平和外交研究所

2017 - 平和外交研究所 - Page 29

2017.05.01

北朝鮮と米国-現実とイメージ(その1)

 過去数週間、北朝鮮と米国は激しく対立し、軍事衝突が起こる危険がある、北朝鮮の重要な記念日がある4月はとくに危ないとさかんに言われたが、大したことにはならなかった。危険な状況はまだ続いているという見方もあるが、本当に危機はあったのか。あったとしてどの程度か、冷静に見直すことも必要だ。とくに、北朝鮮についてはイメージが先走りする傾向がある。北朝鮮に関する信頼できる情報はあまりに少ないので、それもある程度はやむをえないが、あらためて今回の緊張を北朝鮮と米国の側から見てみたい。

(北朝鮮)
 そもそも、今回の緊張はどちらが引き起こしたか。
ミサイルについては、金正恩委員長が1月1日の新年の辞で、ICBMの発射実験準備が最終段階に入ったと述べ世界の耳目をひいた。そして、各種のミサイル発射実験を行った。いずれも国連決議に違反する行為である。
 核については、北朝鮮が第6回目の核実験を行う準備を進めていると米国の研究機関がその観測結果を公表したのが事の始まりであったが、そのような準備をしたのはもちろん北朝鮮である。これも国連決議違反だ。
したがってミサイルについても、また、核についての緊張を作り出した原因は北朝鮮にあった。
 
 なぜ北朝鮮は国連決議に違反し、国際社会の意向を無視してまでこのような行動に出るのか。
 北朝鮮は「挑発している」というのが一般的な説明だ。とくにわが国ではこの説明が圧倒的に多い。緊張を作り出したのは北朝鮮だということからすれば、先に問題の行動を起こしたことを意味する「挑発」というのも分かるが、「挑発」というからには目的があるはずだ。たとえば、喧嘩に、あるいは戦争に引き込むという目的だ。
北朝鮮にはそのような目的があったと言えるか。北朝鮮のことを勉強している人であれば、十中八九、「戦争をするのが目的でない」と言うだろう。私もその一人である。本当の専門家などいないと思うのであえて「勉強家」としたのであり、ご理解願いたい。
 「米国の注意をひこうとしている」という説明は時々聞かれる。これは間違いでないが、女性が男性の、あるいは男性が女性の注意をひこうとしているのとはかなり違っているのではないか。この下手な男女の例では、注意をしてもらえばそれでいったんは目的を達するのだろうが、国家の場合、ただ注意をひくのでは終わらない。そう考えると、「米国の注意をひこうとしている」というのもよくわからない説明だ。
 北朝鮮の勉強家の多くは、北朝鮮は「体制維持」を国家目標としていると考えている。「体制維持」は「安全保障」、あるいは「安全の確保」と言っても同じことだ。
 このことはトランプ政権も認めているように思われる。米国は「北朝鮮の体制転換を意図していない」と言っているからだ。
 ともかく、勉強家はそのように考えているが、公の場になるとその考えを率直に表明しなくなる傾向がある。不用意にそのことを認めると、北朝鮮の擁護をしているように思われる危険があるからだろう。要するに、北朝鮮シンパだというレッテルを張られたくないのだ。
 そのように用心するのは分からないではないが、しかし、北朝鮮の真実は見えにくくなる。北朝鮮については信頼できる情報が少ないと前述したが、北朝鮮の真実を語るにはそのような考慮が働くという事情も加わっているので一層分かりにくくなっている。要するに、北朝鮮に批判的な態度を取っておけば安全であり、通りがよいのだが、そのため真実は見えにくくなっているのだ。
 米国も「北朝鮮の目標は体制維持である」とは明言していない。米国の場合は、そう明言すると北朝鮮を承認することに一歩踏み出すことになるという問題があるのだろう。「体制転換を意図していない」ということと、「北朝鮮の目標は体制維持である」は、言葉の意味としてはそれほど違わないかもしれないが、実際には大きな差がある。米国が、単に、「北朝鮮の目標は体制維持である」と言っただけでも、米朝間の雰囲気はもちろん、政治的状況も大きく変化するだろう。

 最近のトランプ政権と中国の努力は効果があったか。北朝鮮は果たしてミサイルと核の実験をしないこととしたか。
 この問題に対して、「北朝鮮はもうしない」と断言できる人はまずいないだろう。つまり、効果があったと思える人は少ないだろう。
 北朝鮮は、「核については、必要と判断した時に実験する」という立場だ。これは北朝鮮の高官による説明だが、ミサイルについても今後実験を行うだろう。もちろん北朝鮮はそのようなことをすべきでないのでそのような見通しを述べることもはばかられるが、心で思っていることは別だ。
 北朝鮮は、米国が北朝鮮に対する圧力を加える中、4月16日と29日にまたもやミサイルの実験を行った。両方とも失敗だった。2回目は、洋上でなく陸上に落ちた。
 このことをどのように解釈するか。北朝鮮は米国の圧力をひしひしと感じていると思う。しかし、それを表に出すわけにはいかず、逆に、米国の言いなりにはならないことを示したかったのではないか。意図的に失敗させた可能性も排除できない。失敗するようなミサイルの発射実験に米国が反応して武力攻撃してくることはないと判断したのではないか。
 タイミングについては、16日の実験は、その前日の金日成主席の誕生日と結び付ける向きが多かったが、むしろトランプ大統領が空母カール・ビンソンや高性能の潜水艦を派遣したとして圧力をかけてことに対する反発であり、29日の実験は安保理が北朝鮮問題を取り上げたことに威嚇的な態度で水を差すのが目的だったと推測している。

