平和外交研究所

ブログ

オピニオン

2022.02.22

ロシアによる東部ウクライナ2州の承認と軍の派遣

 ロシアのプーチン大統領は2月21日、親ロシア派が支配しているウクライナ東部の「ドネツク州」と「ルガンスク州」の独立を認める大統領令に署名した。両州のロシア人勢力とロシアは両州をそれぞれ「ドネツク人民共和国」、「ルガンスク人民共和国」と呼称している。

 翌22日、プーチン氏は「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」に平和維持のための軍部隊を派遣するようロシア国防省に指示した。ロシア軍は以前からこの日に備えていたのですでに軍の侵攻は開始しており、ロシア軍の両州への展開は短時間のうちに完了するだろう。

 ロシアは今まで両州からの独立承認要請に応えないでいたのだが、ついに両州のウクライナからの独立を認め、軍を派遣したのである。8年前に、クリミアを併合したのと同じことが起こりつつあるのであり、両州はいったん独立の「人民共和国」となるが、いずれロシアに併合されるだろう。要するに、ロシアは両州をクリミアと同様、強引な方法で奪いつつあるのだ。

 これに対して西側はどう対応するのか。

 ウクライナにとって東部2州の独立は反乱に他ならない。ウクライナ軍はロシア人勢力と戦ってきたが、それはウクライナ国内の反乱軍を鎮圧するためであった。ウクライナは両州の独立を認めないので、今後も反乱軍勢力との戦いが続くことになる。だが、これからはロシア軍が駐留しているのでウクライナ政府にとっては厄介な問題が増えることになる。

 ウクライナ政府も国際社会も東部2州におけるロシア軍についていかなるステータスも認めない。「平和維持軍」だとロシアは自称しているが、そのような子供だましで動く各国ではない。ただ問題は、国際法上違法な軍事行動をいかに排除するかであり、それは21世紀の今日、簡単なことでない。軍事面でどのような展開になっていくか、予測は困難である。

 ロシアが今回うまく立ち回ったとする見方がある。ロシアとウクライナのロシア系住民は独立し、ロシアに統一されることにより目的を達することになる点ではその通りであろう。

 一方、ロシアがこれまで忌み嫌ってきたウクライナのNATOへの加盟問題に影響は出ないか。ウクライナのNATO加盟はロシアの安全保障を損なうという反対理由を西側は認めたことはないが、この主張は国際社会に一定程度訴える力があった。しかるに、東部2州の独立・ロシアへの統一が完成してしまうと、ロシアの主張はいずれ説得力を持たなくなり、逆に西側の主張が強くならないか。これまで東部2州は問題はあったが、ウクライナの一部であり、同国のNATOへの加盟に反対する勢力が同国内に存在したことの証であった。東部2州が独立してしまうと、ウクライナ内のNATO加盟反対勢力はその分少なくなる。とすれば、ウクライナとしてNATO加盟は比較的容易になるのではないか。
 ロシアはその場合でも反対し続け、ウクライナが従わないとまたどこかの地方を奪うのだろうか。東部2州は別にしても、ウクライナにはロシア語を話す住民が首都キエフをはじめ各地に存在する(全国で十数%)。彼らと東部2州のロシア人勢力を同一視することはできないが、ロシアの出方いかんでは危険な存在に化するかもしれない。

 欧米諸国はロシアに対し「手を出すな」と言い続けてきた。バイデン米大統領は、ロシアがウクライナに侵攻すれば、同盟国とともに「ロシアにとって大惨事になる」ような大規模な経済制裁をかけるとしてきた。その中には、ロシアの金融機関や主要産業を標的とした措置が想定されていた。だが、米国がロシアの決定後いち早く発表した経済制裁は、親ロシア派支配地域に対し米国との経済取引を禁じる内容で、ロシアに対する制裁ではなかった。バイデン大統領はロシアに対する大規模な制裁には慎重な姿勢を崩しておらず、可能な限りロシアに対する説得を続けようとしているのであり、そのことは評価できる。

 しかし、力で現状を変更されてしまった悪影響は計り知れない。欧州のみならず、東アジアへの影響も深刻である。なかでも台湾について、誤ったメッセージを与えることにならないかという、超特大の問題もある。この地域で現在のバランスが崩れると日本は直に深刻な影響を受ける。それは日米関係の危機にもなりうる。

 ウクライナ東部の2州問題とは別に、力による現状変更の試みがどのような危険をもたらすか、また自由主義世界として何ができるか、日本は米国とはもちろん、EU・NATOとも緊密な協議を通じて事態を見極める必要がある。日本は、北方領土問題を控えているのでロシアとの関係を悪化させたくないという考えが永田町の一部にあるそうだが、牙をむいて本性を現したロシアに手心を加えるのは、国際社会から評価されない、危険極まりない考えである。

