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2020.01.13

台湾の総統選挙

 台湾の総統選挙は1月11日に投開票され、与党民進党の現職、蔡英文総統が対中融和路線の野党国民党の韓国瑜候補らに圧勝し再選を果たした。蔡英文の得票は史上最多であった。

 蔡英文総統は、2018年11月の統一地方選で民進党が国民党に大敗した際、責任をとって党主席を辞任し、総統再選は困難な状況になったが、香港で激しい抗議デモが続いたことが追い風となって支持率が急回復し今回の勝利につながったというのが大方の見方であろう。このような見方は誤りではないが、事の半分でしか見ていない。

 蔡英文総統は統一地方選後、台湾人の支持を取り戻すための手を打っていた。地方選で大敗を喫する原因となったのは、公務員の年金改革や脱原発への批判に加え、公約した同性婚法制定の取り組みが遅れたことなどであった。また蔡氏自身の政治姿勢にも問題があり、学者出身で、「目立たず、壁ぎわを歩くのが好きだった」と自伝に記すほど慎重な性格である。さらに、蔡氏は、民進党が初めて政権をとった陳水扁総統時代(2000~08年)に慣れない政権運営や汚職で批判を浴びた失敗の轍を踏まないよう努めていたとも言われていた。蔡氏は、困難な問題が起きると前に出ることを避け、その結果混乱や不信を招いたこともあった。統一地方選後に党員にあてた手紙では「沈黙することでバランスを取るつもりが、逆に賛否双方から批判されてしまった」と述べていた。

 そして、蔡氏は自身の政治姿勢を改め、現場視察を増やし、住民と対話し、地元メディアの取材に積極的に応じるようになった。原稿の棒読みだった演説や記者会見で、最近は原稿なしで話すようになった。アジア初の同性婚法も実現した。

 2019年1月には、中台統一を呼びかけた習近平主席の演説に対し、蔡氏は即座に記者会見で反論した。台湾人はそのよに果断に行動する蔡英文総統を見直し、支持率は回復し始めた。民進党幹部はバージョンアップした「蔡英文2・0」と呼ぶようになった。
 
 蔡氏は総統再任後、何ができるか。バージョンアップした総統として積極的に政治に取り組めるか。
台湾の政治情勢は短期間に大幅に変化する。台湾の政治状況が未成熟でまだ安定するに至っていないことが一因であろう。それは台湾の歴史を振り返ってみれば無理からぬことであり、与党民進党は合法化されてからまだ30年しかたっていない。台湾で高支持を安定的に維持するのは容易でない。

 問題は何と言っても中国との関係である。蔡英文総統は台湾独立色を抑えつつ、「現状維持」の方針に徹してきた。これに対し、習近平政権は蔡英文総統を嫌い、武力以外であればどんな手段でも行使して台湾の統一を実現しようとしてきた。

 蔡英文政権が発足して以降、2019年9月のキリバスまで7カ国を台湾との断交に踏み切らせ、台湾と外交関係を維持するのはわずか15カ国にしてしまった。WHO(世界保健機構)では台湾をオブザーバーとしても認めなくなった。

 これら中国の施策はある程度効果を上げ、国民党の候補が総統選で勝利するという見方も現れるようになった。しかし、今回の総統選は中国が行ってきたことに大きな疑問を投げかける結果となった。ただし、これは中国が香港問題などで強権的な政策で臨んだからであり、オウンゴール的な面もあった。今回の総統選で敗北したのは中国共産党だという見方もあるくらいである。
 
 蔡英文総統は総統選の勝利を背景に、これまでの対中方針を維持しつつ、中国と平等の立場での対話を呼びかけている。しかし、習近平政権が柔軟な姿勢に転じるとは考えにくい。中国は、今後も、台湾と外交関係を維持している国を引き離すなど強引な方法で台湾を孤立化させ、台湾統一への圧力をかけ続けるものと思われる。

 中国を嫌う台湾人の感情と実利のために中国との融和を求める打算のどちらが強いか。中国の台湾政策はそのバランスに影響を与える一つの大きな要因だが、台湾の経済状況と中国への依存度はより大きな現実問題であり、これは国際環境にもよるが台湾人自身が努力して変えられることである。

 蔡英文は2012年の総統選挙で国民党の馬英九に敗れてから4年後の総統選で勝利するまで、いかにして自らを立て直し、力をつけてきたかを自叙伝に書いた。今回の総統選では国民党の韓国瑜に敗れそうになったが、逆転勝利した。それを可能にした理由について、民進党幹部は、同氏がバージョンアップしたからだといっている。

 蔡氏は自叙伝で自らは経済問題に強い関心があることを語っていた。しかし、蔡英文総統が経済面で成功を収めた形跡は、こちらの不勉強のためかもしれないが、ない。それは同氏が、大企業というより地方の、土着の経済活動に関心を持ったからだと思われる。そのような傾向は、統一地方選後の活動にも表れていた。しかし、それだけでは足りない。今後は大企業中心の経済においても力を発揮できるかが焦点となる。


2020.01.11

中国はまた国有企業を改革しようとしている

 中国政府は1月5日、「中国共産党基層組織工作条例(試行)」を発表した。この条例(日本語では「規則」あるいは「規定」という意味)は重要文献として2日後から単行本で販売されている。新規則に関する在米の中国語新聞『多維新聞』が行っている論評などから、重要点は次の通りであるとみられる。

