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2015.12.10

(短評)韓国人の逮捕

 靖国神社のトイレで爆発物を仕掛けた容疑がかかっていた韓国人、全昶漢(チョンチャンハン)が逃れていた韓国から自発的に日本へ戻ってきて、即警視庁に逮捕された。
 誰が見ても不思議なことだが、日本と韓国の警察が協力した結果だと思う。日本と韓国の間には、捜査に関して協力し合う仕組み(捜査共助)があり、それに基づいて両国の警察が協力し合ったのだ。これはいわゆる「犯罪人引き渡し」とは異なる。「犯罪人」は、日本でも韓国でも、裁判により決定され、捜査の段階では、対象となっている人物が「犯罪人」かどうか、明確になっていない。要するに、容疑がかかっているだけだ。したがって、「犯罪人」の引き渡しには当たらないが、国境を越えた捜査についてはまた別に協力の仕組みが作られており、そのために条約が結ばれている。
 もっとも、韓国では靖国神社がらみの事件は「政治犯」として日本に協力しないことがありうるが、これは韓国にとっていわば最後の手段であり、いつもこれを持ち出すわけにはいかない。日本で事件を起こした容疑で捜査の対象となっている外国人で韓国へ逃れる者は1年間に50人くらいおり、両国の警察は頻繁に連絡を取り合っている。その中で両国の警察間には持ちつ持たれつの関係ができているはずだ。
 今回、韓国警察は、細かいことは分からない、一種の取引だったかもしれないが、日本の警察に協力するほうがよいと判断し、この韓国人を日本へ戻るよう説得したのだと思う。
 日韓関係がよくない今日、協力関係が機能していることに光が当たりにくいが、今回のケースは協力することがお互いに利益になることを示唆していると思う。

2015.12.09

(短文)核廃絶に関する日本提出決議の採択

 12月8日、国連総会において我が国が107カ国の共同提案国を代表して提出した核廃絶決議案が採択された。我が国は毎年この決議案を提出しているが、今年は一つの特徴があった。
 世界の指導者に被爆地訪問を促していることだ。目的は、被爆地を訪問することにより、核兵器がいかに恐ろしい、非人道的な兵器であるかを理解してもらうことにある。
 日本ではなかなかわかりにくいことだが、世界の人たちは、核兵器が非人道的だということを必ずしも理解していない。軍縮に携わっていても分かっていない人がいる。何回も繰り返して恐縮だが、わたくしは軍縮大使時代、核の非人道性を分かっていない欧州のある主要国の大使と激論を交わしたことがある。

 さる5月、NPT(核兵器不拡散条約)の、5年に1回の重要会議(「再検討会議」と言う)で、日本は同じ文言を会議の結論に入れようと努めたが、中国が猛反対したため成功しなかった。
 しかし、日本政府はそれであきらめることなく、今回の国連総会でふたたび試み、成功した。粘り強い努力のたまものだったと言えるだろう。

 この被爆地訪問と同じく核兵器の非人道性を確認・確立しようという動きが、この決議とは別に過去2年来続けられてきた。非人道性確認国を拡大する運動であり、こちらも賛同国が増加し、また核兵器国も米英仏などはNGOの強い後押しを受けて拒絶反応を示さなくなっていたが、
 他方、運動に参加する国が増加していくと核兵器の使用禁止に発展する恐れがあると警戒心を高めていた。
 国連総会で我が国が主導した決議案に、昨年まで米英仏などは賛成していたが、今回は「棄権」した。半歩後退である。そのように態度を変えたのは、やはり非人道性確立運動に警戒していたからである。
 
2015.12.08

靖国爆発音で韓国人の男が浮上 韓国との引き渡し条約はどうなっている?

(THE PAGEに12月5日掲載)

 11月23日、靖国神社のトイレで爆発音がした後、不審物が発見されました。警視庁は現場付近の防犯カメラから爆発に関わったのは韓国人の男だった可能性が高いと見て捜査を進めていますが、この男はすでに日本を出国し、韓国に帰っていると報道されています。
 かりにこの人物が事件を起こしたのが事実であるとして、日本政府が韓国政府に引き渡しを要求すれば、韓国政府は要求に応じる義務があるでしょうか。

