平和外交研究所

オピニオン

2016.12.08

(短評)安倍首相の真珠湾訪問

 安倍首相が真珠湾を訪問するのはよいことだと思う。日米関係をさらに前進させ、また、米国内に今も残る日本との戦争の記憶を薄め、わだかまりを解くのに資するからだ。
 しかし、本件については単純に片づけられない面がある。
 第1に、真珠湾訪問の発表は唐突だったと言われているが、準備はその前から進められてきたはずだ。真珠湾攻撃の12月8日(米国時間は7日)より前に発表したいと米側が希望していたことや、安倍首相がペルーでの立ち話で真珠湾を訪問することをオバマ大統領に伝えたこともそれまでに話が進んでいたことを裏付けている。初めてであれば、そのように大事なことを立ち話で伝えることはしない。
 第2に、オバマ大統領の広島訪問の際、日本の首相も真珠湾を訪問するのがよいという意見が一部にあったが、その時は、広島と真珠湾を並べるべきでないと思った。広島は原爆の投下地であり、犠牲になったのは即死およびそれに近い死者だけで14万人であり、その大多数は市民であった。
 一方、真珠湾で犠牲になった人は軍人が主であった。これほど異なる対象を並べてみるのはおかしいと思ったのだ。
しかし、両方とも戦争の犠牲であり、片方は慰霊の対象だが他方はそうでないとするのがはたして適切か。真珠湾攻撃は、米側においてどのような人為的操作があったにせよ、日本の責任であり、かつ、今でも米国人が重視しているかぎり、日本の首相が犠牲者を追悼するのはよいことだと思う。
 第3に、真珠湾を訪問するなら、他の場所、他の国も訪問すべきだという議論がある。その気持ちは分からないではないが、この種のことについては「平等」な扱いにあまり重きを置くべきでない。慰霊訪問の条件が整ったところから実行していくのがよく、その結果一種の不平等が生じてもやむを得ないと思う。
 中国では、安倍首相が真珠湾を訪問するなら南京にも来るべきだという意見が出ているが、それも条件が整えば検討すべきだ。しかし、今の日中関係を見るとそのような条件は、残念ながらなさそうだ。日中関係は日本が悪くしたのではない。日中両方に責任がある。

2016.12.07

(短評)トランプ氏の対中関係-蔡英文総統との電話

 トランプ次期米大統領が12月2日、台湾の蔡英文総統と電話で会談したことについて、中国外交部は米国に抗議しつつもあまり大げさに騒ぎ立てない考えのようだ。王毅外相は台湾をあからさまに批判したが、米国に対しては直接文句を言わなかった。
 一方、トランプ氏は、「蔡英文総統からの祝福の電話だった」とツイッターで述べるなど取り合わない姿勢である。
 各国の論評などは、トランプ氏はこれまでの米国の対中姿勢と比べて、「総統(president)」と呼んだことなどいくつかの問題点があったと指摘しているが、今回の電話会談はあまり大ごとにならずに収まる気配である。
 しかし、今回の出来事を通じてトランプ氏が台湾を重視していることがはっきりしてきた。これは台湾にとって大いに喜ばしいことだが、危険もある。
 蔡英文総統は就任以来、中国から「一つの中国」に関する考えを明確にするよう執拗に迫られているが、中国の考えには同調せず、中台関係の現状を維持しようとしている。しかし、蔡英文総統としては中国との関係に消極的な姿勢を見せるとまた批判されるので、中台関係の発展を望む姿勢を取っている。つまり、積極的な姿勢で現状維持を図っているのだが、これは非常にデリケートなことで、ちょっと隙を見せると中国からも、また、台湾内部からも付け込まれる。
 これは蔡英文だからできる離れ業だ。これに対してトランプ新政権が台湾重視の姿勢を不用意に示そうものなら中国から反発を受けることは必至であり、しかもその反発はまず蔡英文に向かうだろう。今回の電話会談についてもきびしく責められたのは蔡英文総統であった。つまり、米国として台湾を重視するあまりかえって台湾を窮地に追い込む危険があるのだ。

 おりしも中国は、蔡英文総統が来年1月グアテマラを訪問する途中米国に滞在(実際には「立ち寄り」だ)することを認めないよう米政府に求めた(6日)。世界保健機構(WHO)や国際民間航空機関(ICAO)での総会に台湾代表が出席するのを拒否したのと軌を一にすることであり、台湾が国際社会で行動することを力づくで差し止めようとしているのだが、蔡英文氏が米国でトランプ氏と会談することなどを警戒しているのだろう。
 今、中国は猛烈な勢いで台湾問題を中国に有利なように打開しようとしている。これに対し、蔡英文総統は台湾内部の親中派を警戒しつつ、中国の攻勢に対処している。このような状況にあって、米国があまりに単純に台湾の肩を持つと、台湾では歓迎されても中国と台湾の関係はもちろん、米中関係にも悪影響が出る恐れがあるので、新政権には慎重なかじ取りが求められる。

2016.11.28

(短評)ドゥテルテ大統領の真意

 仲裁裁判の対象となった南シナ海のスカボロー礁を禁漁区とする構想が出ている。最初にこの構想を提案したのはフィリピンのドゥテルテ大統領で、11月19日APEC首脳会議が開かれたリマでの習近平中国主席との会談で提案した。禁漁となるのは環礁の内側だけで、その外側では漁業は行えるという構想だそうだ。
 この提案に対する習近平主席の反応について報道は一致していない。前向きの反応であったというものもあるが、どうも明確な意思表示はなかったらしい。今後中国がどのような態度を取るか注目されるが、当分の間はとくに反応しない可能性もある。フィリピン側が一方的に提案したに過ぎないとも言われている。

 ドゥテルテ大統領の考えは興味深いが、まだこちらにははっきり伝わっていない部分があるためか、若干疑問がある。11月中旬の訪中でドゥテルテ大統領は習近平主席と南シナ海の問題を平和的な方法で解決することに合意した。この会談の結果としてフィリピンの漁船が同礁で中国側の妨害を受けることなく操業することが可能となったと伝えられていた。
 ではなぜ、同礁を禁漁区とする提案をしたのか。もし環境保護が目的であれば、なぜ訪中の際の会談でなく、今回のリマ会談で提案したのか。
 フィリピンの漁業者の立場からすれば、スカボロー礁での漁業を再開できるようにしておいて、その後でなぜ禁漁区を設ける提案をしたのか。いったん喜ばせておいて、あとで水をかけるようなことになったのではないか。事実、ドゥテルテ提案に対してはフィリピン内部で困惑、ないし批判の声が上がっている。
 ドゥテルテ大統領は、フィリピン紙の報道では、仲裁判決はフィリピンにとって有利なものであり、また中国もそのことは分かっていると発言している。同大統領が仲裁判決をどのように見ているかがよくわかる。いざというときにだけ持ち出すのが最も効果的だという考えだ。
 ドゥテルテ大統領は、中国も受け入れやすい構想として今回の禁漁区設置提案をした可能性がある。

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