平和外交研究所

2019 - 平和外交研究所 - Page 31

2019.02.06

米朝首脳会談(第2回)の展望

第2回目の米朝首脳会談が2月27・28日、ベトナムで開催されることとなった。

シンガポールでの初の米朝首脳会談で合意された実務者協議は半年以上進まなかった。しかもその間、北朝鮮は相変わらずウランの濃縮を続けているとか、新しい実験場を作っているとか、北朝鮮の意思を疑わせる出来事が伝えられた。また、米国のコーツ国家情報長官は、北朝鮮が核兵器を放棄する可能性は低いとの見方を示して注目を浴びた。

北朝鮮との「非核化」交渉について悲観的な見方が多くなってきた中での第2回目の首脳会談であるが、トランプ大統領が終始前向きに取り組んできたので実現したと言って過言でないだろう。

トランプ氏は、国境の壁建設問題での蹉跌やロシア疑惑の深まりなど国内の状況が芳しくない中で、北朝鮮との外交で成果を上げている。北朝鮮が核とミサイルの実験を止めたこと、北朝鮮に捕らえられていた米人を帰国させたこと、朝鮮戦争以来北朝鮮に残っていた米人兵士の遺骨の返還を実現したことなどを何回も誇らしげに語っている。これには、トランプ氏の政治に批判的な人たちも異論を唱えられない。トランプ大統領としては、今後も北朝鮮との非核化交渉を進めることができれば、大きな得点になる。

もちろん、両首脳ただ会うだけであってはならない。第2回目の首脳会談ではあくまで「非核化」を前に進めなければならない。具体的には、「すべての核と核関連施設」を両国間交渉の俎上に載せ、「非核化の実行と検証」のプロセスに進むことが必要である。
このプロセスは検証チームに対して北朝鮮政府が「申告」することから始められる。「申告」だけではわかりにくいので「検証のための申告」と呼ぶこととする。その中には、核兵器が何発、どこに保存されているか、その廃棄をどのように実行されるかがまず示される。

そんなことが一体可能か、多くの人が疑問に思っている。前述のコーツ国家情報長官や多くの研究者の悲観的な見解にもそのような認識が表れている。

 平壌においても、「非核化の実行と検証」のプロセスに進むことは、米国が北朝鮮を攻撃するのを助けるようなもので危険だという心配があるだろう。

 北朝鮮の「完全な非核化」は実現困難だというのは、常識的な見解であるが正しいのかもしれない。客観的に見れば、「非核化」が実現する保証はない。

 しかし、トランプ大統領と金委員長は違っていて、今でも「非核化」を目指していると思う。そう考える最大の理由の一つは、両首脳が会談することにある。第2回目の米朝首脳会談では非核化の「検証のための申告」について前進が必要であり、これがなければ、会談は成功したとは言われない。米国にはさまざまな考えがあるが、「検証のための申告」について進展があったかを実証的に問題にする人が少なくないはずであり、この点をあいまいにしたまま会談を成功させることはできない。トランプ大統領としては、「非核化」を前進させることについてかなりの見通しと自信があったので再度金委員長と会談することにしたのだと思われる。

 もう一つの理由は、トランプ大統領と金委員長との個人的関係が変わっていないことである。
金委員長はトランプ大統領に対し、考えが変わっていないことを私的な書簡の形で複数回伝えている。書簡の具体的な内容は一部しか公表されておらず、あとは推測するほかないが、トランプ大統領が金委員長の姿勢をつねに積極的に評価してきたことは公然たる事実である。さる新年に際しても金委員長は書簡を送り、トランプ大統領は「素晴らしい手紙だった」と評価した。トランプ氏のレトリック、いわばトランプ節ではあるが、喜ばしい内容であったことは間違いない。
 また、トランプ氏は金氏が喜びそうな内容のメッセージを発している。2月3日のCBS Face the Nationインタビューで、「私は、金委員長がすきだ。同氏とはウマがあう。同氏と大変な通信を行っており、その内容を見た人たちが信じられないほどであった(I like him. I get along with him great. We have a fantastic chemistry. We have had tremendous correspondence that some people have seen and can’t even believe it.)」と熱く語っているのだ。
 このような発言は、第1回の会談を実現させた、トランプ氏の一連のメッセージをほうふつとさせるものである。

