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2019.10.07
しかし、会談後の両者の説明は、北朝鮮側は「協議は決裂した」としたのに対し、米側は「良い議論をした」と、まったくかみ合わなかった。いつものことながら、会談内容について詳しいことは公表されていないが、今後のこともあり、双方の立場を推測してみたい。
北朝鮮側が、「米国は旧態依然とした立場を捨てず、手ぶらで出てきた」と批判したのは、北朝鮮が求めている制裁の部分的な解除あるいは緩和に米側は応じる用意が見せなかった、ということであろう。
さる2月末のハノイにおけるトランプ大統領と金委員長の第2回会談後、北朝鮮は「段階的非核化とそれに応じた制裁の解除を求める」という対米交渉の基本方針を再確認しており、今回の実務者協議でも金明吉(キム・ミョンギル)・首席代表が、その点に絞った協議をしたことは間違いないと思われる。
一方、米国務省の報道官が声明で述べた「米国は創造的なアイデアを持ち込み、北朝鮮側とよい議論をした」とは具体的にどういうことか。金代表が、帰路立ち寄った北京の空港で「事実と異なる」と語ったことも無視できないが、それにしても「米国は創造的なアイデアを持ち込んだ」という米側の説明は気になる。北朝鮮側は、これらのアイデアを持ち帰ったのではないか。もし、そうであれば、ボールは北朝鮮側にあることになる。
実務者協議が8時間30分に及んだことも内容のある協議であったことを示唆している。外交交渉が決裂する場合、そんなに長く議論しないのことが多いが、今回の協議はそうではなかったのである。
では、キム・ミョンギル代表はなぜ否定的な反応を示したのか。一つの解釈は、強い態度、妥協を許さない態度で米側との協議に臨むことが期待されていたからではなかったかと思われる。北朝鮮に限らないが、下位の者が融和的姿勢を取ることは危険である。北朝鮮では、「米国とよく議論をした」と外国に向けて表明することにも注意が必要であろう。
キム・ミョンギル氏はさる9月20日、在ベトナム大使から米朝実務者協議の首席代表に任命されたばかりであったことも影響していたかもしれない。
ともかく、今後どうなるかが注目される。米側が「2週間後にストックホルムで協議を続けるとの考えを示した」と説明したのに対し、北朝鮮側は「(6月の)板門店での会談からこれまで、何の案も準備してこなかったのに、どうして2週間で準備できるのか。不可能だ」と否定的な考えを示したが、「この先、協議を継続するかは米国次第だ」とも語ったという。ボールを米側に打ち返しつつも、一定の柔軟性が含んだ発言であったと思う。
米朝実務者協議
さる6月末の板門店におけるトランプ大統領と金正恩委員長との会談で合意された米朝実務者協議は、ようやく10月5日、ストックホルムで開催された。しかし、会談後の両者の説明は、北朝鮮側は「協議は決裂した」としたのに対し、米側は「良い議論をした」と、まったくかみ合わなかった。いつものことながら、会談内容について詳しいことは公表されていないが、今後のこともあり、双方の立場を推測してみたい。
北朝鮮側が、「米国は旧態依然とした立場を捨てず、手ぶらで出てきた」と批判したのは、北朝鮮が求めている制裁の部分的な解除あるいは緩和に米側は応じる用意が見せなかった、ということであろう。
さる2月末のハノイにおけるトランプ大統領と金委員長の第2回会談後、北朝鮮は「段階的非核化とそれに応じた制裁の解除を求める」という対米交渉の基本方針を再確認しており、今回の実務者協議でも金明吉(キム・ミョンギル)・首席代表が、その点に絞った協議をしたことは間違いないと思われる。
一方、米国務省の報道官が声明で述べた「米国は創造的なアイデアを持ち込み、北朝鮮側とよい議論をした」とは具体的にどういうことか。金代表が、帰路立ち寄った北京の空港で「事実と異なる」と語ったことも無視できないが、それにしても「米国は創造的なアイデアを持ち込んだ」という米側の説明は気になる。北朝鮮側は、これらのアイデアを持ち帰ったのではないか。もし、そうであれば、ボールは北朝鮮側にあることになる。
実務者協議が8時間30分に及んだことも内容のある協議であったことを示唆している。外交交渉が決裂する場合、そんなに長く議論しないのことが多いが、今回の協議はそうではなかったのである。
