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2020.06.01

国家安全法は香港の役割を損なう

 中国の全国人民代表大会(全人代。国会に相当する)は5月28日、香港に国家安全法制を導入する「決定」を採択した。今後、全人代常務委員会が決定を踏まえて関連法を制定する予定だという。香港で断続的に続いている激しいデモを抑え込み、共産党政権に批判的な言動を抑圧するのが狙いである。

 1997年の香港返還以来50年間保証されてきたはずの「高度な自治」と「一国二制度」は存続の危機に直面することとなり、香港では全人代の決定に反発して激しいデモが起こった。

 各国も懸念を表明した。菅官房長官は、28日午後の記者会見で「国際社会や香港市民が強く懸念する中で議決され、情勢を深く憂慮している。香港は、緊密な経済関係と人的交流を有する極めて重要なパートナーであり、一国二制度のもと、自由で開かれた体制が維持され、民主的・安定的に発展していくことが重要だ」と述べた。

 香港からの移民が多いアメリカ、イギリス、オーストラリアおよびカナダの4か国は同日、「自由の砦(とりで)として繁栄してきた香港の自由を脅かすことになる」と非難する共同声明を発表した。

 さらに米国のトランプ大統領は29日、中国は「一国二制度を一国一制度に変えた」と批判しつつ、香港に認めてきた貿易などの優遇措置を停止し、当局者に制裁を科す方針を発表した。犯罪人引き渡しや軍民両用技術の輸出管理に関する取り決めも取り消しの対象になる。

 国連安保理は29日、香港問題を非公式に協議することになったが、中国は内政問題だとして受け入れない意向を表明しており、協議が決裂するのは必至だとみられている。

 香港に適用される国家安全法制の内容はこれから決定されるのだが、かりに香港の「高度の自治」が維持できなくなると香港の国際的地位はどうなるか。特に懸念されるのは以下のような問題である。

 香港はこれまで中国と世界の貿易を仲介する巨大な商社兼銀行のような役割を果たしてきた(香港政府は「スーパーコネクター(中国語:超級連繋人)」という言葉を使っている)。香港空港の貨物取扱量は世界1位で、チャンギ空港(シンガポール)の2倍以上である。また海上コンテナの取扱量が、一時期の勢いは見られないものの、依然として世界5位を誇っている。

 また香港は中国と取引したい世界の企業に便宜を図ってきた。中国には商慣習、法律、言語などの面でさまざまな困難があり、また「人治」の壁を乗り越えなければならないなど制約があるが、香港を介せば中国市場で、何を、どのタイミングで、どう売り込み、代金回収するか、消費者の嗜好や商習慣、政府との関係など、各地の内情を踏まえて戦略を立てて実行することが可能になるのである。中国「市場」の巨大化とともに香港のこの役割は顕著に増大している。

 そして香港には国際金融市場としての役割がある。中国が依然として厳格な資本規制を実施し、しばしば金融市場や銀行システムに介入するのに対して、香港は世界有数の開放的な市場であり、株式と債券の資金調達の場としても最大級である。香港の世界水準の金融システムのおかげで香港は世界と中国の間でさまざまな役割を果たせたのである。

 また香港は、人民元のオフショアセンターとしての役割を増大しつつある。中国は、人民元建て債券の発行、元建て貿易決済の解禁など、人民元国際化に向けた準備を進めており、2007年、中国人民銀行(中央銀行)は本土系金融機関による香港での元建て債券の発行を認可し、国家開発銀行は50億元の元建て債券を発行した。その後、中国銀行、中国輸出入銀行、交通銀行、中国建設銀行が相次いで元建て債券を発行している。香港で発行される人民元建て債券は投資家にとって、比較的低リスクで中国経済の成長性と将来の元高差益を同時に狙える金融商品として注目度が高まりつつある。人民元建て金融商品が中央銀行を含む世界各国の主要金融機関の投資対象となりつつあるのだ。また、元建て債券の発行は、香港の債券市場に厚みを増し、香港の国際金融センターとしての機能を一層強化している。