 今回、トランプ氏はもう一つ興味深いことを述べている。CBSインタビューで「金委員長が「非核化」を進めるために努力していることをトランプ氏としても分かっていると言わんばかりに、”He(KIM) is also tired of going through what he’s going through.”と述べたことである。口語的な言い回しで正確に訳すことは困難であるが、「金委員長はうんざりしている」と言いたかったのではないか。一部には「疲れているようだ」と訳されて伝えられたようだが、かなりニュアンスは違うと思う。
 何にうんざりしているというのか。北朝鮮の独裁的体制からして、金氏の決定はだれも異を唱えられず、金氏がうんざりすることなどありえない、うんざりするならやめさせればよいというのが常識的な見方であろうが、「非核化」は北朝鮮の命運を左右する大問題であり、実際には側近のなかでも、直接的に反対することはないとしても、さまざまな形で疑問を呈したり、金委員長が期待する通りに動かないことはありうる。
 シンガポールでも金委員長はトランプ大統領に対し、国内調整が簡単でないことを示唆する発言を行っていたことが想起される。「検証のための申告」を米側から求められている今はその時以上に国内調整に腐心しているのではないか。
 われわれからすれば、推測を重ねることになるが、金氏から多くの書簡をもらっているトランプ氏としては、我々には見えないことでも見えている可能性がある。

 一方、金委員長はトランプ大統領から「検証のための申告」を求められる代償として、米側に何を求めるか。

 北朝鮮が制裁措置の緩和を強く求めていることは確かである。しかし、米国は、「非核化」が実際に進展するまでそれは応じないことも確かである。第2回目の米朝会談においてもこの問題は金委員長から提起される可能性があるが、トランプ大統領が応じることはないと思う。

 朝鮮戦争終結宣言については、米国はこれも一貫して拒否の姿勢をとってきた。韓国から文在寅大統領をはじめ高官が繰り返し米国に妥協を求めたが。取り付く島がなかったという。
 しかし、戦争終結宣言は制裁の緩和とはやや異なる面がある。トランプ大統領は会談を成功させるために他に取引材料がなければ、この問題で何らかの妥協に応じる可能性は排除できない。米CNNの報道は妥協の可能性を示唆しているという見方もある。最近、北朝鮮政策特別代表に任命されたスティーブン・ビーガン氏は1月31日、スタンフォード大学で、「トランプ大統領は、この戦争を終わらせる準備ができている。それは終わった。終結した」と言及したという。
 戦争終結宣言自体には法的効果がなく、非核化交渉を進めるためにいずれかの段階で取り上げられる可能性があることは第1回の首脳会談以前から指摘されていた(当研究所HP 2018年9月4日「米朝協議はいったいどうなっているのか」)。

 なお、今回の首脳会談においては、「相応の措置」が問題となると指摘する向きもある。北朝鮮ではこのことを重視する傾向があり、韓国も後押ししている。
 しかし、米国が「相応の措置」に合意したことはなく、北朝鮮側の期待に過ぎない。シンガポールの共同声明では「信頼醸成措置が非核化の実現に役立つ」と記載されたが、それだけのことであり、「相応の措置」を互いにとることが合意されたのではなかった。「信頼醸成措置」の範囲は広く、ポンペオ長官が4回訪朝したこともその一つになりうる。共同声明における「信頼醸成措置」への言及を根拠に「相応の措置」を求めるのは困難であろう。
2019.02.01

日本とイランの選手の行動形態に見る文化の違い

 第17回アジアカップ準決勝で日本はイランに3-0で勝利した。この試合の中で、イランの選手が日本選手に暴行ともとれる過激な振る舞いを行ったことについて。イラン国内でも批判的な声が上がった。イラン議会のアリ・モタハリ副議長は、自身のインスタグラムで選手への処分を求めたという。同議長の発言は冷静な判断結果であった。

