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2018.02.21
この問題は、バチカンが中国共産党の要求にどこまで妥協するかということもさることながら、中国の台湾に対する締め付け強化の点でも注目される。
教皇フランシスコは就任以来中国との関係改善に意欲を示し、バチカンと中国政府は定期的に非公式交渉を行ってきた。両者の間の最大問題は司教の任命権であり、バチカンは司教の任命に外国政府が介入することを認めないという立場である一方、中国は政府のコントロール下にない宗教活動は認めないという立場である。両者の間で成立した妥協はどのような内容か。バチカンは中国政府の同意を条件として司教を任命することになったとも、中国政府が任命する司教をバチカンが認めることになったとも言われている。後者は、バチカンが認めない中国の「愛国教会」がバチカンの許可を得ないで任命している司教のことである。
今回の合意について、バチカン内部の賛成派は、中国内に約1000万人いると推定されているカトリック信者にいつまでも背を向け続けるべきでない、中国政府と何の合意もないよりはましだとの考えだという。
これに対し反対派は、合意内容はカトリックの伝統と原則に反しているとして厳しく批判している。
今回合意が成立した背景には、中国で2月1日に施行された宗教に関する新条例がある。これは、習近平政権が、国内での民主派の取り締まりや言論統制の強化とともに、宗教政策においても中国共産党の支配を強化するため、2017年9月、旧「宗教事務条例」を修正したものである。新条例は、中国の宗教政策の基本である「国家による正常な宗教活動の保護」および「宗教团体は外国勢力の支配を受けてはならない」は旧条例のままであるが、監督の強化を図っている。推測だが、中国はこの条例を背に、一定のアメを与えてバチカンを説得したのだろう。
バチカンと国交がある台湾は当然このような動きを非常に警戒している。バチカンが中国と外交関係を結ぶことになれば、台湾とは断交となる。その場合、バチカンは台湾がマルタ騎士団と外交関係を結ぶことで打撃を最小限にとどめようという考えだという。
マルタ騎士団は十字軍時代から存続している修道会であり、現在は領土を失っているが、sovereign entity(主権を持つ主体)として国際的に承認されており、90カ国以上の国と外交関係を持っている。しかし、何といっても、実態は特殊な主権主体であり、わずかに事務局がローマにあるに過ぎない。
マルタ騎士団にバチカンの代理をさせるのは一つの工夫かもしれないが、台湾としては簡単に認められないだろう。バチカンは台湾との文化関係を処理する機構を設置する考えだとも言われている。日本の「日本台湾交流協会」のような機構なのであろう。
バチカンと台湾との関係では影響が最小限にとどめられるようバチカンが努力しても、バチカンの姿勢は中南米諸国に影響を及ぼす。そうなると中南米との関係が重要な台湾にとっては大きな打撃となる。
米国はバチカンと中国の決定には異を唱えない方針だという。基本的な方針としてはそれは当然だ。
これとは本来無関係であるが、米議会では台湾との交流を促進する「台湾旅行法」(Taiwan Travel Act)案が1月に米連邦議会の下院で承認され、上院でも2月7日に外交委員会で承認された。中国は反発しているが、上院も承認する可能性は高い。大統領の署名が必要だが、台湾にとっては一つの前向きの進展となる。
中国とバチカンの妥協―台湾への締め付け強化
バチカンと中国が司教の任命に関して原則合意に達し、細部の詰めに入っていると報道されている。最終合意が成立すると中国とバチカンが国交を結ぶのは時間の問題になるとも言われている。この問題は、バチカンが中国共産党の要求にどこまで妥協するかということもさることながら、中国の台湾に対する締め付け強化の点でも注目される。
教皇フランシスコは就任以来中国との関係改善に意欲を示し、バチカンと中国政府は定期的に非公式交渉を行ってきた。両者の間の最大問題は司教の任命権であり、バチカンは司教の任命に外国政府が介入することを認めないという立場である一方、中国は政府のコントロール下にない宗教活動は認めないという立場である。両者の間で成立した妥協はどのような内容か。バチカンは中国政府の同意を条件として司教を任命することになったとも、中国政府が任命する司教をバチカンが認めることになったとも言われている。後者は、バチカンが認めない中国の「愛国教会」がバチカンの許可を得ないで任命している司教のことである。
今回の合意について、バチカン内部の賛成派は、中国内に約1000万人いると推定されているカトリック信者にいつまでも背を向け続けるべきでない、中国政府と何の合意もないよりはましだとの考えだという。
これに対し反対派は、合意内容はカトリックの伝統と原則に反しているとして厳しく批判している。
今回合意が成立した背景には、中国で2月1日に施行された宗教に関する新条例がある。これは、習近平政権が、国内での民主派の取り締まりや言論統制の強化とともに、宗教政策においても中国共産党の支配を強化するため、2017年9月、旧「宗教事務条例」を修正したものである。新条例は、中国の宗教政策の基本である「国家による正常な宗教活動の保護」および「宗教团体は外国勢力の支配を受けてはならない」は旧条例のままであるが、監督の強化を図っている。推測だが、中国はこの条例を背に、一定のアメを与えてバチカンを説得したのだろう。
