを独立した地域として扱ったメールを顧客に出したとして、中国政府に謝罪した。
子会社が「eスポーツ」大会を主催する米ビデオゲーム大手のアクティビジョン・ブリザードは10月8日、競技後のインタビューで、香港のデモ隊のように顔面をゴーグルやガスマスクで覆って登場して「香港を自由に」などと語った参加者を出場停止処分とし、賞金も与えないと発表した。同社は「自社の評判を傷つける規則違反だった」と説明したが、大株主でもある中国IT大手「テンセント」に配慮した可能性があるという。
伊ヴェルサーチェや仏ジバンシィ、米コーチのファッションブランドは8月、Tシャツなどのデザインが「香港や台湾を中国から独立した国のように扱っている」として批判が殺到し、相次いで謝罪に追い込まれた。
米ティファニーは、中国人女性が右目を隠す写真を広告に使ったことについて、「香港デモへの支持を想起させる」と抗議を受け、削除した。
香港のデモとは直接関係しないが、中国の関係当局が「台湾」の表記について注文をつけることは以前からあり、昨年、世界各国の航空会社は中国の民航当局から「一つの中国」原則に基づいて台湾を表記するよう要求された。日本航空と全日空は日本語のホームページで目的地の国別選択肢をなくし、「東アジア」などの地域から選べるようにした。
一方、米側でも政治的な反発が起こっている。NBAの問題については、超党派の米議員8人が10月9日、「中国共産党が米国人の言動を弾圧しようとしているのは言語道断だ」として、中国国内での活動をやめるよう求める書簡を送った。米議会の中でも最右派のクルーズ上院議員も、最左派のオカシオコルテス下院議員も加わっていた。
中国は、外国人・企業が中国の方針や間尺に合わない発言や活動をすることを認めない。そのような判断をすること自体は中国の自由だが、強制力を行使することになれば世界の常識とかけ離れていく。特に、言論の統制となることは認められないというのが各国の考えであるが、中国は中国政府の方針にあわせるためには言論統制も辞さない。
これらの事態において中国政府が前面に出てくることはまれであり、物事に応じて中国の関係当局から要求が行われるが、そこに中国の党・政府の意向が働いているのは間違いない。中国バスケットボール協会、共産党機関紙・人民日報、民航当局などが要求するのであってもやはり問題である。中国ではこれらの団体も党・政府の事実上の指導を受けており、中国政府の方針に違反した行動を取ることはないからである。
また、中国には表面的には強圧的でなくても相手が被る不利益をちらつかせるなどの方法で要求を通す力がある。前述したいくつかの事例では、外国の企業はいずれも中国側の要求にしたがった。NBAのように巨大な市場を失うおそれを突き付けながらも全面降伏しないのはめずらしい例かもしれない。
中国が強圧的な態度に出れば、短期的には効果が出るかもしれないが、結局中国にとっても不利益となるだろう。中国のイメージは悪化する。企業は中国から撤退する。スポーツに政治を持ち込んだとして批判される。国内の少数民族や台湾への影響も見逃せない。中国の対応を見ていると、そのような危険について考慮しないわけではなさそうだが、結論的には、強圧的な方法を取ってでも主張を貫こうとすることが多いようである。
香港のデモを支持する声と中国の対応
米プロバスケットボール協会(NBA。日本では単に「米プロバスケットボール」とも表示される)と中国の間で紛糾が生じている。ヒューストン・ロケッツのダリル・モーリーGMが10月5日、ツイッター上に「自由のために戦おう」「香港と共に立ち上がろう」などと書かれた画像を投稿したことが事の発端であった。この投稿に対し、中国バスケットボール協会は6日、不当な発言だと反発。NBAとの協力関係を一時停止するとも発表した。
中国の国民からも強い反発が出た。SNS上には「バスケは大好きだが愛国に勝るものはない」「ロケッツを応援し続けるためにも、モーリー氏を解雇してほしい」などのコメントが飛び交った。
