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2021.09.13

バイデン・習電話会談と菅首相の訪米

 バイデン米大統領は9月10日、習近平中国国家主席と電話会談を行った。最初に会談を求めたのはバイデン氏であったという。

 なぜバイデン氏は習近平氏との会談を望んだのか、説明はないが、両国が別々に発表した会談内容は一部食い違っていた。中国外交部の9月10日発表では、バイデン大統領は「米側は一つの中国政策を変更する意図はない」と表明したが、米側の発表にはこれに相当する説明はなかったのである。

 参考までに、9月9日付米ホワイトハウスの発表(全文)と中国外交部の9月10日発表は以下の通りであった。

 “President Joseph R. Biden, Jr. spoke today with President Xi Jinping of the People’s Republic of China (PRC). The two leaders had a broad, strategic discussion in which they discussed areas where our interests converge, and areas where our interests, values, and perspectives diverge. They agreed to engage on both sets of issues openly and straightforwardly. This discussion, as President Biden made clear, was part of the United States’ ongoing effort to responsibly manage the competition between the United States and the PRC. President Biden underscored the United States’ enduring interest in peace, stability, and prosperity in the Indo-Pacific and the world and the two leaders discussed the responsibility of both nations to ensure competition does not veer into conflict.”
 「拜登表示,世界正在经历快速变化,美中关系是世界上最重要的双边关系,美中如何互动相处很大程度上将影响世界的未来。两国没有理由由于竞争而陷入冲突。美方从无意改变一个中国政策。美方愿同中方开展更多坦诚交流和建设性对话,确定双方可以开展合作的重点和优先领域,避免误解误判和意外冲突,推动美中关系重回正轨。美方期待同中方就气候变化等重要问题加强沟通合作,形成更多共识。」

 中国側の発表ではバイデン氏が「一つの中国」を肯定したという印象があるが、実はそうでなく、バイデン氏は従来からの米国の立場を変更しなかったと思う。米国の「一つの中国政策」とは、「(米国は)台湾海峡の両側のすべての中国人が、中国はただ一つであり、台湾は中国の一部分であると主張していることを認識している。米国政府は、この立場に異論をとなえない。」ということである。これはニクソン大統領が訪中するという画期的な出来事の結果、両国が1972年2月28日に発表した、いわゆる「上海コミュニケ」の文言であり、この米国の立場は、平易に言えば、「米国は、中国は一つであることを認めるとも、認めないとも言わないが、台湾海峡の両側の中国人が一つの中国と主張していることに反対しない」ということである。「一つの中国」についての米中両国の立場の違いは極めて微妙であり、私のこの解釈についても異論がありうる。しかし、少なくとも、米国自身が「中国は一つだ」と断定したことは一度もない。

 しかも最近、米中関係は台湾問題が原因で悪化していた。そして、中国政府や中国人はなんとか米国が簡明な表現で「中国は一つである」ことを認めるよう努力していた。 

 そんな中で行われた今回のバイデン・習会談は中国側にとってバイデンを中国側に引き戻す機会となり、中国側はバイデン氏が「米側は一つの中国政策を変更する意図はない」と表明したことを大きく取り上げ、あたかもバイデン氏が中国側に歩み寄ってきたとの印象を作り出そうとした。

 しかし、台湾問題はバイデン氏が話したいことでなく、習氏と話したいことは他にあった。それは、環境問題だという見方もあるようだが、私はアフガニスタン問題であったと推測する。

 アフガニスタンからの米軍の撤退はバイデン大統領だけの責任でない。ブッシュ大統領が始めた戦争であり、撤退はオバマ大統領にもトランプ大統領にも責任がある。米国民も変化はあったが、この戦争を強く支持したことがあった。しかし、撤退の方法がよくなかったとしてバイデン氏は批判された。そうなると2千4百名以上の米国人兵士が命を落とし、20年間で2兆ドル以上をついやしてきたことについても矛先が向いてきた。アフガニスタン問題はバイデン政権成立以来のつまずきとなった。

 米軍の撤退は完了したが、アフガニスタン問題はこれで終わりにならない。米国としてはまだアフガニスタンに残っている自国民の安全を確保しなければならない。それもさることながら、米国はアフガニスタンの復興にも責任を問われる。

