平和外交研究所

2016 - 平和外交研究所 - Page 57

2016.02.04

中国は北朝鮮に働きかけたが

 中国の武大偉・朝鮮半島問題特別代表が2日、平壌に到着した。1月6日、北朝鮮による核実験があり、また近く「人工衛星」と称するミサイルが発射されるというタイミングであり、その間にケリー米国務長官が訪中して、中国が北朝鮮に対する働きかけを強化することを要請したことを受けての北朝鮮訪問だった。
 ところが、武大偉代表の平壌訪問と同じ日、北朝鮮は問題の「人工衛星」ミサイルの発射を2月8~25日の間に実施すると発表した。武大偉代表の面子は丸つぶれではないか。武大偉代表の平壌訪問も「人工衛星」ミサイルの発射発表についても一定の準備が必要であり、同日となったことには偶然の要素もあろうが、ずらそうと思えばできることである。やはり北朝鮮は、中国が何と言おうと「人工衛星」ミサイルを発射する予定は変えないという強い姿勢で臨んでいる。

 ここまでは多くの人が等しく感じることだろうが、問題はこの一連の経緯をどう読むかだ。
 北朝鮮が、国際社会の要望や国連安保理決議を無視した(あるいは、無視している)ことは誰の目にも明らかだが、北朝鮮が核実験や「人工衛星」ミサイルの発射について中国が中止を求めても応じないことは予想通りだったと思う。北朝鮮に賛同しているのではない。単に予想通りだったということだ。
 では、中国は、北朝鮮に中止を求めれば従うと思っていたか。中国もやはり北朝鮮は聞き入れる公算は極めて低いと思っていただろう。しかし、中国は、北朝鮮が核実験や「人工衛星」ミサイルの発射をしないほうがよいという考えである。この点はもちろん北朝鮮と異なっており、中国はそのような立場を平壌で直接表明することが望ましいと判断したのだろう。
 北朝鮮に要望しても聞き入れない公算が高いのに、なぜ特別代表が行ったのか。どうしてそのような判断をしたのかであるが、一つの理由は、北朝鮮があまりに気ままに振る舞うことに対するけん制だ。
 もう一つの理由は、ケリー長官の要請だ。同長官に対して中国側は、米側の考えに賛成できないとしつつも、まったくゼロ回答ではなく、「できる限りのことはする」という程度のことは言ったはずである。つまり、武大偉代表の平壌訪問は、米国との関係では、努力したことを示す「アリバイ作り」だったのだ。

 米国は、北朝鮮と中国がこのような反応を示すだろうとは思わなかったのだろうか。これまでの経緯にかんがみると、米国としても楽観的になれないはずだが、それでも米国が中国に強く求めるのは、安保理決議は忠実に実行すべきだ、中国もその決議に賛成した、北朝鮮としても国連の一員であり、決議に拘束されるという点で米国の主張に理屈があるからだ。
 では、米国の主張に従えば、北朝鮮の核実験や「人工衛星」ミサイルの発射を止めることができるかと出発点に立ち返って考えてみると、やはり悲観的にならざるを得ない。
 北朝鮮にとって安保理決議に従うか否かは、残念ながら二次的なことで、最大の問題は、いわば、生き残るか崩壊するかであり、安保理決議は生き残りの妨げになるとみなしている。中国もそのことを一定程度理解し、完全否定はしない。
 一方、米国は、北朝鮮が存続できるか否か、どちらでも構わない、もしつぶれるのなら、それは北朝鮮が誤った政策を取っているからだという考えではないか。
 
 安保理決議一本やりではこの溝は埋まらない。北朝鮮の地位と安全について米国と北朝鮮が交渉し、合意をさぐることも必要になっている。
2016.02.03

北朝鮮の「人工衛星」打ち上げ通知

 北朝鮮は、今月8日から25日の間に「光明星」と名付けた「地球観測衛星」を打ち上げると国際海事機関(IMO)など国際機関に通知した。
 これは本当に「人工衛星」なのか、それとも実は「ミサイル」と解すべきか、メディア報道なども扱いに困っているようだ。「人工衛星」ならばとがめられることでないが、「ミサイル」だと問題であり、その違いは大きい。