 北朝鮮の発表ぶりにも問題がある。「ソウルを火の海にする」など眉をひそめるような暴言を吐いた例は数多い。最近は、在日米軍基地を攻撃するのも可能だと言っている。さらに、朝鮮労働党機関紙、労働新聞は29日、「核弾頭を搭載した戦略ロケット(ミサイル)の最終目標は米本土だ」と息巻いた。
 北朝鮮があくまで強気の姿勢を貫きたいという考えであることは理解できるが、そのような言葉が賢明か、はたして北朝鮮の利益になるか疑問である。また、北朝鮮のそのような吠え立てる姿勢は、北朝鮮のことを一層わかりにくくしているのではないか。

2017.04.26

世界保健機構(WHO)年次総会への台湾の出席問題

 今年のWHO年次総会(WHA)は5月22~31日、ジュネーブで開催される。例年通りだ。しかし、中国は台湾の出席を阻止、あるいは条件を付けようと工作しているらしい。その理由は蔡英文総統が「一つの中国」に関する中国側の主張を認めないからである。
 
 昨年の総会の場合、蔡英文総統は5月20日に就任した直後に難題に直面することとなったが、ひと悶着があったのち、結局認められた。それ以来、中国は何とかして蔡英文総統を中国の主張に従わせようと試みてきたが、奏功しなかった。
 そして、今年もWHAの開催が近づいてきたのであり、中国語のメディアは関連の報道を始めている。今年の場合、そのような経緯があっただけに、中国は昨年以上に圧力を強めている可能性がある。
 問題の性質は変わっていないので、昨年本研究所のHPに掲載した一文の関係部分をほぼそのまま掲載する。

「2016.05.20 台湾の蔡英文新総統の就任とWHOで起こっている不可解な事実

新総統就任の3日後から、ジュネーブで世界保健総会が開催される。WHO(世界保健機構)の年次総会だ。
 台湾は7年前から「Chinese Taipei 中華台北」の名称でオブザーバー参加してきた。ところが今年の招待状には例年と異なり、中国大陸と台湾が不可分であるとする「一つの中国」の原則を強調する特記事項が、45年前に国連で採択された決議の引用とともに記されていた。国連での中国の代表を「中華民国」から「中華人民共和国」に変更した決議である。末尾に引用しておく。
 中国のある高官は、今年は台湾の代表を世界保健総会に全く招待しないことになるだろうという発言をしたことが別途報道されていた。しかし、台湾をWHOのオブザーバーとして招待することとしたのは、WHOのメンバー国の総意である。中国が要求したからと言って、そのような特記事項を恣意的につけることはできないので、中国とWHOの事務局の間で工夫した結果、特記事項としたのだろう。
 しかし、それでも異論が出る可能性があり、わが国としても対応を迫られることがありうる。

 この招待状について、台湾の外交部は5月7日付で、次のような立場を表明した。
「WHOが我が国を「中華台北」の名称、オブザーバーの資格、衛生福利部長(大臣)の肩書きで今回のWHO総会に8回目となる招請を行ったことに対して、我が国政府はこの発展を前向き受け止めている。今年の招待状に国連総会第2758号決議、WHO総会第25.1号決議、並びに上述の文書の中に「1つの中国原則」が言及されたことは、WHOが一方的に独自の立場を陳述したものに過ぎない。我が国政府は過去8年間、両岸は「92年コンセンサス、『1つの中国』の解釈を各自表明する」を交流の基礎とし、衛生福利部の訪問団がWHO総会に参加することも含め、実務的に関連テーマを処理してきた。我が国がWHO総会に参加する意義、価値および貢献は、国民および国際社会が広く評価するところである。」
 これは冷静な対応だと思う。

 総じて、中国の台湾に対する態度は大国主義的、強権的ではないか。少なくとも台湾人の心をつかむには逆効果となる姿勢だと思う。

Resolution 2758 (XXVI)
THE GENERAL ASSEMBLY,
Recalling the principles of the Charter of the United Nations,
Considering the restoration of the lawful rights of the People’s Republic of China is essential both for the protection of the Charter of the United Nations and for the cause that the United Nations must serve under the Charter.
Recognizing that the representatives of the Government of the People’s Republic of China are the only lawful representatives of China to the United Nations and that the People’s Republic of China is one of the five permanent members of the Security Council,
Decides to restore all its rights to the People’s Republic of China and to recognize the representatives of its Government as the only legitimate representatives of China to the United Nations, and to expel forthwith the representatives of Chiang Kai-shek from the place which they unlawfully occupy at the United Nations and in all the organizations related to it.
1967th plenary meeting
25 October 1971」

