平和外交研究所

中国

2016.01.05

習近平主席の2本の鞭-その1反腐敗運動

 腐敗の摘発と言論統制の2本の鞭は2015年中も容赦なく振るわれた。
 まず、腐敗の摘発だが、中央規律検査委員会は相変わらず恐れられている。検査委員が来て面談することは「約談」と言われており、そのリクエストがあるとふるえあがるそうだ。
 この委員会の力があまりにも強大になったため、党の指導との関係が不鮮明になり、最近「中国共産党自律準則」と「中国共産党紀律処分条例」なるものが制定された。前者の「自律」とは自ら紀律を正すことである。
 さっそく新しく制定された規則の学習が始まった。学習の目的は「高圧線」、すなわち、何が触れてはいけないことかを学習することだと言われている。絶対に危ないことと適当に対応しておけばよいことがあるらしい。この辺りは「法治」にほど遠い。
 学習しても、不心得者は後を絶たない。問題を起こして摘発され、自殺に追い込まれる者が続出している。自殺の方法はいろいろであり、高層階からの飛び降り、服毒、列車への投身、水中への身投げなどである。
 自殺と言われても、実際には「自殺させられる」こともある。湖北荊州公安県規律検査委員の「謝業新」はわいろを受け取ったことが上級機関によって暴かれ自殺したが、11カ所の刺し傷があったそうだ。それでも警察は自殺と認定した。

 全国の統計も時々発表されている。7月7日付の人民網によれば、2015年の1~5月、検察機関が摘発した犯罪数は18512件、24187人であった。課長級(県処級)以上で摘発された者は1891人で昨年の同時期比18・6%増であった。具体的な数字はともかく、昨年より2割近くも多くなっていることが注目される。
 習近平政権は過去3年余り、反腐敗運動に力を注いできたが、今でも検挙数は多い。その量は驚くばかりだ。本稿の末尾に具体的な事例を掲げておく。

 摘発・訴追された大物、いわゆる「虎」としては、周永康前政治局常務委員、徐才厚および郭伯雄前中央軍事委員会副主席、令計画前党中央弁公庁主任、それに胡錦濤主席時代の末期に逮捕された薄熙来の5名が「副総理級」として挙げられている。
 これらの大物の処分はすべて2015年の前半に決定されており、何清漣((元ジャーナリスト。2001年から米国に在住しており、現在はVoice of America の評論員として活発な言論活動を展開している。日本でも中国研究家の間ではよく知られており、同人の『中国の闇: マフィア化する政治』『中国現代化の落とし穴: 噴火口上の中国』などの著書が翻訳出版されている。)は、反腐敗運動は実質的に終了したという趣旨の評論をしていたが(2015年6月14日の当研究所HP「反腐敗運動は竜頭蛇尾となったか‐何清漣の批判」)、大物に関する限り同人の指摘は正しかった。
 
 しかし、反腐敗運動は終了したのではない。とくに注目されるのは、国有企業での汚職摘発と軍内での反腐敗運動である。
 年末の12月28日と29日、政治局は「民主生活会」を開催した。これは名称とは裏腹に、批判や自己批判がなされる恐ろしい会議であり、1980年代の半ば、胡耀邦総書記の失脚が確定したのも「民主生活会」であった。
 今回の民主生活会ではこの大物5名について、名指しで反面教師だと批判された。この人たちはいずれ裁判で罪状が確定されるだろうが、判決結果がどの程度信頼できるか。中国のこれまでの権力闘争の歴史にかんがみるとどうしても疑問を覚える。負け犬については言いたい放題のようなことがあるからだ。
 それはともかく、習近平は「親族や身辺の人たちをよく教育し、厳格に管理・監督し、問題が見つかれば即刻注意し、果断に是正させなければならない」と言っている。5人の大物についてもこのような指摘が当てはまるらしい。米国に拠点がある多維新聞はこれを肯定し、周永康は子、薄熙来は妻、徐才厚は家族がそれぞれ問題を起こしたとし、郭伯雄と令計画については子が有名な「親の威を借りて正業に就かない遊び人(纨绔子弟)」だと指摘している。
 このような親族の問題は極端な例なので摘発されたのだろう。国有企業に広くはびこっている腐敗はもっと目立たないよう、尻尾をつかまれないようにしているので始末が悪く、習近平としても手を出せないようだ。鄧小平と陳毅(元老の一人。外相を務めた)の親族が関係していた安邦保険の例(当研究所HP2015年2月3日「反腐敗運動と「紅色家族」」)を参照願いたい。
 外国企業もいわゆる「紅二代(革命の功労者の子)」を取り込んで事業を拡大しているが、JPMorgan Chase & Co.の香港法人はそのため当局からにらまれた。