 刑事事件を起こした犯人が海外へ逃亡した場合、日本の警察はそこへ行って捜査、逮捕することはできません。しかし、国境を超える人の往来が多くなり、それに伴って国際的な犯罪が増加している今日、凶悪犯でも外国へ逃れれば簡単に法の目をかいくぐれるのははなはだしく不都合です。そのため、あらかじめ政府間で取り決めておいて外国で犯した犯罪についても、その国から要請があれば犯人を引き渡すことができるようになっています。
 その取り決めが「犯罪人引き渡し条約」ですが、欧米では数多くの国がこれを締結しています。しかし、日本は米国および韓国とだけ結んでおり、欧米諸国と比べるとかなり異なる状況にありますが、人の国際的往来は増えたと言っても欧米諸国とは比較にならない程度であり、犯罪人引き渡し条約を締結しなければならない必要性は高くないという考えもあります。

 日韓間では、国境をまたがる犯罪の処理について次のような協力の仕組みが作られています。
 まず、「被疑者」と「犯罪人」を区別しなければなりません。「被疑者」は、事件を起こした犯人か明確にするために捜査の対象になっている者であり、訴追(起訴)はまだ行われていません。
 「被疑者」が国外へ出国している場合は、日本の警察はその国の警察に協力してもらって捜査を進めます。この協力を「捜査共助」と言い、具体的には証拠の提供などが含まれます。
 そのような協力のための取り決めが「共助条約」です。日本は米国、韓国、中国、EU、ロシアなどとこの条約を結んでいます。
 「被疑者」が捜査を逃れて出国するケースは「犯罪人」よりはるかに多く、平成24年度には53人の韓国人被疑者が出国しました。
一方、引き渡された犯罪人の数は過去10年間の累計が、しかも米国と韓国を合わせてせいぜい20人ですので、出国した被疑者の方がはるかに多いです(法務省の犯罪白書は内訳を公表していません)。
 今回、靖国神社のトイレで起こった事件の首謀者として韓国人男性が被疑者となっていますが、まだ不明確なことが多く、この件についてまず必要となるのは捜査であり、犯罪であったか、また、その被疑者が犯人であったかなどはその先で判断される問題です。報道されている限りでは、その韓国人は「犯罪人引き渡し条約」に基づいて引き渡しを要求できる対象ではなく、「捜査共助」の対象に過ぎないように思えます。

 次に「犯罪人」については、「日韓犯罪人引き渡し条約」は、捜査がすでに進み、起訴、裁判、または刑罰の執行が決まっている者であるとの考えに立っています。
また、同条約の対象となるのはすべての犯罪人ではなく、死刑又は無期若しくは長期一年を超える拘禁刑に処せられる重犯罪です。国家間での犯罪人の引き渡しは重大なことであり、手続き的にも非常に煩雑なので軽犯罪まで引き渡しを認めることは現実的でないからです。
 また、同条約は、引き渡しを求める要件として、要求している人がその犯罪者であること、つまり人違いでないことを説明した資料の提出のほか、犯した犯罪についても関連の法令の内容や、有罪となった場合どのような刑罰を受けるのかを含め詳しい説明を必要としています。
日本で判決が下っていない者も引き渡しの対象になりますが、起訴、裁判、または刑罰の執行が決まっている者に限られます。

 犯罪人引き渡し条約は、犯罪人を「訴追し、審判し、または刑罰を執行するために」引き渡しすることを定めているのであって、「捜査する」ために引き渡すことは想定していません。ただ「被疑者」の状態でも、逮捕状が出ている場合には捜査が進んでいて「起訴するため」と理解できるので、引き渡し対象になる可能性はあります
 
 一方、「日韓犯罪人引き渡し条約」は引き渡し要求に対して拒否できる場合を定めています。その中には弁護の機会が確保されていない場合のように裁判に特有の問題もありますが、「政治犯」の場合と「自国民」の場合はいわば超法規的に拒否できる道を残しています。
 「政治犯」と「自国民」の場合はすべて引き渡しを禁止しているのではなく、また、どのような場合に拒否できるかについて基準も示していますが、どうしても解釈が分かれることがあります。
 韓国側が「政治犯」を理由に引き渡しを拒否したケースが2013年にありました。その2年前、ある中国人が靖国神社に火炎瓶が投げつける事件を起こし、その後韓国へ逃れました。日本政府は韓国政府に引き渡しを要求しましたが、韓国の裁判所は「政治犯」を理由に引き渡しの対象でないとの判断を下しました。
韓国側の論理では、軍人を祭っている靖国神社に対する犯罪であればすべて「政治犯罪」とみなすことになりかねません。日本政府がこのような判断を認めず抗議したのは当然ですが、この問題は今日に至るも解決されないままになっています。
「政治犯」については、韓国側には植民地時代からの怨念があるのでただちに解決することは困難かもしれませんが、日韓両政府が粘り強く話し合い、より良い解決を求めていくことが望まれます。

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