それでも上海と深圳で予定されていたNBAのプレシーズンマッチは予定通り開催されたが、試合会場周辺ではNBA側に謝罪を要求するプラカードが並んだ。中国国旗も配られた。会場は満員だったが、スポンサー広告は大半が消され、選手のインタビューも行われなかった。中国中央テレビは試合を放送しないこととした。
中国側の反発に対し、NBAは理解を示しつつ、「表現の自由は規制しない」としてモーリーの処分はしなかった。NBAは政治力もあり、中国から文句をつけられても言いなりにはならないようだ。
しかし、NBAにとって中国市場は稼ぎどころの一つであり、市場規模は40億ドル(約4300億円)を上回るといわれている。それだけに、NBAとしては今回の件は何とか穏便に済ませ、中国との協力関係を維持したいのであろうが、中国側は収まっておらず、今後の見通しは不透明だという。
バスケットボール以外でも香港情勢に関連して外国企業が中国側の圧力にさらされる事態が続いている。
米アップル社は10月9日、香港のデモ隊が警察の動きを把握するために使っていたスマートフォンのアプリを配信サービスから削除した。共産党機関紙の人民日報が「有害アプリだ」と非難しており、アップルに対応を迫っていた可能性がある。
米ホテル大手のマリオットは昨年、香港やチベットを独立した地域として扱ったメールを顧客に出したとして、中国政府に謝罪した。
子会社が「eスポーツ」大会を主催する米ビデオゲーム大手のアクティビジョン・ブリザードは10月8日、競技後のインタビューで、香港のデモ隊のように顔面をゴーグルやガスマスクで覆って登場して「香港を自由に」などと語った参加者を出場停止処分とし、賞金も与えないと発表した。同社は「自社の評判を傷つける規則違反だった」と説明したが、大株主でもある中国IT大手「テンセント」に配慮した可能性があるという。
伊ヴェルサーチェや仏ジバンシィ、米コーチのファッションブランドは8月、Tシャツなどのデザインが「香港や台湾を中国から独立した国のように扱っている」として批判が殺到し、相次いで謝罪に追い込まれた。
米ティファニーは、中国人女性が右目を隠す写真を広告に使ったことについて、「香港デモへの支持を想起させる」と抗議を受け、削除した。
香港のデモとは直接関係しないが、中国の関係当局が「台湾」の表記について注文をつけることは以前からあり、昨年、世界各国の航空会社は中国の民航当局から「一つの中国」原則に基づいて台湾を表記するよう要求された。日本航空と全日空は日本語のホームページで目的地の国別選択肢をなくし、「東アジア」などの地域から選べるようにした。
一方、米側でも政治的な反発が起こっている。NBAの問題については、超党派の米議員8人が10月9日、「中国共産党が米国人の言動を弾圧しようとしているのは言語道断だ」として、中国国内での活動をやめるよう求める書簡を送った。米議会の中でも最右派のクルーズ上院議員も、最左派のオカシオコルテス下院議員も加わっていた。
中国は、外国人・企業が中国の方針や間尺に合わない発言や活動をすることを認めない。そのような判断をすること自体は中国の自由だが、強制力を行使することになれば世界の常識とかけ離れていく。特に、言論の統制となることは認められないというのが各国の考えであるが、中国は中国政府の方針にあわせるためには言論統制も辞さない。
これらの事態において中国政府が前面に出てくることはまれであり、物事に応じて中国の関係当局から要求が行われるが、そこに中国の党・政府の意向が働いているのは間違いない。中国バスケットボール協会、共産党機関紙・人民日報、民航当局などが要求するのであってもやはり問題である。中国ではこれらの団体も党・政府の事実上の指導を受けており、中国政府の方針に違反した行動を取ることはないからである。
