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2021.03.26

新疆ウイグル自治区での人権侵害

 2021年3月22日、欧州連合(EU)と米国、英国、カナダは、中国の新疆ウイグル自治区においてはなはだしい人権侵害が行われていることを理由に制裁を発動した。

 30年余り前の天安門事件以来の制裁である。今回の制裁は新疆ウイグル自治区における人権侵害が直接の理由であるが、それだけでなく、中国が国際的な約束に反して香港を本土化したこと、南シナ海において膨張的行動を行っていること、中国の主張を退けた国際仲裁裁判所の判断を無視したこと、さらには中国が台湾を世界保健機構(WHO)から締め出していることなども米欧諸国は強く問題視していた。チェコやフランスなどの国会議員が中国の反対を押し切って台湾を訪問するのはその表れである。

 英仏独などEUの主要国は、数年前まで中国との関係を積極的に深めてきたが、今や中国に対する方針を大きく転換し始めている。独などは、英仏とは違ってアジア・太平洋地域に直接の利害関係を持たないが、最近、中国は民主主義になれない「異質な国」だとみなすようになり、フリゲート艦をこの地域に派遣することとしている。オランダなどにも類似の動きがあるという。

 欧米諸国が新疆ウイグル自治区で看過できない人権侵害が起こっていると判断したのは次のような理由からである。

〇ウイグル族に対して非人道的な人口抑制策が実施されている。中国政府が全国的に産児制限を緩和する中、自治区では2014~18年に不妊処置が不自然に増えている。(『中国人口・雇用統計年鑑』や『中国衛生健康統計年鑑』の分析結果)。

〇強制収容所内で女性に対して組織的なレイプが行われている。(BBCの報道2月3日。BBCはその後中国国内での放送を禁止された)。

〇公安当局はウイグル族を異常に厳しい監視の下に置いており、すこしでも疑わしい行為があれば、拘束している。(米情報サイト「インターセプト」はこれらのことを示唆するウルムチ市公安局の文書を2021年1月29日に公表した)。

〇住民は些細なことでもイスラム過激主義と結びつけられる。国旗掲揚式での態度が悪いと「反政府分子」とみなされる。国内旅行を計画した人物も「怪しい」とされる。また、大量の食料を購入した人物は「テロの準備をしているか可能性がある」とされる。自宅玄関よりも頻繁に裏口を使用すると「隠れて行動している」とされ、通常よりも多くの電気やガスを使用すれば「何か企んでいる」と疑われる。餃子店の包丁が規制どおりに鎖で繋がれていなかったので要警戒と報告されたこともある。

〇海外から帰国した人物、あるいは海外にいる親族や友人とコンタクトした人物は危険人物とみなされ、監視、さらには拘束の対象となる。また、海外在住のウイグル族の微信の利用も監視している。

〇外国に滞在しているウイグル族は中国大使館の保護を受けられず、パスポートの更新などもなかなか認められないなどひどい待遇を受けている。


 常識的には、こんなことが本当に行われているのかと疑いたくなるようなことも含まれている。中国政府は人権侵害はないと言い張っているが、新疆自治区と外国との往来や通信が完全にコントロールされているわけではない。写真とともに情報が流出していることは否めない。日本で放映されたビデオ映像にも、多数のウイグル族が整列させられ、中国共産党をたたえる歌を歌っていたが、手錠でつながれたままであったことが映っていた。

 日本として、ウイグル問題についてどのような姿勢で臨むべきか。新疆ウイグル自治区は地理的にあまりに離れている。日本に在住しているウイグル族は少数であり、日本人のイスラムに対する関心は高くないが、すでに大規模かつ深刻な人権侵害が起こっていることを示す証拠はかなり出てきている。米欧諸国が根拠なく中国を非難しているとは考えられない。

 『西日本新聞』はウイグルでの人権状況に強い関心を抱き、独自の取材に基づいて実証的な情勢分析や評論を行っている。例えば2月4日付の記事を読まれることをお勧めしたい。上記の強制的人口抑制策に関する分析は同新聞によるものである。

 日本政府の対応に中国政府は不満を漏らしているが、日本としては、ただちに制裁に加わるのは困難だとしても、新疆ウイグル自治区で大規模で深刻な問題が起こっている可能性があるという認識は維持し、必要に応じ繰り返し表明すべきである。

 また、現地での国際調査について、王毅外相はいつでもオープンだと述べたが、まだ実現していない。日本はこの調査が実現するよう各国と共に努めるべきである。
2021.03.24