では、キム・ミョンギル代表はなぜ否定的な反応を示したのか。一つの解釈は、強い態度、妥協を許さない態度で米側との協議に臨むことが期待されていたからではなかったかと思われる。北朝鮮に限らないが、下位の者が融和的姿勢を取ることは危険である。北朝鮮では、「米国とよく議論をした」と外国に向けて表明することにも注意が必要であろう。
キム・ミョンギル氏はさる9月20日、在ベトナム大使から米朝実務者協議の首席代表に任命されたばかりであったことも影響していたかもしれない。
ともかく、今後どうなるかが注目される。米側が「2週間後にストックホルムで協議を続けるとの考えを示した」と説明したのに対し、北朝鮮側は「(6月の)板門店での会談からこれまで、何の案も準備してこなかったのに、どうして2週間で準備できるのか。不可能だ」と否定的な考えを示したが、「この先、協議を継続するかは米国次第だ」とも語ったという。ボールを米側に打ち返しつつも、一定の柔軟性が含んだ発言であったと思う。
2019.10.04
貿易摩擦で対抗する米国を意識して祝賀式典を行ったことは明らかである。また、習近平主席が何としても達成したい台湾の統一を米国が妨げていることも背景になっているのだろう。
香港では、6月初め以来の民主化要求デモが一向に鎮静化する気配を見せず、北京で大パレードが行われていた1日、デモ隊と警察が激しく衝突し、警察の発砲で高校生が胸を撃たれ重傷を負った。翌日には、怒りに燃える市民らが再びデモを行ない、警官隊と衝突した。
中国政府は、香港のデモが国慶節までに終結することを望んでいたのだろうが、それはかなわず、香港政庁と市民の対立はさらに激化したのであった。
習近平主席は演説で、香港については、「一国二制度の方針を堅持し、長期の繁栄と安定を維持する」と述べ、ソフトタッチで対応していこうとする姿勢をみせたが、デモがさらに長期化すると中国政府は牙をむくかもしれない。香港との境界付近に控えている中国軍(武装警察が主)はいつでも介入する用意があると伝えられている。
しかし、習主席の演説は強気一点張りでなく、共産党体制の維持に関する懸念も隠さなかった。「いかなる勢力も祖国の地位を揺るがすことはできない」との発言である。これについては異なった解釈が可能かもしれないが、私は、自信のなさの表れであったと思う。
もっとも、共産党体制の維持に関する疑問は以前から表面化することがあり、習主席の演説が初めてだったのではない。過去1年間をみても、昨年の12月に開かれた中国共産党中央政治局会議で、習主席は「四つの自信」として「社会主義の道への自信、理論についての自信、制度についての自信および文化についての自信」を持とうと呼びかけていた。これも解釈いかんだが、私は、自信のなさの裏返しだったと思う。
この政治局会議の直前、中国では珍しく歯に衣着せず発言することで有名な经济学者、茅于軾は、「中国を転覆するだと?そんなことはあり得ない。転覆させられるのは政府だけだ」と発言していた。
さらにその半年前、人民日報系の『環球時報』は香港の『大公報』紙を引用して、「香港の独立をねらう香港民族陣線なる団体が2015年から活動している」と警戒する記事を書いていた。
習近平主席の懸念は本物だと思われる。
中国の建国70周年記念
中国は10月1日、北京の天安門広場で建国70周年の記念式典と大規模な軍事パレードを行った。軍事パレードでは最新鋭のミサイルや戦闘機が登場。なかでも、初公開の新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)「DF41」は注目された。最大射程1万2千キロ以上、米首都ワシントンに届くという。貿易摩擦で対抗する米国を意識して祝賀式典を行ったことは明らかである。また、習近平主席が何としても達成したい台湾の統一を米国が妨げていることも背景になっているのだろう。
香港では、6月初め以来の民主化要求デモが一向に鎮静化する気配を見せず、北京で大パレードが行われていた1日、デモ隊と警察が激しく衝突し、警察の発砲で高校生が胸を撃たれ重傷を負った。翌日には、怒りに燃える市民らが再びデモを行ない、警官隊と衝突した。
中国政府は、香港のデモが国慶節までに終結することを望んでいたのだろうが、それはかなわず、香港政庁と市民の対立はさらに激化したのであった。
習近平主席は演説で、香港については、「一国二制度の方針を堅持し、長期の繁栄と安定を維持する」と述べ、ソフトタッチで対応していこうとする姿勢をみせたが、デモがさらに長期化すると中国政府は牙をむくかもしれない。香港との境界付近に控えている中国軍(武装警察が主)はいつでも介入する用意があると伝えられている。