また、中国には表面的には強圧的でなくても相手が被る不利益をちらつかせるなどの方法で要求を通す力がある。前述したいくつかの事例では、外国の企業はいずれも中国側の要求にしたがった。NBAのように巨大な市場を失うおそれを突き付けながらも全面降伏しないのはめずらしい例かもしれない。
中国が強圧的な態度に出れば、短期的には効果が出るかもしれないが、結局中国にとっても不利益となるだろう。中国のイメージは悪化する。企業は中国から撤退する。スポーツに政治を持ち込んだとして批判される。国内の少数民族や台湾への影響も見逃せない。中国の対応を見ていると、そのような危険について考慮しないわけではなさそうだが、結論的には、強圧的な方法を取ってでも主張を貫こうとすることが多いようである。
2019.10.14
こちらをクリック
韓国における過去の清算という大問題
韓国の検察改革に関し、ザページに「曹法相が目指す検察改革 背景にある「過去の清算」という韓国政治の大問題」と題する一文を寄稿しました。韓国がどうして難しいのかという問題にも触れています。こちらをクリック
2019.10.10
「経済学者が読み解く現代社会のリアル 第37回 日韓の金融リスクを低減 スワップ協定の必要性
(2019年10月12日)、10/12号:AIに負けない 読解力を鍛える、104~105ページ
日韓関係は戦後最悪の状態に陥っている。まさに「政冷経冷」の危機であり、まったく出口が見えない。対立を深める背景には、韓国が経済発展を通じて主張を強めていることがある。しかし、韓国が文字どおり「経済大国」に昇格したわけではない。
半導体にとどまらず造船業、ゼネコン・建設業、輸送業を基盤とする分野で、世界ランキングの上位に位置する大成長を遂げているが、韓国経済は日本に比べ内需の比重が低く輸出産業への依存度が高い。しかも日本産業との補完関係も深まっており、世界経済が減速したり日本から輸出管理規制を受けたりすれば、韓国経済はいっぺんに萎縮する。皮肉にも輸出管理規制への韓国側の敏感な反応は、両国の半導体や自動車などの主要産業が補完関係を深化させ、ウィンウィンの関係を構築していることを改めて明らかにした。
韓国は対外経済情勢に振り回されるジレンマから逃れられない。それを端的に示すのが韓国ウォンの動向だ。国際的な信用不安が発生するたびにウォンは売りを浴びやすい、という傾向は今なお払拭されない。実際1997年のアジア通貨危機後も、リーマンショックやユーロ危機など世界のどこかで危機が顕在化するたびに、ウォン相場は不穏な動きをたどった。関係者が固唾をのんで、事の推移を見守ることも一再ならずあった。
では現在、そのような問題への対策が講じられているか? 2001年以降、日韓の間で「通貨スワップ」が期限を延長され続けてきたが、15年2月に失効した。このままでは途切れたままになる懸念がある。そもそもスワップ協定はいざという時のための安全策だ。まだウォンに火がついていない今こそ、冷静に復活を検討すべきではないか。そのためには双方の関係者、わけても韓国側に次の点を理解してもらうことが重要であろう。
資本の流失を防ぐ
第1に、セーフティーネットが整備されていないと、ドル資金が韓国から国外へ逃避しやすい。韓国は対外依存度が高いのに、ウォンは国際的に広く取引される厚みのある市場を欠いている。このため、突然韓国から米ドルが国外へ流出し、ウォンの対ドルレートが暴落する可能性が小さくない。
97年の通貨危機ではドル資金が大量に国外へ逃避したことから貿易決済が困難になり、韓国の金融システム全体が危機に瀕した。この危機がきっかけでIMF(国際通貨基金)の指導下、国内金融制度の自由化が積極的に進められた結果、外資系金融機関の参入が大幅に進んだ。一方、韓国は自助努力の一環として外貨準備(米ドル)を積み上げる努力を続けた。