 軍内の腐敗もひどいようだ。中央軍事委員会の機関紙『解放軍報』が嘆いている(?)。これについては当研究所2015年12月28日の「(短文)中国軍の規律は低いのではないか‐『解放軍報』などの指摘」」を参照願いたい。
 反腐敗運動は軍の改革の一環だが、改革の推進には抵抗があり、目標達成にはまだかなり時間がかかると言われている。今から1年前には軍内の反腐敗運動が本格化していたが、それ以降の進展は不十分であったことがうかがわれる。軍内の反腐敗運動が進まない原因の一つは生活が懸かっているからだと言うが、軍という巨大な組織においては本来の軍務以外の生活があり、それを奪われることに抵抗があるのだろう。
 
 一方、国有企業には多数の指導者やその親族がさまざまな形で関与し、その地位や人的関係(コネ)を使って不当な利益を得ている。こちらも軍に負けず劣らず問題だが、国有企業における腐敗は、違法すれすれのことが多く、対処が困難だ。習近平としても5人の大物以外手が付けられないかもしれない。

 以下は、2015年中に摘発された腐敗案件である。報道され、気が付いたものだけであり、漏れている案件もあると思われる。これで国家がやっていけるのか。
(政府関係)
国家発展改革員会社会発展司の司長王威、副司長任偉
国家体育総局副局長肖天
外交部元部長助理劉建超
民用航空管局局長助理劉德華
国家旅游局元副局长
環境保護部元副部長、党组組員張力軍
中国人民大学元校長紀宝成
国家行政管理学院的常務副院長何家成
元全国政治協商会議副主席蘇栄

(国有企業関係)
安邦保险
中国電信集団党書記兼会長常小兵
農業銀行頭取張雲
全国工商連合会副主席・元中国民生銀行会長董文標
首都飛行場株式会社総経理史博利
中国証券監督管理委員会主席助理張育軍
中信証券(CITIC)会長王東明
華潤集団前会長宋林
中国第一汽車集団公司元党書記・会長徐建一
騰訊前執行委員(高管)・現阿里巴巴副総裁劉春寧
東方演芸集団会長兼総経理顧欣戴 
シーメンス公司
中国石油化工集団公司(SINOPEC)総経理王天普
中国石油天然気集団(CNPC)総経理廖永遠
大智慧股份有限公司・大連萬達集團会長王健林(中国一の長者)
宝鋼集团有限公司副総経理崔健
広厦集团名誉会長楼忠福
中国電力国際主席李小琳 
京西賓館総経理劉存水

(地方 省名と問題視されている人物の名前だけ。肩書は省市のトップかナンバー2くらいであった者が多い)
河北省 周本顺(周永康の部下であった)
河北省 景春華
福建省 蘇樹林 徐鋼
広州軍区 王玉発
江蘇省 趙少麟 程维高 
甘粛省 陸武成
雲南昆明市 高勁松 
天津市 武長順 戴相龍
南京市 王德宝 
内蒙古自治区 趙黎平
山西省 劉向东
安徽省 倪発科
浙江省 斯鑫良
山东省枣庄市 陳偉
陕西 閻慶文
 
以上のほか、最高人民法院元副院長・党组成员の奚暁明など司法関係者も摘発された。

2015.12.28

(短文)中国軍の規律は低いのではないか‐『解放軍報』などの指摘

 中国軍の改革、とくに制度面の改革については12月15日に「(短文)中国軍の改革」で紹介した。
 軍の改革は難航しているようだ。以下は中国語新聞の記事の要点(海外と香港に本拠地があるものが主)だが、その中には中央軍事委員会の機関紙『解放日報』が含まれている。信ぴょう性は高い。

 習近平は11月24~26日、中央軍事委員会改革工作会議で軍の構造改革を打ち出すとともに、腐敗、お山の大将主義、地方の割拠、冗官、戦闘力の欠如などを指摘し、克服を呼びかけた。

 中国軍は現状では期待に応えられないからだ。軍の改革には抵抗する勢力がいる。解放軍は生活の場であり、30万人の削減が実行されると彼らの全生活が奪われるので抵抗する。
 軍の規律は低下している。緊張感がなく、軍におれば降格はない、昇進の速度が違うだけと安心しきっている者がいる。
 指導者の中に、「上に政策あれば、下に対策あり」を決め込む者がいる。(注 これは専制君主の圧政に人民が抵抗することを意味する、昔から言い古された言葉である)