 人民元による貿易決済も拡大している。中国政府は2009年、上海と広東省4都市(広州、深セン、珠海、東莞)の計5都市を元建て貿易決済の実験都市として指定し、香港、マカオ、東南アジア諸国連合(アセアン)との貿易で人民元による決済を認めると発表した。同年、上海市と香港、広東省と香港の間での元建て貿易決済が始動した。

 香港の人民元オフショアセンターとしての役割は今後一層高まるとみられている。香港金融管理局は2010年2月、人民元業務に関する緩和措置を発表した。これにより中国政府と中国本土金融機関に加えて、香港企業と海外企業も香港で元建て債券の発行が可能となった。香港銀行による人民元貸出、元建ての財・サービス貿易を行う香港企業の人民元口座開設も可能となった。この緩和措置は、2004年の人民元業務解禁以来最大の前進であったという。

 香港はこのように国際金融センターとして重要な地位を占めており、ロンドン、ニューヨークに続く世界第3位の地位をシンガポールと激しく競い合っている(5位は東京、6位は上海)。

 今回の国家安全法の制定により香港の役割が直ちに消滅するわけではない。中国政府は「香港の役割を維持したい。ただ暴力沙汰は困る」という姿勢であるが、激しいデモや共産党政権に批判的な言動は許さないことにすれば、「高度な自治」や「一国二制度」は維持できず、巨大な商社兼銀行としての機能が悪影響を受けるのは不可避であろう。

 自由な香港の象徴である香港ドルの価値も下落する。それどころか、香港ドルは早晩維持する理由がなくなり、人民元が本土と同様に使用されることになるだろう。

 それに中国人は意識していないかもしれないが、本土化が進んだ結果「人治」傾向が強くなるのではないか。

 香港の中国本土化は、中国の大国主義者にとっては喜ばしいことかもしれないが、香港が役割を果たせなくなると、世界にとっても中国にとっても失うものが大きすぎる。

 香港の現在(2018)の一人あたりGDPは、日本の3万8,550ドル(2017年IMF推計値。以下同じ)を上回る4万4,999ドルと、シンガポールの5万3,880ドルに次ぐ高さであるのも香港の特別の役割のおかげであり、本土化した結果がどうなるか、言わずもがなである。

 香港の返還から20年余りの時間しか経過していないが、香港政府と中国政府は香港のトップ(行政長官)を民主的な選挙で選出することを拒否するなど返還の際の中英合意に反してきた。それに今回の国家安全法の制定である。性急な香港の中国本土化には重大な問題がある。


2020.05.25

COVID-19と中国のしたたかな外交

 新型コロナウイルスによる感染問題は、中国にとって改革開放政策が約40年前に始まって以来最大の危機であったと思われる。1989年にも中国は天安門事件のために国際的な非難を浴びたが、その原因となったのは中国の民主化運動であり中国内の問題であった。しかし、新型コロナウイルスによる感染においては世界中の人々が生命の危険にさらされた。

 中国政府が対応に苦慮したのは想像に難くない。2002~03年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の際に対応の遅れなど不手際のため国際的な非難を浴びたことは苦い経験となっていたはずである。今回の新型コロナウイルスによる感染においても特に米国からは厳しく非難されていた。しかも、米国政府だけでない。米国のメディアも中国政府の初期対応に強く批判的であり、最も権威あるウォールストリート・ジャーナル紙などは2月3日、”China Is the Real Sick Man of Asia”と激烈な言葉で非難していた。
 そんな中、世界保健機関(WHO)の年次総会が5月18~19日、テレビ会議方式で開かれた。中国は下手をすれば各国から総攻撃を受ける危険があった。総攻撃とは言い過ぎだ、あり得ないと思われるかもしれないが、中国に対してはやんわりとした口調であっても、共産党支配に疑念を抱かせる、あるいは権力闘争に影響を与える強い批判になりうる。

 中国政府はそのような事態に陥らないよう事前からよく対策を練っていたと思われる。その内容としては次の諸点が含まれていた。

 第1に、各国は感染源が武漢市であるとみなしていたが、中国政府としてはそれを認めないことにした。WHOの総会に先立って、米国とは感染源についてすでに論争が始まっており、米国は新型コロナウイルスは「中国ウイルス」とか「武漢ウイルス」と呼んでおり、またそれを証明する証拠を握っていると豪語していた。

