オピニオン
2021.01.22
文大統領の発言のうち評価できる点と評価できない点を確認しておく。
評価できる発言
〇 日本政府に元慰安婦らへの賠償を命じた韓国の地裁判決について、「正直、困惑している」。
(注 文大統領が韓国の裁判所の判決について否定的な考えを示したのは初めて。)
〇 2015年の日韓慰安婦合意については、「韓国政府は、両国間の公式合意と認めている」。
(注 文大統領はこれまで公式の合意と認めないかのように振舞っていた。)
〇 元徴用工訴訟について、日本企業の資産が「現金化されるのは、日韓関係に望ましいとは思わない」。
(注 文大統領がこのような発言を行ったのは初めて。)
〇 歴史問題が日韓関係全体に影響し、「他の分野の協力まで止めようとする態度は賢明ではない」。
評価できない発言
〇 解決策は「原告が同意できるものでなければならない」。
(注 この発言は問題である。このような考えに立つ限り、ソウル地裁の判決、2015年の両政府間合意、日本企業資産の現金化問題について、大統領としてどんなに積極的なことを述べても、帳消しになってしまう。また、「日韓両政府が協議して原告が同意できる解決策を見出そう」という主張であれば、今までと基本的には変わらない。)
韓国政府はこれまで判決は変えられないと主張してきた。文大統領も同じ考えだったようだが、今回の発言はかなり趣が異なる面もある。ともかく、韓国政府は代替案を示す必要がある。例えば、強制執行の結果、日本の政府や企業が損害を被れば韓国政府が補償を行うことなど。
今回の発言から少しはなれるが、文大統領は韓国の外交を立て直そうとしているのではないか。米国でバイデン新政権が発足する直前に外相を康京和(カン・ギョンファ)氏から鄭義溶(チョン・ウィヨン)氏へ交代させたのもその一環であろう。
一方、日本側としても注意を要する点がある。今回の文大統領の発言を喜んではならない。発言には積極的な面とともに問題があることはすでに述べたが、特に、日本が注意しなければならないのは第三国から評価される対応が必要なことである。日本の立場が強くなればなるほど、注意が必要である。第三国には元慰安婦問題に同情的な人は少なくない。国際法での主権免除理論を振りかざすことは賢明でない。日本政府は説明の仕方を工夫すべきである。
また、日本政府は、半導体製造に必要な物資の対韓輸出についての規制強化措置を撤廃すべきである。日本側(経産省)はこれは国内措置だと主張してきたが、徴用工問題に関して韓国に加えた圧力であったことは明らかである。水面下では、今でも日本側から「韓国が態度を改めない限り、撤廃しない」とささやいているのではないか。
なお、韓国政府は日本政府の管理強化の要求に応じて必要な措置をすでにとったという。もし日本政府としてそれが不十分ならば、輸出管理の範囲内で解決を図るべきである。
文在寅政権の対日姿勢は変わったか
韓国の文在寅大統領は1月18日、年頭の記者会見で日韓関係の改善に関する発言を行った。これまで文大統領は菅首相に親しげに呼び掛けるなど、ある程度前向きの気持ちを表したことはあったが、今回は率直に、日韓関係を悪化させている問題に言及した。文氏は日本との関係改善を望んでいると思われる。文大統領の発言のうち評価できる点と評価できない点を確認しておく。
評価できる発言
〇 日本政府に元慰安婦らへの賠償を命じた韓国の地裁判決について、「正直、困惑している」。
(注 文大統領が韓国の裁判所の判決について否定的な考えを示したのは初めて。)
〇 2015年の日韓慰安婦合意については、「韓国政府は、両国間の公式合意と認めている」。
(注 文大統領はこれまで公式の合意と認めないかのように振舞っていた。)
〇 元徴用工訴訟について、日本企業の資産が「現金化されるのは、日韓関係に望ましいとは思わない」。
(注 文大統領がこのような発言を行ったのは初めて。)
〇 歴史問題が日韓関係全体に影響し、「他の分野の協力まで止めようとする態度は賢明ではない」。
評価できない発言
〇 解決策は「原告が同意できるものでなければならない」。
