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2021.05.25

米韓首脳会談と非核化

 バイデン米大統領は文在寅韓国大統領と5月21日、ホワイトハウスで会談した。会談の主要テーマは北朝鮮問題だったと言われているが、メディアなどでは、バイデン・文両大統領の北朝鮮についての考えはかなりずれている、とのコメントが多かった。

 バイデン政権の北朝鮮政策は見直しが終わったばかりであり、その内容を知りたいところであるが、今次会談後も具体的に示されなかった。4月に見直し結果が発表された際、「トランプ政権の『グランドバーゲン(一括取引)』もオバマ政権の『戦略的忍耐』のアプローチもとらない」と説明されたが、それ以上のことは不明確なままである。失礼ながら、バイデン政権の考えは一種の「中間的政策」に過ぎないようだ。

 バイデン大統領は記者会見でソン・キム国務次官補代行の北朝鮮担当特使への任命を発表した。ソン・キム氏はよく知られている朝鮮通であり、韓国の大統領も同席している場で新任の発表が行われたことはソン・キム氏にとって晴れがましいことであっただろう。しかし、バイデン政権の新しい北朝鮮政策について具体的に公表されたことはソン・キム氏の任命だけだというのは言い過ぎであろうか。

 一方、韓国側は今次首脳会談で一定の成果を上げたと言えよう。特に印象的だったのは2018年4月の文・金両首脳による板門店宣言を、同年6月にシンガポールで米朝首脳が出した共同声明と、形式的には同等の扱いをし、今後両声明を基礎として北朝鮮と対話していくという方針が明記されたことである。韓国大統領府関係者が「韓国側の強い要望が反映された」と話している通りの面があるのであろう。

 しかし、今後文大統領がバイデン大統領との協力関係を背景に働きかけても、金正恩総書記が誘いに応じることはまず考えられない。金氏にとって最大の問題は米国に対する不信である。この不信感は米国の責めに帰せられることでなく、むしろ北朝鮮側の発言と行動にそもそもの原因があるのだろうが、その点はともかく、金総書記が米国を信用していないことは事実であり、その問題をいかに打開していくかが今後の米朝関係を進めるうえでカギとなる。

 また金総書記は文大統領に対する信頼も失っており、韓国ができることはないと見限っている。北朝鮮が最も重視する制裁措置の緩和について、文大統領が意味のある提案ができれば別であろうが、その可能性は限りなく低い。バイデン大統領との今次会談でその件について話し合ったかもしれないが、表に出せることは皆無であった。今後、文大統領が金総書記に働きかけても、制裁はどうするのだと問われれば、返答に窮するのではないか。

 北朝鮮と米国との非核化交渉が膠着状態に陥ったのは、トランプ政権がいわゆる「段階的非核化」を認めなかったからであるが、金総書記としては、第2回目のハノイ会談に臨むにあたって北朝鮮の交渉チームからも、また韓国側からも米国の意図についてミスリードされたと考えている可能性が高い。今後の北朝鮮の非核化交渉の成否は、米朝間で信頼関係を構築できるかということと、バイデン政権が段階的非核化について北朝鮮と妥協できる方策を見つけ出せるかということにかかっている。

 バイデン大統領は、中国との関係においては目覚ましい姿勢をみせている。またパレスチナ問題でも鮮やかな外交ぶりである。これにくらべ北朝鮮との関係では、トランプ政権が実現した核と長距離ミサイルの実験停止とシンガポール合意から後退しないことがボトムラインとなっていくのではないか。
2021.05.21

中国・EU投資協定と米欧中関係

 中国とEUが投資協定(CAI Comprehensive Agreement on Investment)の交渉を開始したのは2014年。35回の交渉を経て、2020年12月に原則合意された。中国側が、新疆ウイグル自治区の人権問題などに関する欧米の批判をやわらげ、また2020年内合意の目標を実現するために譲歩し、またEU側ではコロナ禍の中で経営難に陥っている欧州企業が中国市場でのビジネス機会の拡大を求めたことなどが背景として指摘されている。EUの閣僚理事会議長国が中国との経済関係促進に熱心なドイツであったことが大きな要因であったと見る向きもある。
 協定が発効すれば、EU側が問題視していた中国の国有企業や強制的な技術移転などについての規律が盛り込まれるなど、中国市場への参入障壁が一部緩和されることになる。今後の中国・EU経済関係の礎石となるとも言われていた。

