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2020.04.02
1.韓国の検査が多いのはどういう事情によるのか
韓国の感染者数が1000人を超えたのは2月26日。それから急増し、1週間後には5倍になった。日本にとって驚きだったのはコロナウイルスの検査が桁外れに大規模だったことであり、感染者数がまだ2桁だった時から大量生産のためのコロナウイルス用検査キットの開発に直ちに着手するなど検査体制が強化され、2月22日から25日にかけては、1日あたり4500人から7500人程度のペースで検査を行い、検査数は6万6000人になった。
韓国では約1か月後の3月27日の時点で、30万回以上の検査を実施し、1人当たりの検査率はアメリカの40倍となっていた(NYTによる同日の報道)。
韓国が早い段階から果断な措置を取ったのは、2015年、MERS(中東呼吸器症候群)に対する対策が失敗し、36(38?)名が死亡するという苦い経験があったからだという。
韓国の成功は各国からも注目され、フランスのエマニュエル・マクロン大統領とスウェーデンのステファン・ロベーン首相は、韓国の対策の詳細を聞くために文大統領に電話をかけてきた。
世界保健機関のテドロス事務局長は、ウイルスの封じ込めは難しいものの「可能である」ことを示したとして、韓国を称賛した。
文在寅大統領は早期対応の経験を背景に活発に動いた。13日、マクロン大統領との電話会談では、「韓国政府はCOVID-19の防疫と治療の過程で多くの経験と臨床データを蓄積しており、これを国際社会と積極的に共有する意思がある。G20レベルの特別テレビ首脳会議を開催するのも良いだろう」として、テレビ会議を提案した。
しかし、各国首脳の反応は鈍かったようだ。会議が開かれたのは約2週間後の3月26日であった。会議時間は2時間6分、G20首脳とスペイン・シンガポール・ヨルダンなど招待国7カ国の首脳と国連(UN)・世界保健機関(WHO)・世界銀行(WB)など国際機関の首長が参加した大会議としてはあまりにも短時間であり、象徴的な意味合いが強かったが、韓国の経験をプレーアップするには役立ったのだろう。
2.日本の検査の少なさはなぜ改善されないか
韓国が大規模な検査体制の構築に取り掛かっていた2月末、日本では、厚生労働省は検査数は累計1846件、1日100件程度と発表したが、都道府県の検査数が含まれていなかったとして加藤勝信厚労相は、2月18~24日間の7日間で計約6300件、1日平均約900件だと説明しなおした。しかし、それでも韓国の10分の1であった。
日本政府はその後、数回にわたって検査体制の改善を発表したが、強調したのは「検査能力」の改善であり、「実際の検査数」は目立って上昇するには至らないでいる。
政府の方針は、ある程度症状がある人、感染の恐れが強い事情がある人に限って検査するというものであり、それには疫学的に一定の合理性があり、海外でもそのような方針は一定程度理解された。
しかし、新型コロナウイルス問題に対処するには検査の徹底が必要であることは世界の常識である。WHOのテドロス事務局長も、必要なのは「テスト、テスト、テスト」だと指摘した。
日本でも3月末、感染の爆発的拡大の危険が認識されるに至って、あらためてこれまで取ってきた方針は有効か、問われている。
検査をしない人、希望しても受けられない人、医師が必要だと判断しているのに検査してもらえない人から感染が拡大する問題があることが明確になってきたためである。つまり、これまでの方針では、急激な医療体制の崩壊は防ぐことはできても、野放しになっている無症状の感染者からの感染には対応できないのである。
感染がはっきりしない場合の自宅待機も感染の拡大につながっているという疑念が強くなっている。今までは自宅待機は限りある医療体制を補う役割があるものとして活用されたが、もっとはっきりした隔離が必要になっているという指摘である。
「発熱外来」の設置の必要性も指摘されてからかなりの時間が経つが、ほとんど実行されていない。検査に限らないが、多数の人が医療機関に殺到する危険がある状況では発熱外来の設置が必要である。
日本の検査が大事に至っていないのは、医療関係者の献身的努力もあるが、マクロ的には日本の感染者数が極めて低いということに支えられ、その問題点は隠されていたためでないか。しかし、現在感染者数は急増の危険が増大している。3月31日の増加数(1日だけの増加数)は200を超えた。韓国や中国の約2倍であり、この比率で行けばあと1か月半くらいで日本は現在の約3倍になる。韓国のレベル、つまり1万人程度になるということである。そのようになってくればこれまでの検査方針はたちまち瓦解するのではないか。
3.欧州でなぜ感染が急拡大したか
イタリアでは、1月31日に中国人観光客2人が陽性と判明したのが最初であった。それ以来、特に2月末から急拡大し、3月9日の時点で、感染者は9172人と韓国を上回った。
感染が世界中に拡大している状況を前に、世界保健機関(WHO)は3月11日、「パンデミック」を宣言したが、2日後には欧州が世界の流行の「中心地」になったと位置づけた。イタリアはその時、韓国の2倍になっていた。3月末には感染者数は10万人を突破した。
スペイン、ドイツ、フランスなども、イタリアほどではないが、イタリアと同様のパターンで感染が急拡大し、3月中旬には相次いで韓国を上回った。驚異的な感染拡大であり、3月31日現在、イタリアは韓国の約10倍、スペインは8倍強、ドイツは約6倍、フランスは約4倍となっている。中国と比べれば、3月末の時点でイタリアだけが(欧州以外では米国も)多いが、スペインは7.9万人であり、しかも1日のうちに約5千人増加しているので中国を上回るのは時間の問題であろう。
イギリスは大陸諸国よりは感染拡大が少なかったかに見えたが、やはり3月中には急増し、26日には9533人となって韓国より多くなり、27日には11662人と万の台に乗った。さらにイギリスではチャールズ皇太子やジョンソン首相も感染した。
中国や韓国がすでに微増傾向になっているのとはあまりにも対照的である。
なぜ欧州諸国ではそのように感染が急拡大し、かつその規模が大きいのか。イタリアについてはその原因としていくつかのことが指摘された。
第1に、中国人の増加が原因か、問題になった。イタリアで集団感染が初めて発生したのは2月下旬、北部の地方都市コドーニョであり、その周辺はグローバルに展開する中小企業が多く、中国だけでなく欧州各国とも人の往来が多い。