 ところが、アフガニスタンの状況はまだあまりにも不安定である。各国とも新政権の承認を求められているが、方針を決めた国は皆無に近い。それほど新政権による統治は不安定であり、国際法上承認の条件の一つである「政府」と認めるには躊躇を覚える国が多いだろう。またタリバンによる厳格なイスラム法支配の問題もある。人権の状況、特に女性の権利を認めないことなどは国際社会で強い非難を浴びている。

 中国だけは新タリバン政権に影響力のある、世界で稀な国である。中国も新政権に対して注文を付けたりしているが、安保理などで検討が行われる場合には中国はロシアとともに、保守的な立場を取り、新政権を擁護するであろう。タリバンも中国を頼りにしており、カブール陥落以前に中国へ代表団を派遣したこともあった。
 
 そんななか、米国としては、アフガニスタンの復興にしても、安全・安定の確保にしても米国が突出することは何としてでも避け、各国とともに行うほかない。そこで出てきたのが中国と共同歩調を取ることであり、バイデン大統領はみずから習近平主席に電話し、今後はアフガニスタンについて中国と協力していきたいと強調したのではないか。

 バイデン氏からの電話は中国にとっても渡りに船であった。タリバンが米国を敵視し、中国に頼ってくることは大歓迎であるが、中国は新疆ウイグル自治区でのイスラム問題などに関しアフガニスタンと利害関係が異なり、アフガニスタンの復興を中国だけが背負うことはできない。アフガニスタンに関し米国と協力することは、中国にとっても好都合である。また悪化している米国との関係を改善するきっかけともなる。

 中国側はバイデン氏の電話イニシアチブを歓迎したが、米中関係を改善するならと台湾問題を持ち出し、バイデン政権を中国寄りに引き戻そうとした。これに対しバイデン氏は台湾問題を議題にしたくなかったが、アフガニスタンに関して協力を取り付けるため、そっけない態度を示すわけにはいかなかった。「一つの中国」についての米国の基本方針から外れない範囲内であったが、最大限中国側を刺激しないよう努めたのではないか。

 一方、バイデン大統領は菅首相には訪米するよう招待した。それは正規の招待であったか、それとも訪米してはどうかという示唆であったのか、詳細は分からない。だが、菅首相を米国に迎える件は米中関係と密接に関係している。バイデン氏は、アフガニスタン問題について日本の協力がいかに重要であるかを強調するだろう。同時に、米国が中国との関係改善を望んでいる理由と必要性を説明するだろう。台湾に関する米国の基本方針は不変であることを含めて。

 アフガニスタン問題は日米中が近隣諸国と協力して対処するのでなければどうにもならない難問である。菅首相としては、バイデン大統領の目指す方向が間違っていないことに賛意を表するとともに、日本としても最大限の協力を行う用意があることを示すことになるだろうが、米中関係についても日本としての考えを示し、日米両国の共通理解を深めるよう努めるべきである。
2021.09.04

韓国における慰安婦・徴用工問題-新しい動き?

 元徴用工の問題に関し本人や遺族から日本の企業に対し、損害賠償を求める訴訟が提起されていたところ、最近韓国から次のような動きが伝えられた。

 一つは、三菱マテリアルに対して提起された損害賠償請求訴訟(2017年2月)において、さる8月11日、ソウル中央地裁は「消滅時効」を理由に請求を棄却したが、判決文が届いてから2週間の間に原告側が控訴しなかったので、ソウル中央地裁の判決が9月2日、確定した。
 
 他の一つは、三菱重工業に対する同様の訴訟で、9月2日、原告側は差し押さえ申請を取り下げた。

 これら2つの判決は、いずれも日本政府や企業に有利な結果となったのだが、「1965年の日韓請求権協定によって解決済み」であることを判決の理由としたのではなかった。「請求権協定で解決済み」として原告の請求を却下したのは、日本企業16社に対し元徴用工が提起した裁判において、2021年6月7日ソウル中央裁判所が下した判決の1件だけである。

 慰安婦問題については、日本政府は一貫して「主権免除」を主張してきたところ、同地裁では「主権免除は認めない」とした(2021年1月8日)後、「認める」として原告の請求を退ける判決を下した(4月21日)。

 したがって、韓国の裁判所においては、慰安婦や徴用工による日本政府や企業に対する賠償請求を認める判決と退ける判決がともに存在しているが、2021年4月21日以降の判決はすべて原告の請求を認めなかった。

 しかし、「日韓請求権協定で解決済み」であると明示したのは前述の1件のみで、他に「主権免除」を認めるとしたのが1件あり、その他は「原告による申請の取り下げ」、「消滅時効の成立」などが理由とされた。

