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2023.11.11
橋本龍太郎首相の下で米軍普天間基地を移設する検討が始まったのが1996年。翌97年に名護市辺野古付近に移設する方針が固まったが、沖縄県民の多くは辺野古新基地の建設に一貫して反対している。沖縄県民の是非を問う投票が2019年2月24日に行われ、その結果、「反対」が72・15%と圧倒的多数が反対していることが示された。それ以来数年が経過するが、沖縄県民の反対は変わらない。
普天間基地は在日米軍のなかで重要な役割を担っている。日本としては新基地の建設を急がなければならない。県民が強く反対している沖縄県と国は対立しつつも、法的手続きに従い建設は始められた。
その後、埋め立て予定海域に軟弱地盤があることが判明し、地盤を強化する改良工事が必要になった。工事の方法は元の計画から変更しなければならないが、それには沖縄県知事の許可が必要である。防衛省は2020年4月、変更を県に申請したが、沖縄県は工事の変更を承認しないので国は県に対して裁判を起こした。2023年9月4日、最高裁判所は「県に許可を求める国の指示は適法だ」と判断し、沖縄県の敗訴が確定した。
この判決を受けて軟弱地盤に対応する工事が再開されることになるが、国も県もあらためて検討すべき問題が出てきている。
元来、普天間基地は早ければ2022年度に返還とされており、検討が始まってからすでに20数年が経過している。軟弱地盤に対応するため、防衛局によればさらに12年待たなければならないのだが、あまりに長すぎる。当初の計画と比べれば絶望的だという声も上がっているくらいである。検討が始まったときに生まれた子は今や30歳を優に超えている。住所も変わっているかもしれない。ともかく、住民の安全を確保するため暫定措置が必要である。
米軍がどのように考えるかは重要な問題であるが、暫定措置に反対するとは思えない。米軍にとって周辺の住民の安全が確保されることは願ってもないことだろう。
在沖縄米軍幹部はさる11月7日、辺野古に建設する代替施設の課題を挙げ、「純粋に軍事的な観点からはここ(普天間)にいたほうがいい」と述べた。
普天間の滑走路は約2700メートルだが、辺野古で建設が進む代替施設の2本の滑走路はいずれも約1800メートル。幹部は「より短い滑走路は、この地域で運用する米軍の能力に大きな影響を与える」と述べ、「おそらく嘉手納基地で補完するのではないか」とも語った。要するに、米軍としては辺野古への移転が実現しなくても任務の遂行に支障はないどころか、普天間の方がベターだという考えである。
また、日米両政府の合意では、長い滑走路が必要な場合、民間施設の使用が普天間返還の条件の一つとされたが、民間空港については何も決まっていないという。要するに、辺野古へ移転しても長い滑走路が必要な場合、日本側は民間空港の使用を米軍に認めなければならないが、そちらについては何も決まってないのである。
さらに、普天間は西海岸に近い高台にあるため「レーダーやセンサーを使うのに好都合である」という。一方、東海岸に面する辺野古は「大きな山に覆い隠されて、西や北の方向が見えにくい」と指摘されている。
この幹部はさらに、軟弱地盤の、米軍の運用への影響を問われ、「もし(問題を)軽減できなければ、影響があるかもしれない」と話したという。辺野古には致命的な欠陥が残るかもしれないとみていることを示唆する発言ではないか。
一方、この幹部は、日米間のDPRI(防衛政策見直し協議)の専門家の見解として、辺野古の代替施設の完成時期は2037年以降になるとの見通しを示した。滑走路だけでなく、格納庫などの建物の建設も考慮した見方だという。
このような状況を勘案すると、辺野古の新基地が完成するまで暫定措置を実施することは不可欠である。そのようなことに政府・防衛省・外務省などは同意しがたいかもしれない。それはよくわかる。辺野古移転は日米両国間の合意であり、簡単に変更できるものでない。