 『解放軍報』は次のように指摘している(タイトルは「改革を直視し、最低限の紀律に違反してはならない」 中国共産党新聞網12月18日が転載)。
「すべての党幹部は自問すべきである。政治規律を守っているか。妄りに中央を批判(妄議中央)していないか。軽率な批判をしていないか。政治の噂をまき散らしていないか。みだりに幹部を抜擢したり、兵を動かしたりしていないか。自分の周囲だけを見ていないか。公私の区別をしているか。軍の財産を横流し(変売軍産)していないか。単位の物品を隠匿していないか。やたらと金を使って(突撃花銭)いないか。部下の問題に対して知らぬ顔を決め込んでいないか。改革の秘密を漏らしていないか。
 もしそのようなことがあれば、直ちに停止し、是正しなければならない。さもないと、規律違反から法律違反に進み、やめようと思った時には手遅れになる。」

 軍の改革に対する抵抗があまりに激しいので、范長龍中央軍事委員会副主席は習近平に対し、改革の実行を2カ月遅らせることを提案した。

 軍の改革は戦争があれば進む。米国もロシアもそうであった。中国軍は過去数十年戦争をしなかったために堕落している。鄧小平が軍の改革に成功したのは中越戦争があったからだ。

 軍の改革は2020年に完成するのが目標だが、習近平が実現できるのは一部分だけだろう。
2015.12.25

「円借款」や「無償援助」は終了 対中国ODAの現状は?

 中国が世界第2の経済大国となり、経済協力の受益国から供与国となっている今日、日本がまだ経済協力を継続していることを疑問視する意見が多くなっているが、残っているのは、環境面での技術協力と小規模のいわゆる「草の根」援助だけであり、これらも援助でなく対等の立場に立った協力になりつつある。

 THE PAGEにこの関係の一文を寄稿した(12月25日)。
 「中国に対するODA(政府開発援助)が1979年に開始されたのは、直接的には中国が文化大革命の混乱期を脱し、改革開放政策に転じたことが契機でしたが、そもそも日本として中国に援助を供与することになったのは、中国が日本と歴史的関係が深く、また、アジアの平和と安定を維持するのに中国の発展が不可欠だと考えられたからでした。
 さらに、先の日中戦争で中国に多大の損害を与えてしまったことに対する償いの気持ちを持っていた国民も多かったでしょう。
 しかし、それから30年以上が経過する間に中国は長足の発展を実現し、今や世界第2の経済大国になり、被援助国ではなくなり、逆に多くの国に対して援助を供与するようになっています。
日本から中国に対するODAは以下に述べる援助の種類によって多少事情が異なりますが、最も多い時にはインドネシアと一二を争う額に達していましたが、その後は中国の経済発展に伴い減少しました。現在もなお一定程度継続されているので疑問の声が上がることがありますが、中国へのODAはひところに比べれば非常に少なくなっており、終了の方向にあります。

 そもそもODA(政府開発援助)とは何でしょうか。「資金や技術を開発途上の国に対して公的資金を用いて供与すること」というのが政府による説明ですが、貿易と比べるとODAの特色がわかりやすいでしょう。貿易は売り手と買い手の間で商業として、つまり価格が合意されれば成立するのに対し、ODAは開発途上国にとって、無償での資金援助や低い金利などのように商業ベースより有利な条件で供与が行われます。
 なぜそうするかと言えば、開発途上国は通常の商業的条件では必要な資金や技術を獲得する力が弱いからであり、また、開発途上国が発展しなければ世界の平和と安定は維持できないからです。

 ODAには3つの形態があります。
 第1は、供与した資金が返済されないもので、「無償資金協力」あるいは「贈与」と呼ばれています。
 第2は、供与した資金が返済されるもので、「有償資金協力」と呼ばれています。日本の場合、通常日本円を供与するので「円借款」とも呼ばれています。
 第3は、資金でなく技術が供与される「技術協力」です。

 中国に対するODAは1979年から開始され、2013年度まで累計で次の通り供与されました。金額的に有償資金協力が突出して多いのは、インフラ建設など大型のプロジェクトに供与されるからです。
有償資金協力               約3兆3,164億円
無償資金協力                  1,572億円
技術協力                    1,817億円
総額                   約3兆6000億円以上