2022.02.13

北方領土の法的地位と米国の関与

 岸田首相は北方領土問題についてエマニュエル駐日米大使と突っ込んだ話し合いをすべきだ。同大使は2月7日、「北方領土の日」に合わせてツイッターに動画を投稿し、「(米国は)北方四島に対する日本の主権を1950年代から認めている」と説明し、北方領土問題の解決に向け日本を支持すると強調した。日本としてあらためて米国に対し北方領土問題を訴えるよい機会だ。

 安倍元首相は、プーチン大統領による1956年日ソ共同宣言を基礎として交渉を進展させるという突然の提案を、日本との平和条約交渉にプーチン氏が前向きになったサインだと誤解し、交渉を始めたが、結局プーチン氏にはそのような姿勢がないことが判明した。プーチン氏は北方領土交渉を日露間の問題にとどまらず、米国との関係でとらえている。また「第2次世界大戦の結果、千島列島全島に対する主権を得た」という主張は、日本のみならず、旧連合国のどの国も認めていない。

 第二次大戦の結果、日本の領土は大幅に削減された。1945年8月の「ポツダム宣言」で本州、北海道、九州および四国は日本の領土であることがあらためて確認されたが、「その他の島嶼」については、「どれが日本の領土として残るか、米英中ソの4か国が決定する」ことを日本は受け入れた。

 1951年の「サンフランシスコ平和条約」はその決定が行われる機会であったが、実際には、自由主義陣営と社会主義陣営による東西対立の影響を受け、「千島列島」は「台湾」などと同様帰属を決定することはできず、日本は帰属先の決まらないそれらの島嶼を「放棄」するにとどまった。

結局、ポツダム宣言を発出した4か国は「千島列島」や「台湾」などの帰属を決定できず、そのままの状態が今日まで続いているのである。

 日本は、今日でもポツダム宣言とサンフランシスコ平和条約を忠実に守っており、「千島列島」は放棄したままの状態だ。ロシアは、現在の交渉において、「千島列島」は第2次大戦の結果としてロシアが獲得したことを認めよと主張しているが、「千島列島」を「放棄」した日本が、ロシアの主権を認めるのは同条約に違反することとなり、それはできない。法的に不可能なのだ。また、このロシアの主張を裏付ける根拠は皆無であり、日本もその他の国もロシアが「千島列島」の領有権を得たと認めたことは一度もない。

 ではなぜ日露間で平和条約交渉を始めたのか。それは、国際政治が原因で日露間の戦争状態が処理されないと、外交関係も結べず、国際社会は不安定化する。国連などの運営も円滑に運ばなくなる。また、両国民の往来に支障が生じる。こういうことでは困るので、可能な範囲で関係を正常化することになったのであった。

 その結果が1956年の「日ソ共同宣言」であり、日露間の外交関係は回復されたが、北方領土問題は合意に至らなかった。かりに合意されていてもそれは日本とソ連(当時)の合意に過ぎず、ポツダム宣言を行った4か国の合意でないという法的問題が残るが、日露両国が合意できるのであれば、追認しようという考えだったものと推測される。千島列島の領有権を主張するのは日本とロシアだけだからである。

 つまり、北方領土の問題は、ポツダム宣言の4か国が日本の領土の範囲を決めなかったから起こってきたことなのだ。もちろん、日本には歴史に基づいた国民感情があり、戦争終結から80年近くになる現在、それを無視することはできず、軽々に4か国が決めればよいとは言えないが、国際法の筋道としては、4か国が決めておれば今日の問題はなかったのである。なお、日本政府は、台湾についてポツダム宣言を受け入れた立場は変わっていないことを1972年に明言している。日本のポツダム宣言に関する立場は今日も変わっていないはずである。

 以上を踏まえると今後はどうなるか。もちろん日露間で合意に達することができればよい。だが、これまで日露間でさんざん試みてもうまくいかないのが現実である。どうしてもできなければ、国際法の原則に立ち返ることになるが、4か国で決定する方法も国際政治の現実に照らすとそのままでは無理がある。

 そのような状況のなかで大きな役割を果たすのはやはり米国である。第二次大戦において、戦争の遂行、戦後処理を主導してきたのは米国であった。ロシアに対して「千島列島」の「占領」を認めたのも、また、日本に対して、「千島列島」の「放棄」を求めつつ、ロシアへの帰属を認めなかったのも実質的には米国であった。