しかし、現地の欧米外資系銀行やファンドはグローバルな資金配分の観点を優先してドルを運用する傾向が強く、国外の危機などが起こった場合、韓国内の事情を斟酌(しん しゃく)せずに資金を国外へ回す可能性が大きい。世界を駆け巡るマネーは、信用不安が起こった場合、安全第一に徹する。したがって、米ドルが突然大量に国外へ流出すると、需要が少ないローカル通貨のウォンが暴落し、韓国の貿易などに著しい支障を来しかねない。つねに暴落のリスクを内在しているのだ。
外貨準備に関する情報は、“いくら外貨準備が残っているか”よりも“いくら使い果たしたか”がディーラー集団の関心を集めるようだ。以前よりは厚くなったとされる外貨準備も、実際に資金流出が起きたときの防波堤にはなれないのである。要するに、韓国経済は国際金融の観点からは、まだ独り立ちできる段階に至っていない。だから、平時から安全対策を講じておくことが重要であり、やりすぎるということはまったくない。
隣国の経済は表裏一体
第2に、ドルスワップは今や不可欠な方策である。韓国の通貨危機は、外貨の資金繰りが心もとない状況から発したことは明らかだ。しかし、韓国は政治的な対立やメンツから日本との通貨スワップを結びたがらない。日韓スワップはドル融資で、実質上、片務的だ。これが韓国のプライドを傷つけるという風聞や、韓国が延長を要請すると金融の脆弱性を表示することになるなどの解説もある。
ひるがえって欧米先進国にそのような偏狭さはない。欧米中央銀行間のスワップも、米国からの片務的なドル供給に尽きるが、欧州がスワップを忌避する姿勢もない。中国でさえ、結局は「政経分離」に基づき日中スワップを締結している。経済規模の大きさより、伝播を防げるかが重要だ。
世界金融危機のときは世界全体が米ドルに依存している姿が露呈された。米国は主要国・日本とスワップを結んでいるが、韓国とは結んでいない。サブシステムとして、日本から韓国へドルが供給されることを望んでいる。今の日韓関係では、日本や韓国の大手銀行が韓国の市中銀行へのクレジットラインを大幅に増やすことは難しい。だが、世界ではドルを軸とした金融上のつながりが緊密に形成されている。こうした体制の保全は取り組まざるをえない課題である。
第3に、FRB(米連邦準備制度理事会)の金融政策が不安定さを増している中、日韓スワップが設定されていないのは異常である。FRBは7月末、金融正常化の方針を覆して超緩和に大きく舵を切り、10年半ぶりに金利を下げている。パウエル議長によれば、引き下げ要因は国内よりも、ユーロ圏の景気低下や貿易摩擦など対外的経済状況の悪化のほうにある。自国経済とその他世界の「相互緊密性」の強まり故としている。
日韓の関係に置き換えれば、韓国経済が乱れるとこれまでのウィンウィンの関係が負の連鎖に転じる。世界的な債務は膨張しており、今やリーマンショック直前時の債務額を超える。米国では第2のサブプライム危機が進んでいるという説もあるうえ、中国や発展途上国では民間債務が急増している。景気後退が深刻になって企業の収益が減退すれば、債務返済能力の大幅な低下は避けられない。
そのような状況下、隣国間で過剰反応のスパイラルが起きた。互いにメンツが懸かっている以上、簡単には矛を収められない。しかし前述のリスクを考慮すると、もしも韓国が望むのであれば、スワップ協定の再締結にはやぶさかでないことを日本の意思として伝えることは有益ではないか。まずは実務的・専門的で外部から目立たない対策を講じ、信頼回復の土台をつくることが強く求められる。
要点メモ
ウォン相場に火がついていない今こそ日韓通貨スワップが必要
ドルスワップは、今や不可欠の世界標準である
国際金融市場では債務が急増し、通貨・金融リスクが増大している
中北 徹
東洋大学経済学研究科教授
なかきた・とおる 一橋大学、英ケンブリッジ大学卒業。外務省を経て現職。この間日本銀行国際局アドバイザー、首相官邸「アジアゲートウェイ戦略会議」副座長を務める。(財)日本国際問題研究所客員研究員。著書は『通貨を考える』(ちくま新書)ほか多数。