また、かりに暫定措置を講じるとすれば追加費用の問題も出てくる。しかし、移設工事費用は、軟弱地盤への対応のため3500億円程度から9300億円に膨れ上がることになるが、それは国として呑み込むのであろう。そのことを思えば、住民の安全確保のための暫定措置に伴う追加費用は安いものではないか。
普天間住民の移転も暫定措置の一つである。普天間飛行場の周辺には約1万2000世帯が居住している(2019年時点)。その移転を無理じいすることはできないが、移転を希望する住民に国として支援することは十分考えられる。ただし、住民移転案は以前にも出たことがあるが、あまり広がっていない。辺野古案と住民移転案の費用比較、沖縄への政府からの補助への影響、運動を推進している政党の考えなどさまざまな事情が絡んでいるのだろうが、細かい損得勘定はともかくとして、飛行場移設より住民移転のほうが負担は少ない。政治的立場の違いを超えて合意を形成できる案だと考える。
以上のような状況を考慮すれば、辺野古への移転を考え直すのが望ましいが、それができない場合でも暫定措置は不可欠だと考える。
辺野古の基地建設まで暫定措置が必要
2019年2月25日、本研究所は普天間飛行場の辺野古移設問題について新飛行場建設のための埋め立てを強行することは考え直すべきだとの論旨を発表した。その理由として挙げた5点は基本的には現在も変わらないが、その後に重要な情勢変化もあったので、あらためて考えをまとめてみた。橋本龍太郎首相の下で米軍普天間基地を移設する検討が始まったのが1996年。翌97年に名護市辺野古付近に移設する方針が固まったが、沖縄県民の多くは辺野古新基地の建設に一貫して反対している。沖縄県民の是非を問う投票が2019年2月24日に行われ、その結果、「反対」が72・15%と圧倒的多数が反対していることが示された。それ以来数年が経過するが、沖縄県民の反対は変わらない。
普天間基地は在日米軍のなかで重要な役割を担っている。日本としては新基地の建設を急がなければならない。県民が強く反対している沖縄県と国は対立しつつも、法的手続きに従い建設は始められた。
その後、埋め立て予定海域に軟弱地盤があることが判明し、地盤を強化する改良工事が必要になった。工事の方法は元の計画から変更しなければならないが、それには沖縄県知事の許可が必要である。防衛省は2020年4月、変更を県に申請したが、沖縄県は工事の変更を承認しないので国は県に対して裁判を起こした。2023年9月4日、最高裁判所は「県に許可を求める国の指示は適法だ」と判断し、沖縄県の敗訴が確定した。
この判決を受けて軟弱地盤に対応する工事が再開されることになるが、国も県もあらためて検討すべき問題が出てきている。
元来、普天間基地は早ければ2022年度に返還とされており、検討が始まってからすでに20数年が経過している。軟弱地盤に対応するため、防衛局によればさらに12年待たなければならないのだが、あまりに長すぎる。当初の計画と比べれば絶望的だという声も上がっているくらいである。検討が始まったときに生まれた子は今や30歳を優に超えている。住所も変わっているかもしれない。ともかく、住民の安全を確保するため暫定措置が必要である。
米軍がどのように考えるかは重要な問題であるが、暫定措置に反対するとは思えない。米軍にとって周辺の住民の安全が確保されることは願ってもないことだろう。
在沖縄米軍幹部はさる11月7日、辺野古に建設する代替施設の課題を挙げ、「純粋に軍事的な観点からはここ(普天間)にいたほうがいい」と述べた。
普天間の滑走路は約2700メートルだが、辺野古で建設が進む代替施設の2本の滑走路はいずれも約1800メートル。幹部は「より短い滑走路は、この地域で運用する米軍の能力に大きな影響を与える」と述べ、「おそらく嘉手納基地で補完するのではないか」とも語った。要するに、米軍としては辺野古への移転が実現しなくても任務の遂行に支障はないどころか、普天間の方がベターだという考えである。