 バイデン政権は成立前だったが、CAIの原則合意を止めようとしたとみられていた。国家安全保障担当補佐官に指名されていたジェイク・サリバンは、「バイデン・ハリス政権は、欧州のパートナーとの間で共通の関心である中国の経済慣行に関して、早い段階での協議に喜んで応じるだろう」とのコメントを発表したのだ。だがEUは交渉を止めず、合意にまで進んだという。CAIについて、米国内では肯定的な意見もないではなかったが、批判的な見方が多かった。

 3月22日、EUと英国、米国、カナダは、中国が新疆ウイグル自治区で重大な人権侵害を行っているとして、中国政府当局者に対する制裁措置を発表した。1月にバイデン米政権が発足してから初めての米欧協調行動であり、これら諸国はウイグル族の扱いに関する中国政府の責任を追及する姿勢を鮮明にしたのであった。

 これに対し、中国は報復措置として米国、EUなどに対して制裁を発動し、CAIは進まなくなった。

 5月20日、欧州議会は中国との交渉を再開する条件として、中国が対EU制裁を撤回することを求める決議を行った。中国の制裁は国際法に基づいていないとも主張した。

 しかしCAIは中国・EU関係にとどまらず、中国と米欧の問題になっている。中国はメンツにかけても応じないだろう。

 一方で中国は、EUの中でも関係が深いイタリアなどに、協定発効の必要性を説得しているが、それで事態が打開されることはありえない。ティエリ・ブルトン(Thierry Breton)欧州委員(域内市場担当)は5月6日、昨年末の「原則合意」は「合意」というより「方針」のようなものであり、CAIは当面実現しないだろうとの見解を示したという(AFP2021年5月7日付)。

2021.05.19

中国の人口減少と出生率

 中国の国勢調査(2020年に行われた第7回全国人口調査)の結果は、中国政府にとって思わしくないものだった。この結果は5月11日に発表されたのだが、英フィナンシャル・タイムズ(FT)が特ダネとして得た情報によれば、本来4月中旬に発表される予定だったが、約1か月延期されていた。

 延期の理由については、中国の人口が減少に転じたことが露呈すると政治的に問題になり得るので、関連部署の認識のすり合わせができるまで発表が延期されたのだと伝えられた。

 しかも、総人口の数も手を加えられた可能性がある。公式の発表では総人口は14億1178万人とされたが、実際は14億人を切っているとも報じられた。

 前回の第6回全国人口調査は2010年におこなわれ、その結果に基づき中国政府は17年に、20年までに人口が14億2000万人に増え、30年に14億5000万人で頭打ちになると予測していた。もし、今回の調査の結果、総人口が14億を下回っているのであれば、政府の予測は大きく外れたことになる。そうなればただではすまないので、今回は14億1178万人としたのではないかと見られている。

 FT以外にも、米ウィスコンシン大学の人口問題研究家、易富賢(イー・フーシエン)教授は、中国の2020年の人口は12.8億人であるとの推計を発表していた。発表された中国の人口統計に疑問を抱く人は他にもいたのである。

 なぜ中国政府は人口が減少に転じたことを認めたくないのか。ここから先は推測を重ねることになるが、30年に人口が14.5億人に達しなければ、中国の経済成長率が低くなるからである。

 人口調査の結果が出るのと前後して(3月に)開催された全人代(中国の国会)で第14次5か年計画(2021~2025年)が発表されたが、これまでと違って経済成長の目標値は示されず、「合理区間内に維持、毎年現状に基づき設定」にとどめられた。第13次5か年計画は年平均6.5%以上、第12次5か年計画は年平均7%と設定していたようにはできなかったのである。