 このように見ると、「慰安婦問題も徴用工問題も請求権協定で解決済み」であることを韓国の裁判所が受け入れた、あるいは日本側と同じ判断を行うに至ったと考えるのは時期尚早であり、さらに今後の推移を見届ける必要があると考えられる。

 以下に、2021年1月1日以降の諸判決の要点をまとめておく。ただし、判決の原文を確認したものでないことをことわっておく。

注1 
「差し押さえの申請を原告が取り下げ」(2021年9月2日 徴用工対三菱重工)
「消滅時効の成立」(2021年9月2日 徴用工対三菱マテリアル)
「主権免除を認め、差し押さえできない」 2021年4月21日 慰安婦対日本政府
「主権免除は認めない。慰謝料を支払え」 2021年1月8日 慰安婦対日本政府

「請求権協定で解決済み」 2021年6月7日 徴用工対日本企業16社

注2 大法院判決
「慰謝料の請求は請求権協定の対象外」 2018年10月30日 徴用工対新日鉄住金(現・日本製鉄)及び三菱重工業 
「韓国政府が慰安婦問題の解決のために努力しないのは違憲」 2011年8月30日 慰安婦対韓国政府
「下級審による原告敗訴の判決を破棄・差し戻し」 2012年5月24日 徴用工対新日鉄住金(現・日本製鉄)・三菱重工 「未払い賃金と賠償金の支払い」を求める裁判

注3 BC級戦犯からの補償請求
「韓国政府が日本政府と補償交渉をしなかったのは、日韓請求権協定で定める外交交渉の義務違反でない」 2021年8月31日  BC級戦犯対韓国政府
2021.09.03

中国の海上交通安全法改正

 9月1日、中国の「改正海上交通安全法」が施行された。海上交通の安全管理のための新システムを構築し、海上安全保障能力の向上、資源輸送の安全保障、中国の国家海洋権益の擁護、中国の経済発展の促進を目的とする、と中国側では説明している。

 この改正により海上交通の監督を担う海事局の権限が強化され、危害を及ぼすと判断した外国船に対して目的地などの報告を義務づけること、海事当局が脅威と判断した外国船に領海外退去を求めることが中国の法律上可能となる。

 また中国海事局の発表では、潜水艦、原子力船舶、放射性物質を運ぶ船舶、バラ積みの油、化学品、液化ガス、その他有害物質などの積載が義務的報告の対象になるという。

 中国は南シナ海、東シナ海を含む海域を一方的に自国の領海とし、台湾、尖閣諸島、南沙諸島、西沙諸島などをすべて自国の領土とする「中華人民共和国領海及び接続水域法(領海法)」を1992年に制定した。これがもっとも基本的な法律である。

 2013年頃から中国は南シナ海で人工島を建設し始めた。これに対し、国際仲裁裁判所は2016年、中国の南シナ海に対する主張は根拠がないとの判断を下した。

 しかし、中国はこれを「紙切れ」と呼び、受け入れを拒否した。国連安全保障理事会の常任理事国としてあるまじき行為であった。

 2021年2月には、海上保安船(海警船)に武器使用を認めた「海警法」を施行した。そして今回の「改正海上交通安全法」で、外国船を強引に中国当局の管理下に置いたのである。

 中国のこのような一連の行為は、公海を一方的に自国の領海とし、航行の自由を妨げ、国際法に違反している疑いが濃厚であり、今後さらなる拡張的行動に発展する危険がある。

 米国では、9月1日、国防総省と国務省が、「航行と貿易の自由に対して深刻な脅威となる。中国は海洋の国際法を順守しなければならない」と表明した。

 我が国では、本改正法がさる4月、中国の全人代(国会)常務委員会において採択される直前の2021年4月26日、加藤勝信官房長官より「法案をめぐる動向もしっかりと注視、フォローアップしていかなければならない」と述べたが、9月1日の施行後日本政府はまだ何も表明していない。現在対応を検討中かもしれないが、問題の重大性にかんがみ、日本政府としての立場を改めて明確に表明すべきである。

 日本国として単独に立場表明を行うこともありうるが、同じ立場に立つ米国、オーストラリア、東南アジア諸国、さらにはEU諸国とともに、たとえばASEAN首脳会議などで共同の声明を行うほうが国際社会としての姿勢をより明確に示せるかもしれない。

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