また、日米両政府の合意では、長い滑走路が必要な場合、民間施設の使用が普天間返還の条件の一つとされたが、民間空港については何も決まっていないという。要するに、辺野古へ移転しても長い滑走路が必要な場合、日本側は民間空港の使用を米軍に認めなければならないが、そちらについては何も決まってないのである。
さらに、普天間は西海岸に近い高台にあるため「レーダーやセンサーを使うのに好都合である」という。一方、東海岸に面する辺野古は「大きな山に覆い隠されて、西や北の方向が見えにくい」と指摘されている。
この幹部はさらに、軟弱地盤の、米軍の運用への影響を問われ、「もし(問題を)軽減できなければ、影響があるかもしれない」と話したという。辺野古には致命的な欠陥が残るかもしれないとみていることを示唆する発言ではないか。
一方、この幹部は、日米間のDPRI(防衛政策見直し協議)の専門家の見解として、辺野古の代替施設の完成時期は2037年以降になるとの見通しを示した。滑走路だけでなく、格納庫などの建物の建設も考慮した見方だという。
このような状況を勘案すると、辺野古の新基地が完成するまで暫定措置を実施することは不可欠である。そのようなことに政府・防衛省・外務省などは同意しがたいかもしれない。それはよくわかる。辺野古移転は日米両国間の合意であり、簡単に変更できるものでない。
また、かりに暫定措置を講じるとすれば追加費用の問題も出てくる。しかし、移設工事費用は、軟弱地盤への対応のため3500億円程度から9300億円に膨れ上がることになるが、それは国として呑み込むのであろう。そのことを思えば、住民の安全確保のための暫定措置に伴う追加費用は安いものではないか。
普天間住民の移転も暫定措置の一つである。普天間飛行場の周辺には約1万2000世帯が居住している(2019年時点)。その移転を無理じいすることはできないが、移転を希望する住民に国として支援することは十分考えられる。ただし、住民移転案は以前にも出たことがあるが、あまり広がっていない。辺野古案と住民移転案の費用比較、沖縄への政府からの補助への影響、運動を推進している政党の考えなどさまざまな事情が絡んでいるのだろうが、細かい損得勘定はともかくとして、飛行場移設より住民移転のほうが負担は少ない。政治的立場の違いを超えて合意を形成できる案だと考える。
以上のような状況を考慮すれば、辺野古への移転を考え直すのが望ましいが、それができない場合でも暫定措置は不可欠だと考える。
2023.11.04
ゾンビ、キョンシー(死体妖怪)、お化けかぼちゃ、コスプレなどで仮装するのは日本や韓国と同様だが、中国では「ハロウィン」と言ってはいけないことになっている。当局が西洋の文化だとしてその文字を使わないよう指示しているからだという。お化けも中国風のものが混じっており、中国皇帝や皇女などの仮装も多いそうだ。
中国が日本と同様、あるいは日本以上に自国の文化を大切にするのはよくわかる。日本でもハロウィンの楽しみが行き過ぎになり、暴力沙汰も起こるので規制しはじめている。人々に親しまれている「ハチ公」もハロウィンの時は覆いで囲って見えなくした。
しかし、「ハロウィン」という言葉を使わないよう、あるいは中華を称揚する仮装をするよう当局が指示することはよいことか。中国人でないものが余計なおせっかいを焼くべきでないのはもちろんだが、この問題は、間接的には中国以外にも影響が及んでくる可能性がある。
これはハロウィンと全く関係ないことであるが、中国では若者が日本の和装をしていると、それだけで注意されることがあるという。ある映像では、注意した中年の女性と和装をした若い女性が路上で激しく言い争っていた。
中国全国人民代表大会(全人代)常務委員会がさる10月24日に可決した愛国主義教育法という新法は、当局による愛国主義的指導の法的基礎である。例えば、「中華民族と偉大な祖国への思い入れを育み、愛国の力を結集させる」などと中華の伝統を称揚し、国民はそれに沿って行動するよう求めている。