バチカンと国交がある台湾は当然このような動きを非常に警戒している。バチカンが中国と外交関係を結ぶことになれば、台湾とは断交となる。その場合、バチカンは台湾がマルタ騎士団と外交関係を結ぶことで打撃を最小限にとどめようという考えだという。
マルタ騎士団は十字軍時代から存続している修道会であり、現在は領土を失っているが、sovereign entity(主権を持つ主体)として国際的に承認されており、90カ国以上の国と外交関係を持っている。しかし、何といっても、実態は特殊な主権主体であり、わずかに事務局がローマにあるに過ぎない。
マルタ騎士団にバチカンの代理をさせるのは一つの工夫かもしれないが、台湾としては簡単に認められないだろう。バチカンは台湾との文化関係を処理する機構を設置する考えだとも言われている。日本の「日本台湾交流協会」のような機構なのであろう。
バチカンと台湾との関係では影響が最小限にとどめられるようバチカンが努力しても、バチカンの姿勢は中南米諸国に影響を及ぼす。そうなると中南米との関係が重要な台湾にとっては大きな打撃となる。
米国はバチカンと中国の決定には異を唱えない方針だという。基本的な方針としてはそれは当然だ。
これとは本来無関係であるが、米議会では台湾との交流を促進する「台湾旅行法」(Taiwan Travel Act)案が1月に米連邦議会の下院で承認され、上院でも2月7日に外交委員会で承認された。中国は反発しているが、上院も承認する可能性は高い。大統領の署名が必要だが、台湾にとっては一つの前向きの進展となる。
2018.02.13
〇ホワイトハウスと韓国大統領の間で新しい了解(understanding)が作られた。
〇米国と韓国は、北朝鮮問題について、今後、まず韓国が行動し、そして米国が、すぐに参加する可能性があることで合意した。The United States and South Korea agreed on terms for further engagement with North Korea — first by the South Koreans and potentially with the United States soon thereafter.
〇米国と同盟国は北朝鮮が非核化のために明確な措置(clear steps toward denuclearization)を講じない限り、制裁措置を強化し続ける。しかし、北朝鮮がそのような措置をとることは、予備会談(preliminary talks)の条件でない。もし北朝鮮が対話したいのであれば、我々も対話に応じる。
〇北朝鮮は対話に応じる代わりに米韓合同演習の延期を求めてくるかもしれないが、それはありえない。また、米国が近く発表する追加的制裁はかつてない強いものであり、北朝鮮は核・ミサイルの実験を再開するかもしれない。そうなると、外交的話し合いは停止するだろう。
〇文大統領はそういう事態にならないよう努力している。文氏は北朝鮮の招待に応じて、ピョンヤンを訪問することを検討している。文氏は、また、北朝鮮に対して米国とできるだけ早期に対話するよう勧めている。
〇ペンス副大統領は今回アジアを訪問中、毎日トランプ大統領と相談した。
2.トランプ政権は圧力を強化する点では日本政府と同じ考えだが、北朝鮮との対話について前向きである。少なくとも、その可能性を考慮しているのは明らかであり、日本政府の発表とは異なっている。
米国にとって日本は重要な同盟国であり、日本政府に真意を隠すことは考えられず、安倍首相には説明しているはずであるが、なぜそれは日本国内に伝わらないのか。日本政府の北朝鮮問題の扱いには問題がある。
なお、ペンス副大統領の説明では、文在寅大統領がピョンヤンを訪問することに米国は必ずしも反対でないことがうかがわれる。
北朝鮮との対話に関するペンス副大統領と文大統領との会談
1.ペンス副大統領はトランプ政権の中で、北朝鮮に対して圧力を強化することのみを重視する人物の一人だとみられていたが、今回平昌オリンピックに出席した際に文在寅大統領と会談した内容は、そのような先入観を打ち破るものであった。2月11日の『ワシントンポスト』紙が掲載した、Josh Rogin記者のペンス副大統領とのインタビュー記事であり、次の諸点が注目された。〇ホワイトハウスと韓国大統領の間で新しい了解(understanding)が作られた。
〇米国と韓国は、北朝鮮問題について、今後、まず韓国が行動し、そして米国が、すぐに参加する可能性があることで合意した。The United States and South Korea agreed on terms for further engagement with North Korea — first by the South Koreans and potentially with the United States soon thereafter.