 このうち「無償資金協力」の大部分(「一般無償資金協力」と言います)は2006年に、「有償資金協力」は 2007年に新規供与が終了しており、現在残っているのは「技術協力」といわゆる「草の根・人間の安全保障」と呼ばれる限定的な無償資金協力だけです。

つぎに、それぞれの種類のODAとは具体的にどのようなものかを見ていきましょう。
 「無償資金協力」は人間の生活に密着した事業のために供与されます。たとえば、病院、浄水場、学校などです。中国では北京に建設された「日中友好病院」が有名です。

「有償資金協力」では資金はいずれ返済されますが、市場における金利よりも低金利で、かつ返済期間が長期です。普通の商業借款よりどのくらい有利かについては計算する方法が国際的に定められており、「贈与分(グラントエレメント」として表示されます。
この種の資金協力は道路、空港、鉄道、発電所といった大型経済インフラや医療・環境分野のインフラ整備のために使用されます。具体的例は上海浦東国際空港、北京-秦皇島鉄道拡充、杭州-衢州高速道路、天生橋水力発電事業、上海宝山インフラ整備など多数に上ります。
 
「技術協力」は、途上国の人々に対する技術の普及あるいはその水準の向上を目的として行われる協力であり、研修員の受け入れ、専門家の派遣、機材の供与などが含まれます。
 2013年度は20億1800万円実施されました。

 「草の根・人間の安全保障無償資金協力」は学校校舎の建設・補修、日本語教材の供与、医療器具など「草の根」レベルで、つまり,開発途上国で活動するNGO(現地のNGO及び国際的なNGO)、地方公共団体、教育機関、医療機関等の非営利団体などに供与されます。
金額的には比較的小規模で、1件の供与限度額は,原則1,000万円以下です。全体の資金規模は2013年度が2億8400万円と少額ですが、実行が早く、また、地域の生活に密接なため高く評価されています。

1979年に開始されて以降、中国に対するODAは、中国の改革・開放政策の推進、そして経済発展に貢献し、日中友好関係の主要な柱の一つになっています。
また、日本企業の中国における投資環境の改善や日中の民間経済関係の進展にも大きく寄与しました。
中国側はこれに対し感謝の気持ちを十分表明しないなどと言われたことがありましたが、それは一部において一時的に起こったことであり、中国政府は様々な機会に評価と感謝の気持ちを表明しています。また、中国国民の間でも日本による経済協力は広く知られるようになっており、感謝されています。
外務省のホームページ「日本のODAプロジェクト 中国 対中ODA概要」には、ODAで建設された湖南省の救急センターである母親が緊急手術を受け無事出産することができ、保健院の方々とともに日本国政府、日本国民に感謝している逸話が掲載されています。
 現在も中国に供与されているODAは「技術協力」と「草の根・人間の安全保障無償資金協力」だけであることは前述しましたが、具体的には日本国民の生活に直接影響する分野で実施されています。たとえば、PM2.5や黄砂など環境問題について日中両国は協力を強化しており、日本からのODAはその一環として活用されています。また、かつてのSARSなど感染症や食品の安全等についてもODAが活用されています。
 一方、技術協力については、新たな協力のあり方として、日中双方が適切に費用を負担する方法を導入することについて両国間で合意されており、今後段階的に実施に移される予定です。そうなると中国側の負担は増加していくでしょう。
 このように見ていくと、中国に対するODAはやがて対等の協力に取って代わられることとなると思います。」

 なお、中国は1972年の国交正常化共同声明で、日本に対する賠償を放棄した。中国に対するODAの供与はそれに代わるものだという考えが表明されることがあるが、それは日本政府の考えでなく、大平正芳首相 (当時) は、「より豊かな中国の出現が、よりよき世界に繋がる」と中国に対する協力の考えを説明していた(1979年12月)。
 また、賠償の関係では、大平首相は国会で次のように答弁していた。「賠償につきまして、中国は賠償を請求しないということが決められたわけでございます。したがって、賠償とか賠償にかかわるものとか、そういう考え方に立脚して日中関係を考えることは正しくない、また中国の意図でもないと私は考えております」
(日中共同声明の第 5項「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。」)

 しかし、政治的には微妙な面があり、中国側は対中ODAにはそのような意味合いがあると述べることがある。2000年5月に来日した唐外相は日本記者クラブでの講演で、「中国に対するODAは、戦後賠償に代わる行為である」と述べていた。

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