しかし、習主席の演説は強気一点張りでなく、共産党体制の維持に関する懸念も隠さなかった。「いかなる勢力も祖国の地位を揺るがすことはできない」との発言である。これについては異なった解釈が可能かもしれないが、私は、自信のなさの表れであったと思う。
もっとも、共産党体制の維持に関する疑問は以前から表面化することがあり、習主席の演説が初めてだったのではない。過去1年間をみても、昨年の12月に開かれた中国共産党中央政治局会議で、習主席は「四つの自信」として「社会主義の道への自信、理論についての自信、制度についての自信および文化についての自信」を持とうと呼びかけていた。これも解釈いかんだが、私は、自信のなさの裏返しだったと思う。
この政治局会議の直前、中国では珍しく歯に衣着せず発言することで有名な经济学者、茅于軾は、「中国を転覆するだと?そんなことはあり得ない。転覆させられるのは政府だけだ」と発言していた。
さらにその半年前、人民日報系の『環球時報』は香港の『大公報』紙を引用して、「香港の独立をねらう香港民族陣線なる団体が2015年から活動している」と警戒する記事を書いていた。
習近平主席の懸念は本物だと思われる。
2019.10.02
韓国建国大学の李在承教授の論文、「韓国における過去清算の最近の動向」(立命館法学 2012 年 2 号(342号) 以下「李在承論文」)は興味深い研究である。以下は同論文から垣間見える韓国独特の政治風土の考察である。なお、「李在承論文は〇〇と述べている」という形で引用したことを含め、本稿の記載はすべて当研究所の解釈と仮説である。
第1に、韓国における「過去の清算」は個別の事件の再検討というより、むしろ韓国において長年存在してきた政治傾向である。李在承論文の研究対象は1987年の韓国の民主化以降であり、廬泰愚、金泳三、金大中、廬武鉉および李明博各政権についての研究であるが、過去の清算は朝鮮戦争期から植民地時代、さらには東学党運動期にまで遡る問題であることが示唆されている。なお、李在承論文の研究対象外であるが、「過去の清算」は朴槿恵政権においても、また、文在寅政権においても重視されている。さらに、李氏朝鮮時代においても国家権力により韓国民が苦しめられてきたことは別の研究で指摘されている。
あまり古い時代までさかのぼると資料も少なくなるし、実証的に論じることは困難になるが、「韓国では時代を超えて国家権力による暴力が問題となってきた」のではないかと思われる。
李在承論文は、植民地時代の親日派の処遇、さらには慰安婦問題についても考察を加え、韓国の憲法裁判所が、韓国政府に慰安婦問題や徴用工問題を解決するために外交上の努力を行う憲法上の作為義務があり、韓国政府の不作為は憲法違反であるとると認定したことにも言及している。日本から見ればこの二つの問題が突出しているが、韓国側では「過去の清算」の一部である。
第2に、「過去の清算」は国家権力による暴力があったとみなされることについて求められるのだが、具体的には、個人や集団に対する暴行に限らず、政府、法律、さらには裁判所なども責任を問われる問題である。つまり、韓国ではすべての「制度」が清算の対象になる可能性がある。
たとえば、李在承論文は、金泳三から李明博まで一政権平均4~5本の「過去清算関係法」が合計20本余り制定されたことを指摘している。その中の「 疑問死の真相解明に関する法」「 民主化運動関係者の名誉回復と補償に関する法」「済州島 4・3 事件の真相解明および犠牲者の名誉回復に関する法」、「巨昌事件等の関係者の名誉回復に関する法」などは過去を清算する運動に弾みをつけたといわれるくらい重要な法律であった。
しかし、これら法律でも国家権力による暴力を網羅できず、被害者の扱いが不当であるとの批判を浴びてさらなる立法が行われた。
廬武鉉政権は「過去の清算」に熱心であり、この問題を包括的に扱うため「真実和解法」を制定し、「真実和解委員会」を設置した。真実和解委員会は、2006年から2010年までの 5 年間、各種の事件を調査し、膨大な量の年次報告書、さまざまな資料集、そして総合的な報告書を公表した。
「過去の清算」を行うため新しい法律が作られ、また、真実和解委員会が設置されること自体は有意義で、必要なことだったのであろうが、新たな立法も真実和解委員会の報告も、さらなる問題を作り出す危険があるのではないか。日本人の感覚からすれば、あまりに大規模に、しかも恒常的に「過去の清算」が行われれば、国家と社会はつねに不安定な状況に置かれると思われる。