〇米国と同盟国は北朝鮮が非核化のために明確な措置(clear steps toward denuclearization)を講じない限り、制裁措置を強化し続ける。しかし、北朝鮮がそのような措置をとることは、予備会談(preliminary talks)の条件でない。もし北朝鮮が対話したいのであれば、我々も対話に応じる。
〇北朝鮮は対話に応じる代わりに米韓合同演習の延期を求めてくるかもしれないが、それはありえない。また、米国が近く発表する追加的制裁はかつてない強いものであり、北朝鮮は核・ミサイルの実験を再開するかもしれない。そうなると、外交的話し合いは停止するだろう。
〇文大統領はそういう事態にならないよう努力している。文氏は北朝鮮の招待に応じて、ピョンヤンを訪問することを検討している。文氏は、また、北朝鮮に対して米国とできるだけ早期に対話するよう勧めている。
〇ペンス副大統領は今回アジアを訪問中、毎日トランプ大統領と相談した。
2.トランプ政権は圧力を強化する点では日本政府と同じ考えだが、北朝鮮との対話について前向きである。少なくとも、その可能性を考慮しているのは明らかであり、日本政府の発表とは異なっている。
米国にとって日本は重要な同盟国であり、日本政府に真意を隠すことは考えられず、安倍首相には説明しているはずであるが、なぜそれは日本国内に伝わらないのか。日本政府の北朝鮮問題の扱いには問題がある。
なお、ペンス副大統領の説明では、文在寅大統領がピョンヤンを訪問することに米国は必ずしも反対でないことがうかがわれる。
2018.02.12
それを象徴的に表していたのが、金正恩委員長の、「ついに国家核戦力完成の歴史的大業、ロケット強国偉業が実現された」との宣言であった。核・ロケット戦力は完成したと過去形で述べていたのである。
この発言は、11月末、新型の大陸間弾道ロケット「火星15」型の発射実験を「成功」させた際に行われた。当然注目すべきであったが、その後どの国もこの発言を重視しなかった。各国はこの実験が完全な成功でなかったと分析し、とくに米国は、北朝鮮が「今後短期間に米本土を攻撃可能なICBMを開発する恐れが大である」として核・ミサイル開発の完成は将来のことだという認識を示していたからである。
金委員長の発言が正しいか、米国の認識が正しいかを論じる必要も気持ちもないが、北朝鮮と各国との間でまたもや認識のずれが生じたことだけは指摘しておきたい。
金委員長は、当然だが、自己の発言に沿って核・ミサイル戦力完成後の外交方針を立てていた。平昌オリンピックは新方針を実行するために格好の舞台となり、新年の辞で参加の意向を示したのであった。
北朝鮮の新方針は、その後韓国とオリンピック参加のための協議をする段階でもにじみ出ていた。韓国に対して強く出るときと我慢するときを使い分けていたことである。これには微妙なかじ取りが必要だ。推測に過ぎないが、金正恩委員長には強力な側近がおり、その一人が妹の金与正なのかもしれない。同氏は、以前から、金正恩委員長が演説を行うときなどに柱の陰で見え隠れしていたが、それは実妹としての自由な行動というより、側近中の側近として見守っていたとも考えられる。訪韓後、金永南最高人民会議常任委員長の金与正に対する気の使い方は尋常でなく、何度勧められても先に着席しようとしなかった。テレビで報道されたので見ていた人は多かったはずである。
ともかく、オリンピックへの参加問題は北朝鮮の描いたシナリオ通りに展開した。もちろん、文在寅韓国大統領による全面的な協力があったから順調に準備が進められたのであったが、北朝鮮としてはそれも予想通りであったのだろう。韓国としては、制裁の関係でできることは限られていたはずだが、北朝鮮のオリンピック参加という名目のために例外的措置として北朝鮮側の要求を次々に認めた。