(注 この発言は問題である。このような考えに立つ限り、ソウル地裁の判決、2015年の両政府間合意、日本企業資産の現金化問題について、大統領としてどんなに積極的なことを述べても、帳消しになってしまう。また、「日韓両政府が協議して原告が同意できる解決策を見出そう」という主張であれば、今までと基本的には変わらない。)
韓国政府はこれまで判決は変えられないと主張してきた。文大統領も同じ考えだったようだが、今回の発言はかなり趣が異なる面もある。ともかく、韓国政府は代替案を示す必要がある。例えば、強制執行の結果、日本の政府や企業が損害を被れば韓国政府が補償を行うことなど。
今回の発言から少しはなれるが、文大統領は韓国の外交を立て直そうとしているのではないか。米国でバイデン新政権が発足する直前に外相を康京和(カン・ギョンファ)氏から鄭義溶(チョン・ウィヨン)氏へ交代させたのもその一環であろう。
一方、日本側としても注意を要する点がある。今回の文大統領の発言を喜んではならない。発言には積極的な面とともに問題があることはすでに述べたが、特に、日本が注意しなければならないのは第三国から評価される対応が必要なことである。日本の立場が強くなればなるほど、注意が必要である。第三国には元慰安婦問題に同情的な人は少なくない。国際法での主権免除理論を振りかざすことは賢明でない。日本政府は説明の仕方を工夫すべきである。
また、日本政府は、半導体製造に必要な物資の対韓輸出についての規制強化措置を撤廃すべきである。日本側(経産省)はこれは国内措置だと主張してきたが、徴用工問題に関して韓国に加えた圧力であったことは明らかである。水面下では、今でも日本側から「韓国が態度を改めない限り、撤廃しない」とささやいているのではないか。
なお、韓国政府は日本政府の管理強化の要求に応じて必要な措置をすでにとったという。もし日本政府としてそれが不十分ならば、輸出管理の範囲内で解決を図るべきである。
2021.01.18
日本政府は、国際法上、国家は外国の裁判権に服さない(「主権免除」の原則)ことを理由に訴訟への関与を拒否してきた。が、ソウル地裁は、慰安婦の動員や管理は「反人道的な犯罪行為」で、主権免除を適用すべきでないとの原告側主張を受け入れたのである。
その後、日本政府は国際司法裁判所(ICJ)への提訴を検討し始めたと伝えられている。ICJでの解決が実現すればもちろん、実現する以前においてもよい方策である。
2012年、李明博韓国大統領が竹島へ上陸した際、野田首相よりICJでの解決を提案したことがあった。しかし、韓国は同意しなかった。ICJについては、事前に「義務的管轄権」を受諾していれば、いちいち同意しなくてもICJへ行くことになるが、韓国はそれを受け入れていなかったのであり、現在も同じ状況である。
慰安婦問題についてはこれまでICJでの解決を提案していなかったが、今回韓国の裁判所が日本政府に賠償を命じる判決を下したので、韓国側から法的な解決を主張し始めたのであり、ICJでの解決を求めるのがふさわしい状況になった。
韓国政府は、しかし、竹島の例などにかんがみても慰安婦問題についてもICJでの解決に応じないかもしれないが、日本政府としてはICJでの解決を主張し続けることにより、公平な姿勢であることを示すことができる。
また、韓国側でもICJでの解決が望ましいとする意見が出てきている。韓国国民大学の李元徳教授は「平和的に解決するには、両国の合意のもと国際司法裁判所(ICJ)で判断するしかないだろう」との意見である(朝日新聞1月9日付)。日本政府としてはICJでの解決がよいとする韓国の論者にも働きかけ、韓国政府と共に提訴するのが望ましい。
日本では強い姿勢で韓国に臨むべきだとか、相星孝一・新駐韓大使の赴任を遅らせるべきだとか、次期駐日大使として来日予定の姜昌一氏の受け入れを拒否すべきだとかの主張があるようだが、いずれも問題の解決には役立たない。相星大使は現地へ行き、今後の対応策を至急検討すべきである。
慰安婦問題の解決は国際司法裁判所で
