平和外交研究所

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2017.11.21

南シナ海問題についてASEANサミットは融和的であったか

 中国が国際法を無視して権利のない島や岩礁で埋め立て工事を行い、また飛行場を建設するなどしてきた南シナ海について、2017年11月、フィリピンで開催されたASEAN首脳会議の議長声明は「懸念」の表明をしなかった。2014年5月の首脳会議で「深刻な懸念」を表明して以来、「懸念の維持」「懸念を共有」などと表現は多少変えながらも毎回維持してきたキーワードだが、今回はまったく姿を消したのである。もっとも、当然のことながら、このような結論を導くのは容易でなかったのだろう。今回の議長声明は会議が終了してから3日後にようやく発表された。会議が終わってもすぐに議長声明が発表されないのはよくあることだが、3日もの遅れはまれであった。

 昨年7月、国際仲裁裁判所は、フィリピンが申し立てていたスカーボロー礁(中国名「黄岩岛」以下同)やスプラトリー諸島(南沙諸島)などにおける中国との紛争について、ほぼ全面的に中国の主張を退ける判決を下した。
 スカーボロー礁では1990年代の終わりころから両国間で紛争があり、2012年には双方が艦船を派遣してにらみ合う状況に陥り、後にフィリピン側は引き上げたが、中国船は居残った。
 また、スプラトリー諸島では、やはり1990年代から紛争があり、2015年に入ると中国は埋め立てや建設工事を急ピッチで進めたので、フィリピンが国際仲裁裁判所に提訴したのであった。
  
 米国は国際法を無視した中国の行動は認めない、それによって南シナ海における航行の自由がさまたげられてはならないとして、いわゆる「航行の自由」作戦を断続的に行ってきた。
また日本も基本的には米国と同じ立場であり、中国は仲裁判決を受け入れるべきであると表明してきた。

 しかし、中国は強く反発し、東南アジア諸国にこの判決を無視するよう求めた。これにとくに積極的に応じたのはフィリピンであった。新任のドゥテルテ大統領は、国内でテロや犯罪への対応に追われる一方、対外面では中国とできるだけ事を構えず、フィリピン漁民の安全操業、中国のフィリピンに対する経済協力など経済面での関係改善を重視し、仲裁判決など国際法的な立場を前面に出すことを控えてきた。
 今年のASEAN首脳会議が中国に融和的な姿勢をとるのにフィリピンは比較的大きな役割を果たしたものとみられる。

 今次会議については、「懸念」以外にいくつか注目すべき点がある。
 
 第1に、国際仲裁裁判所の判決について、ASEAN諸国が中国にその履行を求めることを控えたのは明らかだ。このことについて、ASEAN諸国と中国は判決を「棚上げ」した、と評される可能性があるが、それは正確でないだろう。「棚上げ」の合意はなかった。中国とASEAN諸国は、基本的にはそれぞれの立場でこの問題を大事にしないほうが得策だと判断したに過ぎない。
 
 第2に、南シナ海問題について、ASEAN諸国が経済的な利害を重視したのは明らかだが、政治的、国際法的に正しい解決を目指すことを放棄したのではなく、いわば休戦状態になっているに過ぎない。仮に中国があらたな埋め立てや建設工事を始めると緊張状態は復活する。また、漁業をめぐって偶発的な衝突が発生する危険もある。

 第3に、南シナ海でかねてから懸案となってきた「行動綱領(COC)」については、中国の恣意的な政治的影響力の行使を制限したいASEAN諸国と、それを嫌う中国という基本的対立があるため作成作業は遅々として進んでいないが、双方とも、その完成に向け努力を継続することにしている。

 第4に、中国は今後、南シナ海より、台湾への攻勢を強める可能性がある。習近平政権はこれまでかくかくたる成果を上げ、さきの第19回共産党大会でその業績が改めて承認され、独裁的とも評される地位を確立したが、台湾問題はあまり進展(中国から見て)しなかった。今後5年間の第2期目においては、南シナ海よりも台湾との関係で現状の打開を図ろうとするのではないか。中国は台湾が外交関係を維持してきた中米諸国に対する働きかけをすでに強めている。
2017.11.14

トランプ大統領のアジア歴訪

 トランプ米大統領は11月5日からの日本訪問を皮切りに、韓国、中国と相次いで訪問し、さらにアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に出席するためベトナム(ダナン)、ついでASEAN首脳会議拡大会議のためにフィリピンへと足を延ばした。ベトナムでは、環太平洋経済連携協定(TPP)の首脳会議がAPECと並行して開催される予定であり、米国は離脱を表明しているのでトランプ氏は直接関係ない立場であったが、やはり注目された。
米国の大統領がこれだけ長く母国を離れることは珍しいことであったという。

 事前には北朝鮮と貿易の二つが最大の注目点になっていたが、結局、貿易の比重が大きくなった。トランプ氏は日本、韓国及び中国において貿易面で大きな成果を上げ、中国とは28兆円にのぼる企業間契約を締結させた。また、APECでは、二国間主義を貫こうとするトランプ大統領に一定の配慮が払われ、非難めいたことは宣言に盛り込まれなかった。

