平和外交研究所

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2018.10.04

中国のトップ女優、ファン・ビンビンさんの脱税問題

 中国のトップ女優、ファン・ビンビン(范冰冰)さんは4か月前から行方不明になっていたが、新華社は10月3日、国税当局がファンさんと関連企業による計約1億4千万元(約23億円)の脱税を指摘し、追徴課税や罰金などとして計約8億8千万元(約146億円)の支払いを命じたと伝えた。

 ファンさんは中国版ツィッター「微博(ウェイボ)」を通じて謝罪を表明した。「深く反省している」「長らく国家や社会の利益を損ねてきた」「最終的な法律の処罰が決まった」「今後は法律を遵守する」「規則や秩序を尊重して、よい作品を通じて信頼回復に努めていく」「本当にごめんなさい」などの言葉が目に付く。

 行方不明になっていた間、ファンさんは中国当局による調査を受け、その処罰が検討されていたのである。中国政府が脱税疑惑について調査することも処罰を検討することも当然だろうが、その間、ファンさんの親族や関連会社などに一切連絡しなかったことは問題であり、人権無視だと非難される行為である。

 中国政府が調査を行うなどのため自国民を拘束し、結論が出るまで関係者に何も連絡しないのはファンさんが初めてでなく、これまで何回も行われてきた。時間をさかのぼると、2015年には香港の「銅鑼湾書店」関係者5人が数か月間拘束された。中国共産党を批判する書籍を扱っていたことが理由であった。
 5人は、以後そのような書籍を扱わないことを約束させられ釈放されたが、事件はそれで終わらず、そのうちの一人(スウェーデン籍)は2018年1月、中国当局に再び拘束されたという。

 2013年には在日の朱建栄東洋学園大学教授が一時帰国中に中国国家安全部に拘束された。その原因に関して中国当局も朱建栄氏も説明しなかったので、多くの憶測が飛びかったが、「同氏は尖閣諸島に関する非公開の中国外交記録を、政府研究機関・中国社会科学院の学者から入手し、それを日本の政府当局者や記者、企業関係者を含めた360人以上にメールで送付していた」などともいわれた。

 中国国内では、汚職捜査などの理由で国民を拘束し、連絡を完全に断ってしまう例は多数ある。いわゆる反腐敗運動で取り締まりの対象となる場合はそのような扱いになることはめずらしくない。ファンさんの例などは氷山の一角に過ぎない。

 また、このような拘束の例は古くからあり、国民党の高官をマカオで拉致し、十数年たってから家族に連絡してきたこともあった。

 取り調べ中、当局は被疑者と家族の連絡を許さないが、それでは被疑者の人権は守られない。政府は、被疑者が自国民であっても人権を擁護しなければならない。

 具体的な問題点を上げれば、まず、このような扱いをするのは、他人が被疑者を擁護して政府と異なる意見を表明することを認めないからであり、一党独裁体制下の官僚主義の問題である。

 第2に、中国では習近平主席はじめ「法治」を重視すべきだと強調しているが、それを心から信じられない人は多数いる。そんな中、数カ月間家族にも連絡させないで取り調べをするのは中国が「法治でない」ことをますます裏付けることになり、中国政府に対する信頼感は一層低下するだろう。ファンさんの扱いについて政府にやましいところがないのであれば、取り調べの事実は公開し、家族などとの連絡も認めたほうが政府にとってもよいのではないか。

 第3に、諸外国における中国のイメージも悪化させる。中国政府のみならず、中国国民も自国のイメージを気にする。日本以上だと思う。そのような比較はともかく、人権無視の行動によって中国政府は中国自身のイメージを悪化させている。

 最後に、言論統制と腐敗取り締まりの強化は習近平体制の特徴である。ファンさんに対する厳しい処罰は、当面は、中国の芸能界に警告となるだろうが、独裁的官僚主義の下で都合の悪いところは隠そうとする政府が、中国社会の病巣を根本的に除去することは困難ではないか。ファンさんのような事件は今後も繰り返し発生しそうである。

2018.10.01

ロヒンギャ問題と窮地のミャンマー政府

(要旨)
 ロヒンギャ問題に関しミャンマー政府に対する国際的な批判が非常に強くなってきた。2018年9月末にミャンマー軍の関係者を訴追すべきだとする厳しい内容の決議が採択された。事実関係の調査は今後も続く。ミャンマー政府が抵抗すれば制裁は強化されるだろう。