 米国には「第三国間の領土問題に関与しない」という原則があり、それは第二次大戦など歴史的経緯から米国として必要な対外関係上の原則であることはよく分かる。それは日本としても尊重しなければならないが、北方領土の帰属問題は特殊である。日本はポツダム宣言により当事者でなくなり、米国をはじめとするポツダム宣言の4か国が当事者となった。米国のこの法的立場は変わっていないのではないか。総じて米国は北方領土問題の解決にどの国よりも責任があるのではないか。

 これまでの日露間の交渉で出てきたことがもう一つある。ロシアは、北方領土問題が解決したとしても米軍の基地がその中に置かれるのは認められないとしていることだが、このような主張を日本は認めることはできない。日本に米軍の基地を置くか、置くとしてもどこか、日米間で合意すれば可能だが、第三国であるロシアとの間でそんなことはできない。それはロシアの身勝手な要求である。このことも北方領土問題の解決に米国の関与が必要になっている理由である。

 さはさりながら、北方領土問題を解決してほしいと米国に求めても、長年の時間が経過したことであり、簡単には応じてくれないだろう。しかし、もし日露間の交渉に参加してくれれば日米関係はさらに強固になる。岸田首相にはまずエマニュエル大使と外務大臣や官僚は入れずに、二人だけで、注意深く問題提起し、日本の立場を説明してもらいたい。そして来るバイデン大統領との会談では米国の関与が不可欠であることについて理解を求め、何らかの形でそのための道筋を取り付けてもらいたい。

2022.01.24

北朝鮮の外交展望

 北朝鮮の朝鮮中央通信は1月20日、朝鮮労働党中央委員会政治局会議が19日に開かれ、「暫定的に中止していた全ての活動を再稼働する問題を、迅速に検討するよう当該部門に指示した」と報道した。北朝鮮は今月に入ってから5日、11日、14日、17日にミサイルの発射実験を行ったばかりであった。

 度重なるミサイルの発射実験や新たな核実験の示唆は、東アジアの平和と安全にとって大きな脅威となる。経済的に危機的な状況にある北朝鮮は、各国との関係を一層悪化させるようなことをなぜするのか、不可解である、というのが多くの国の見方であり、北朝鮮は危険な瀬戸際外交を行っていると非難される。だが、北朝鮮の考えを知る努力も必要であろう。北朝鮮としては以下のように見ているのではないかと思われる。

〇北朝鮮にとって米国との関係がどの国よりも重要であることは今後も変わらない。韓国とはいろいろな事情が絡んでおり、文在寅政権は北朝鮮に対して友好的姿勢をみせるが、北朝鮮として最も期待する制裁の解除には役立たない。韓国では3月9日に選挙が行われ、新大統領となるが、新政権は制裁解除に役立つかが最重要の問題である。

〇バイデン政権が成立以来の北朝鮮政策を維持する限り、新しい状況を作り出すことは困難である。バイデン大統領は、表舞台では北朝鮮のミサイル発射実験を非難しつつ、国務省の朝鮮問題専門家などに北朝鮮との交渉を進展させる道を非公式に探らせているが、その方法は官僚重視のボトムアップ型である。交渉を進展させるには米国としての政治的な意思を示すことが必要である。

〇バイデン政権は、成立以来中国に対して厳しい姿勢を取ってきたが、最近は、ロシアがウクライナにおいて事を起こす危険が高まっており、米国にとって、中国とロシアとの関係が最大の課題となっている。またその関係で米国内でもバイデン政権に対する批判が高まる可能性がある。これらの状況も米国が北朝鮮との関係においてイニシャチブを取るのに妨げになっている。

〇北朝鮮としては、中国及びロシアとの関係を損なわない範囲内で、米国に対し強い態度で臨むことが得策である。トランプ政権時代に踏み切ったミサイルと核の実験停止を解除する、あるいはそれを示唆することが北朝鮮の自由な行動の範囲を広めることになる。

〇中国との貿易は制裁により制約を受けているが、中国は米国と厳しく対立する結果、米国の言いなりにならなくなっている。北朝鮮との貿易にも柔軟に対応する可能性が出てきている。(注 中国からの援助物資を積んだ列車が数日前、2年ぶりに北朝鮮に入ったことが注目される。)


 一方、日本の岸田政権は、現在まで前政権の対北朝鮮姿勢を変えていないが、バイデン政権から新しい政策が取られる可能性はますます遠のいているだけに、日本としてどのような役割を果たすべきか、新たなマインドで検討すべきではないかと思われる。たとえば、北朝鮮がミサイルと核の実験を停止し続けることと引き換えに、毎年定期的に行われている、北朝鮮を標的とする米韓合同演習の在り方を日米韓で検討しなおす余地があるのではないか。

アーカイブ

検索

このページのトップへ

Copyright©平和外交研究所 All Rights Reserved.