平和外交研究所

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2022.05.10

ウクライナ侵攻を冒したプーチン大統領の誤算

 プーチン・ロシア大統領は5月9日、1945年のナチスドイツに対する戦勝記念日において演説した。事前には、ウクライナでの戦況、戦争宣言、核の問題などについて言及するかもしれないと予測されていたが、行われなかった。もっとも、そのような問題点を騒ぎ立てた責任の一半は西側のメディアにあり、プーチン演説は意外なものでなかった。全体の印象は力強さが感じられない低調な演説であり、ロシアの身勝手な論理でロシア国内向けに発したプロパガンダであった。記念パレードが華々しいものでなかったことも指摘されている。

 ロシアによるウクライナへの侵攻状況は悪化している。首都キーウの攻略は失敗した。現在東部の要衝はウクライナ軍によって徐々に奪還されつつある。黒海艦隊はウクライナ軍の攻撃により深刻なダメージを受けた。ロシアに対する経済制裁はじわじわと効果を発揮しつつある。6月になるとウクライナへの支援兵器がすべて到着する一方、ロシアからの兵器供給は鈍化し、ロシア軍の装備不足は深刻な状態に陥るという見方が強くなっている。ロシア軍はそれでも市民への攻撃を続け、甚大な被害が生じているが、今後、軍事的にロシアが有利になるという見解は皆無と言える。

 プーチン大統領がウクライナへの侵攻という深刻な過ちを犯したのは、つぎのような問題を見誤り、ロシアに都合よく解釈したからではないか。
 
 第1に、ロシアは2008年のジョージア紛争ではオセチアとアブハジア、14年にはクリミアを武力を用いて強引にロシアの支配下に置くことに成功した。これが一種の成功体験となってウクライナの抵抗力を過小評価し、キーウを数日間で攻略でき、ゼレンスキー政権を倒せると考えた。

 第2に、日本を含む西側が一致してロシアに対する経済・金融制裁を実施、強化した。ドイツをはじめヨーロッパ諸国はロシアの天然ガス及び石油に依存する割合いが高く、ロシアからまったく購入しなくなるとは予想できなかった。ドイツなどはたしかにかなり困難だったようだが、それでも今後ロシアからの購入は中止する方向に転換した。
 一方、ロシア経済は、以前からのことであるが、天然ガスと石油の輸出に依存する体質を改善できないままできており、経済・金融制裁への対抗はままならない。

 第3に、ロシアの安全保障・軍事態勢が大方の予想を超えて弱体化していた。ウクライナ紛争でロシア軍は多数のウクライナ人を殺傷したが、戦闘能力には問題があることを露呈してしまった。海上でも、「モスクワ」をはじめ黒海艦隊の主要艦が数隻撃沈させられている。
 核だけは別で、いまでも米国に十分対抗できる戦力を維持しているだろうが、かりに戦術核であっても全面戦争に発展する危険は払しょくできず、もしそうなれば、米国だけでなくロシアも壊滅する危険が大きい。プーチンは核の脅しを口にするが、ロシアにとっても究極的には恐ろしいはずである。
 ともかく、通常兵器の面では、一部戦車や火砲は最先端のものを開発しているが、継続的に生産し、軍を近代化するに至っていない。兵器の供給状況は制裁の影響でますます悪化している。また、ウクライナでの戦闘においてロシア軍の士気は上がらない。
 
 第4に、NATOの未加盟国に対する影響も大きく、フィンランドとスウェーデンは第二次大戦後の安全保障戦略を見直し、NATOへの加盟の可能性を公言するに至っている。スウェーデンは5月15日に加盟申請を決定する。フィンランドも同じころのはずである。
 しかるに5月10日から12日まで、サンナ・マリン・フィンランド首相が訪日する。その目的は、同国がNATOへの加盟申請を決定した結果ロシアが強く反発しても、日本にフィンランドを支援するよう求めることではないか。これしか考えられない。

 第5に、中国はロシアによるウクライナ侵攻に一歩距離を置いており、経済支援は行っているが、軍事支援は控えている。ただし、この点は明確でない部分もあるので断定はすべきでないかもしれない。
 中国にとって最大の問題はウクライナ侵攻が台湾の統一にどのような影響を及ぼすかを見定めることであり、ロシアのウクライナ侵攻が成功しても、しなくても、台湾の統一に障害となる危険がある。
 ロシアは中国にとって、今後も米国との関係や国連での対応に必要な仲間であり、ロシアにすげなくすることはできないが、かといってウクライナ問題は中国の利益にどのように影響するか不明であり、当面中国としてはウクライナに関して旗幟を鮮明にすることは困難であろう。 