習近平主席がことあるごとに「大国意識」を強調し、また共産党の一党独裁体制が揺るがないよう努めてきたことは広く知られているが、愛国主義教育にもその考えが表れている。習氏は今年(2023年)6月の重要会議で「中華文明は突出した統一性を備えている。国土は分割されてはならず、民族がバラバラになってはならないという共通の信念を抱いている」などと強調した。習氏のこうした考えは、「習近平文化思想」と位置づけられ、宣伝されるようになっている。当局が若者の西洋かぶれ的な風潮を戒め、中華の伝統を尊重するよう求めるのも同じ傾向の表れであろう。
しかし若者はどのように考えているか。たしかに若者の中にも中国人であることに誇りを持ち、中国文化の発揚に努めたいと考えている人は少なくない。
他方、世界の流行をフォローし、日本のアニメなどに強い関心を抱く若者も少なくない。最近話題になったアニメの「スラムダンク」は、中国でも韓国でも圧倒的な人気を博した。中国人の若者は日本人や韓国人と同様、「面白いものは楽しむ」という国際的な感覚で行動しているのである。
若者に対し、中華の伝統を強調し、尊重するよう求めるのがよいか、それとも面白いことはどの国の文化であろうと楽しむことを認めるのがよいか。難しいところであるが、若者が自己の判断で創意工夫することを政府が抑制すると、彼らの不満が高じる。
日本にとっても他人事でない。学術会議の任命問題など、学術研究に政府の方針を強要していることにならないか。中国においても日本においても思想・文化への過度の公的介入は碌な結果にならない。
中国におけるハロウィンと愛国主義教育法
中国でも仮装してハロウィンを祝う。11月1日が全ての聖人と殉教者を記念するキリスト教の「万聖節」であり、人々はその前夜からさまざまに仮装して楽しむ。今年はゼロコロナが終わって初めてなので、人手が特に多かったらしい。ゾンビ、キョンシー(死体妖怪)、お化けかぼちゃ、コスプレなどで仮装するのは日本や韓国と同様だが、中国では「ハロウィン」と言ってはいけないことになっている。当局が西洋の文化だとしてその文字を使わないよう指示しているからだという。お化けも中国風のものが混じっており、中国皇帝や皇女などの仮装も多いそうだ。
中国が日本と同様、あるいは日本以上に自国の文化を大切にするのはよくわかる。日本でもハロウィンの楽しみが行き過ぎになり、暴力沙汰も起こるので規制しはじめている。人々に親しまれている「ハチ公」もハロウィンの時は覆いで囲って見えなくした。
しかし、「ハロウィン」という言葉を使わないよう、あるいは中華を称揚する仮装をするよう当局が指示することはよいことか。中国人でないものが余計なおせっかいを焼くべきでないのはもちろんだが、この問題は、間接的には中国以外にも影響が及んでくる可能性がある。
これはハロウィンと全く関係ないことであるが、中国では若者が日本の和装をしていると、それだけで注意されることがあるという。ある映像では、注意した中年の女性と和装をした若い女性が路上で激しく言い争っていた。
中国全国人民代表大会(全人代)常務委員会がさる10月24日に可決した愛国主義教育法という新法は、当局による愛国主義的指導の法的基礎である。例えば、「中華民族と偉大な祖国への思い入れを育み、愛国の力を結集させる」などと中華の伝統を称揚し、国民はそれに沿って行動するよう求めている。
習近平主席がことあるごとに「大国意識」を強調し、また共産党の一党独裁体制が揺るがないよう努めてきたことは広く知られているが、愛国主義教育にもその考えが表れている。習氏は今年(2023年)6月の重要会議で「中華文明は突出した統一性を備えている。国土は分割されてはならず、民族がバラバラになってはならないという共通の信念を抱いている」などと強調した。習氏のこうした考えは、「習近平文化思想」と位置づけられ、宣伝されるようになっている。当局が若者の西洋かぶれ的な風潮を戒め、中華の伝統を尊重するよう求めるのも同じ傾向の表れであろう。