 実は、3年余り前にも北朝鮮は「人工衛星」と称するものを打ち上げたことがあり、その時も同じ問題があった。
 その打ち上げに関して書いた一文の関係部分を紹介しよう(キヤノングローバル戦略研究所のHPに2012年12月21日付で掲載された)。

<北朝鮮は12月12日、トンチャンリ(東倉里)の発射場から「人工衛星」を打ち上げ、軌道に乗せることに成功したと発表した。北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)もこのことを確認した。NORADは冷戦時代ソ連の核攻撃から北米大陸を守るために設立された米国とカナダの共同防衛体制であり、危険なミサイルが飛んで来ないか常時見張っている。今回の発射に関するNORADの発表は慎重で、「人工衛星」とは言わず、「物体(object)」と表現していた。北朝鮮が打ち上げた「人工衛星」は、電波の発信などがまだ機能していないらしいが、これは比較的細かいこととして目をつぶれば、北朝鮮の「人工衛星」発射成功は世界で最も高度のシステムによって確認されたわけであり、今年の4月、発射実験に失敗して以来の短期間に北朝鮮がかなり進歩したことが窺われる。
 今回の発射実験に関する報道を見ると、最初は、北朝鮮が「ミサイルを発射した」という表現が多かったようであるが、少し時間がたつと「人工衛星」と鍵カッコつきで呼ぶのが多くなった。NORADは単に「物体(object)」と呼んだ。こうして今回の発射実験については、「ミサイル」「人工衛星」「物体」の三つの呼称が使用されているが、何と呼ぶのがもっとも適切か。>

 今回もNORADが発表するか。また、発表しても「物体」と表現するか分からないが、注意深く観測していることは間違いない。
 
 つぎに、NORADから離れて、国連での問題に移る。
<「ミサイル」と呼ぶのは、国連安保理の決議と関係がある。同決議は「弾道ミサイルのテクノロジーを使ういかなる発射」も禁止したので、北朝鮮が「人工衛星」と称してもミサイル発射と同様に扱われることになっていたからである。ただし、一般の報道では、ミサイルと言い切るだけの材料もないので、「ミサイル」とカッコ付きにしている。>

 国連の決議は。とくに、技術は進歩するということに対する考慮が十分でなかったのではないかと思う。

<このような呼び方は、北朝鮮のロケット技術が未熟で、「人工衛星」と言っても打ち上げに失敗している限り問題は生じなかったが、今回のようにNORADも認める打ち上げ成功となると、「ミサイル」では周回軌道を回っている物があることを表現できなくなる。そこでNORADは、「物体」と呼んだ。それは「死んだような(NORADの評価)」状態にあるそうであり、「物体」という呼称はちょうどよい。
 しかるに、北朝鮮は今後、国際社会の意思にそむいて、「人工衛星」を再びどころか、何回も発射するであろう。そうすると、北朝鮮が発射したものの精度が向上し、「生きた人工衛星」らしくメロディーや映像を地球に送ってくるようになる可能性があり、その場合でも「物体」と呼べるだろうか。国際社会の意思を無視するかぎり「人工衛星」でないといつまでも言い切れるか、どうも疑問である。>

 今回打ち上げに成功するという保証はないが、成功する可能性もある。そうすると「ミサイル」とはどうしても呼べなくなる。地球を周回するようなミサイルはないからだ。成功した場合、「人工衛星」から電波が送られてくるだろう。それもミサイルにはあり得ない。

 もちろん、このような混乱を招いたのは、国連決議もさることながら、そもそも北朝鮮に責任がある。

 <そもそも、人工衛星であろうとなかろうと、ミサイルと同じテクノロジー、つまり高性能のロケットを使うのを禁止するというのは乱暴な要求であるが、国連があえてそのような内容の決議を成立させたのは、北朝鮮がこれまで危険な行動を繰り返し、ミサイルについてもピョンヤン宣言などに反して発射実験をしてきたからであった。その意味では、国際社会が極端な要求をしたのは、むしろ北朝鮮に責任があったのである。>