 アウン・サン・スー:チー最高顧問はきびしい状況に置かれている。同氏は、ミャンマーが民主化の第一歩を踏み出して以来、少数民族問題を解決し、軍を政治から遠ざけ、真に民主的な憲法を採択(ないし改正)することを目指したが、現在は、少数民族問題も民主化・軍問題も進展を期待できない状況に陥っている。
ロヒンギャ問題が原因で国際社会との関係も悪化し、とくに欧米諸国の間では、アウン・サン・スー・チー氏はミャンマーの最高権威者にふさわしい行動を取らないという批判が高まっている。

 日本政府はミャンマー政府の立場を理解・尊重してきたが、事実関係の究明などについては、ミャンマー政府が嫌がっても実行するのが、結局はミャンマーの利益となる。監視カメラの設置などもよいが、国際NGOが実施している衛星写真の活用は有効な手段であり、支援すべきである。
 ミャンマー政府ができないことを強要すべきでないが、その言いなりになってはミャンマーためにもならない。

(ロヒンギャ問題の経緯)
 アウン・サン・スー・チー氏の解放後、ミャンマーにおける最大の政治課題は、民主化を進めることと少数民族を平和裏に統合することであった。しかし、少数民族の一部は政府に敵対し、武装闘争も続けているので政府としては軍に頼らざるを得ない、そのため、民主的な政治を実現することもできないという、困難な状況にある。
 ロヒンギャの難民が増加し始めたのは2012年6月、ロヒンギャ(イスラム)と仏教徒の大規模な衝突が起き、多数のロヒンギャが犠牲となった事件がきっかけであり、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、2012年からの5年間で、ミャンマーから逃れたロヒンギャは16万8千人以上と推計している。
 その後、ロヒンギャに対する迫害は繰り返され、また、ロヒンギャの側でも武装勢力が政府や仏教徒を襲撃するなどしてきた。
 また、この間、ミャンマーにおいてロヒンギャは国籍も認められていないことに国際的な関心が集まった。
 このような経緯から、ミャンマー政府に対してロヒンギャの迫害・襲撃の即時停止、難民の帰還を認めること、帰還が可能となるように環境を整えることなどが求められたが、進展していない。国際社会はミャンマーに対する不満を増大させ、国連などと同政府の関係は悪化した。

 真相究明は国連側が必要とするのはもちろん、ミャンマー側も否定できない。アウン・サン・スー・チー国家顧問は2016年8月、特別諮問委員会を設置した。委員長は元国連事務総長のコフィ・アナン氏。ほかに3人の外国人と6人のミャンマー人の専門家で構成された。
 この諮問委員会は2017年8月24日、ミャンマー政府に、「暴力は問題を解決しない」と指摘しつつ、国籍法を見直してロヒンギャに国籍を認めること、治安部隊の教育体制や指揮系統を見直し、検問所に監視カメラを設置して部隊への監視を強化すべきだなど、難問も含め計88項目を勧告した。アナン委員長は勧告発表後の記者会見で「実行の責任は政府にある」と政府に勧告履行を促した。スー・チー氏は「政府全体で勧告を推進する枠組みを作る」と答えたという。

 国連ではミャンマー政府の対応では不十分だとの考えが強く、諮問委員会の報告が出る前であったが、2017年3月、国連人権理事会(UNHRC)は独立した国際調査団を早急に派遣する内容の決議を採択した。
 当初、ミャンマー政府はこれを受け入れようとしなかった。ミャンマー側では諮問委員会の検討が進行中であったのと、国連人権理事会が決めた調査は公正性を期待できないとの考えであったからであろう。その背景には、仏教徒対イスラム教徒の対立が影響を及ぼしていた可能性もあった。
 後に、ミャンマー政府は調査団をしぶしぶ受け入れた。

 事態をさらに悪化させたのは、8月25日から始まったロヒンギャ武装勢力と政府軍の衝突であり、ふたたび多数の難民が流出した。国際社会では危機感が高まり、ミャンマーのイメージはさらに悪化した。グテーレス国連事務総長は、記者に「これは民族浄化だと考えるか」と問われ、「ロヒンギャ人口の3分の1が国外に逃れている。これを形容するのにより適した表現がほかにあるだろうか」と答えたという。
 人権理事会は12月5日、ミャンマーによるロヒンギャへの対応を非難するとともに、ミャンマーに独立調査団への協力を呼びかける内容の決議を賛成33、反対3、棄権9で採択した。反対は中国、フィリピン、ブルンジ。棄権は日本、インド、コンゴ、エクアドル、エチオピア、ケニア、モンゴル、南アフリカ、ベネズエラであった。
 また、国連総会でも12月24日、同趣旨の決議が採択された。
 しかし、ミャンマー政府は調査団の特別報告者、Yanghee Lee(韓国人児童心理学者。漢字表記では「李亮喜」)の入国を拒否し、調査団に協力しないことを通告した。これについてYanghee Leeは「ミャンマー政府の決定に失望している。大変なことが起きているに違いない」と非難した。ミャンマー側は、Leeが2017年7月の訪緬の際「以前の(軍事)政権の手法が今も用いられている」などと批判したことが、「偏っており不公正だ」として、協力取りやめの理由に挙げたという。
 