仏議員団の台湾訪問

 盧沙野・駐仏大使は、フランスのリシャール元国防相が率いる上院議員団が台湾を訪問するのは「一つの中国」に反するとしてさる2月、リシャール氏に抗議し、抗議文を発表した。
 訪台を計画しているのは、上院議員約20人が参加する「台湾交流・研究グループ」。関係者によると、訪台は今夏の予定。グループ代表のリシャール議員は社会党出身で国防相などを務めた。現在は、マクロン大統領の与党「共和国前進」に属している。
 
 これに関し、仏外務省は3月17日、「フランスの国会議員は、自由に訪問先や会談計画を決められる」として、いったんは不介入の方針を示した。
 しかし、中国外交の研究者アントワーヌ・ボンダズ氏が自身のツイッターで、フランスの上院議員団の台湾訪問計画に抗議する中国大使館を批判したことをきっかけに両国間の緊張は高まった。

 中国大使館は2月19日、大使館のアカウントでボンダズ氏のツイートを引用しながら「ごろつき」と書き込み、さらに「我々を『戦狼(せんろう)』と人が呼ぶのなら、それは研究者やマスコミという『狂ったハイエナ』が多すぎるからだろう」などと攻撃したのだ。
また訪台を計画中の上院議員に対しては、中国が対仏制裁に出る可能性があると示唆したという。

 これは公の立場にある中国大使館としてあまりにも過激な言動である。フランスのルドリアン外相は22日、ツイッターで「フランスにおける中国大使館の発言や、選挙で選ばれた欧州の当局者や研究者、外交官に対する措置は許容できない」と批判し、盧沙野・駐仏大使を呼び出して抗議した。

 最近、中国とEU諸国と間でもめ事が増えており、盧大使は2020年4月にも、新型コロナウイルスを巡り中国大使館が自国の対応を擁護し、西側諸国の対応を批判する投稿を行ったことを受けて仏外務省に呼び出されていた。

 昨年8~9月、チェコの上院議員団が台湾を訪問した際も中国側は強く反発し、当時、欧州歴訪中だった中国の王毅外相が「高い代償を払わせる」と報復を示唆したことがあった。

 中国がEU諸国と対立するのは、台湾・香港問題と新疆ウイグル自治区での人権侵害問題の二つが主要な原因である。ウイグル問題については3月22日、EUと英国、米国、カナダが中国政府当局者に対する制裁を発動し、これに反発した中国は先頭を切ったEUに対し直ちに対抗措置を取った。

 また、中国と米国の間でも激しい摩擦が生じていることは周知のとおりである。トランプ政権時代、米国は中国と対立したが、EUとも関係はよくなかった。バイデン政権は中国に対してはやはり厳しい姿勢であるが、またその一方で、EUとの関係を修復している。中国は米国およびEUの双方と対立する形になってしまったのだ。

 中国が米欧から制裁を受けたこと自体は過大に評価すべきでない。初めて制裁措置を受けたのは1989年の天安門事件の際であり、今や中国はその頃とは比較にならない強大な国に成長しており、制裁措置の影響は限定的であろう。また、中国はロシアとの友好関係を再確認するなど、反米欧保守勢力の結集も試みている。世界を見渡すと、民主化と人権問題に関し胸を張れる国の数は少数であり、中国を支持する国はかなりの数に上るはずであり、その意味では中国の立場は弱くない。しかし、中国の「わが道を行く」式の外交がはたして適切か、中国自身にとっても不利益となるのではないかと思われてならない。

2021.03.18

日米2+2(外務・防衛担当閣僚会合)とバイデン政権のアジア・太平洋戦略

 バイデン大統領は3月3日、「暫定国家安全保障戦略ガイダンス」を発表し、13日には日米豪印の4カ国(Quad=クアッド)首脳会議を主唱した。「中国は急速に自己主張を強めており、安定し開かれた国際システムに挑戦する能力がある、唯一の競争相手だ」というのがバイデン氏の認識である。
 そして、国務長官と国防長官が来日し、3月16日、日本側と外務・防衛担当閣僚会合(2+2)を行った。バイデン政権のアジア・太平洋地域に対する外交・安全保障政策は着実に固められつつある。
 
 アジア・太平洋地域において現在生じている大問題は、中国の拡張的、かつ国際法違反の疑いが濃厚な行動であり、また、仲裁裁判所の判断を尊重しようとしない姿勢である。今回の2+2が中国を名指ししてその行動を強く問題視したのも、また茂木外相が「インド太平洋の戦略環境は以前とは全く異なる次元にある」と指摘したのもそのためである。

 日本は、中国によるハラスメントが増加している尖閣諸島について、米国から防衛義務の再確認を取り付けた。また、これは中国の問題でないが、北朝鮮による拉致問題について、日米は2+2であらためてその即時解決の必要性を確認した。これらの成果は積極的に評価できる。