しかし若者はどのように考えているか。たしかに若者の中にも中国人であることに誇りを持ち、中国文化の発揚に努めたいと考えている人は少なくない。
他方、世界の流行をフォローし、日本のアニメなどに強い関心を抱く若者も少なくない。最近話題になったアニメの「スラムダンク」は、中国でも韓国でも圧倒的な人気を博した。中国人の若者は日本人や韓国人と同様、「面白いものは楽しむ」という国際的な感覚で行動しているのである。
若者に対し、中華の伝統を強調し、尊重するよう求めるのがよいか、それとも面白いことはどの国の文化であろうと楽しむことを認めるのがよいか。難しいところであるが、若者が自己の判断で創意工夫することを政府が抑制すると、彼らの不満が高じる。
日本にとっても他人事でない。学術会議の任命問題など、学術研究に政府の方針を強要していることにならないか。中国においても日本においても思想・文化への過度の公的介入は碌な結果にならない。
2023.10.27
まず、韓国最高裁(大法院)は2023年10月26日、元慰安婦の名誉を傷つけたとして朴裕河(パクユハ)・世宗大名誉教授に対して罰金1000万ウォン(約110万円)の支払いを命じたソウル高裁判決(2審)を取り消し、同高裁に差し戻した。同教授は無罪となる公算が大きいといわれている。
本訴訟は朴教授の著書「帝国の慰安婦」に反発した元慰安婦らが2014年に同教授を刑事告訴して起こしたものであり、検察は翌年朴教授を名誉毀損罪で在宅起訴した。
1審のソウル東部地裁は17年1月、「元慰安婦の社会的評価を落とす意図はなかった」などとして無罪判決を下した。しかし、2審のソウル高裁は同年10月に「虚偽の事実を提示し、元慰安婦の名誉を毀損した」として、1審の無罪判決を破棄し、朴教授に罰金1000万ウォンの有罪判決を言い渡していた。
他の1件は、11年前に長崎県対馬市の観音寺から盗まれ韓国に持ち込まれた仏像をめぐる裁判である。仏像を盗んだのは韓国の窃盗団であり、韓国に持ち帰って売却しようとしたところを逮捕された。仏像は押収され、現在、大田広域市にある国立文化財研究院に保管されており、韓国の浮石寺は「倭寇に略奪された」として所有権を主張し、韓国政府に引き渡しを求めていた。
これに対し、一審判決は日本側に「略奪された」と認定、浮石寺の主張を支持した。しかし、2023年2月に出された二審判決は、所有権は取得時効の成立により観音寺に移っているとし、一審判決を取り消した。
韓国最高裁は慰安婦関係判決と同じ26日、二審判決を支持し、浮石寺の訴えを棄却した。最高裁判決は、「仏像は高麗王朝期(918~1392年)に倭寇に略奪された蓋然(がいぜん)性は高いが、そのことによって観音寺の所有権が覆されるものではない」とし、「(浮石寺の)所有権はいずれにしても取得時効により喪失している」との判断を示したのであった。
韓国の最高裁によるこれら2件の判決はいずれも価値の高いものである。いずれについても韓国内では反対あるいは批判が起こっているが、判決は感情的反発に左右されることなく、国際法と韓国の法令に忠実に判断を下したからである。勇気ある判断であった。
余談かもしれないが、韓国の司法の在り方については以前から、「政治に影響される」とか、「韓国の憲法より国民感情が優先する」などと言われたことがあった。司法の判断に対する信頼性は低かったのである。
日本との関係においてもその問題があり、文在寅前大統領の時代はその傾向が特に強かった。いわゆる元慰安婦問題については2015年12月の日韓外相会談における合意によって、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」が確認された。しかし、2017年5月に新たに政権に就いた文在寅(ムンジェイン)大統領は、2015年の合意では被害者の意思はしっかりと反映されず、真の問題解決とならない等として外交部長官直属の「慰安婦合意検討タスクフォース」を新たに設置した。日韓両国の合意を勝手に変更し始めたのである。