 本規則は中国共産党の末端組織の活動を強化することが趣旨であり、習近平政権がこれまで重要課題として実行してきた党の強化をさらに進めること、なかでも国有企業における党と企業の関係を変え、党の指導性を強化することを目的として制定されたものである。今後、中国の国有企業は共産党の指導に従うことを定款に書き入れることになるという。多維新聞は本規則によって「党政分離の原則は廃止された」と断じている。

 一方、「党政分離」原則の廃止については、「歴史を後戻りさせることだ」という反対意見があることを多維新聞は示唆しつつ、「西側の企業でも最近、経理部門が取締役会を骨抜きにする現象が起こっており、企業の基本である所有権、管理権および経営権を分離する方式は現実的でなくなっている」、「党政分離は30年前の固い思想、20年前の低レベルの競争の時代には正しかったが、産業が高度に集中する傾向にある今日、依然として党政分離だの自由な市場経済などと主張するのは硬直した思想である。中国が百年間なかった大変動のさなかにある今日、国有企業の利点を発揮させることが重要な目標である」として今回の新規則を擁護している。

 他方、これまでの国有企業で生じた問題として次のようなことを挙げている。腐敗の蔓延。独立王国の弊害。浪費。独占的経営の消極的姿勢。党による監督を廃止し、労働者委員会による監督方式に改めた結果問題が一層激化した。国有企業は経理部門が支配する独立王国と化しており、機構が巨大化して下部組織の力が強くなりコントロールが効かなくなっている。

 多維新聞は、中国は現在「全国統一市場」を形成を図っていること、民営企業に徐々に資源分野への参入を認めつつあること、「集団式プライマリー科学技術イノベーション」方式を進めようとしていることなども指摘している。また、中国の国有企業改革は、もはや「公有制」や「私有制」というレベルや、古い精神論で解決できることでない。いかにして企業を「正規化、集団化」させることが課題であり、これらは市場経済学者が回答を示せることでないと主張している。

 しかし、多維新聞が指摘している問題の多くは、中国がWTOに加盟する前に存在していたことである。また、そもそも、党の指導性が強くなれば国有企業が本来の力を発揮できるか、素人が企業経営に介入しても大したことにならない、と思われてならない。今回の規則で、中国の国有企業がはたして期待された通りの効果を上げられるか。道はまだ遠いと思われる。

2020.01.05

スレイマニ司令官の殺害

 イランの精鋭部隊・革命防衛隊の実力者ソレイマニ司令官が3日、イラクの首都バグダッドの国際空港から車で移動してまもなく、米軍による空爆で殺害された。米国防総省が殺害を認める声明を出し、イラン側も死亡を認めた。爆撃は無人機によるものであったと報道されている。これに対し、イランは米国に報復すると強く反発した。

イラクは数カ月前から不穏な情勢にあり、米国人の死傷が相次いでいた。ソレイマニ司令官の殺害後情勢がさらに険悪化する中で、米国はイラク国内の米国市民に対して直ちに国外退避するよう警告を発した。また、3500人の部隊を増派する方針だという。

 米軍によるソレイマニ司令官殺害の方法について、二つの疑問がある。一つは、米軍は同司令官を捕獲する努力を行ったか否かである。状況証拠から見るとそれは疑わしい。しかし、米軍は同司令官の行動を非常に正確に把握しており、捕獲は可能だったのではないか。少なくとも捕獲を試みるべきだったのではないか。

 同様の問題は、2013年、ウサマ・ビン・ラーディン殺害の時にも起こった。米軍はパキスタンに潜伏中のビン・ラーディンを襲い、殺害したのだが、捕獲を試みたか疑問であった。今回は米軍の支配力が強い状況下で行われた爆撃であり、その時より捕獲は容易でなかったか。

 実際には、ビン・ラーディンやスレイマニに対して正しい手続きでその罪を償わせることなど絵空事だったかもしれない。しかし、戦争ではなかっ。戦争ならば何をかいわんやであるが、そうではなかったのであり、スレイマニ司令官の殺害が正当化されるか疑問の余地がある。

 もう一つの疑問は、無人機による攻撃が適切であったかである。人が攻撃したのであればよかったということではないのはもちろんだが、無人機による攻撃ははるかに危険である。攻撃する側は、まったくといってよいほど危険にさらされないからであり、そのため、攻撃に歯止めがかかりにくい。また、攻撃された側がやはり無人機で報復するとそれだけ危険な状況になる。
 
 もちろん、今回の攻撃については方法の是非だけでなく、全体的に判断しなければならない。スレイマニ司令官の殺害は戦争に発展するという見方も現れている。トランプ大統領は「戦争を止めるための行動だ」と訴えているが、はたしてその主張は受け入れられるか。

 米国としては、今回の攻撃はテロや米国人に対する襲撃を防ぐために必要であったことを主張しているが、これは広島と長崎に原爆を投下した際の理由づけ、すなわち「米軍兵士の損害を防ぐため原爆を投下した」との言い訳と実質的には同じでないか。

 さらに、トランプ大統領のイスラエル寄りの姿勢とイランの核合意を一方的に破棄したこととも無関係といえない。そのような主張が通るのは、トランプ大統領とその支持者だけではないか。

日本は、ソレイマニ司令官の殺害については沈黙しつつ、自衛隊をオマーン湾に派遣しようとしている。しかし、米国とイランの対立が一段と激化した現在、そのような方針を維持すべきか、あらためて基本的な問題にまでさかのぼって検討すべきではないか。

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