 しかし、中国の人口がすでに減少傾向に入っており、高齢化・老齢化が今後予想以上に進むという考えはもはやめずらしくなくなっている。

 中国の人口が減少傾向になっている主要原因は出生率の低下である。今回の人口調査では、合計特殊出生率 (1人の女性が生涯のうちに産む子供の数の平均。中国語では「总和生育率」)が初めて1.5に低下したという結果も出た。

 この数字は日本の1.36(19年)、韓国の0.92(19年)よりかなり高い。しかし、中国では1.5は「高度敏感警戒水準」とされ、これよりさらに低くなると「低出生率トラップ」に陥ると警戒されている。すべての数値が低下し、計画通りにいかなくなるという意味であろうか。さらにこれが1.3まで低下すると、「第2子政策」も効果が漸減していくとみられている。

 中国では第2子を産みたくないという女性が増えているからだ。北京、上海、広州など大都市は別として、子供がいる家庭は楽でない。3歳になる前の子供でも、働いている女性の給料の3分の1の経費が掛かる。5歳を超えると趣味や習い事にもっとお金がかかるようになる。
 父親の両親に一緒に住んでもらえば、その年金もつぎ込んでもらえるので負担は楽になる。それではいけないと思い、専業主婦になるかと考えたりしないわけではないが、家計の現実を思うととてもそんなことはできない。
 2人目の子を育てるには、家族全員が協力しないと女性の犠牲が大きくなりすぎる。保育園は、私立の施設は高すぎる。公立は競争率が高く、15人に1人というような狭い門である。仕事は続けたいが、負担はあまりにも大きいため、第2子を育てると健康問題も発生する。つまるところ、子供か、自分自身か、どちらが重要かということになる。親の世代は早く結婚したほうがよいとせっつくが、仕事を続ける限り子供は産まないと決心する女性もいる。中国では農村でも子供は少ない方がよいという考えが強くなっている。

 このような話が頻繁に出てくるのである。家庭内暴力の被害にあっている女性も少なくない。女性の権利保護の活動を続けるNGO「北京為平」によると、中国でDV防止を目的とした「反DV法」が施行された16年3月から19年末までの間、DVによる死亡事件は公開されている報道ベースだけでも計942件起き、920人の女性が死亡した。
 
 中国は伝統的な家父長制が色濃く残り、家庭内の重要なことは男性が決めることが多く、立場が弱い妻への暴力が起きやすいとの分析もある。農村では今も結婚後、妻が夫の家族と同居するケースが多い。「メンツ」を気にする中国社会で家庭内の問題は表に出にくく、家族による暴力がエスカレートし最悪の事態に至る一面もあるという。全国組織「中華全国婦女連合会」によると、DVの被害者が警察に通報するまで平均35回の被害を受けている。
中国誌「中国新聞週刊」が11月、ネット上で若者を対象に実施した意識調査では、9万人の参加者の半数以上が「結婚しない方が気楽だ」と回答。理由には「自由がなくなる」などのほか「DVが不安」も挙げられた。「結婚はリスクが大きすぎて、夢が持てない」。実家で両親と暮らす生活に不満はなく、結婚予定はない。友人たちとはこう話すという。「冷静期が必要なのは離婚手続きではなく、結婚手続きの方だ」(第2子を生みたくない話以降は朝日新聞2020年12月17日付によった)。

 程度の差はあろうが、中国の女性は出産と養育について韓国の女性と同様の状況にある。日本でも女性が負担を強いられる社会構造はそれほど違っていないかもしれない。ともかく、日中韓とも女性は子供を産み、養育するのに強い抵抗を覚えているのであり、出生率の低下はそのような社会事情を反映している。

 日本でも韓国でも低すぎる出生率は個人だけでなく国家的な問題であるが、中国においては政治問題となり、ひいては政権の安定性を揺るがす問題になるという意識があるのかもしれない。

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