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2019.09.12

香港のデモを前に中国は「一国二制度」を放棄するか

 6月9日以来市民らの大規模なデモが続く中、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は9月4日、デモの引き金となった「逃亡犯条例」改正案を正式に撤回した。同長官はそれまで、改正案について「死んだ」とか述べたことはあったが、明確な意思表明ではなかった。今回の同案の撤回は思い切った譲歩であった。
 行政長官としてはこれでデモが鎮静化することを期待していたのであろうが、実際デモに参加している市民の多くは、それでは不十分であり、「デモを「暴動」とみなす政府見解の取り消し」、「デモ逮捕者の釈放」、「警察の暴行を調査する独立委員会の設立」、「民主的選挙による行政長官の選出(普通選挙の確立ともいわれる)」も必要だとしている。いわゆる五項目要求をすべて満たすことを求めているのである。
しかし、はたしてそれは実現可能か。デモの参加者たちも明確な見通しが立っているのではなさそうだが、香港を守るためには頑張るしかないという切羽詰まった気持ちだともいう。

 中国、とくに習近平主席がデモに強い危機感を覚えていることは間違いない。香港のデモが中国内に影響を及ぼすからである。
 習主席はじめ中国の指導者は常日頃、現体制を脅かす危険があることを強く意識している。1989年の天安門事件の際、当時の指導者であった鄧小平は、各国は「平和的に中国を転覆しようとしている」と警戒心をあらわにしたことがあったが、その後、中国が世界の大国になろうとする今日においてもそのような状況は変わっていない。中国の指導者が民主化を極度に恐れる感覚は、中国の外では理解困難である。
 中国は、しかも、来る10月1日に建国70周年を迎え、盛大に祝賀行事を行う予定である。香港で起こっている大規模デモの早期の鎮静化を促すため、香港との境界付近で人民解放軍の行動をこれみよがしに報道させることも行った。あまりデモがひどくなると軍を投入するぞという意思表示であった。
 しかし、そういう脅しでは事態を打開できなかった。香港のデモは何人の予想をもはるかに超えて根強く、かつ大規模に展開され、今後もさらに続きそうになったので、今回、「逃亡犯条例」改正案を正式に撤回するというカードを切らせたのであろう。

 デモはその後も継続している。10日、サッカー・ワールドカップ(W杯)予選の香港とイランの試合が始まる前、中国国歌の斉唱が始まると、多くの人がグラウンドに背を向けたり、ブーイングの声を上げたりして抗議の意思を示した。
 香港中文大学の周保松香港中文大学副教授は、今回のデモでは、5年前の「雨傘運動」で実現しなかった選挙制度改革の実現が強く求められていることを指摘している(朝日新聞9月10日付)。
 また同助教授は、今回のデモは「雨傘運動」とちがって、特定のリーダーがおらず、多数の人がネットを通じて自発的に行動しているので、中国共産党・政府として交渉したり、標的にする相手がいないことを指摘しつつ、闘争は長引かざるを得ないと述べている。また、「香港は世界の民主運動の中にあって、冷戦期のベルリンのような位置で重要な経験をしています。ここは中国共産党、全体主義勢力と対峙(たいじ)する最前線なのです」興味深い観察も述べている。
 
 もちろん、デモはそう長続きしないことを示す状況もある。香港の住民は長く続く激しいデモに疲労している。香港の人達が、習助教授が考えるような国際政治的意義を認めているとも思えない。
 
 それに、何よりも決定的な問題は中国の動向である。10月1日を過ぎてもデモが続いていれば、軍隊が投入され強硬手段でデモが排除される可能性はもちろんある。
 この点に関し、中国の指導者は恒例の北戴河での夏季休暇の際、もはや「一国二制度」は放棄し、「一国一制度」を追求することにしたともいわれている(近藤大介「台湾は「東アジアのクリミア」になる」2019年9月10日付『現代ビジネス』)。つまり、「一国二制度」を認めた結果が香港のデモであるので、今後はそのような軟弱な姿勢はとらない、香港に中国本土と異なる制度はハナから認めないこととしたという説明である。