米倉 茂
佐賀大学名誉教授
よねくら・しげる 東京外国語大学ドイツ語学科卒業。東京大学大学院経済学研究科修了(経済学博士)。佐賀大学経済学部教授を経て現職。著書は『新型ドル恐慌』(彩流社)、『リーマン・ショック10年目の衝撃』(言視舎)など多数。」
日韓の金融リスクを低減 スワップ協定の必要性
中北徹東洋大学教授と米倉茂佐賀大学名誉教授が週刊『東洋経済』10月12日号に寄稿された「日韓の金融リスクを低減 スワップ協定の必要性」は大変参考になる論文です。著者のご許可をいただき、以下に転載いたします。「経済学者が読み解く現代社会のリアル 第37回 日韓の金融リスクを低減 スワップ協定の必要性
(2019年10月12日)、10/12号:AIに負けない 読解力を鍛える、104~105ページ
日韓関係は戦後最悪の状態に陥っている。まさに「政冷経冷」の危機であり、まったく出口が見えない。対立を深める背景には、韓国が経済発展を通じて主張を強めていることがある。しかし、韓国が文字どおり「経済大国」に昇格したわけではない。
半導体にとどまらず造船業、ゼネコン・建設業、輸送業を基盤とする分野で、世界ランキングの上位に位置する大成長を遂げているが、韓国経済は日本に比べ内需の比重が低く輸出産業への依存度が高い。しかも日本産業との補完関係も深まっており、世界経済が減速したり日本から輸出管理規制を受けたりすれば、韓国経済はいっぺんに萎縮する。皮肉にも輸出管理規制への韓国側の敏感な反応は、両国の半導体や自動車などの主要産業が補完関係を深化させ、ウィンウィンの関係を構築していることを改めて明らかにした。
韓国は対外経済情勢に振り回されるジレンマから逃れられない。それを端的に示すのが韓国ウォンの動向だ。国際的な信用不安が発生するたびにウォンは売りを浴びやすい、という傾向は今なお払拭されない。実際1997年のアジア通貨危機後も、リーマンショックやユーロ危機など世界のどこかで危機が顕在化するたびに、ウォン相場は不穏な動きをたどった。関係者が固唾をのんで、事の推移を見守ることも一再ならずあった。
では現在、そのような問題への対策が講じられているか? 2001年以降、日韓の間で「通貨スワップ」が期限を延長され続けてきたが、15年2月に失効した。このままでは途切れたままになる懸念がある。そもそもスワップ協定はいざという時のための安全策だ。まだウォンに火がついていない今こそ、冷静に復活を検討すべきではないか。そのためには双方の関係者、わけても韓国側に次の点を理解してもらうことが重要であろう。
資本の流失を防ぐ
第1に、セーフティーネットが整備されていないと、ドル資金が韓国から国外へ逃避しやすい。韓国は対外依存度が高いのに、ウォンは国際的に広く取引される厚みのある市場を欠いている。このため、突然韓国から米ドルが国外へ流出し、ウォンの対ドルレートが暴落する可能性が小さくない。
97年の通貨危機ではドル資金が大量に国外へ逃避したことから貿易決済が困難になり、韓国の金融システム全体が危機に瀕した。この危機がきっかけでIMF(国際通貨基金)の指導下、国内金融制度の自由化が積極的に進められた結果、外資系金融機関の参入が大幅に進んだ。一方、韓国は自助努力の一環として外貨準備(米ドル)を積み上げる努力を続けた。
しかし、現地の欧米外資系銀行やファンドはグローバルな資金配分の観点を優先してドルを運用する傾向が強く、国外の危機などが起こった場合、韓国内の事情を斟酌(しん しゃく)せずに資金を国外へ回す可能性が大きい。世界を駆け巡るマネーは、信用不安が起こった場合、安全第一に徹する。したがって、米ドルが突然大量に国外へ流出すると、需要が少ないローカル通貨のウォンが暴落し、韓国の貿易などに著しい支障を来しかねない。つねに暴落のリスクを内在しているのだ。