金正恩委員長が打った手はオリンピックへの参加だけではなかった。文大統領との首脳会談の提案は、南北間の関係改善を一時的なものとせず継続するための仕掛けでもあった。金委員長はオリンピック後になすべきことをも文大統領に投げかけたのだ。
このような北朝鮮の新方針は、米日両国はもちろん、中国も北朝鮮への圧力強化に積極的になろうとしている状況が背景となっているものと思われる。国連の制裁決議が効いているというのは自然な観察と分析だろうが、正しいかどうかは別問題である。北朝鮮は韓国に抱きつき、突破口を開こうとしたのであるが、これは以前にも採用した手法であった。圧力をかけ続ければ北朝鮮は非核化のための話し合いをしたいと言い出すということは実現しないのではないか。
文大統領としてもさすがに首脳会談の提案はすぐにもろ手で賛成することはできなかった。提案実現には明らかに困難が待ち受けている。米国がそのような行為を認めるか疑問であり、また、そもそも現在の厳しい制裁下であえて平壌を訪問しても韓国としてオファーできることは非常に限られている。開城工業団地の再開も無理である。したがって、文大統領としては、金委員長からのせっかくの提案ではあるが、「今後、条件を整えて実現させよう」と答えるほかなかった。
今後、金委員長は新方針にしたがってソフトムードで攻勢をかけ続けるだろう。そして、文大統領は逆に困難な立場に立つだろう。
当面の最大問題は米韓合同軍事演習である。これは毎年2月末から3月初めにかけて行われるが、今年は北朝鮮のオリンピック参加のためにとくに延期されている。これが再開されるか、またそれはいつかである。
文大統領はこれを再開したくない。再開せざるを得ないとしてもできるだけ遅らせたいのが本音だろう。米韓演習を再開すれば、北朝鮮が文大統領を非難するのは必至だ。また、核・ミサイルの実験を再開するだろう。北朝鮮は、これらの実験を停止すると発表したことはないが、米韓演習が行われない間は実験もしない形になっている。両者は実質的に関連しているのである。
一方、米韓演習をめぐって奇妙な状況が現れた。安倍首相はオリンピック会場の近くで文大統領と会談し、その内容は、日韓双方が発表ぶりを合わせることなく、各自の判断で発表することとなった。重要な会談内容がこのように扱われること自体異例であるが、さらにおかしなことに、米韓演習について安倍首相と文大統領が会談したことが説明にまったく含まれていなかった。日本の主要メディアの報道にもこの問題は触れられなかった。
しかし、韓国のメディア、それに中国のメディアも安倍首相が米韓演習に言及し、「延期する段階ではない。予定通り実施することが重要だ」との考えを示し、それに対し文大統領は「この問題はわれわれの主権問題であり、内政の問題」と反発したと伝えはじめた。そして、日本のメディアも1日遅れで報道を始めた。小さな記事で。
推測するに、安倍首相と文大統領との会談では、合同演習問題は発表しないように打ち合わせたのだろう。それで済むと思ったとしか考えられないが、お粗末きわまる外交感覚である。日本政府は韓国政府がメディアにリークしたと思っているだろうが、リークされないと思うほうがおかしい。
米国、というよりペンス米副大統領は北朝鮮に対する圧力をさらに強化するということしか言わなかったことも注目された。ペンス氏は文大統領主催の歓迎レセプション(と言っても着席するもので席が決まっている)に欠席した。北朝鮮の金永南氏と言葉を交わしたくなかったのだろう。ペンス氏は韓国入りする前から北朝鮮側とは会わないと明言しており、その通りに振舞ったのだ。
トランプ大統領は文大統領と会談する際、もっと幅のある物言いをする。自分は金正恩委員長と話し合いしてもよいと言わんばかりの発言もする。それに比べ、ペンス副大統領が圧力しか念頭にないという姿勢を示したのはなぜか。トランプ政権のなかでの自分の立ち位置をそのように決めているからではないか。平たく言えば、ペンス氏はトランプ大統領の忠実なしもべに徹しているのだ。ペンス氏はトランプ氏から安倍首相とよく相談するようにとアドバイスされていた(くぎを刺されていた?)可能性もある。平昌でもペンス氏はしきりに安倍首相と対応をすり合わせようとしていたことが目撃されていた。