 この試合においては、その件とは別に、もう一つ印象的なことがあった。日本の南野選手がイランの選手に倒されながらも素早く立ち上がり、ボールがゴールラインを割る直前に追いつき、一転してゴール前にセンタリングを送り、大迫選手が頭でねじ込んだことである。これが先制点となり、その後日本はさらに2点を加えて快勝した。
 
 このプレーについては、「イランの選手がプレーを中断してしまったのに、日本はプレーを続けた」とか、「ペナルティーエリア付近での主審への集団抗議は幼稚だ」などと評されているが、それだけでは表面的な感想に過ぎない。なぜ、南野選手はプレーを続けたのに、イランの選手はそれを追いかけなかったのか。なぜ日本の選手とイランの選手の行動に違いが出たのかが大事なポイントである。

 イランの選手がボールに向かって走っている南野選手を追いかけなかったのは、南野選手と接触して倒したが、それはイラン側のファウルではないことを審判にアピールするためであった。その気持ちは分からないでもない。ファウルと認定されれば、ゴールに近い距離からフレーキックを与えることになるので、非常に危険である。なんとかしてそうなるのを防ぎたかったのだろう。

 一方、南野選手は、審判がプレーを止めていないかったので、当然プレーを続行し、ボールに追いつき、反転して決定的なセンタリングを送ることができた。つまり、権利主張よりもルールに従ってプレーすることに専念し、その結果、絶好のチャンスをつかみ、素晴らしいプレーをしたのである。

 南野選手と違ってプレーを止めたのは一人のイラン選手でなく、付近にいた数人の選手もみなそうであった。つまり、数名のイラン選手は、だれもがボールを追いかけることより、自分たちがファウルをしたと判断されることを恐れたのである。瞬時ではあったが、両国選手の行動形態には重要な違いがあった。イランでは権利を主張したり擁護することを重視し、日本ではルールに従ってプレーすることを重視するという文化の違いが表れていたと思う。

 日本の森保監督は常々、審判がプレーを止めるまで手を抜くな、と教えているそうだ。そのことも大きな要因だったとは思うが、かりに同監督がイラン・チームを率いていたとしたら、イランの選手ははたして違った行動を取ったか疑問である。やはり権利主張(擁護)を優先させたのではないかと思われてならない。
2019.01.30

習近平の独裁的権力はほんものか その2

 習近平主席は国政の全般にわたって権力を一身に集め、また、憲法を改正して終身主席になる道を拓くなど、独裁的地位を固めたと言われる。
 しかし、実際には、習近平の地位はまだ完全には固まっていないと思われる。その証左に、つぎのような出来事が起こっている。

〇陝西省では、石炭採掘と大規模違法建築に関し、中央の指示を無視したり、従わなかったりする事件が発生した。

 前者は「千億鉱山開発案件」と呼ばれる。石炭の採掘をめぐって陝西省と鉱山開発業者との間で争いが起こり、訴訟となった事件である。発生したのは2006年なので習近平の前任の胡錦濤主席の時代であったが、政権が代わってからも問題は解決しなかった。裁判はすでに中国の最高裁判所まであがり、業者側が勝訴したが、執行はされていないという。
 長年問題が解決しなかっただけではない。本件については陝西省の前書記(ナンバーワン)であった趙正永が関与していた。具体的な問題は一部しか明らかになっていないが、最高裁で事件を担当した王林清裁判官が判決を書く直前の2016年11月、関係のファイルが20日間あまり逸失したことがあった。
 王裁判官は当時から身の危険を覚えていたらしく、公式の記録とは別に個人的な記録を作っており、これはのちに公になった。しかし、王氏自身は現在行方不明となっている(ラジオ・フランス・アンテルナショナル1月24日)。最高裁の暗部を暴露したからだと言われている。