 12月12日、ミャンマー政府は、ラカイン州で取材していたロイターの記者2人(ワ・ロンとチョー・ソウ・ウー)と、協力者の警察官2人を逮捕した。
 翌年9月3日、両記者はいずれも禁錮7年の判決を言い渡された。
 この事件はミャンマー政府と国際社会の関係をさらに悪化させ、国連事務総長が判決の見直しを要求したのをはじめ、各国は非難の声を上げた。

 2018年6月6日、ミャンマー政府はUNHCR(難民担当)およびUNDP(援助担当)との間で、難民のミャンマーへの帰還を可能にするためにとるべき措置について覚書を結んだ。
 これはミャンマー政府と国連との間での一つの進展であった。また、アナン氏の諮問委員会の勧告が実施されれば、国連との関係も改善されるが、いずれも結果が出るには時間が必要であった。

 8月27日、人権理事会が派遣した調査団がついに大部の報告書を作成し、発表した。ロヒンギャ難民ら875人への面談記録や、焼失した村の衛星画像などを根拠としつつ、ミャンマー国軍や治安部隊が国際人道法に違反する行為を行っており、ミン・アウン・フライン最高司令官には「特定集団を抹殺する意図があったと判断できる」と指摘し、ルワンダや旧ユーゴスラビアの紛争指導者と同様に、国際法廷で裁くべきだと指弾した。
 1カ月後の9月27日、人権理事会はミャンマー政府を非難する決議を採択した。決議は報告書を踏まえており、ロヒンギャについて起こっていることは「ジェノサイド」という最も重い人道犯罪の疑いがあるとも述べた。さらに、ロヒンギャ問題のみならず、北部カチン、シャン両州での迫害にも言及した。
 さらに、決議は調査団の活動延長に加え、証拠集めなどに当たる独立機関の設置を決めた。  
 この決議は国連でのミャンマー政府に対する非難・要求の集大成し、かつ、さらに内容を厳しくしたものである。ミャンマー政府はす抜き差しならぬ状況に陥った。

 この間、アウン・サン・スー:チー最高顧問はきびしい状況に置かれた。同氏は、ミャンマーが民主化の第一歩を踏み出して以来、少数民族問題を解決し、軍を政治から遠ざけ、真に民主的な憲法を採択(ないし改正)することを目指したが、現在は、少数民族問題も民主化・軍問題も進展を期待できない状況に陥っている。
 ロヒンギャはさらに各国との間で困難な問題となり、今や、とくに欧米諸国の間ではミャンマーの最高権威者であるが行動に出ないアウン・サン・スー・チー氏に対する風当たりが強まっている。同氏はノーベル平和賞を受賞していたが、それを返上すべきだという声も上がっている。
 スー・チー氏はアナン諮問委員会を構成するまでは、積極的に応じようとしていたが、それ以降は国際社会の期待に応えられないでいる。とくに、2017年8月の事件発生以来防戦一方となり、スー・チーはなすべきことをしていないという印象が強くなっている。
 スー・チー氏は内外の困難な矛盾に直面しており、解放された直後の高揚感はなくなっている。2017年3月には引退を示唆する発言をしたこともあった。

 日本の対応については、2017年8月の事件後、安倍首相をはじめ河野外相からアウン・サン・スー・チー最高顧問などに懸念を表明し、問題解決への努力を促した。調査団の受け入れも求め、ミャンマー政府として独立調査団の活動に協力する用意があるとの発言を引き出したこともあった。
 概して、日本政府は難民問題の解決には積極的であり、自ら拠出をしつつ、必要資金が集まるよう各国に働きかけも行い、この面では実績は上がっている。
 国連での決議については、欧米諸国がミャンマー政府を厳しく批判するのと異なり、棄権投票を続けている。その理由について、河野外相は、「国連の委員会に決議が提出されましたが,その中には事実調査団の派遣といったような内容もありましたが,現実的にミャンマー政府が受入れるものでなければ,きちんとした調査ができないというようなこともあり,日本としては棄権をいたしました」などと説明している。