なお、真実和解法が制定され、委員会が設置されるに際しては、憂慮する声もあったという。韓国でも政治の安定が求められるのは当然であり、「過去の清算」といえば無条件でまかり通る状況ではなかったのであろう。
文在寅政権も、この真実和解委員会(part 2)を再度立ち上げたいと意向を示したことがあったが、実際には設置に至っていないようである。
第3に、被害者の救済は司法では実現しなかったと李在承論文は指摘している。また、裁判所は公訴時効の適用に厳格であり、そのことが犠牲者救済の壁になった、韓国政府は公訴時効の問題を全く解決しようとしなかったとも指摘している。清算が必要な問題でも時効が経過しているため再審はできないとされるケースが多数あったのであろう。この点でも韓国は日本と大きく異なっている。
李在承論文は司法機関でも真実和解委員会の勧告にしたがって再審を行い、無罪判決を言い渡し、犠牲者に対して賠償を認める判決を出した例があったという。しかし、これはよかったことか、真実和解委員会の判断は間違うことはなかったか、日本人の感覚では疑問であろう。
「過去の清算」は、国家情報院、国防省、警察などの強権を振るう可能性のある国家機関(李在承論文では「国家の暴力装置」)についても必要とされ、実行された。これらの機関でも過去の暴力を調査する内部委員会が設けられ調査活動が行われたのである。
現在、文在寅政府は、検察だけが「過去の清算」から取り残されたので、今、改革しなければならないと主張している。それは李在承論文とも平仄が合う面があるが、そのための手段として検察から違法行為を疑われているチョ・グク氏を司法長官に任命したことは、新たな問題の始まりとなる危険がある。
チョ・グク氏の任命は、政権が交代すれば批判され、あらたな「過去の清算」問題になるのではないか。ともかく、日本ではチョ・グク氏の司法長官任命は韓国の内政問題だと認識されているが、韓国では「過去の清算」という一般的な問題の一角なのである。
第4に、つねに、幅広く「過去の清算」を求める韓国人は、韓国の歴代政府も、その他の制度、たとえば法律や司法制度も信頼していない。また、信頼しないのは国内だけでなく、日本など諸外国も信頼していない。意図的に信頼しないのでなく、信頼できないのかもしれない。韓国においては、「時代を超えて国家権力による暴力が問題となってきた」のではないかと第1で述べたが、その結果韓国人の性格や行動形態にも影響したのだと思う。
例えば、日本から見ると、韓国は国際約束を守らないという特異な行動を取ることがある。「過去の清算」問題は、この頭の痛い疑問に説明のヒントを示していると思われる。
韓国における過去の清算-チョ・グク氏問題にもつながる
「過去の清算」というと、正直言って、たいていの日本人はあまり触れたくない問題だと思うだろう。「過去」だけであれば知っておいた方が役に立つが、「清算」については、どうしても必要な場合以外、したくないし、考えたくない、というのが一般的な感覚である。しかし、韓国においては日本とまったく違う感覚のようである。韓国建国大学の李在承教授の論文、「韓国における過去清算の最近の動向」(立命館法学 2012 年 2 号(342号) 以下「李在承論文」)は興味深い研究である。以下は同論文から垣間見える韓国独特の政治風土の考察である。なお、「李在承論文は〇〇と述べている」という形で引用したことを含め、本稿の記載はすべて当研究所の解釈と仮説である。
第1に、韓国における「過去の清算」は個別の事件の再検討というより、むしろ韓国において長年存在してきた政治傾向である。李在承論文の研究対象は1987年の韓国の民主化以降であり、廬泰愚、金泳三、金大中、廬武鉉および李明博各政権についての研究であるが、過去の清算は朝鮮戦争期から植民地時代、さらには東学党運動期にまで遡る問題であることが示唆されている。なお、李在承論文の研究対象外であるが、「過去の清算」は朴槿恵政権においても、また、文在寅政権においても重視されている。さらに、李氏朝鮮時代においても国家権力により韓国民が苦しめられてきたことは別の研究で指摘されている。
あまり古い時代までさかのぼると資料も少なくなるし、実証的に論じることは困難になるが、「韓国では時代を超えて国家権力による暴力が問題となってきた」のではないかと思われる。
李在承論文は、植民地時代の親日派の処遇、さらには慰安婦問題についても考察を加え、韓国の憲法裁判所が、韓国政府に慰安婦問題や徴用工問題を解決するために外交上の努力を行う憲法上の作為義務があり、韓国政府の不作為は憲法違反であるとると認定したことにも言及している。日本から見ればこの二つの問題が突出しているが、韓国側では「過去の清算」の一部である。