イタリアは欧州ではギリシャに次いで「一帯一路」に参加し、中国人の入国が増加していた。これらを実質的に仕切ったジェラーニ経済発展省次官は、10年にわたり中国で経済を教えてきた中国通である。
2010年ごろ、イタリアの日刊紙では「ミラノ市で多い名字ベスト10」のうち6つが中国系であるとの報道もあった。
しかし、全体としては中国人が多いとはいえないという。イタリアの中国系住民は32万人と日本の約半分に過ぎない(2018年)。中国人旅行者数も2019年で320万人と日本の3分の1強。武漢からの空港別旅行者数ランキングも、日本の成田(第3位)、関空(第7位)に対しイタリアの空港はトップテンに入っていなかった。
第2に、イタリアは基本的に無償で新型コロナウイルスの検査をしているため、検査を積極的に受ける人が多く、感染者を発見しやすいともいわれていた。
しかし、手当たり次第にPCR検査をしたために、医療体制がパンクしはじめ、引退した医師や看護婦、医学生にも応援を求めた。医療従事者は当初新型ウイルスと分からず、結果的に院内感染が起きてしまったこともあったといいう。
集中治療の設備が足りず、イタリアのメディアは医療態勢が崩壊する危険性を書きたてた。
第3に、国民性である。あいさつでは「握手・ハグ・バッチョ(キス)」が常態である。国民は一般に暢気である。親と同居する比率が高く、同居していなくても頻繁に会い、一緒に食事する。手洗いやうがいの習慣は少ない。ハンカチで鼻をかむ。そもそも日本などと異なり家の中も土足である。
イタリア以外の国は、中国との関係や高齢者の比率など多少異なる点もあろう。医療事情の差もあるかもしれないが、それにしても欧州諸国の急拡大パターンは中国や韓国と比べれば異質である。
しかも、政府の対策は日本などと比べるとはるかに果断である。イタリアでは、2月下旬には集団感染が起きた北部の11の町を封鎖した。コンテ首相は3月8日、新型コロナウイルスの感染が広がっている同国北部のミラノやベネチアなどの地域で、人の移動を制限する政令を発表した。11日、新たな対策として翌12日から2週間、生活必需品を除く商店や飲食店の営業を禁止すると発表した。工場の操業も一部制限されるため、同国経済に大きな影響が出るのは必至だといわれた。しかし、コンテ首相は「全国民でこの規則を守れば、緊急事態から抜け出せる」と国営テレビなどを通じ、全国民に新たな対策への協力を呼びかけた。
他の国でも、対策は日本より徹底している。パリの街中も人が極端に少なくなっている。
ドイツは何事にも徹底している。メルケル首相は、3月1日、最終的にはドイツ国民の6~7割が感染する可能性があると発言した。また同氏自身感染者と接触していたことが分かったので在宅勤務に切り替えた。そして計3回の検査を受け、いずれも陰性だったことが30日までに確認された。
ドイツについては、感染者数が多い(世界第5位)割に死亡率が0.7%と突出して少ないことが指摘されている。その第1の理由は、早期大量の検査を行い、隔離を進め、また、重症化しやすい高齢者の感染者増を抑えたといわれている。人工呼吸器の多さなども指摘されている。
ただし、未確認情報であるが、ドイツでは当初肺炎で死亡した患者の多くは新型コロナウイルスでなく、インフルエンザなど他の病気が原因であったと処理され、後に是正措置は取られなかったともいわれている。
ドイツの医療事情が他の欧州諸国より良いのは事実だろうが、それだけで死亡率がイタリアやスペインの約10分の1であることを説明できるか、疑問の余地はある。
なお、新型コロナウイルスには2つのタイプがあり、欧州諸国では毒性の強いタイプが多いという説もある。
4.米国で想像を絶する感染拡大が起こった
米国の感染者数の増加は欧州をはるかに上回る。米ジョンズ・ホプキンス大学システム科学工学センターのまとめによると、3月31日までの感染者数18万5千人である。
2月19日には、わが厚生労働省の発表によると15人であり、2月末でも100人に満たず、3月15日でも1678人に過ぎなかったが、それから爆発的に増加したのだ。4日後の19日には1万を超え、さらに4日後の23日には3万強となり、その5日後の28日には中国を、さらにその翌日にはイタリアをも抜き去って10万人の大台を超え、それから3月31日までの3日間、毎日約1万8千人が感染し続けたのである。比率で言えば、3月の後半だけで100倍以上に増加したことになる。
こんなことが実際に起こり得るのか、容易には信じられないくらいであるが、検査に問題があったとも指摘されている。米国では新型コロナウイルスによる感染はインフルエンザの陰に隠れており、死亡してもインフルエンザによる死亡と判定され、見直されることはなかった。3月後半になってようやく新型コロナウイルスの検査が本格的に始まると、各地で感染者が続々と見つかるようになったという。
米国の疾病対策センター(CDC)は世界に冠たる疫病の権威であるが、その方針も原因の一つであったとみられている。
新型コロナウイルスについては中国が1月12日、ゲノム情報を世界に共有し、まもなくドイツの研究者が検査方法を開発し、世界保健機関(WHO)も採用し、17日に手順を公開した。
ところが、米疾病対策センター(CDC)はこの検査方法を使わず、独自の手法の開発を進めた。そのため各州に向け検査キットを発送したのは2月5日になった。しかもこのキットには欠陥があった。さらに、検査対象者を限定し、当初は全ての結果をCDCで取りまとめる方針を取ったため、感染の状況把握が大幅に遅れた。
米国のメディアも検査の問題を取り上げ、特に、韓国の検査数の多さと比較して米国の検査数があまりにも少ないと批判した。検査を多く行わない限り、アメリカでどれだけ感染が拡大しているのかわからないとも訴えた。
そしてCDCは2月14日、「新型コロナの検査対象を大幅に見直す」という発表を行った。検査対象を大幅に拡大した結果が、前述した3月後半になってからの爆発的増加の一因であったと思われる。
感染の爆発的拡大は医療体制に極度の負担を強いる結果となった。感染が集中しているニューヨークの医療関係者のみならず各地で窮状を訴える声が上がった。人工呼吸器、マスクが足りない、初期には新型コロナウイルスと知らずに治療に当たったため医師や看護師が感染した、防護具が足りない、病院は医師たちに節約を求めているなどである。