 しかし、今やミャンマー政府ができる範囲内での行動を求めるだけでは乗り切れなくなりつつある。調査は今後も続く。ミャンマー政府が抵抗すれば、制裁は強化されるだろう。事実関係の究明などについては、ミャンマー政府が嫌がっても実行するのが結局はミャンマーの利益となるのではないか。アウン・サン・スー・チー最高顧問にとっても、ミャンマーの民主勢力にとっても、軍の良識派にとっても。
 そうであれば、衛星写真の活用はアムネスティ・インターナショナルがかねてから実行していることであるが、日本政府としても積極的に支援すべきである。それだけでなく、事実関係の究明により積極的に取り組むべきである。
 ロヒンギャ問題の長期化はミャンマー経済に深刻なダメージを与えている。投資も観光も減少している。前述の国際調査団の報告書は、ミャンマーに進出する外資企業に軍やその関係企業と経済関係を持たないようクギを刺している。
 ミャンマー政府ができないことを強要すべきでないが、その言いなりになるのはミャンマーのためにも許されない。
2018.09.25

モルディブの大統領選挙と「一帯一路」

 モルディブの大統領選挙が9月23日に行われ、野党統一候補のソリ氏が現職のヤミーン氏を破った。ヤミーン氏は親中国であり、中国からの借款で巨大土木工事を行ったが、その結果、モルディブはGDPの4分の1を超える対中国債務を抱え込んだという。
 モルディブが自国の資本で公共事業を行うのであれば、資金力、国家財政への影響などが考慮される。あまり無理をすると国家につけが回ってくる。日本もそのような赤字は大量に抱えている。しかし、中国からの借款を利用すれば、資金の制約がなくなる錯覚に陥るのかもしれないが、中国に対する債務、すなわち赤字が借り入れた分だけ増大する。自国に対する債務より危険だ。

 近年、モルディブと中国との関係は深くなり、中国から多数の観光客が訪れるようになった。その数は年間30万人に達している。モルディブの人口は約40万人であり、常識では考えられないことが起こっているのだ。これだけの観光客を受け入れるにはホテル、道路、橋を大々的に新設することが必要になり、それも中国企業と労働者が行った。

 中国という桁外れの大国と世界でも人口の少ない小国が接触すればどうなるかを表している。
 モルディブのほか、東南アジア諸国でも、国によって程度の差はあるが、起こっている問題であり、マレーシアでは前政権が中国と進めていた「東海岸鉄道」などの巨大プロジェクトをマハティール新政権がキャンセルすることに成功した。あまりに国家財政への負担が大きくなるからである。

 フィリピンは、中国からの資本流入を歓迎している。今までできなかったことが可能になったからである。ドゥテルテ大統領の強いリーダーシップの下で今のところ矛盾は大きくなっていないのだろうが、過度のインフラ投資をすれば財政面でひずみが出てくる問題にどのように対処するのか、また、中国への依存度が高まるという問題もある。これらを考えると、フィリピンがタイトロープを渡っているような危うさを感じる。

 スリランカでも3年前、親中派の大統領が選挙で敗北した。新政権は追加工事を拒否したため、中国から賠償を求められたが、応じられないので港の管理権を99年間差し出す羽目に陥った。

 中国の「一帯一路」の一部で矛盾が現実化したのである。皮肉なことに、日本政府は「一帯一路」にかつては慎重であったが、政治的な理由から、最近「一帯一路」に可能な限りの協力を行う方針に転じた。それで日中関係がよくなるのであればよいという面はもちろんあるが、「一帯一路」はしょせん巨大な土木工事であり、それには危険が付きまとう。

(追加説明)
 スリランカでは、親中派のラジャパクサ前政権が中国から融資を受け南部のハンバントタにスリランカ第3の大規模港を2008年から建設した。第一期工事は中国の国有企業、中国港湾工程公司により完成されている。
乗客用ターミナル、貨物取扱所、倉庫、燃料積込地などが整備されているが、都市から港までのアクセス道路などの整備は遅れている。ハンバントタ港の稼働率は低迷しており、利益を上げるに至っていない。
そのため新政権は追加の開発計画を凍結した。これに対し、中国側は損害賠償を要求。返済免除と引き換えに、港の管理を99年間獲得した。

 スリランカ首相府は2018年6月30日、同国海軍はハンバントタ港に南部司令部を移転させると発表した。
同港は東西を結ぶ主要航路に近く、いわゆる「真珠の首飾り」の一つである。中国は2014年から海軍の宋級潜水艦を含む複数の艦船を寄稿させている。このような中国の動向をインドは警戒し、不満を表明した経緯もあった。
スリランカ海軍の南部司令部を同港に移転する決定は、中国海軍の行動を抑制するためか、それとも協力するためか、見解は分かれている。
 スリランカ首相府は、「中国が軍事目的で同港を使用することはない。同港の保安はスリランカ海軍の管理下に置かれるため、恐れる必要はない。スリランカは中国に対し、ハンバントタ港を(中国が)軍事目的で使用することはできないと通知した」などと説明しているという。

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