韓国の司法は慰安婦問題をさらに複雑化した。2021年1月、元慰安婦等が日本国政府に対して提起した訴訟において、ソウル中央地方裁は日本国政府に対し、原告への損害賠償の支払などを命じる判決を下した。国家間の合意を無視して元慰安婦の主張を取り入れたのであった。
幸い、2022年5月尹政権が発足すると、日本との関係は大きく変わり始めた。尹政権は日本との慰安婦合意を尊重する方針を打ち出し、また元徴用工問題についても日本との関係を重視して解決を図った。徴用工問題とは、植民地時代に日本側に徴用された人たちが日本の関係企業に賠償を求めた問題である。日本側は一貫して1965年の日韓請求権協定で解決済みとの立場であったが、文在寅政権下の2018年、韓国の裁判所は日本企業に賠償を命じ、差し押さえも認めていた。尹政権は日本企業の資産の現金化が迫る2023年3月6日、日本企業に命じられた賠償を韓国の財団が肩代わりする「解決策」を発表した。
「解決策」は尹錫悦大統領の日韓関係改善にかける熱意を示すものであり、文在寅前大統領の下でいちじるしく悪化していた両国関係は顕著に改善された。日本政府は尹氏の努力を讃え、「解決策」が実行に移され、元徴用工の気持ちが癒され、両国民の間にあったわだかまりが解消されることを望んだ。
尹錫悦大統領は登場して以来、日本や米国との関係を劇的に改善させた。前任の文在寅大統領時代には米国との同盟か、中国との伝統的関係か、いずれが重要か明確でなかったが、尹氏は不正常な状態を明らかに同盟重視に戻した。北朝鮮との特別の関係についても文氏のような情緒的なとらえ方でなく、民主主義を貫くことが大事だとプライオリティを明確に示した。
今回の韓国最高裁の判決は、日本との関係で尹政権が着実に前進していることを示した。もちろん日本との間でわだかまっていた問題がすべて完全に解決したとみるのは早すぎる。尹政権の任期は2027年5月までであり、次期政権下でどのように扱われるか明確でない面もある。日本としてはそんなことは考えたくもないことだろうが、これまでの経緯を想起すると次期政権がどのように引き継ぐか、心配がないわけではない。しかし、次期政権においても尹政権の基本方針が継承されれば、日本や米国と韓国の関係はしっかりと固められるであろう。
『帝国の慰安婦』・対馬の仏像
韓国で最近日本に関係する重要な出来事が2件あった。まず、韓国最高裁(大法院)は2023年10月26日、元慰安婦の名誉を傷つけたとして朴裕河(パクユハ)・世宗大名誉教授に対して罰金1000万ウォン(約110万円)の支払いを命じたソウル高裁判決(2審)を取り消し、同高裁に差し戻した。同教授は無罪となる公算が大きいといわれている。
本訴訟は朴教授の著書「帝国の慰安婦」に反発した元慰安婦らが2014年に同教授を刑事告訴して起こしたものであり、検察は翌年朴教授を名誉毀損罪で在宅起訴した。
1審のソウル東部地裁は17年1月、「元慰安婦の社会的評価を落とす意図はなかった」などとして無罪判決を下した。しかし、2審のソウル高裁は同年10月に「虚偽の事実を提示し、元慰安婦の名誉を毀損した」として、1審の無罪判決を破棄し、朴教授に罰金1000万ウォンの有罪判決を言い渡していた。
他の1件は、11年前に長崎県対馬市の観音寺から盗まれ韓国に持ち込まれた仏像をめぐる裁判である。仏像を盗んだのは韓国の窃盗団であり、韓国に持ち帰って売却しようとしたところを逮捕された。仏像は押収され、現在、大田広域市にある国立文化財研究院に保管されており、韓国の浮石寺は「倭寇に略奪された」として所有権を主張し、韓国政府に引き渡しを求めていた。
これに対し、一審判決は日本側に「略奪された」と認定、浮石寺の主張を支持した。しかし、2023年2月に出された二審判決は、所有権は取得時効の成立により観音寺に移っているとし、一審判決を取り消した。