米国では感染防止対策はよく行っており、日本よりはるかに厳格である。国家非常事態宣言は感染の爆発が起こる直前の3月13日に行った。ニューヨークではその前日に非常事態宣言を出していた。しかし、それでも感染の爆発的拡大を防げなかったらしい。
欧州諸国ではようやく感染の拡大が収まりつつあるとみることもできるが、米国の状況が今後どうなるか、想像もつかないのが現実である。
5.東京でもニューヨークのような状況になるか
日本の感染者数は各国と比べ突出して少ない。4月1日現在、クルーズ船の乗客・乗員を含めても感染者数は3212人であり、けた違いの低さである。前述したように検査の問題や医療機関への負担の増大などはあるが、国際的に大きな問題にならないで推移している。しかし、今後もこの状態が続くか。にわかに雲行きが怪しくなっている。
特に、東京における感染者数の急増である。小池知事は3月25日、緊急の記者会見を開き、「今の状況を感染爆発の重大局面ととらえこの認識を共有したい」と述べて強い危機感を示したうえで、平日はできるだけ自宅で仕事を行って夜間の外出を控え、特に週末は不要不急の外出を控えるよう呼びかけた。「感染爆発の重大局面」と大書したものをテレビに見せるなどもした。
しかし、深刻な危機感は今一つ伝わってこなかった。小池知事が指摘した25日の感染者数は41人であり、これは危機感を伝えるには少なすぎた。また、感染経路が不明者が増えていることも説明したが、これもよく考えなければほんとうに怖いことがつたわってこない。
知事は明言しなかったが、東京には、ウイルスの保菌者であるが症状がないので正常な健康体のようにふるまっている人が急増しているのではないか。これはまさにニューヨークで起こったことであり、最も怖いことではないか。このことを考慮すれば、知事が盛んに「感染爆発の重大局面」にあると発言したのは理解できる。
小池氏は東京都知事として独断で述べたのではなく、日本政府と協議の上で発言したことは間違いない。同知事が伝えたかった本当のことは、日本政府が恐れていることに他ならないと思うが、日本政府は本当に危機感を抱いているのか、よく分からない。
4月1日に開かれた政府の専門家会議は、感染者が急増する都市部を中心に、爆発的な感染拡大が起こる前に医療現場が機能不全に陥るとして、早急な対応を求めた。感染の拡大に応じて3地域に分けて対応する考え方を示し、大きく拡大している地域は学校の一斉休校も選択肢の一つとしたのだ。
政府の専門家会議の性質上発言できることは限られているが、専門家は早く緊急事態宣言を出して体制を強化する必要があるという考えであるのに対し、政府はかたくなにこの宣言を出す時期でないとして専門家の考えを退けているのではないか。
同日、日本医師会は、「医療危機的状況宣言」と題する文書を発表した。あわせて政府に対して特別措置法に基づく緊急事態宣言を出すよう改めて求めた。
宣言は、大都市圏を念頭に「一部地域では病床が不足しつつある」とし、これ以上の患者増加は医療現場の対応力を超えると指摘。「感染爆発が起こってからでは遅く、今のうちに対策を講じなくてはならない」として、国民に健康管理の徹底や感染を広げない対策への協力を求めたのだが、同時に緊急事態宣言を出してくれない政府への不満がにじんでいた。
なぜ政府は緊急事態宣言の発出に踏み切れないのか。経済への影響、とくに零細企業に対し補償なく強い勧告はできないとする考えが政府内にあるからだろう。補償には財政措置が必要だが、これには財務省が抵抗し、どうしても政府が必要というなら、全省庁の予算を一律に削減することを条件にする。これには厚労省を除く全省庁が反対する。肝心の新型コロナウイルス感染症対策本部はこのような官僚の厚い壁を突破できない。そして、首相に発言権の強い経済官庁の抵抗のみが残るという形になっているのではないか。
政府と官僚に問いたい。もし専門家の言うような懸念が現実に起これば、それこそ日本経済は手痛い打撃をこうむる。そのような問題について見識はないのか。
新型コロナウイルスによるパンデミックに関する疑問
新型コロナウイルスの急速かつ大規模な感染拡大はフォローするだけでも容易でない。今後のために、特に印象的なこと、不可解なことを取りまとめた。基本的には時系列的に記載した。そのため、「政府と官僚に問いたい。もし専門家の言うような懸念が現実に起これば、それこそ日本経済は手痛い打撃をこうむる。その見識はないのか。」という記述は末尾になってしまった。1.韓国の検査が多いのはどういう事情によるのか
韓国の感染者数が1000人を超えたのは2月26日。それから急増し、1週間後には5倍になった。日本にとって驚きだったのはコロナウイルスの検査が桁外れに大規模だったことであり、感染者数がまだ2桁だった時から大量生産のためのコロナウイルス用検査キットの開発に直ちに着手するなど検査体制が強化され、2月22日から25日にかけては、1日あたり4500人から7500人程度のペースで検査を行い、検査数は6万6000人になった。
韓国では約1か月後の3月27日の時点で、30万回以上の検査を実施し、1人当たりの検査率はアメリカの40倍となっていた(NYTによる同日の報道)。
韓国が早い段階から果断な措置を取ったのは、2015年、MERS(中東呼吸器症候群)に対する対策が失敗し、36(38?)名が死亡するという苦い経験があったからだという。
韓国の成功は各国からも注目され、フランスのエマニュエル・マクロン大統領とスウェーデンのステファン・ロベーン首相は、韓国の対策の詳細を聞くために文大統領に電話をかけてきた。
世界保健機関のテドロス事務局長は、ウイルスの封じ込めは難しいものの「可能である」ことを示したとして、韓国を称賛した。
文在寅大統領は早期対応の経験を背景に活発に動いた。13日、マクロン大統領との電話会談では、「韓国政府はCOVID-19の防疫と治療の過程で多くの経験と臨床データを蓄積しており、これを国際社会と積極的に共有する意思がある。G20レベルの特別テレビ首脳会議を開催するのも良いだろう」として、テレビ会議を提案した。
しかし、各国首脳の反応は鈍かったようだ。会議が開かれたのは約2週間後の3月26日であった。会議時間は2時間6分、G20首脳とスペイン・シンガポール・ヨルダンなど招待国7カ国の首脳と国連(UN)・世界保健機関(WHO)・世界銀行(WB)など国際機関の首長が参加した大会議としてはあまりにも短時間であり、象徴的な意味合いが強かったが、韓国の経験をプレーアップするには役立ったのだろう。
2.日本の検査の少なさはなぜ改善されないか