2022.03.22

ゼレンスキー大統領の国会演説と真珠湾攻撃の問題

 ゼレンスキー・ウクライナ大統領は3月23日、日本の国会で演説する運びになっている。1週間前の16日に米国議会で行った演説でゼレンスキー氏が「真珠湾を思い出せ」と叫んだことは日本人の間で反発を招いた。

 米国はもとより、他の旧連合国は、日本による真珠湾攻撃は「奇襲」であったと認識している。日本は米国を攻撃する前に宣戦布告をできなかったのは事実であり、だから「奇襲」であったと言われれば、認めるしかない。

 しかし、日本人の気持ちは複雑である。「奇襲」をかける意図ではなかったが、遅れてしまったのだ。なぜそうなったか。国会での説明、外務省による調査、民間の研究などで複雑な事情が明らかになっているが、要するに失敗したのであった。

 81年も前のことであり、すでに過去のことになっていると思いたいが、残念ながら真珠湾攻撃は今でも「奇襲」の象徴のように思われており、国際政治において時々出てくる。トランプ大統領も言及したことがあった。

 ゼレンスキー大統領は親日家である。それだけに、真珠湾攻撃のことが出てくるたびに日本人がどれほど苦しむか、理解を深めてもらいたい。

2022.03.03

ウクライナへのロシア軍の侵攻を非難する国連決議

 3月3日、国連総会の緊急特別会合で、ウクライナへのロシア軍の侵攻に関する決議が採択された。

 賛成は欧米や日本など合わせて141か国、反対はロシア、ベラルーシ、北朝鮮、エリトリア、シリアの5か国であり、国連加盟国の大多数がこの決議に賛成したことの意義は大きい。

 ただし、35か国は棄権し、その中に中国とインドが含まれていた。中国がロシア軍の侵攻について表立って非難しなかったのは何ら驚くに当たらない。インドの棄権については、パキスタンとの関係が原因であるとの見方が有力だが、本稿では深入りしない。

 「国際の平和」はもっぱら安保理が扱う問題だが、ロシアの侵攻について安保理はロシアの拒否権のため対応できず、代わりに国連総会が決議を行った。このような総会決議は1982年に行われたのが最後であり、40年ぶりのことであった。

 本決議の内容については、ロシアを非難し、完全かつ無条件での軍の即時撤退を求めたこと、また、ロシアによる核戦力の準備態勢強化の示唆を非難したこと、さらに、住宅や学校など民間施設への攻撃や民間人の犠牲者の報告に深い懸念を表明したことなどは評価できる。

 だが、本決議はロシア軍の侵攻を食い止め、除去することまでは呼びかけなかった。

 NATOはこれまで、ウクライナがNATOの加盟国でないことを理由に、今次侵攻に対して武力を行使できないとの立場であった。

 しかし、国連の決議でロシアの侵攻を食い止め、除去し、民間人への攻撃を防ぐことなどを要請されると、軍事作戦が可能となる。これまで、そのような例が、ユーゴ(コソボ紛争を含む)、イラク、アフガニスタン、朝鮮半島などであった。ただし、朝鮮半島以外は安保理の決議であった。

 安保理と総会の決議は同じでない。とくに、安保理決議は加盟国に対して義務的であるが、総会決議は義務的でない。しかし、総会決議を受けてどのように行動するか決まっているわけでもない。ウクライナの場合も、NATOが国連総会決議で行動できると判断することもありうる。

 ただし、ロシアとの武力衝突が核戦争を惹起しないよう細心の注意が必要なので、NATOとしては、武力の行使については極めて慎重な態度を取っている。米国のバイデン大統領は、軍事力行使をにおわせることもせず、経済制裁のみを公言している。賢明な姿勢だと思う。将来、どのように展開するか分からないが、防衛のためであっても武力を行使したとたん、ロシアは自分たちの行動は棚に上げて、米国やNATOを非難することが予測されるからである。

 ともかく、経済制裁と今回の総会決議で事態が収拾されればよいが、さらに状況が悪化し、被害が拡大していけば、第2の決議を成立させる動きが出てくるはずである。その中では、国連加盟国に対し、必要な手段を講じて状況の悪化を止めるよう呼びかけが行われる可能性がある。以前の例では、安保理決議であったが、「あらゆる手段」により決議を履行すべしとされたことがあった。ウクライナの場合、そのような文言はあり得ないだろうが、選択肢はいくつもありうる。

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