韓国のソウル中央地裁は1月8日、元従軍慰安婦の女性12人が日本政府に損害賠償を求めた訴訟で、請求通り1人当たり1億ウォン(約950万円)の支払いを命じる判決を言い渡した。日本政府は、国際法上、国家は外国の裁判権に服さない(「主権免除」の原則)ことを理由に訴訟への関与を拒否してきた。が、ソウル地裁は、慰安婦の動員や管理は「反人道的な犯罪行為」で、主権免除を適用すべきでないとの原告側主張を受け入れたのである。
その後、日本政府は国際司法裁判所(ICJ)への提訴を検討し始めたと伝えられている。ICJでの解決が実現すればもちろん、実現する以前においてもよい方策である。
2012年、李明博韓国大統領が竹島へ上陸した際、野田首相よりICJでの解決を提案したことがあった。しかし、韓国は同意しなかった。ICJについては、事前に「義務的管轄権」を受諾していれば、いちいち同意しなくてもICJへ行くことになるが、韓国はそれを受け入れていなかったのであり、現在も同じ状況である。
慰安婦問題についてはこれまでICJでの解決を提案していなかったが、今回韓国の裁判所が日本政府に賠償を命じる判決を下したので、韓国側から法的な解決を主張し始めたのであり、ICJでの解決を求めるのがふさわしい状況になった。
韓国政府は、しかし、竹島の例などにかんがみても慰安婦問題についてもICJでの解決に応じないかもしれないが、日本政府としてはICJでの解決を主張し続けることにより、公平な姿勢であることを示すことができる。
また、韓国側でもICJでの解決が望ましいとする意見が出てきている。韓国国民大学の李元徳教授は「平和的に解決するには、両国の合意のもと国際司法裁判所(ICJ)で判断するしかないだろう」との意見である(朝日新聞1月9日付)。日本政府としてはICJでの解決がよいとする韓国の論者にも働きかけ、韓国政府と共に提訴するのが望ましい。
日本では強い姿勢で韓国に臨むべきだとか、相星孝一・新駐韓大使の赴任を遅らせるべきだとか、次期駐日大使として来日予定の姜昌一氏の受け入れを拒否すべきだとかの主張があるようだが、いずれも問題の解決には役立たない。相星大使は現地へ行き、今後の対応策を至急検討すべきである。
2020.11.27
同会見において茂木外相は「尖閣諸島周辺海域に関する日本の立場を説明し、中国側の前向きな行動を強く求めるとともに意思疎通を行っていくことを確認した」と語った。最近、尖閣諸島の接続水域内に中国の公船による侵入が顕著に増加していることを背景にした発言であった。
一方、中国の王毅外相は「我々も釣魚島(尖閣諸島の中国名)の情勢を注視している」とし、「一部の真相が分からない日本漁船が釣魚島周辺に入っている。中国側としてはやむを得ず、必要な反応をしなければならない」と反論した。また王外相は「希望も持っている」とし、双方が事態を複雑にする行動を避けることや対話を通じた解決を呼びかけ、「双方の努力で東シナ海を平和、協力の海にしていきたい。両国の利益に合致するものだ」とも語った。
日本の漁船の行動に問題があったとの認識を示しつつ、中国側の行動は日本の漁船に触発された受動的なものであったとの趣旨を述べた王氏の発言は非常に問題であったが、同時に巧妙に計算されたものであった。
茂木氏は、その場で日本の漁船を擁護する発言を行うべきであった。具体的な表現に細心の注意が必要であることはもちろんである。特に、王氏は日本の漁船の何が問題であったかについて、「日本漁船が釣魚島周辺に入っている」と、肝心のところはぼやかしていた。かりに茂木外相が、「日本漁船が日本の領海に入るのは当たり前である」とでも言えば、王氏から、「私は領海の問題を避けて発言したのに、茂木外相は領海を問題にした」と逆襲されるかもしれない。そうなれば中国側の思うつぼである。
中国で日本漁船が領海内に入ってくると言っているのは、海警局の関係者であり、非公式の発言である。
つまり、日本側から日本の領海のことを言及しないよう注意しつつ、日本漁船を擁護する必要があるのだ。念のために付言しておくが、日本側が日本の領海について中国側に問題提起すべきでないのは、日本は、尖閣諸島は日本の領土であることになんら問題はないと認識しているし、実効支配しているからである。
