平和外交研究所

ブログ

ブログ記事一覧

2020.07.22

韓国における政治と裁判

 さる7月7日、ソウル中央地裁は、朝鮮戦争中北朝鮮軍の捕虜とされ、強制労働を強いられたのは国際法違反だとして、韓国人の男性2人が北朝鮮政府と金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長に賠償を求めた訴訟において、正恩氏らに対し、2人にそれぞれ2100万ウォン(約188万円)を払うよう命じる判決を下した。

 2人はそれぞれ2000年と01年に脱北して韓国に戻り、2016年10月に提訴したが、地裁が一定期間、書類を公開することで被告側に届いたとみなす公示送達の手続きを取ったため判決までに時間がかかったという。

 今回の判決に対し、北朝鮮が韓国内で控訴することはありえない。判決は履行されないままの状態で推移し、確定するだろう。

 一方、韓国の検察は、南北連絡事務所を爆破した疑いで、7月16日、北朝鮮の金正恩委員長の妹・与正氏への捜査に着手した。ただ、与正氏の事情聴取など、処罰に向けた捜査は事実上不可能で、形式的なものになる。

 ソウル地裁の判決や金与正氏への捜査は韓国国民を擁護する点で積極的に評価されるのだろうが、第三者の立場から見て疑問の余地がある。

 韓国の憲法は半島全体に適用されるということになっているが、実際にはその効力は北朝鮮に及ばない。したがって韓国政府の法務長官の指揮下にある検察はもちろん、政府とは独立の裁判所も、北朝鮮や北朝鮮の指導者に対して、建前はともかく実際には管轄権を及ぼすことができるか疑問である。

 韓国には戒厳令はないが、北朝鮮との往来を禁止する国家保安法があり、かねてから民主系はその廃止を目指し、保守派が反対してきた。南北間の往来は別の法律により可能になっているが、保安法は今でも北との関係を制限する基本の法律として機能しており、韓国の法律は北朝鮮に適用できないのではないか。

 そもそも朝鮮戦争は朝鮮半島内での内戦であり、各国民の保護は内戦の処理と同時に行われるしか方法がないのではないか。理想的な解決ではないが、そうせざるを得ないと思われる。朝鮮戦争は休戦状態にあるだけで、南北朝鮮が準戦時体制下にある現在、お互いの請求権を処理する合意はもちろんない。

 現実の問題として、韓国には朝鮮戦争において北朝鮮により損害を被った国民が多数存在している。もし、彼らが救済を求めてきたばあいに、韓国の裁判所は今回と同様北朝鮮に賠償を命じるのだろうか。1~2件の判決ならばともかく、数が多くなりすぎると混乱に陥り、政府は政治的に介入せざるを得なくなるのではないか。

 以上のように考えれば、ソウル地裁の判決を違法とはいえないにしても、朝鮮戦争において国民が被った損害は韓国政府が補償すべきだと思われる。現実には、政府が消極的な姿勢を取る一方、裁判所だけが行動を起こしている。それは朝鮮半島の現状に照らして適切か疑問である。

(注)国家保安法
現行の国家保安法は、非常戒厳令拡大措置によって国会が解散状態にあった1980年12月、全斗煥政権が設立した国家保衛立法会議において制定された。この改訂で、国家保安法に反共法が統合され、新たに北朝鮮との往来も処罰対象になった。また、反国家団体を称賛・鼓舞する行為や国家保安法違反行為に対する不告知罪などで法の拡大解釈の余地が広がった。そのため、政治権力が批判勢力を弾圧するための道具として同法がたびたび活用される事態と冤罪が生じた(最大の具体例が後述の「学園浸透スパイ団事件」)。

1988年に盧泰愚政権が発足すると、同年に南北朝鮮の交流をうながす「7・7宣言」が発表され、さらに1990年には「南北交流協力に関する法律」の公布で韓国政府の承認下における北朝鮮との往来が可能になったことから、国家保安法はその存在意味に疑問を提起されるようになった。

民主系の盧武鉉政権は国家保安法を人権抑圧の温床として撤廃し、刑法の内乱罪と外患罪に統合を目指した。これに対し、不告知行為の取締りが困難になるとして、保守系野党・ハンナラ党は同法の存続を求めた。一方、憲法裁判所と大法院も合憲判決を下しており、韓国国民を対象にした世論調査でも、保安法廃止は少数派である。

2007年12月の大統領選挙で李明博が当選、ハンナラ党が政権を奪還し、翌年4月の総選挙で、国家保安法廃止に賛成する議員が多かったウリ党の流れを受け継ぐ統合民主党や、左派系の民主労働党がいずれも議席を減らし、ハンナラ党を中心とする保守・中道保守勢力が国会の多数を占めたことで、国会内でも保安法廃止は少数派となった。

 文大統領は以前から国家保安法廃止や連邦制統一を主張してきたが、実現はしていない。

2020.07.09

中国軍の演習など

 中国軍は7月6日までに、南シナ海、東シナ海および黄海で一斉に軍事演習を行った。当初予告していたのは南シナ海での演習であったが、範囲を広げて異例の3海域同時大演習としたのである。