 これに中国側は反発し、中国外務省の報道官は、米軍が湖北省武漢に新型コロナウイルスを持ち込んだ可能性があると発言したこともあった。米国政府はかねてから在中国大使館にCDC(米疾病予防管理センター)からの出向者を置き、中国側と疾病対策について協力しており、中国政府はその中で何らかの付け入るスキがあるとみたのかもしれない。ともかく、中国政府は米側と非難合戦を展開する中で、米国は実際には証拠を公にできないと判断したのだと思われる。

 一方、中国は世界を敵に回すことにならないよう注意を払った。総会の前から始めたことだが、各国に対して医療面での協力を行い、医療物資を約150カ国に提供した。その中には、中国を激しく非難する米国も含まれていた。医療チームを派遣したのは24か国にのぼった。中国がWHO総会を無事に乗り切るのに、このような大規模な医療協力は効果的だったであろう。

 またウイルスの起源問題について、習近平主席はWHO総会の演説で、「各国の科学者がウイルス発生源と感染ルートの研究をすることを支持する」と表明した。中国にとって触りたくないはずの問題についてもオープンな姿勢を見せたのであるが、中国は本当に各国との協力を重視していたのか、よく見ていく必要がある。

 決議案はEUが主導し、日本を含む60数か国が共同で提案したものであったが、検証については「公平、独立、包括的」な検証を求めるという内容であり、中国を含め加盟194か国の全会一致で採択された。ウイルスの発生源と人間への感染ルートに関する言及は次の通り含まれた。
REQUESTS the Director-General: to identify the zoonotic source of the virus and the route of introduction to the human population, including the possible role of intermediate hosts, including through efforts such as scientific and collaborative field missions, which will enable targeted interventions and a research agenda to reduce the risk of similar events occurring, as well as to provide guidance on how to prevent infection with severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-COV2) in animals and humans and prevent the establishment of new zoonotic reservoirs, as well as to reduce further risks of emergence and transmission of zoonotic diseases
 
 この決議によれば、発生源は中国と特定されていない。中国はこの決議に従っても米国に対して上述の、米軍が関与した云々の主張を行うことは可能と考えているのだろう。また、中国外務省の趙立堅副報道局長は定例会見で、決議案に「各国が一致した」としつつ、「多くの国が、感染防止が急務であり発生源の調査を直ちに始めるのは時期尚早と考えている」と述べたことも注目される。つまり、本決議は新型コロナウイルスの発生源と人間への感染ルートについて調査するという原則は明確化しているが、どこで、またいつその調査を行うかは明確になっていないのである。

 米国によって中国寄りだと批判されていたWHOについては、現在のメカニズムが有効か評価することになった。この点では米国の主張が受け入れられたといえる。ただ評価のプロセスが始まると中国の影響が出てこないか。また、テドロス事務局長は「できる限り早い適切な時期に検証を行う」と述べているが、米中の対立が持ち込まれることにならないか、保証の限りでない。WHOは今年の秋、総会(の続き)を開催することになっているが、その頃には各国で新型コロナウイルスによる感染が第二派を迎えている可能性があるなど不確定要因は少なくない。

2020.05.20

原爆投下の日を「祝日」にしてはならない

 来年に延期された東京五輪・パラリンピックの関係で、都内の交通混雑を緩和するため祝日をずらす法改正案が政府内で準備中であり、これによれば、原爆が長崎に投下された日である8月9日を祝日とすることになる。この案を自民、公明両党は了承せず、政府に再考を求めたという。

 両党の判断は正しい。原爆が投下されたことにより広島では約14万人、長崎では約7万人の無辜の市民が殺害された。日本人として決して忘れられない悲惨な出来事であり、毎年、原爆が投下された日である8月6日と9日に日本中が犠牲者を慰霊している。この日を「祝日」にするとは狂気の沙汰というほかない。そんなことを内容とする法改正案を作成してはならない。

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