第2に、「過去の清算」は国家権力による暴力があったとみなされることについて求められるのだが、具体的には、個人や集団に対する暴行に限らず、政府、法律、さらには裁判所なども責任を問われる問題である。つまり、韓国ではすべての「制度」が清算の対象になる可能性がある。
たとえば、李在承論文は、金泳三から李明博まで一政権平均4~5本の「過去清算関係法」が合計20本余り制定されたことを指摘している。その中の「 疑問死の真相解明に関する法」「 民主化運動関係者の名誉回復と補償に関する法」「済州島 4・3 事件の真相解明および犠牲者の名誉回復に関する法」、「巨昌事件等の関係者の名誉回復に関する法」などは過去を清算する運動に弾みをつけたといわれるくらい重要な法律であった。
しかし、これら法律でも国家権力による暴力を網羅できず、被害者の扱いが不当であるとの批判を浴びてさらなる立法が行われた。
廬武鉉政権は「過去の清算」に熱心であり、この問題を包括的に扱うため「真実和解法」を制定し、「真実和解委員会」を設置した。真実和解委員会は、2006年から2010年までの 5 年間、各種の事件を調査し、膨大な量の年次報告書、さまざまな資料集、そして総合的な報告書を公表した。
「過去の清算」を行うため新しい法律が作られ、また、真実和解委員会が設置されること自体は有意義で、必要なことだったのであろうが、新たな立法も真実和解委員会の報告も、さらなる問題を作り出す危険があるのではないか。日本人の感覚からすれば、あまりに大規模に、しかも恒常的に「過去の清算」が行われれば、国家と社会はつねに不安定な状況に置かれると思われる。
なお、真実和解法が制定され、委員会が設置されるに際しては、憂慮する声もあったという。韓国でも政治の安定が求められるのは当然であり、「過去の清算」といえば無条件でまかり通る状況ではなかったのであろう。
文在寅政権も、この真実和解委員会(part 2)を再度立ち上げたいと意向を示したことがあったが、実際には設置に至っていないようである。
第3に、被害者の救済は司法では実現しなかったと李在承論文は指摘している。また、裁判所は公訴時効の適用に厳格であり、そのことが犠牲者救済の壁になった、韓国政府は公訴時効の問題を全く解決しようとしなかったとも指摘している。清算が必要な問題でも時効が経過しているため再審はできないとされるケースが多数あったのであろう。この点でも韓国は日本と大きく異なっている。
李在承論文は司法機関でも真実和解委員会の勧告にしたがって再審を行い、無罪判決を言い渡し、犠牲者に対して賠償を認める判決を出した例があったという。しかし、これはよかったことか、真実和解委員会の判断は間違うことはなかったか、日本人の感覚では疑問であろう。
「過去の清算」は、国家情報院、国防省、警察などの強権を振るう可能性のある国家機関(李在承論文では「国家の暴力装置」)についても必要とされ、実行された。これらの機関でも過去の暴力を調査する内部委員会が設けられ調査活動が行われたのである。
現在、文在寅政府は、検察だけが「過去の清算」から取り残されたので、今、改革しなければならないと主張している。それは李在承論文とも平仄が合う面があるが、そのための手段として検察から違法行為を疑われているチョ・グク氏を司法長官に任命したことは、新たな問題の始まりとなる危険がある。
チョ・グク氏の任命は、政権が交代すれば批判され、あらたな「過去の清算」問題になるのではないか。ともかく、日本ではチョ・グク氏の司法長官任命は韓国の内政問題だと認識されているが、韓国では「過去の清算」という一般的な問題の一角なのである。
第4に、つねに、幅広く「過去の清算」を求める韓国人は、韓国の歴代政府も、その他の制度、たとえば法律や司法制度も信頼していない。また、信頼しないのは国内だけでなく、日本など諸外国も信頼していない。意図的に信頼しないのでなく、信頼できないのかもしれない。韓国においては、「時代を超えて国家権力による暴力が問題となってきた」のではないかと第1で述べたが、その結果韓国人の性格や行動形態にも影響したのだと思う。
例えば、日本から見ると、韓国は国際約束を守らないという特異な行動を取ることがある。「過去の清算」問題は、この頭の痛い疑問に説明のヒントを示していると思われる。
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