韓国最高裁は慰安婦関係判決と同じ26日、二審判決を支持し、浮石寺の訴えを棄却した。最高裁判決は、「仏像は高麗王朝期(918~1392年)に倭寇に略奪された蓋然(がいぜん)性は高いが、そのことによって観音寺の所有権が覆されるものではない」とし、「(浮石寺の)所有権はいずれにしても取得時効により喪失している」との判断を示したのであった。
韓国の最高裁によるこれら2件の判決はいずれも価値の高いものである。いずれについても韓国内では反対あるいは批判が起こっているが、判決は感情的反発に左右されることなく、国際法と韓国の法令に忠実に判断を下したからである。勇気ある判断であった。
余談かもしれないが、韓国の司法の在り方については以前から、「政治に影響される」とか、「韓国の憲法より国民感情が優先する」などと言われたことがあった。司法の判断に対する信頼性は低かったのである。
日本との関係においてもその問題があり、文在寅前大統領の時代はその傾向が特に強かった。いわゆる元慰安婦問題については2015年12月の日韓外相会談における合意によって、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」が確認された。しかし、2017年5月に新たに政権に就いた文在寅(ムンジェイン)大統領は、2015年の合意では被害者の意思はしっかりと反映されず、真の問題解決とならない等として外交部長官直属の「慰安婦合意検討タスクフォース」を新たに設置した。日韓両国の合意を勝手に変更し始めたのである。
韓国の司法は慰安婦問題をさらに複雑化した。2021年1月、元慰安婦等が日本国政府に対して提起した訴訟において、ソウル中央地方裁は日本国政府に対し、原告への損害賠償の支払などを命じる判決を下した。国家間の合意を無視して元慰安婦の主張を取り入れたのであった。
幸い、2022年5月尹政権が発足すると、日本との関係は大きく変わり始めた。尹政権は日本との慰安婦合意を尊重する方針を打ち出し、また元徴用工問題についても日本との関係を重視して解決を図った。徴用工問題とは、植民地時代に日本側に徴用された人たちが日本の関係企業に賠償を求めた問題である。日本側は一貫して1965年の日韓請求権協定で解決済みとの立場であったが、文在寅政権下の2018年、韓国の裁判所は日本企業に賠償を命じ、差し押さえも認めていた。尹政権は日本企業の資産の現金化が迫る2023年3月6日、日本企業に命じられた賠償を韓国の財団が肩代わりする「解決策」を発表した。
「解決策」は尹錫悦大統領の日韓関係改善にかける熱意を示すものであり、文在寅前大統領の下でいちじるしく悪化していた両国関係は顕著に改善された。日本政府は尹氏の努力を讃え、「解決策」が実行に移され、元徴用工の気持ちが癒され、両国民の間にあったわだかまりが解消されることを望んだ。
尹錫悦大統領は登場して以来、日本や米国との関係を劇的に改善させた。前任の文在寅大統領時代には米国との同盟か、中国との伝統的関係か、いずれが重要か明確でなかったが、尹氏は不正常な状態を明らかに同盟重視に戻した。北朝鮮との特別の関係についても文氏のような情緒的なとらえ方でなく、民主主義を貫くことが大事だとプライオリティを明確に示した。
今回の韓国最高裁の判決は、日本との関係で尹政権が着実に前進していることを示した。もちろん日本との間でわだかまっていた問題がすべて完全に解決したとみるのは早すぎる。尹政権の任期は2027年5月までであり、次期政権下でどのように扱われるか明確でない面もある。日本としてはそんなことは考えたくもないことだろうが、これまでの経緯を想起すると次期政権がどのように引き継ぐか、心配がないわけではない。しかし、次期政権においても尹政権の基本方針が継承されれば、日本や米国と韓国の関係はしっかりと固められるであろう。
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