 後者は「秦岭別荘違法建築案件」と呼ばれ、テレビ局の取材がきっかけとなって発覚し、同省のガバナンスが問われる問題に発展した事件である。違法建築は4桁に上るほどの数であり、しかもテレビ局の放映で一般の関心が高かったので、中央は陝西省に対し事件の糾明と善処を求めた。しかし、陝西省ではまじめに対処せず、中央からの指示を関係部署に回すだけでほとんど何もしなかった。習主席としても手を焼いたらしく、前後6回にわたって指示を出した。また、中央は陝西省に対して人事上の措置も行い、数十名を入れ替えた。さらに反腐敗運動で恐れられる中央規律検査委員会から調査チームを派遣してようやく陝西省を従わせることができたという。陝西省が違法建築の除去を始めたのは2018年8月であった。
 中央の機能不全は胡錦濤時代の代名詞のように見られているが、習近平政権下でも起こっているのである。

 この2つの事件は、習近平主席の権威は実際には絶対的でなく、指示通りには動こうとしない地方の指導者がいることを示唆している。中国の省・自治区のナンバーワンは中央の大臣クラスであり、人事異動で中央政治局入りすることがよくある。

 中国は、問題があるとみなした人物を強権的な方法で拘束し、取り調べる。その例は、国際刑事機構の孟宏偉総裁をはじめ脱税容疑の有名女優、人権派弁護士、日本に滞在中の研究員、香港の書店主など多数に上る。王林清裁判官の場合は現在のところ状況が不明であるが、実際には、拘束されていると思われる。

〇長老による習近平批判
 中国の著名な改革派経済学者である茅于軾(ぼううしょく 天則経済研究所名誉理事長)は2018年末、Voice of Americaのインタビューで、「習近平は今日に至るまで国家を指導する理念を作っておらず、国をどの方向に導いていくか、どのような道筋で、何を目標に、どのような人を用いて治めていくか明確にしていない。アドバイザーに助けられて指導者らしくしているのか。あるいは表面は立派だとほめられながら実際には批判されているのか。それとも本人が馬鹿なのか。終身的に地位を確保するには憲法を改正する必要などない」と痛烈に批判している(当研究所HP「中国人研究者による習近平主席批判」2018年12月19日)。
 このように激しい習近平批判は、常識的には不可能である。もちろん、茅于軾は当局からにらまれ、手荒に扱われているだろうが、他の人と違って拘束はされず、何とか活動を続けている。
中国には例外的に大胆な政府批判を行える人物がいるのも事実である。民主化を求める人たち、弁護士、長老などであり、共産党の権威を重視する習近平主席の下でこれらの勢力は大幅にそがれているが、長老の一部には今なお強い発言をする人物が残っており、茅于軾はその一人である。

 中国共産党の歴代総書記の中でもっともリベラルな人物の一人であり、「ブルジョワ自由化」を進めたと批判され失脚した胡耀邦の長男、胡德平もそのような長老になりつつある。
 1月16日、リベラルな研究者の会合で、胡徳平は、「ソ連の失敗は高度に中央集権的な政治体制と硬直した経済制度が原因であった。両方とも社会主義国として当然のことではない。資本主義国家は技術の進歩により効率を高めた。大量の資本投下により成長を図るのは間違いだ」と発言し、注目された。最後の論点は明らかな政府批判である。

〇陳小雅の政府批判
 陳小雅は1955年生まれ。かつて『紅旗』誌の副編集長を務めるなど体制派の研究者であったが、天安門事件を題材にした『八九民運史(八九は天安門事件のこと。民運とは民間運動の意味である)』を発表したため当局からにらまれ社会科学院から追放された。しかし、その後も、中国における民主化運動について著作活動を続けている。
 1月27日、陳小雅は、出国しようとしたが空港で止められた。陳は、習近平、王滬寧および郭声琨(公安部長)の3名に対し、公開状を送り付け、「あなたたちは何を根拠にわたくしの出国は国家の安全に危害をもたらすなどと言うのか。その証拠を見せてほしい」とかみついた。しかも、同書簡の末尾には「病人が国を治めている。これこそ国家に対する最大の危険である」と大胆な言葉を書き添えた。

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