 中国の意図は何であったか。軍事プレゼンスを誇示するのが狙いだというコメントもあるが、なぜ軍事プレゼンスを誇示する必要があったのかが問題である。

 米国務省は7月2日、中国の軍事演習は「南シナ海の状況をさらに不安定にする」と懸念を表明していた。中国政府はこれに対し、「米国は中国と東南アジア諸国との間に不和の種をまこうとしている」と批判したが、米軍はそれにかまわず、4日、南シナ海に原子力空母「ニミッツ」と「ロナルド・レーガン」を派遣し、大規模な軍事演習を行った。空母2隻が参加する演習は6年ぶりであった。

 3海域演習に先立ち、中国の官船「海警」(海上保安庁巡視船に相当)は6月21日、尖閣諸島周辺で日本の漁船を追い回した。また7月2日から3日夜にかけて、2隻の「海警」が約30時間にわたって尖閣諸島周辺の日本の領海に侵入した。これは8年前に日本政府が尖閣諸島を国有化して以降、最も長い領海侵犯であった。

 中国は過去数週間、活動を非常に活発化させているのである。その意図を判断する材料は乏しく、いたずらに推測を重ねるべきでないが、しいて言えば、新型コロナによる感染問題で約半年間国内が陰鬱な気分に陥っていたことと関係があるかもしれない。

 中国の国営中央テレビなどは、演習に投入されたミサイル駆逐艦をはじめ、南部、東部、北部の3戦区の部隊が同時期にそれぞれ演習を実施し、実際に火力を使うなどの映像を公開した。これらをみると、今回の演習では国内に向けて軍事力を誇示し、一種の景気づけを行う目的もあったのではないかと思われる。

 中国の「海警」が尖閣諸島周辺の日本の領海に執拗に侵入したことは看過できないが、今のところ、日本の海上自衛隊が出動するべき状況でない。出動すれば、尖閣諸島を日中間の紛争の対象としたい中国海軍は、待ってましたと言わんばかりに問題を拡大しようとするだろう。

 日本として取るべき対応は、中国船を追い払うことはもちろん、「海警」の尖閣諸島周辺での行動を、海上からだけでなく衛星からも子細に撮影しておくことと、南シナ海、東シナ海、黄海における中国軍の演習の影響を受ける恐れがある国々と情報交換など連携を強化することであろう。
2020.07.01

香港国家安全法と中国外交

香港での反体制的な言動を取り締まる「香港国家安全維持法」は6月30日、全人代(全国人民代表大会 国会に当たる)常務委員会で可決され、即日施行された。
 
 中国が同法の制定を強行したのは、来る9月に行われる香港の立法会(議会)の選挙で、現在のまま推移すれば民主派が議席を拡大して与党側を上回る可能性が出てきたことに習近平政権が危機感を抱いたことが背景になっている。昨年11月の区議会選挙では民主派が圧勝した。

同法の制定後、日本のほか英国、フランス、ドイツなど27か国はジュネーブの国連人権理事会で共同の声明を発表し、同法が香港市民の人権に影響を及ぼすとして、「深く、高まる懸念」と表明した。また、香港の住民や立法・司法組織の参加なしに同法を成立させたことは、「一国二制度」が保障する高度な自治と権利、自由を「害する」ものだと主張した。

菅官房長官は、30日の記者会見で、「同法の制定は遺憾であり、香港の一国二制度は日本にとっても極めて重要だ。同法制定は国際社会の一国二制度の原則に対する信頼を損ねる」と批判した。

トランプ政権は対抗措置として29日、防衛装備品や軍事転用可能な先端技術の対香港輸出を規制すると発表。米議会上院も同法に関与した中国当局者らに制裁を科す法案を可決した。これらはとりあえずの措置であり、米政府は中国の出方を見極めつつ追加措置を取る構えである。
 
ただし、大統領選を控えるトランプ大統領は微妙な立場にあり、さる1月に署名した米中通商協議の「第1段階の合意」に悪影響を与えることは避けたい考えであると言われている。しかもトランプ氏は、そもそも香港の人権問題に強い関心を抱かず、ボルトン前大統領補佐官に対し「関わりたくない」と話したとボルトン回顧録は記している。

 しかし、香港の人権問題に無関心を決め込むと米国内から強く批判され、ひいては大統領選に悪影響が及ぶとの事情もある。

 同法が引き起こした波紋は以上に限らない。香港の住民に及ぶ影響は最重要問題であるが、本稿では今後の中国外交と日本を含む各国の立場に関する原則的問題を指摘しておきたい。
 
国家安全維持法の制定は、香港の返還に際して中国が世界に対して行った「香港に一国二制度を認める」ことと「50年間は自治を変えない」との約束を破る行為である。中国は香港は中国の一部だと主張するが、中国が国際公約を破ったことは否定できない。

 この公約違反は、南シナ海における中国の国際法を無視した行動と軌を一にしている。2016年7月12日、国際仲裁裁判所が発表した判決を中国は認めないとの態度を取ったことである。

 今後中国は他国と主張を異にする場合、「主権」を振りかざしてあくまで主張を貫こうとするであろう。

今後も同様の事態が発生すれば、米国は例外として、単独では力が限られている各国は共同で対処するしか方法がないのではないか。

アーカイブ

検索

このページのトップへ

Copyright©平和外交研究所 All Rights Reserved.