 それにしても、我々の対応にも問題がある。「人工衛星」の発射についても、また核実験についても、我々は同じことを繰り返すだけですませていないだろうか。
 北朝鮮については、非難するだけで国際社会から賞賛を得られる傾向がある。「ケシカラン」「国連決議違反だ」「平和と安定を乱す」と言うだけで、そうだ、そうだと言ってもらえるが、実はそれは恐ろしいことではないか。
 事実を直視することも、これまでの対処方法を振り返ってみることも必要だ。

2016.02.02

ベトナムの新指導部

 ベトナム共産党第12回大会(1月21~28日)で決定された新指導部に関する内外の新聞報道や論評の要点である。

 最大の焦点はグエン・タン・ズン首相が新書記長に就任するか否かであり、下馬評では有力とする見方と同人には反発が強いとする見方があったが、結局ズンは新書記長にならず、近く引退することになった。
 ズンはベトナムの改革開放政策「ドイモイ(刷新)」の強力な推進者であった。この政策が始められたのは1986年の第6回党大会であり、市場経済システムの導入と対外開放化が柱であった。それ以来ベトナムは各国から有望な投資先として注目されてきた。
 ズンは共産党内での実務が長く、一時期ベトナム国家銀行(中央銀行 SBV)総裁を兼務し、金融システムの改革に尽力したこともあった。首相に就任したのは2007年である。
 以前、ズンは「中国より」「日本嫌い」と評されたこともあった。ベトナム共産党内での行動や発言にそのように取られることがあったのかもしれないが、本当はどうだったのか、不明だ。
 しかし、最近のズンは旗幟鮮明であり、2014年、中国が西沙諸島で石油開発を強行した際には、「ベトナムは主権と合法的な利権を中国との虚偽で従属的な友情と交換しない」と厳しく中国を批判する一方、米国や日本との関係を重視しつつ経済改革を強力に進めてきた。
 しかし、性急な改革ドイモイの進展の裏で、貧富の差の拡大、汚職の蔓廷、官僚主義の弊害、環境破壊などのマイナス面も顕在化しており、TPPへの参加についても国内産業が打撃を受けるとして強い反対があったが、ズンはそれを押し切って参加したと言われている。まだTPPに参加することを決断できないタイとは対照的だ。

 今後5年間、引き続き書記長を務めることとなったグエン・フー・チョンは、逆に中国との関係を重視し、米国との関係がよくないと言われていた。西沙諸島での石油開発についても、チョンは中国批判をためらったと噂されたことがあった。しかしチョンが2015年7月、訪米したころから米国との関係を重視する姿勢が目立ってきた。それまでベトナム共産党の書記長が訪米したことはなく、訪米すること自体歴史的な意味があった。
 今回の人事で、ズンが退けられたのは、チョンがこれからのベトナムの指導者としてふさわしいと思われたというよりも、ズンが独断で突っ走るところがあるために敬遠されたからだ。チョンはすでに71歳であり、ベトナム共産党規約で定められている引退の年齢を過ぎている。再任に当たり、チョンが指導部のコンセンサス重視を強調したのも象徴的だ。
 ズンは退けられたが、ズンの功績まで否定されたのではない。ズンの息子のグエン・タイン・ギは今回の人事で政治局入りした。トップ19の一人となったのだ。
 ズンが首相を退任した後新しい首相に就任するのはNguyen Xuan Phuc。チョン書記長に近い人物らしい。
 TPPについても既定方針通り本年6月の国会で承認される予定だ。
 国家銀行総裁のNguyen Van Binhも政治局入りした。

 ベトナムと中国の間で矛盾が発生するのは今後も避けがたい。そのような場合に新指導部がどのように対応するか。中国と激しく対立するのは避けたいというのが新指導部考えだが、中国寄りになると見るべきではない。
 重要なことは米国と中国のバランスであり、経済発展にとって米国や日本との友好関係が不可欠であることは今後も変わらない。米国で教育を受け、ズン首相の信頼するファン・ビン・ミン外相が政治局入りしたのも米国と中国をともに重視する姿勢の表れだと見られている。
 

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