 一方、北朝鮮問題が大きな問題にならなかったことは、ある意味、喜ぶべきことだろう。しかし、一連の会議においてではなかったが、トランプ氏は12日、ツイッターで、金正恩委員長について、「金正恩氏はなぜ私を『年寄り』と侮辱するのだろうか。私は彼を『チビでデブ』と決して呼ばないのに」と記した。さらに、ベトナムのチャン・ダイ・クアン国家主席との共同記者会見で、金正恩氏と友人になる可能性を問われ、トランプ氏は「あらゆることに可能性はある。人生、不思議なことが起きる。もし友人になれば、北朝鮮にとって、世界にとって良いことだろう。可能性は確かにある。そうなるかは分からないが、そうなれば非常に素晴らしいことだ」と回答したのは実に興味深い発言であった。
 トランプ氏が、条件付きであったとはいえ、金正恩氏と友人になれる可能性に言及したのは初めてだと思う。この発言は、トランプ大統領が、北朝鮮問題については圧力の強化を重視しつつも、かなり幅のある見方をしていることの新たな証左である。

 トランプ大統領以上に満足したのは習近平主席であった。何が飛び出すか分からないところがあるトランプ氏の訪中を大成功で終わらせることができたからである。トランプ氏をどのように遇するのがよいか、周到に準備したのは当たり前であったが、非常に巧妙であった。トランプ氏が理屈よりも「力」を重視する傾向があることを踏まえ、中国は米国よりはるかに長い歴史があること、中国のパワーは侮れないことを強く印象付け、さらに超大規模な企業間契約を成立させるなどしてトランプ氏を喜ばせた。また、中国は米国とともに世界の平和と安定を守っていくことを強調しつつ、処々に「大国中国」を印象付けた。
 これに対しトランプ氏は、会見で貿易不均衡問題に言及し、「我々は貿易上の問題を解決するために着実に行動しなければならない。米国企業が中国で公平に競争できるようにさせなければならない」と説く一方、「貿易不均衡は中国の責任ではない。その責任は放置してきた歴代の米大統領にある」と異例の発言まで行って歓待してくれた習近平主席にこたえた。
 そして習氏は、APECでトランプ氏が二国間主義にこだわるのをしり目に、中国は多国間協調を重視し、グローバル化を尊重しつつ積極的な役割をはたす姿勢であることを強調した。
 一方、各国から批判されやすい南シナ海問題については、ASEAN首脳会議は中国への配慮を示し、昨年言及した中国の活動への「懸念」は議長声明に盛り込まない見通しとなっている。

 安倍首相と習主席の会談では、今後の関係改善につながる希望が高まった。安倍首相が南シナ海の問題を封印するなどして中国との関係改善に積極的な姿勢を示したことが今回の会談成功に貢献したのはもちろんだが、習近平主席が笑顔で応じたのは、中国内では第19回党大会を成功させ、対外面ではトランプ大統領の訪中とAPECおよびASEANの首脳会議で大国らしい役割を果たしえた満足感が背景となっていたと思われる。

2017.11.07

トランプ大統領の訪日

 トランプ大統領の訪日(11月5~7日)は大成功であった。安倍首相とトランプ大統領の特別に緊密な関係には日本国民のみならず、世界が注目しただろう。米国の大統領がトランプ氏ほど日本に対する好意を表したことはかつてなかったと思われる。東アジアのみならず、世界の平和と安定にとって重要な役割を果たしている日米関係が一層固められたことは誠に喜ばしい。

 しかしながら、そのようなときだからこそ、米国の、というよりトランプ大統領の対日戦略は何かをあらためて見ておきたい。

 北朝鮮問題が今回の首脳会談の主要議題の一つであり、北朝鮮に対して「最大限の圧力」を加える必要があるとの認識で両首脳は一致した。これは事前の予想通りの結果であった。安倍首相は「日米が100%ともにあることを力強く確認した」と表明し、また、トランプ大統領も安倍首相の発言にうなずくなど、両者は北朝鮮問題で完全に一致していることを強くアピールして見せた。
 しかし、北朝鮮に関する両者の見解はほんとうに一致しているのか。安倍首相は北朝鮮に対して、かねてから「圧力を強化する必要がある」との一点張りであるが、トランプ氏はちょっと違うのではないか。

 トランプ氏は、就任後間もない2月にフロリダで行われた安倍首相との会談で、北朝鮮問題については100%安倍首相を支持すると述べた。そしてその後もその発言を繰り返してきたらしい。安倍首相の、日米両国は100%ともにあるとの発言はその反映のように思われる。