日本国内で王外相の発言を問題視する気持ちはよく分かる。日本共産党の志位委員長の怒りに満ちた、しかし鋭い発言を産経新聞が大きく報道するという驚天動地のことも起こっている。が、相手はズルしゃもであり、単純な反発は日本の国益にならない。
ともかく、具体的には、日本側は「日本の漁船の行動に何ら問題はないと認識している」とし、かつ「中国側には国際法を順守するよう求める」とだけ表明するのがよい。
この2点について中国側と議論するためでない。中国側が問題発言をするので、反論として述べておくのであり、いわゆる言いっぱなしでよい。もし中国側がさらに反発してきても、日本側としては同じことを繰り返すのがよい。
今回の発言はともかく、今後も同様の事態が発生する恐れがある。それに備えて日本側は反論を用意しておくべきである。
王毅中国外相の尖閣諸島に関する発言
11月24・25日、王毅中国外相が来日し、茂木外相と会談した。会談で話し合われたことにケチをつける気持ちは毛頭ないが、尖閣諸島についての共同記者会見でのやり取りは後味の悪いものとなった。同会見において茂木外相は「尖閣諸島周辺海域に関する日本の立場を説明し、中国側の前向きな行動を強く求めるとともに意思疎通を行っていくことを確認した」と語った。最近、尖閣諸島の接続水域内に中国の公船による侵入が顕著に増加していることを背景にした発言であった。
一方、中国の王毅外相は「我々も釣魚島(尖閣諸島の中国名)の情勢を注視している」とし、「一部の真相が分からない日本漁船が釣魚島周辺に入っている。中国側としてはやむを得ず、必要な反応をしなければならない」と反論した。また王外相は「希望も持っている」とし、双方が事態を複雑にする行動を避けることや対話を通じた解決を呼びかけ、「双方の努力で東シナ海を平和、協力の海にしていきたい。両国の利益に合致するものだ」とも語った。
日本の漁船の行動に問題があったとの認識を示しつつ、中国側の行動は日本の漁船に触発された受動的なものであったとの趣旨を述べた王氏の発言は非常に問題であったが、同時に巧妙に計算されたものであった。
茂木氏は、その場で日本の漁船を擁護する発言を行うべきであった。具体的な表現に細心の注意が必要であることはもちろんである。特に、王氏は日本の漁船の何が問題であったかについて、「日本漁船が釣魚島周辺に入っている」と、肝心のところはぼやかしていた。かりに茂木外相が、「日本漁船が日本の領海に入るのは当たり前である」とでも言えば、王氏から、「私は領海の問題を避けて発言したのに、茂木外相は領海を問題にした」と逆襲されるかもしれない。そうなれば中国側の思うつぼである。
中国で日本漁船が領海内に入ってくると言っているのは、海警局の関係者であり、非公式の発言である。
つまり、日本側から日本の領海のことを言及しないよう注意しつつ、日本漁船を擁護する必要があるのだ。念のために付言しておくが、日本側が日本の領海について中国側に問題提起すべきでないのは、日本は、尖閣諸島は日本の領土であることになんら問題はないと認識しているし、実効支配しているからである。
日本国内で王外相の発言を問題視する気持ちはよく分かる。日本共産党の志位委員長の怒りに満ちた、しかし鋭い発言を産経新聞が大きく報道するという驚天動地のことも起こっている。が、相手はズルしゃもであり、単純な反発は日本の国益にならない。
ともかく、具体的には、日本側は「日本の漁船の行動に何ら問題はないと認識している」とし、かつ「中国側には国際法を順守するよう求める」とだけ表明するのがよい。
この2点について中国側と議論するためでない。中国側が問題発言をするので、反論として述べておくのであり、いわゆる言いっぱなしでよい。もし中国側がさらに反発してきても、日本側としては同じことを繰り返すのがよい。
今回の発言はともかく、今後も同様の事態が発生する恐れがある。それに備えて日本側は反論を用意しておくべきである。
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