韓国が大規模な検査体制の構築に取り掛かっていた2月末、日本では、厚生労働省は検査数は累計1846件、1日100件程度と発表したが、都道府県の検査数が含まれていなかったとして加藤勝信厚労相は、2月18~24日間の7日間で計約6300件、1日平均約900件だと説明しなおした。しかし、それでも韓国の10分の1であった。
日本政府はその後、数回にわたって検査体制の改善を発表したが、強調したのは「検査能力」の改善であり、「実際の検査数」は目立って上昇するには至らないでいる。
政府の方針は、ある程度症状がある人、感染の恐れが強い事情がある人に限って検査するというものであり、それには疫学的に一定の合理性があり、海外でもそのような方針は一定程度理解された。
しかし、新型コロナウイルス問題に対処するには検査の徹底が必要であることは世界の常識である。WHOのテドロス事務局長も、必要なのは「テスト、テスト、テスト」だと指摘した。
日本でも3月末、感染の爆発的拡大の危険が認識されるに至って、あらためてこれまで取ってきた方針は有効か、問われている。
検査をしない人、希望しても受けられない人、医師が必要だと判断しているのに検査してもらえない人から感染が拡大する問題があることが明確になってきたためである。つまり、これまでの方針では、急激な医療体制の崩壊は防ぐことはできても、野放しになっている無症状の感染者からの感染には対応できないのである。
感染がはっきりしない場合の自宅待機も感染の拡大につながっているという疑念が強くなっている。今までは自宅待機は限りある医療体制を補う役割があるものとして活用されたが、もっとはっきりした隔離が必要になっているという指摘である。
「発熱外来」の設置の必要性も指摘されてからかなりの時間が経つが、ほとんど実行されていない。検査に限らないが、多数の人が医療機関に殺到する危険がある状況では発熱外来の設置が必要である。
日本の検査が大事に至っていないのは、医療関係者の献身的努力もあるが、マクロ的には日本の感染者数が極めて低いということに支えられ、その問題点は隠されていたためでないか。しかし、現在感染者数は急増の危険が増大している。3月31日の増加数(1日だけの増加数)は200を超えた。韓国や中国の約2倍であり、この比率で行けばあと1か月半くらいで日本は現在の約3倍になる。韓国のレベル、つまり1万人程度になるということである。そのようになってくればこれまでの検査方針はたちまち瓦解するのではないか。
3.欧州でなぜ感染が急拡大したか
イタリアでは、1月31日に中国人観光客2人が陽性と判明したのが最初であった。それ以来、特に2月末から急拡大し、3月9日の時点で、感染者は9172人と韓国を上回った。
感染が世界中に拡大している状況を前に、世界保健機関(WHO)は3月11日、「パンデミック」を宣言したが、2日後には欧州が世界の流行の「中心地」になったと位置づけた。イタリアはその時、韓国の2倍になっていた。3月末には感染者数は10万人を突破した。
スペイン、ドイツ、フランスなども、イタリアほどではないが、イタリアと同様のパターンで感染が急拡大し、3月中旬には相次いで韓国を上回った。驚異的な感染拡大であり、3月31日現在、イタリアは韓国の約10倍、スペインは8倍強、ドイツは約6倍、フランスは約4倍となっている。中国と比べれば、3月末の時点でイタリアだけが(欧州以外では米国も)多いが、スペインは7.9万人であり、しかも1日のうちに約5千人増加しているので中国を上回るのは時間の問題であろう。
イギリスは大陸諸国よりは感染拡大が少なかったかに見えたが、やはり3月中には急増し、26日には9533人となって韓国より多くなり、27日には11662人と万の台に乗った。さらにイギリスではチャールズ皇太子やジョンソン首相も感染した。
中国や韓国がすでに微増傾向になっているのとはあまりにも対照的である。
なぜ欧州諸国ではそのように感染が急拡大し、かつその規模が大きいのか。イタリアについてはその原因としていくつかのことが指摘された。
第1に、中国人の増加が原因か、問題になった。イタリアで集団感染が初めて発生したのは2月下旬、北部の地方都市コドーニョであり、その周辺はグローバルに展開する中小企業が多く、中国だけでなく欧州各国とも人の往来が多い。
イタリアは欧州ではギリシャに次いで「一帯一路」に参加し、中国人の入国が増加していた。これらを実質的に仕切ったジェラーニ経済発展省次官は、10年にわたり中国で経済を教えてきた中国通である。
2010年ごろ、イタリアの日刊紙では「ミラノ市で多い名字ベスト10」のうち6つが中国系であるとの報道もあった。
しかし、全体としては中国人が多いとはいえないという。イタリアの中国系住民は32万人と日本の約半分に過ぎない(2018年)。中国人旅行者数も2019年で320万人と日本の3分の1強。武漢からの空港別旅行者数ランキングも、日本の成田(第3位)、関空(第7位)に対しイタリアの空港はトップテンに入っていなかった。
第2に、イタリアは基本的に無償で新型コロナウイルスの検査をしているため、検査を積極的に受ける人が多く、感染者を発見しやすいともいわれていた。
しかし、手当たり次第にPCR検査をしたために、医療体制がパンクしはじめ、引退した医師や看護婦、医学生にも応援を求めた。医療従事者は当初新型ウイルスと分からず、結果的に院内感染が起きてしまったこともあったといいう。
集中治療の設備が足りず、イタリアのメディアは医療態勢が崩壊する危険性を書きたてた。
第3に、国民性である。あいさつでは「握手・ハグ・バッチョ(キス)」が常態である。国民は一般に暢気である。親と同居する比率が高く、同居していなくても頻繁に会い、一緒に食事する。手洗いやうがいの習慣は少ない。ハンカチで鼻をかむ。そもそも日本などと異なり家の中も土足である。
イタリア以外の国は、中国との関係や高齢者の比率など多少異なる点もあろう。医療事情の差もあるかもしれないが、それにしても欧州諸国の急拡大パターンは中国や韓国と比べれば異質である。
しかも、政府の対策は日本などと比べるとはるかに果断である。イタリアでは、2月下旬には集団感染が起きた北部の11の町を封鎖した。コンテ首相は3月8日、新型コロナウイルスの感染が広がっている同国北部のミラノやベネチアなどの地域で、人の移動を制限する政令を発表した。11日、新たな対策として翌12日から2週間、生活必需品を除く商店や飲食店の営業を禁止すると発表した。工場の操業も一部制限されるため、同国経済に大きな影響が出るのは必至だといわれた。しかし、コンテ首相は「全国民でこの規則を守れば、緊急事態から抜け出せる」と国営テレビなどを通じ、全国民に新たな対策への協力を呼びかけた。