 なお、中国の蔡英文総統に対する圧力の強化については、「2016.06.08(短文)中国の蔡英文新政権に対するハラスメント」にも関連の状況を記載している。ご参考まで。
2017.04.24

北朝鮮による日本、米国、中国批判

 北朝鮮労働党の機関紙、『労働新聞』は4月21日と22日の両日、日本、中国、米国を相次いで批判する論評を掲載した。一部の表現についてはあらためて確認したほうがよいが、とりあえず中央通信社の報道によることとする。

 北朝鮮がほぼ同時期に日本、米国および中国を批判するのは、まったくなかったと言えるほど知識を持ち合わせているわけではないが、私の知る限り初めてである。この数週間朝鮮半島をめぐって生じている緊張に関連して、北朝鮮がこれら3国に反発していることがうかがわれる。

 中国に関しては、名指しはせず、「我々の周辺国」としているが、その指すところは明らかだ。
 「他国の笛に踊らされてよいのか」と言っている。「他国」とは米国のことである。
 中国は北朝鮮を「威嚇」し、「ふざけたことを言っている」とも評している。
 さらに、「北朝鮮が核・ミサイルの開発を進めたために、かつて中朝両国の共通の敵であった米国を中国の側に引き付けたと中国は言っているが、それなら米国を何と呼ぶべきか、分からなくなる」とも言い、「中国が北朝鮮に対する経済制裁に執着するなら我々の敵である米国から拍手喝さいを受けるかもしれないが、我々の関係に破滅的結果をもたらすことを覚悟すべきだ」とも述べている。
 要するに、中国が米国に従って経済制裁を強化しようとしていることを非難しているのだ。

 米国については、「過去20年間の北朝鮮政策が失敗であった責任を北朝鮮に転嫁しようとしている」「米国は北朝鮮に対して軍事的・外交的な圧力と経済制裁を強化しようとしている」「トランプ政権が北朝鮮敵視政策を放棄しない限り、われわれもやはり、米国との対話に関心を持たない」「米国が北朝鮮に先制攻撃するなら、米国の運命や米国民の生存を掛けなければならない」「むやみに軽挙妄動してはならない」などと言っている。
 
 日本については、「過去に犯した罪悪の代価を百倍、千倍にして払わせる」と言い、具体的には、16世紀末の文禄・慶長の役(朝鮮では「壬辰倭乱」)と1905年の第二次日韓協約(朝鮮では「乙巳5条約」。朝鮮を日本の保護国とした条約)を挙げて、日本が朝鮮に侵略したことを非難している。
 
 この評論を攻撃的と見るべきか、それとも守勢の中から出た叫び声と見るべきか。表面的には前者のように見えるかもしれないが、これらはすべてこれまで言ってきたことであり、現在の緊張状態の中で北朝鮮があらたに攻勢に回ることを意味しているとは思われない。つまり、威勢を張っているところはあるが、抗議の発言である。日本人的には論理が飛躍しているところはあるが、しいてわかりやすく言えば、「日本は過去朝鮮を侵略し、苦しめてきた。今また、北朝鮮に敵対的な姿勢を取っている。それは我慢できない」ということではないか。
 今の日本の若者と言ってもさまざまだが、この2つの事件を知らない歴史音痴が、残念ながら、少なくないかも知れない。しかし、苦しめられてきた朝鮮にはいまだに忘れられない人が多数いても不思議でない。両国の間の認識のギャップには誰もが注意すべきだと思う。

 なお、米国についての発言は、「軽挙妄動」しているのははたして米国か、それとも北朝鮮か、よくわからないくらい北朝鮮問題は複雑化しているが、トランプ大統領のはったりにかんがみれば、北朝鮮が米国に対してそう言うのも理解不可能でない。このことについては4月21日、当研究所HPの「空母カール・ビンソンはインド洋に向かっていた‐トランプのはったり」で指摘したので参照願いたい。
 トランプ大統領が語った空母カール・ビンソンは23日現在、なお西太平洋上におり、日本の海上自衛隊と合同演習を行っていた。このような演習は大いにやればよいが、日本はトランプ大統領の国際的はったりに引き込まれないよう注意が必要だ。
 
 ともかく、朝鮮半島の緊張がいぜんとして静まっていない現在、北朝鮮が発した3つの論評は注目に値する。日米中の3カ国が北朝鮮による挑発的行動を問題視し、抑止を試みるのは当然だが、一方、北朝鮮がどのような対応をするかも極めて重要だからである。

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