 しかし、トランプ氏の北朝鮮に対する認識にはかなりの幅がある。トランプ氏は、たしかに金正恩委員長を強く批判し、「リトル・ロケットマン」と嘲笑し、さらに米軍の圧倒的な軍事力を背景に恫喝的な発言までしているが、他方では、金正恩氏と対話する考えを漏らしたことがある。米朝両国が対話に進むか否かが問題になっている今は、さすがに言わなくなっているが、はたして本当に考えを変えたか、対話は望まなくなっているか疑問である。
 また、トランプ氏は金正恩氏を一定程度理解する考えを示したこともある。たとえば、去る4月末にCBSとのインタビューでの発言である。

 もしそうであれば、トランプ氏はなぜ安倍首相に100%支持するとまで表明するのか。
それは、安倍首相がトランプ氏に、北朝鮮の脅威を説き、圧力強化に集中することが必要だと説得した結果かもしれない。
 しかし、それだけでなく、トランプ氏は安倍首相の強硬策が米国にとって都合がよいとみているのではないか。北朝鮮の脅威が高まり、日本が安全保障上米国への依存度をさらに深めると、米国が日本と貿易・通商面で交渉するのに有利になり、高価な武器を日本に売りつけるのにも役立つからだ。今回の首脳会談ではそのような考えが露骨に示された。トランプ大統領が武器売却に言及した際にみせた生き生きとした顔は印象的であったという。
 
 もう一つ注目されるのは、トランプ政権には日本や中国との交渉に臨む際には一定の方針があるが、アジア・太平洋についての戦略はないことである。「アジアへのリバランス」を謳ったオバマ政権とは違っているのである。
 現在、ホワイトハウスにも国務省にも、アジア・太平洋における戦略についてトランプ大統領に説得できる補佐がいないことも影響しているのだろう。
 しかし、より本質的なことは、トランプ氏が多角的、地域的戦略を好まないことである。トランプ氏には、日本、中国、韓国などとどのように交渉するのがよいかについてはかなり明確な方針があるようだが、多角的、地域的戦略は見えてこない。見えてくるのは、「米国第一」と「偉大な米国の復活」への強い志向であり、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)や地球温暖化に関するパリ協定などを退けようとする姿勢である。

 多角的、地域的バランスを重視しないトランプ政権の下で、米国の日本との同盟の絆が一層強まることは自然な流れであり、必然的なこととさえ思われる。しかし、そこに危険はないか。
 理論の問題でない。トランプ政権の下で現実にどのような状況が生まれるか、明確な見通しを以って対応していく必要がある。
トランプ政権は、「すべての選択肢はテーブルの上にある」と言い、安倍首相は、前述したとおり、それを支持して、「日米が100%ともにあることを力強く確認した」と表明した。
 しかるに、すべての選択肢のなかに北朝鮮に対する軍事行動が含まれているのは明らかであり、その意味合いを承知の上で安倍首相が米国を支持するのは危険なことであり、国民として容認できない。日本はあくまで米国が軍事行動に出ることに反対すべきである。それは地域的に必要なことでもある。米軍による軍事行動への支持は、「圧力を強化する」との表明よりも何倍も罪が重い。

 安倍氏とトランプ氏は馬があうようだが、深層心理においては非常に違っている。安倍氏は先の大戦での我が国の行動は他国に対する侵略ではなかったという考えであろう。
 一方、トランプ氏は「リメンバー・パールハーバー」を口にする米国人の一人である。今回の訪日に先立ってハワイを訪れた際にも、また、時間は前後するが、オバマ氏が米国大統領として初めて広島を訪問した際にもこの言葉を口にして批判した。
 トランプ氏は、1941年の日本軍による真珠湾攻撃を忘れていないのだが、ただ単に忘れていないのでなく、現在の政治状況の中でもそのことを問題視しているのではないか。
 また、トランプ氏はかつて日系人の強制収用は反省する必要がないという趣旨の発言をしたことがある。そこには、イスラムに対するのと同様、人種主義的な偏見があるのではないか。

 現在と将来の日米関係を語るたびに「リメンバー・パールハーバー」と日系人の強制収容のことを持ち出すべきとは思わないが、トランプ氏の根底にあるこだわりや偏見を忘れるわけにはいかない。
 米側でも安倍首相の戦争観を忘れていないだろう。日米間の同盟関係はゆるぎないものとなっているとしても、そのような側面があることには留意が必要である。
 平時においては、両者のそのような違いは問題にならず、相性の良さばかりが目立つだろうが、北朝鮮をめぐって軍事衝突が起こるとそうはいかなくなる。米国が日本に対し自衛隊の派遣を求めてくれば日本としてどのように対応するか。2015年に改訂された安保法制に従えば、自衛隊は朝鮮半島へ出動することが、厳しい要件が満たされる場合であるが、可能になっている。しかし、国会の質疑においては、安倍首相は自衛隊が海外に派遣されることはないと断言した。トランプ氏が自衛隊の出動を求めてきた場合に日本としてどのように対応するのか。このようなことも考えて北朝鮮問題に対応する必要があるのではないか。

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