他の国でも、対策は日本より徹底している。パリの街中も人が極端に少なくなっている。
ドイツは何事にも徹底している。メルケル首相は、3月1日、最終的にはドイツ国民の6~7割が感染する可能性があると発言した。また同氏自身感染者と接触していたことが分かったので在宅勤務に切り替えた。そして計3回の検査を受け、いずれも陰性だったことが30日までに確認された。
ドイツについては、感染者数が多い(世界第5位)割に死亡率が0.7%と突出して少ないことが指摘されている。その第1の理由は、早期大量の検査を行い、隔離を進め、また、重症化しやすい高齢者の感染者増を抑えたといわれている。人工呼吸器の多さなども指摘されている。
ただし、未確認情報であるが、ドイツでは当初肺炎で死亡した患者の多くは新型コロナウイルスでなく、インフルエンザなど他の病気が原因であったと処理され、後に是正措置は取られなかったともいわれている。
ドイツの医療事情が他の欧州諸国より良いのは事実だろうが、それだけで死亡率がイタリアやスペインの約10分の1であることを説明できるか、疑問の余地はある。
なお、新型コロナウイルスには2つのタイプがあり、欧州諸国では毒性の強いタイプが多いという説もある。
4.米国で想像を絶する感染拡大が起こった
米国の感染者数の増加は欧州をはるかに上回る。米ジョンズ・ホプキンス大学システム科学工学センターのまとめによると、3月31日までの感染者数18万5千人である。
2月19日には、わが厚生労働省の発表によると15人であり、2月末でも100人に満たず、3月15日でも1678人に過ぎなかったが、それから爆発的に増加したのだ。4日後の19日には1万を超え、さらに4日後の23日には3万強となり、その5日後の28日には中国を、さらにその翌日にはイタリアをも抜き去って10万人の大台を超え、それから3月31日までの3日間、毎日約1万8千人が感染し続けたのである。比率で言えば、3月の後半だけで100倍以上に増加したことになる。
こんなことが実際に起こり得るのか、容易には信じられないくらいであるが、検査に問題があったとも指摘されている。米国では新型コロナウイルスによる感染はインフルエンザの陰に隠れており、死亡してもインフルエンザによる死亡と判定され、見直されることはなかった。3月後半になってようやく新型コロナウイルスの検査が本格的に始まると、各地で感染者が続々と見つかるようになったという。
米国の疾病対策センター(CDC)は世界に冠たる疫病の権威であるが、その方針も原因の一つであったとみられている。
新型コロナウイルスについては中国が1月12日、ゲノム情報を世界に共有し、まもなくドイツの研究者が検査方法を開発し、世界保健機関(WHO)も採用し、17日に手順を公開した。
ところが、米疾病対策センター(CDC)はこの検査方法を使わず、独自の手法の開発を進めた。そのため各州に向け検査キットを発送したのは2月5日になった。しかもこのキットには欠陥があった。さらに、検査対象者を限定し、当初は全ての結果をCDCで取りまとめる方針を取ったため、感染の状況把握が大幅に遅れた。
米国のメディアも検査の問題を取り上げ、特に、韓国の検査数の多さと比較して米国の検査数があまりにも少ないと批判した。検査を多く行わない限り、アメリカでどれだけ感染が拡大しているのかわからないとも訴えた。
そしてCDCは2月14日、「新型コロナの検査対象を大幅に見直す」という発表を行った。検査対象を大幅に拡大した結果が、前述した3月後半になってからの爆発的増加の一因であったと思われる。
感染の爆発的拡大は医療体制に極度の負担を強いる結果となった。感染が集中しているニューヨークの医療関係者のみならず各地で窮状を訴える声が上がった。人工呼吸器、マスクが足りない、初期には新型コロナウイルスと知らずに治療に当たったため医師や看護師が感染した、防護具が足りない、病院は医師たちに節約を求めているなどである。
米国では感染防止対策はよく行っており、日本よりはるかに厳格である。国家非常事態宣言は感染の爆発が起こる直前の3月13日に行った。ニューヨークではその前日に非常事態宣言を出していた。しかし、それでも感染の爆発的拡大を防げなかったらしい。
欧州諸国ではようやく感染の拡大が収まりつつあるとみることもできるが、米国の状況が今後どうなるか、想像もつかないのが現実である。
5.東京でもニューヨークのような状況になるか
日本の感染者数は各国と比べ突出して少ない。4月1日現在、クルーズ船の乗客・乗員を含めても感染者数は3212人であり、けた違いの低さである。前述したように検査の問題や医療機関への負担の増大などはあるが、国際的に大きな問題にならないで推移している。しかし、今後もこの状態が続くか。にわかに雲行きが怪しくなっている。
特に、東京における感染者数の急増である。小池知事は3月25日、緊急の記者会見を開き、「今の状況を感染爆発の重大局面ととらえこの認識を共有したい」と述べて強い危機感を示したうえで、平日はできるだけ自宅で仕事を行って夜間の外出を控え、特に週末は不要不急の外出を控えるよう呼びかけた。「感染爆発の重大局面」と大書したものをテレビに見せるなどもした。
しかし、深刻な危機感は今一つ伝わってこなかった。小池知事が指摘した25日の感染者数は41人であり、これは危機感を伝えるには少なすぎた。また、感染経路が不明者が増えていることも説明したが、これもよく考えなければほんとうに怖いことがつたわってこない。
知事は明言しなかったが、東京には、ウイルスの保菌者であるが症状がないので正常な健康体のようにふるまっている人が急増しているのではないか。これはまさにニューヨークで起こったことであり、最も怖いことではないか。このことを考慮すれば、知事が盛んに「感染爆発の重大局面」にあると発言したのは理解できる。
小池氏は東京都知事として独断で述べたのではなく、日本政府と協議の上で発言したことは間違いない。同知事が伝えたかった本当のことは、日本政府が恐れていることに他ならないと思うが、日本政府は本当に危機感を抱いているのか、よく分からない。
4月1日に開かれた政府の専門家会議は、感染者が急増する都市部を中心に、爆発的な感染拡大が起こる前に医療現場が機能不全に陥るとして、早急な対応を求めた。感染の拡大に応じて3地域に分けて対応する考え方を示し、大きく拡大している地域は学校の一斉休校も選択肢の一つとしたのだ。