このようなペンス大統領の姿勢は安倍首相にとって都合のよいものだっただろうが、今後も米国はそのような姿勢を続けるか。安倍首相をはじめ日本政府の関係者は「日米は同じ立場にある」とさかんに主張するが、はたしてそうなのか。現在のような人為的にゆがめられた北朝鮮に対する政策はほころびが生じるのではないか。
平昌オリンピックに見る北朝鮮外交
平昌オリンピックは南北朝鮮それに日米の外交舞台となった。きっかけとなったのは金正恩委員長が新年の辞で北朝鮮は参加する用意があると発言したことだったが、北朝鮮は昨年秋から外交姿勢の転換を図っていた。それを象徴的に表していたのが、金正恩委員長の、「ついに国家核戦力完成の歴史的大業、ロケット強国偉業が実現された」との宣言であった。核・ロケット戦力は完成したと過去形で述べていたのである。
この発言は、11月末、新型の大陸間弾道ロケット「火星15」型の発射実験を「成功」させた際に行われた。当然注目すべきであったが、その後どの国もこの発言を重視しなかった。各国はこの実験が完全な成功でなかったと分析し、とくに米国は、北朝鮮が「今後短期間に米本土を攻撃可能なICBMを開発する恐れが大である」として核・ミサイル開発の完成は将来のことだという認識を示していたからである。
金委員長の発言が正しいか、米国の認識が正しいかを論じる必要も気持ちもないが、北朝鮮と各国との間でまたもや認識のずれが生じたことだけは指摘しておきたい。
金委員長は、当然だが、自己の発言に沿って核・ミサイル戦力完成後の外交方針を立てていた。平昌オリンピックは新方針を実行するために格好の舞台となり、新年の辞で参加の意向を示したのであった。
北朝鮮の新方針は、その後韓国とオリンピック参加のための協議をする段階でもにじみ出ていた。韓国に対して強く出るときと我慢するときを使い分けていたことである。これには微妙なかじ取りが必要だ。推測に過ぎないが、金正恩委員長には強力な側近がおり、その一人が妹の金与正なのかもしれない。同氏は、以前から、金正恩委員長が演説を行うときなどに柱の陰で見え隠れしていたが、それは実妹としての自由な行動というより、側近中の側近として見守っていたとも考えられる。訪韓後、金永南最高人民会議常任委員長の金与正に対する気の使い方は尋常でなく、何度勧められても先に着席しようとしなかった。テレビで報道されたので見ていた人は多かったはずである。
ともかく、オリンピックへの参加問題は北朝鮮の描いたシナリオ通りに展開した。もちろん、文在寅韓国大統領による全面的な協力があったから順調に準備が進められたのであったが、北朝鮮としてはそれも予想通りであったのだろう。韓国としては、制裁の関係でできることは限られていたはずだが、北朝鮮のオリンピック参加という名目のために例外的措置として北朝鮮側の要求を次々に認めた。
金正恩委員長が打った手はオリンピックへの参加だけではなかった。文大統領との首脳会談の提案は、南北間の関係改善を一時的なものとせず継続するための仕掛けでもあった。金委員長はオリンピック後になすべきことをも文大統領に投げかけたのだ。
このような北朝鮮の新方針は、米日両国はもちろん、中国も北朝鮮への圧力強化に積極的になろうとしている状況が背景となっているものと思われる。国連の制裁決議が効いているというのは自然な観察と分析だろうが、正しいかどうかは別問題である。北朝鮮は韓国に抱きつき、突破口を開こうとしたのであるが、これは以前にも採用した手法であった。圧力をかけ続ければ北朝鮮は非核化のための話し合いをしたいと言い出すということは実現しないのではないか。