外貨準備に関する情報は、“いくら外貨準備が残っているか”よりも“いくら使い果たしたか”がディーラー集団の関心を集めるようだ。以前よりは厚くなったとされる外貨準備も、実際に資金流出が起きたときの防波堤にはなれないのである。要するに、韓国経済は国際金融の観点からは、まだ独り立ちできる段階に至っていない。だから、平時から安全対策を講じておくことが重要であり、やりすぎるということはまったくない。
隣国の経済は表裏一体
第2に、ドルスワップは今や不可欠な方策である。韓国の通貨危機は、外貨の資金繰りが心もとない状況から発したことは明らかだ。しかし、韓国は政治的な対立やメンツから日本との通貨スワップを結びたがらない。日韓スワップはドル融資で、実質上、片務的だ。これが韓国のプライドを傷つけるという風聞や、韓国が延長を要請すると金融の脆弱性を表示することになるなどの解説もある。
ひるがえって欧米先進国にそのような偏狭さはない。欧米中央銀行間のスワップも、米国からの片務的なドル供給に尽きるが、欧州がスワップを忌避する姿勢もない。中国でさえ、結局は「政経分離」に基づき日中スワップを締結している。経済規模の大きさより、伝播を防げるかが重要だ。
世界金融危機のときは世界全体が米ドルに依存している姿が露呈された。米国は主要国・日本とスワップを結んでいるが、韓国とは結んでいない。サブシステムとして、日本から韓国へドルが供給されることを望んでいる。今の日韓関係では、日本や韓国の大手銀行が韓国の市中銀行へのクレジットラインを大幅に増やすことは難しい。だが、世界ではドルを軸とした金融上のつながりが緊密に形成されている。こうした体制の保全は取り組まざるをえない課題である。
第3に、FRB(米連邦準備制度理事会)の金融政策が不安定さを増している中、日韓スワップが設定されていないのは異常である。FRBは7月末、金融正常化の方針を覆して超緩和に大きく舵を切り、10年半ぶりに金利を下げている。パウエル議長によれば、引き下げ要因は国内よりも、ユーロ圏の景気低下や貿易摩擦など対外的経済状況の悪化のほうにある。自国経済とその他世界の「相互緊密性」の強まり故としている。
日韓の関係に置き換えれば、韓国経済が乱れるとこれまでのウィンウィンの関係が負の連鎖に転じる。世界的な債務は膨張しており、今やリーマンショック直前時の債務額を超える。米国では第2のサブプライム危機が進んでいるという説もあるうえ、中国や発展途上国では民間債務が急増している。景気後退が深刻になって企業の収益が減退すれば、債務返済能力の大幅な低下は避けられない。
そのような状況下、隣国間で過剰反応のスパイラルが起きた。互いにメンツが懸かっている以上、簡単には矛を収められない。しかし前述のリスクを考慮すると、もしも韓国が望むのであれば、スワップ協定の再締結にはやぶさかでないことを日本の意思として伝えることは有益ではないか。まずは実務的・専門的で外部から目立たない対策を講じ、信頼回復の土台をつくることが強く求められる。
要点メモ
ウォン相場に火がついていない今こそ日韓通貨スワップが必要
ドルスワップは、今や不可欠の世界標準である
国際金融市場では債務が急増し、通貨・金融リスクが増大している
中北 徹
東洋大学経済学研究科教授
なかきた・とおる 一橋大学、英ケンブリッジ大学卒業。外務省を経て現職。この間日本銀行国際局アドバイザー、首相官邸「アジアゲートウェイ戦略会議」副座長を務める。(財)日本国際問題研究所客員研究員。著書は『通貨を考える』(ちくま新書)ほか多数。
米倉 茂
佐賀大学名誉教授
よねくら・しげる 東京外国語大学ドイツ語学科卒業。東京大学大学院経済学研究科修了(経済学博士)。佐賀大学経済学部教授を経て現職。著書は『新型ドル恐慌』(彩流社)、『リーマン・ショック10年目の衝撃』(言視舎)など多数。」
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