政府の専門家会議の性質上発言できることは限られているが、専門家は早く緊急事態宣言を出して体制を強化する必要があるという考えであるのに対し、政府はかたくなにこの宣言を出す時期でないとして専門家の考えを退けているのではないか。
同日、日本医師会は、「医療危機的状況宣言」と題する文書を発表した。あわせて政府に対して特別措置法に基づく緊急事態宣言を出すよう改めて求めた。
宣言は、大都市圏を念頭に「一部地域では病床が不足しつつある」とし、これ以上の患者増加は医療現場の対応力を超えると指摘。「感染爆発が起こってからでは遅く、今のうちに対策を講じなくてはならない」として、国民に健康管理の徹底や感染を広げない対策への協力を求めたのだが、同時に緊急事態宣言を出してくれない政府への不満がにじんでいた。
なぜ政府は緊急事態宣言の発出に踏み切れないのか。経済への影響、とくに零細企業に対し補償なく強い勧告はできないとする考えが政府内にあるからだろう。補償には財政措置が必要だが、これには財務省が抵抗し、どうしても政府が必要というなら、全省庁の予算を一律に削減することを条件にする。これには厚労省を除く全省庁が反対する。肝心の新型コロナウイルス感染症対策本部はこのような官僚の厚い壁を突破できない。そして、首相に発言権の強い経済官庁の抵抗のみが残るという形になっているのではないか。
政府と官僚に問いたい。もし専門家の言うような懸念が現実に起これば、それこそ日本経済は手痛い打撃をこうむる。そのような問題について見識はないのか。
2020.03.23
新型コロナウイルス問題は米軍が武漢に病原菌を持ち込んだので発生したという論調が新聞やネットで流されている。中国外務省の報道官でさえその可能性があるとツイッターに投稿している。中国政府が公式に表明していることではないが、黙認していることは明らかだ。もし中国政府が認めないならば、報道官のツイッターはもちろん、どのメディアの報道であれ強権をもって圧殺してしまうだろう。
新型コロナウイルスの発生がどこから起こったか、疫学的に確定されていないそうだが、それは今後の研究に任せるほかない。しかし、感染がいつ、どこで、どのように始まり、拡大したかは疑う余地のないことであり、中国政府も武漢市から感染が始まったことは認めている。
にもかかわらず、ウイルスは米軍が持ち込んだという荒唐無稽の話を中国政府が黙認していることには驚かされる。中国が「中国ウイルス」などといわれることを嫌い、そのような言説を何とか排除しようとする気持ちは分からないではないが、ウイルスが米軍によって持ち込まれたことを本当に主張したいなら世界中を納得させるだけの証拠が必要だ。しかし中国の考えは違っており、勝手な発言を繰り返す米国(トランプ大統領)に対して、証拠が乏しくても反撃は可能だと考えているらしい。
ウイルスの米軍持ち込み説はさておくとしても、中国の強力な宣伝統制にも限界があることが垣間見えてきた。
中国の医師で最初の犠牲者となった李文亮は新型コロナウイルスの危険性を早い段階から訴え、また、初動の遅れなどをインタビューで告白したため公安当局から訓戒処分を受け、その後死亡した。日本で「訓戒」というとそれほど深刻でないが、中国で「訓戒」を受けると恐ろしいことになる。過ちを認めさせられるのはもちろん、社会的に抹殺されるのに近いことになる。
当局の厳しい処分に猛反発した市民らは検閲をかいくぐれるよう記事を英語や日本語に訳したり、絵文字やQRコードで読める方式に変換したり、20以上の方法で拡散した。その結果、李文亮医師の行為を讃え、その死を悼む声は全国的に燃え上がった。
状況は危険だと判断した中国政府(国家監察委員会調査組)は3月19日、同医師に対する処分は過ちであったことを認める調査報告を行い、処分の撤回、関係者の責任追及を求めた。
中国政府が急きょ姿勢を転換した理由は、一つには、李文亮医師のケースを反体制派に利用させないためであった。監察委員会調査組の責任者は、記者の質問に答える形で、同医師をほめそやしたうえ、「一部の敵対勢力は中国共産党と政府を攻撃し、李文亮医師に体制に抵抗した「英雄」だとか「覚醒者」というレッテルを張っているが、事実は全く違っている。李医師は共産党員であり、いわゆる反体制派でなかった。腹に一物がある勢力は人心を惑わせ、社会をあおろうとしているが、たくらみは決して実現しない」と語り、李文亮医師が体制側の人物であったと強調した。
第二に、中国政府は新型コロナウイルスの問題において、広く一般国民の反応を恐れたためであった。
今回のケースでもっとも困難な状況に置かれていた武漢市中心医院が作成した「新型コロナウイルスの処置状況」と題する内部資料は、「上級機関に報告が通らないこと」、「秘密の壁に阻まれること」、「空騒ぎするなと批判されること」、「医薬品が不足していること」などが主要な問題であることを示した。最後の点を除けばいずれも現体制の欠陥に関わる内容であり、この資料は強い関心を呼び起こした。
国民の多くは李文亮医師の処分も不満であったが、それだけでなく、中国の現体制には問題があると感じたのであった。
しかし、監察委員会の報告は李文亮に対する処分が誤っていたことを認めただけで、これらの問題については何も触れなかった。
ネット上の批判は政府の方針転換後も消えなかった。これに対し中国政府は上記内部資料を初めて報道した『財新』の記事を削除した。いつもの手法である。しかし、広範な国民が不満になれば、相手が広すぎて中国政府としても言論を封殺するとか、拘束するなどの方法で対処できないのではないか。
今後、大規模な政府批判に発展するかといえば、答は「否」だろう。中国政府には国民の不満をそらす材料もある。特に、欧米での急激な感染拡大は中国政府の対応が間違っていなかったという宣伝を補強する材料になる。中国のメディアには、感染の拡大を抑えられない米国が何を言うかと言わんばかりの記事がみられる。
しかし、中国政府の宣伝工作にも限界があることはますます明確になってきたと思われる。
中国の言論統制は万能でない
習近平政権が厳しい言論統制を敷きつつ、官製の宣伝工作に力を入れているのは周知のことであるが、新型コロナウイルスへの対応から言論統制の問題点があらためて垣間見えてきた。新型コロナウイルス問題は米軍が武漢に病原菌を持ち込んだので発生したという論調が新聞やネットで流されている。中国外務省の報道官でさえその可能性があるとツイッターに投稿している。中国政府が公式に表明していることではないが、黙認していることは明らかだ。もし中国政府が認めないならば、報道官のツイッターはもちろん、どのメディアの報道であれ強権をもって圧殺してしまうだろう。