 1997年の香港の中国への返還以来、「50年間、高度の自治、香港人による香港統治、現在の资本主義・生活方式は五十年間変えない」という英中間の合意を中国はかなぐりすてることになる。そんなことであれば、香港のデモ参加者としてはますますデモを解けなくなるであろう。

 はたして、中国による軍の投入はありうるか。香港はもともと中国の一部であり、香港の平和と安全は中国の国内問題だから、必要な場合に武力を用いることはやむを得ないと考えているかもしれない。
 もちろん、中国は世界の大国になりたい気持ちが強いので、香港で武力を使うことは得策ではないという考えもあろう。

 中国共産党・政府がどのような判断を下すか、予断を許さないが、もし、「一国二制度」を放棄するならば、台湾に計り知れない影響が及ぶのは確実である。それでも台湾を強引に統一しようとすれば、軍事力に頼るほかないが、そうすれば米国と軍事的衝突になることを覚悟しなければならない。

 「一国二制度」の放棄はそのように深刻な問題をはらんでいる。
2019.08.31

天皇の即位礼への韓国大統領の出席

 日韓関係がかつてないほど悪くなった中、10月22日の天皇の即位礼に韓国からだれが出席するか、注目される。

 韓国は李洛淵(イ・ナクヨン)首相が出席するらしいとソウル聯合ニュース(8月18日付)は伝えている。同首相は、昨年3月、ブラジリアで開かれた水フォーラムで徳仁皇太子(当時)と会い、「かなり深い話」をしたという。文在寅政権のなかで日本通として知られる人物であり、即位礼に出席されるのに最適の人物だと思われているかもしれないが、韓国の首相に新天皇の即位礼に出席させるのは官僚的な処理ではないか。

 日韓関係が厳しい状況にあるなか、文在寅大統領が出席するのが最も望ましい。李洛淵首相の出席はまだ本決まりでないと承知している。かりに、決まっていても文大統領が出席することへの支障にはならない。大統領が、自ら出席すると言えばよいのである。

 韓国側の事情ももちろん無視できない。韓国の世論は、輸出規制強化以来日本政府に強く反発している。国民感情の根底に植民地統治への強いわだかまりがある。

 そんなことにも注意を払う必要があるが、文在寅大統領の即位礼出席が実現すれば日韓両国にとって大きな意義がある。

 第1に、文在寅氏がみずから出席の意向を示せば、千年単位で日韓関係を考えていることを示すのに役立つ。日韓の友好関係は2千年近い歴史があり、天皇はその象徴でもある。天皇も上皇も韓国との関係を非常に重視している。韓国の大統領が即位礼に出席することはそのような日韓の長い友好関係を尊重する意味合いがある。

 第2に、天皇は政治にはかかわらない日本国民の象徴であり、目前の日韓関係(の悪化)と切り離して考えることができる。

 第3に、文在寅大統領が即位礼に出席することを日本国民は歓迎する。

 第4に、皮肉なことかもしれないが、文在寅氏は日本に対して厳しいだけに、日本に来やすいのではないか。日本に融和的な人であればさらに日本に礼を尽くすことは危険であろうが、その点、文氏は心配ないだろうし、また、それだけに日本側の評価も高くなるだろう。

 第5に、来年は東京オリンピックが開かれる。その際には、文氏が開会式に出席するか決断を迫られるだろう。安倍首相は平昌オリンピックに出席した。つまり、政治的なプレシャーが強く働くなかで日本を訪問するか決定を迫られるより、天皇の即位礼に出席するほうが、韓国内でも容易なのではないか。かりに、オリンピックに出ないとしても即位礼に出席しておけば大きな問題にならない。

 それに番外だが、米国を安心させるのに役立つ。米国は韓国によるGSOMIAの破棄に強く不満である。形式的には日韓両国に注文を付けているが、実質的には韓国に対する不満が大きい。文大統領が即位礼に自ら出席することは米国の不満を和らげる意味合いもある。

 なお、8月31日付の東京新聞に掲載されたインタビューでも以上の趣旨を語っています。ぜひそちらもご覧下さい。

2019.08.25

韓国によるGSOMIAの破棄

ザページに「韓国のGSOMIA破棄は「3年前に戻る」だけなのか?」を寄稿しました。
軍事面への影響よりも、日韓関係がさらに悪化することが懸念されます。
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