文大統領としてもさすがに首脳会談の提案はすぐにもろ手で賛成することはできなかった。提案実現には明らかに困難が待ち受けている。米国がそのような行為を認めるか疑問であり、また、そもそも現在の厳しい制裁下であえて平壌を訪問しても韓国としてオファーできることは非常に限られている。開城工業団地の再開も無理である。したがって、文大統領としては、金委員長からのせっかくの提案ではあるが、「今後、条件を整えて実現させよう」と答えるほかなかった。
今後、金委員長は新方針にしたがってソフトムードで攻勢をかけ続けるだろう。そして、文大統領は逆に困難な立場に立つだろう。
当面の最大問題は米韓合同軍事演習である。これは毎年2月末から3月初めにかけて行われるが、今年は北朝鮮のオリンピック参加のためにとくに延期されている。これが再開されるか、またそれはいつかである。
文大統領はこれを再開したくない。再開せざるを得ないとしてもできるだけ遅らせたいのが本音だろう。米韓演習を再開すれば、北朝鮮が文大統領を非難するのは必至だ。また、核・ミサイルの実験を再開するだろう。北朝鮮は、これらの実験を停止すると発表したことはないが、米韓演習が行われない間は実験もしない形になっている。両者は実質的に関連しているのである。
一方、米韓演習をめぐって奇妙な状況が現れた。安倍首相はオリンピック会場の近くで文大統領と会談し、その内容は、日韓双方が発表ぶりを合わせることなく、各自の判断で発表することとなった。重要な会談内容がこのように扱われること自体異例であるが、さらにおかしなことに、米韓演習について安倍首相と文大統領が会談したことが説明にまったく含まれていなかった。日本の主要メディアの報道にもこの問題は触れられなかった。
しかし、韓国のメディア、それに中国のメディアも安倍首相が米韓演習に言及し、「延期する段階ではない。予定通り実施することが重要だ」との考えを示し、それに対し文大統領は「この問題はわれわれの主権問題であり、内政の問題」と反発したと伝えはじめた。そして、日本のメディアも1日遅れで報道を始めた。小さな記事で。
推測するに、安倍首相と文大統領との会談では、合同演習問題は発表しないように打ち合わせたのだろう。それで済むと思ったとしか考えられないが、お粗末きわまる外交感覚である。日本政府は韓国政府がメディアにリークしたと思っているだろうが、リークされないと思うほうがおかしい。
米国、というよりペンス米副大統領は北朝鮮に対する圧力をさらに強化するということしか言わなかったことも注目された。ペンス氏は文大統領主催の歓迎レセプション(と言っても着席するもので席が決まっている)に欠席した。北朝鮮の金永南氏と言葉を交わしたくなかったのだろう。ペンス氏は韓国入りする前から北朝鮮側とは会わないと明言しており、その通りに振舞ったのだ。
トランプ大統領は文大統領と会談する際、もっと幅のある物言いをする。自分は金正恩委員長と話し合いしてもよいと言わんばかりの発言もする。それに比べ、ペンス副大統領が圧力しか念頭にないという姿勢を示したのはなぜか。トランプ政権のなかでの自分の立ち位置をそのように決めているからではないか。平たく言えば、ペンス氏はトランプ大統領の忠実なしもべに徹しているのだ。ペンス氏はトランプ氏から安倍首相とよく相談するようにとアドバイスされていた(くぎを刺されていた?)可能性もある。平昌でもペンス氏はしきりに安倍首相と対応をすり合わせようとしていたことが目撃されていた。
このようなペンス大統領の姿勢は安倍首相にとって都合のよいものだっただろうが、今後も米国はそのような姿勢を続けるか。安倍首相をはじめ日本政府の関係者は「日米は同じ立場にある」とさかんに主張するが、はたしてそうなのか。現在のような人為的にゆがめられた北朝鮮に対する政策はほころびが生じるのではないか。
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