新型コロナウイルスの発生がどこから起こったか、疫学的に確定されていないそうだが、それは今後の研究に任せるほかない。しかし、感染がいつ、どこで、どのように始まり、拡大したかは疑う余地のないことであり、中国政府も武漢市から感染が始まったことは認めている。
にもかかわらず、ウイルスは米軍が持ち込んだという荒唐無稽の話を中国政府が黙認していることには驚かされる。中国が「中国ウイルス」などといわれることを嫌い、そのような言説を何とか排除しようとする気持ちは分からないではないが、ウイルスが米軍によって持ち込まれたことを本当に主張したいなら世界中を納得させるだけの証拠が必要だ。しかし中国の考えは違っており、勝手な発言を繰り返す米国(トランプ大統領)に対して、証拠が乏しくても反撃は可能だと考えているらしい。
ウイルスの米軍持ち込み説はさておくとしても、中国の強力な宣伝統制にも限界があることが垣間見えてきた。
中国の医師で最初の犠牲者となった李文亮は新型コロナウイルスの危険性を早い段階から訴え、また、初動の遅れなどをインタビューで告白したため公安当局から訓戒処分を受け、その後死亡した。日本で「訓戒」というとそれほど深刻でないが、中国で「訓戒」を受けると恐ろしいことになる。過ちを認めさせられるのはもちろん、社会的に抹殺されるのに近いことになる。
当局の厳しい処分に猛反発した市民らは検閲をかいくぐれるよう記事を英語や日本語に訳したり、絵文字やQRコードで読める方式に変換したり、20以上の方法で拡散した。その結果、李文亮医師の行為を讃え、その死を悼む声は全国的に燃え上がった。
状況は危険だと判断した中国政府(国家監察委員会調査組)は3月19日、同医師に対する処分は過ちであったことを認める調査報告を行い、処分の撤回、関係者の責任追及を求めた。
中国政府が急きょ姿勢を転換した理由は、一つには、李文亮医師のケースを反体制派に利用させないためであった。監察委員会調査組の責任者は、記者の質問に答える形で、同医師をほめそやしたうえ、「一部の敵対勢力は中国共産党と政府を攻撃し、李文亮医師に体制に抵抗した「英雄」だとか「覚醒者」というレッテルを張っているが、事実は全く違っている。李医師は共産党員であり、いわゆる反体制派でなかった。腹に一物がある勢力は人心を惑わせ、社会をあおろうとしているが、たくらみは決して実現しない」と語り、李文亮医師が体制側の人物であったと強調した。
第二に、中国政府は新型コロナウイルスの問題において、広く一般国民の反応を恐れたためであった。
今回のケースでもっとも困難な状況に置かれていた武漢市中心医院が作成した「新型コロナウイルスの処置状況」と題する内部資料は、「上級機関に報告が通らないこと」、「秘密の壁に阻まれること」、「空騒ぎするなと批判されること」、「医薬品が不足していること」などが主要な問題であることを示した。最後の点を除けばいずれも現体制の欠陥に関わる内容であり、この資料は強い関心を呼び起こした。
国民の多くは李文亮医師の処分も不満であったが、それだけでなく、中国の現体制には問題があると感じたのであった。
しかし、監察委員会の報告は李文亮に対する処分が誤っていたことを認めただけで、これらの問題については何も触れなかった。
ネット上の批判は政府の方針転換後も消えなかった。これに対し中国政府は上記内部資料を初めて報道した『財新』の記事を削除した。いつもの手法である。しかし、広範な国民が不満になれば、相手が広すぎて中国政府としても言論を封殺するとか、拘束するなどの方法で対処できないのではないか。
今後、大規模な政府批判に発展するかといえば、答は「否」だろう。中国政府には国民の不満をそらす材料もある。特に、欧米での急激な感染拡大は中国政府の対応が間違っていなかったという宣伝を補強する材料になる。中国のメディアには、感染の拡大を抑えられない米国が何を言うかと言わんばかりの記事がみられる。
しかし、中国政府の宣伝工作にも限界があることはますます明確になってきたと思われる。
2020.03.20
中国では、新型コロナウイルスによる感染問題に関し、「中国政府および医療関係者がよく戦い、成果を上げた」と喧伝する報道が盛んにおこなわれている(この状況を米国の主要メディアは強く批判している)。また、米国がこのウイルスを「中国ウイルス」とか「武漢ウイルス」と呼称していることに反発し、このウイルスは元来米軍により持ち込まれたものだなどという反撃も行われている。これはさすがに根拠のない中傷だろうが、「新型コロナウイルスが最初に流行したのは中国だが、真の発生源は未確定である」とする議論はいくつも出てきている。
そんな中に報道された本資料は、中国の医療体制のみならず、現政治体制の欠陥をも具体的に示す内容であり、医療関係者の無念な思いが伝わってくる。
本資料は、なぜ武漢中心医院の感染者数と死亡者数が抜群に多いか、という問題提起から説き起こし、同病院の職員は4千人強で、その中で230人の医療関係者が感染したことなどを指摘している。A4で9ページの本資料を要約するのは困難であるが、特に注目される点を抽出すると以下のとおりである。
「武漢中心医院の救急科は12月29日、華南海鮮市場から来た4人の患者を診療した。検査したところ、CT でも血液検査でもウイルス性肺炎の疑いが濃厚だったので江漢区疾病コントロールセンター防疫課に報告した。これに対し、防疫課は最近ほかの病院からも類似の報告が寄せられており、武漢中心医院からの報告は上級機関に報告するという対応であった。
その時から防疫課、武漢市健康衛生局、同市健康衛生委員会、湖北省健康衛生委員会とのやり取りが始まったが、武漢中心医院からの報告は上級の機関に伝えられず、たらいまわしの状況になった。
1月13日、江漢区疾病コントロールセンター防疫課は病院に対し、報告中の原因不明の肺炎は、別の病名に変更するよう連絡してきた。当時、全人代の湖北省会議が開催中であり、会議の開催中上級機関は動こうとしなかったことも一つの原因であった。
この間、武漢市中心医院は北京博奥医学検験所に採取した検体の検査を依頼した(注 このような検査依頼はよく行われているという)。その結果病原体は新型のコロナウイルスであることが判明した。その報告は医師の手で武漢市中心医院の救急科に送られ、そこから多数の医師に情報として送られた。李文亮医師らはその報告に「華南水果海鮮市場で7人がコロナウイルスへ感染した。我々の救急科で隔離されている」との警告をつけてさらに伝達した。