 しかし、日本としては、尖閣諸島を防衛するだけでなく、より広範な海域、とくに東シナ海や南シナ海についてどのような貢献をし、義務を果たすかが問われる。日本は米国とともにこれらの海域は厳しい状況にあるとの認識を示し、また「緊張を高める行動は断じて受け入れられない」としているが、具体的な行動については明言していない。

 とくに、台湾の平和と安全を維持することについては米国と日本の立場は、共通している面があるのはもちろんだが、異なる面がある。なかでも台湾有事の場合であり、米国は中国が軍事力を行使することに反対であり、中国がもしそうすれば米国も軍事介入する姿勢である。これは周知のことであるが、あまりにも重要なので再確認しておきたい。

 1972年の上海コミュニケでは「米国は,台湾海峡の両側のすべての中国人が,中国はただ一つであり,台湾は中国の一部分であると主張していることを認識している。米国政府は,この立場に異論をとなえない。米国政府は,中国人自らによる台湾問題の平和的解決についての米国政府の関心を再確認する」と表明した。

 ただ、これだけでは台湾有事の場合、米国政府がどうのように行動するか明確でないが、同コミュニケの後、米国で制定された「台湾関係法」では「台湾人民の安全または社会、経済の制度に危害を与えるいかなる武力行使または他の強制的な方式にも対抗しうる合衆国の能力を維持する」とされ(台湾関係法2条B項6)、さらに「大統領は、台湾人民の安全や社会、経済制度に対するいかなる脅威ならびにこれによって米国の利益に対して引き起こされるいかな危険についても、直ちに議会に通告するよう指示される。大統領と議会は、憲法の定める手続きに従い、この種のいかなる危険にも対抗するため、とるべき適切な行動決定しなけれぱならない。」と明記された(同法3条C項)。軍事力の行使を含め対抗することがありうることが明記されているのである。

 一方日本の立場については、1972年の国交正常化の際の共同声明3項で、「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」と明記されている。単純化して言えば、「日本は敗戦の結果台湾を放棄したので、台湾がどの国の領土かは言えない。だから、中国の主張を認めることはできないが、かといって反対するのでもない」という立場だったのである。

 「インド太平洋の戦略環境は以前とは全く異なる次元にある」現在も、日中共同声明に反することはできないが、台湾の平和と安定の維持はインド太平洋の戦略環境にかかわる要の問題である。中国がエスカレートして軍事行動に出た場合、米国が台湾海域で行動を取ることがありうる。その場合、日本は共同声明に反しない範囲内で後方支援などを求められるのではないか。2+2の共同声明には「日本は日米同盟を更に強化するために能力を向上させることを決意した」という一文が盛り込まれた。これは在日米軍駐留経費負担(思いやり予算)だけの問題でない。インド太平洋地域の安全保障環境の悪化に伴い、米国は日本に役割の拡大を求めてくる可能性がある。

 なお、台湾有事と日本の安全保障の関係は古典的な重要問題であるが、本稿では立ち入らない。

 台湾の世界保健機構(WHO)へのオブザーバー参加は中国によって妨げられている。これも中国による台湾を屈服させるための方策の一環であり、日本は米国やEUと共同で台湾のオブザーバー参加を支持すべきである。台湾はオブザーバーとなることによって台湾の国際的地位を変更しようというのではない。保健衛生の問題に関して、台湾がWHOの対応や各国の状況をフォローし、可能であれば貢献しようとしているだけであり、それに対して、「台湾は中国の言うとおり控えておればよい」とする中国の態度はあまりにも政治的であり、かつ傲慢である。

 またミャンマーで起こっていることに2+2はどのように対応したか。ミャンマーでは軍のクーデタにより民主的な人たちは弾圧され、毎日多数の犠牲者が出ている。ミャンマーは中国の「一帯一路」にとっても要の国である。日米が重視しているアジア・太平洋地域の開かれた国際秩序にも直接関係する国である。

 日米外相会談では、ミャンマー情勢について「多数の民間人が死傷している状況を強く懸念する」との認識で一致したという。またブリンケン国務長官は16日、2+2後の共同会見で「民主主義や人権といった価値が脅かされている」と述べ、ミャンマーの軍事クーデターに加え、香港や台湾、中国の新疆ウイグル自治区やチベット自治区の状況を挙げて、中国を名指しで批判した。

 ミャンマーで起こっている問題について、日米とも言葉では強く述べているが、それだけで足りるか。米国はミャンマーの国軍に対して制裁を強化している。そのこと自体は結構であるが、ミャンマー問題は、国連の有効性が問われる事態を惹起している。これも国際社会全体にとって深刻な問題である。日米が重視する「インド太平洋の戦略環境」にも直接かかわる。それにしては、日米両国は2+2を含め、あまりにもおとなしい扱いではないか。両国ともこれまでの経緯や考えにとらわれることなくなすべきことを真剣に検討すべきである。

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