しかし、その日から、李文亮に対する当局の調査が始まり、詰問が行われた。1月3日には李医師は訓戒処分を受けた。
また、新型ウイルスについての取り扱いが目立って厳しくなり、検体を第三者機関に検査依頼することはできなくなった。
新型のコロナウイルスの危険性を示唆する文言は診断書など関係文書から削除された。2019年末には数百だった感染数が1月20日頃には数千に跳ね上がったのは隠ぺいが原因であった。
1月12日から、病院から関係機関への報告は厳しく制限されるに至り、湖北省の健康衛生委員会の同意がなければ何も上級機関に報告できなくなった。危険な出来事が伝えられなくなったのである。伝えようとした者は「何でもないことに空騒ぎするな」と批判された。
新型コロナウイルスの危険性を隠蔽した結果は重大である。多くの患者が命を落とした。李文亮医師は2月7日未明に死亡した。武漢市中心医院の医師で最初の犠牲者であった。 3月1日には甲状腺乳腺外科主任、3日には眼科の副主任、9日には眼科の別の副主任が相次いで死亡した。」
新華社は3月19日、「多数の人が関心を抱いている李文亮医師に関する調査報告」を発表した。同日、武漢市公安局は李文亮医師に対する訓戒処分を撤回した。調査報告は同医師らが危険な状況を発信しようとした理由に全く触れておらず、ただ事実関係のみを記す内容である。報道の自由がない中国では何ら驚くべきことでないが、新型コロナウイルスによる感染問題が現体制に与えた衝撃は大きく、習近平政権がどのように対応するのか。報道に対する管制をさらに強化するのか、それとも現体制に内在する根本的な問題に注意を向けざるを得なくなるか。経済面での深刻な影響とともに注目される。
新型コロナウイルス対策に関する武漢中心医院の内部資料
3月10日付の財新網は、新型コロナウイルスの感染と戦った武漢中心医院の関係者が作成した「新型コロナウイルス症に対する処置状況」と題する資料を掲載した。その記事は他のメディアからも強く注目され、『南方人物週刊』『騰訊(テンセント)』『多維新聞』でも報道された。中国では、新型コロナウイルスによる感染問題に関し、「中国政府および医療関係者がよく戦い、成果を上げた」と喧伝する報道が盛んにおこなわれている(この状況を米国の主要メディアは強く批判している)。また、米国がこのウイルスを「中国ウイルス」とか「武漢ウイルス」と呼称していることに反発し、このウイルスは元来米軍により持ち込まれたものだなどという反撃も行われている。これはさすがに根拠のない中傷だろうが、「新型コロナウイルスが最初に流行したのは中国だが、真の発生源は未確定である」とする議論はいくつも出てきている。
そんな中に報道された本資料は、中国の医療体制のみならず、現政治体制の欠陥をも具体的に示す内容であり、医療関係者の無念な思いが伝わってくる。
本資料は、なぜ武漢中心医院の感染者数と死亡者数が抜群に多いか、という問題提起から説き起こし、同病院の職員は4千人強で、その中で230人の医療関係者が感染したことなどを指摘している。A4で9ページの本資料を要約するのは困難であるが、特に注目される点を抽出すると以下のとおりである。
「武漢中心医院の救急科は12月29日、華南海鮮市場から来た4人の患者を診療した。検査したところ、CT でも血液検査でもウイルス性肺炎の疑いが濃厚だったので江漢区疾病コントロールセンター防疫課に報告した。これに対し、防疫課は最近ほかの病院からも類似の報告が寄せられており、武漢中心医院からの報告は上級機関に報告するという対応であった。
その時から防疫課、武漢市健康衛生局、同市健康衛生委員会、湖北省健康衛生委員会とのやり取りが始まったが、武漢中心医院からの報告は上級の機関に伝えられず、たらいまわしの状況になった。
1月13日、江漢区疾病コントロールセンター防疫課は病院に対し、報告中の原因不明の肺炎は、別の病名に変更するよう連絡してきた。当時、全人代の湖北省会議が開催中であり、会議の開催中上級機関は動こうとしなかったことも一つの原因であった。
この間、武漢市中心医院は北京博奥医学検験所に採取した検体の検査を依頼した(注 このような検査依頼はよく行われているという)。その結果病原体は新型のコロナウイルスであることが判明した。その報告は医師の手で武漢市中心医院の救急科に送られ、そこから多数の医師に情報として送られた。李文亮医師らはその報告に「華南水果海鮮市場で7人がコロナウイルスへ感染した。我々の救急科で隔離されている」との警告をつけてさらに伝達した。
しかし、その日から、李文亮に対する当局の調査が始まり、詰問が行われた。1月3日には李医師は訓戒処分を受けた。
また、新型ウイルスについての取り扱いが目立って厳しくなり、検体を第三者機関に検査依頼することはできなくなった。
新型のコロナウイルスの危険性を示唆する文言は診断書など関係文書から削除された。2019年末には数百だった感染数が1月20日頃には数千に跳ね上がったのは隠ぺいが原因であった。
1月12日から、病院から関係機関への報告は厳しく制限されるに至り、湖北省の健康衛生委員会の同意がなければ何も上級機関に報告できなくなった。危険な出来事が伝えられなくなったのである。伝えようとした者は「何でもないことに空騒ぎするな」と批判された。
新型コロナウイルスの危険性を隠蔽した結果は重大である。多くの患者が命を落とした。李文亮医師は2月7日未明に死亡した。武漢市中心医院の医師で最初の犠牲者であった。 3月1日には甲状腺乳腺外科主任、3日には眼科の副主任、9日には眼科の別の副主任が相次いで死亡した。」
新華社は3月19日、「多数の人が関心を抱いている李文亮医師に関する調査報告」を発表した。同日、武漢市公安局は李文亮医師に対する訓戒処分を撤回した。調査報告は同医師らが危険な状況を発信しようとした理由に全く触れておらず、ただ事実関係のみを記す内容である。報道の自由がない中国では何ら驚くべきことでないが、新型コロナウイルスによる感染問題が現体制に与えた衝撃は大きく、習近平政権がどのように対応するのか。報道に対する管制をさらに強化するのか、それとも現体制に内在する根本的な問題に注意を向けざるを得なくなるか。経済面での深刻な影響とともに注目される。
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