平和外交研究所

9月, 2018 - 平和外交研究所

2018.09.25

モルディブの大統領選挙と「一帯一路」

 モルディブの大統領選挙が9月23日に行われ、野党統一候補のソリ氏が現職のヤミーン氏を破った。ヤミーン氏は親中国であり、中国からの借款で巨大土木工事を行ったが、その結果、モルディブはGDPの4分の1を超える対中国債務を抱え込んだという。
 モルディブが自国の資本で公共事業を行うのであれば、資金力、国家財政への影響などが考慮される。あまり無理をすると国家につけが回ってくる。日本もそのような赤字は大量に抱えている。しかし、中国からの借款を利用すれば、資金の制約がなくなる錯覚に陥るのかもしれないが、中国に対する債務、すなわち赤字が借り入れた分だけ増大する。自国に対する債務より危険だ。

 近年、モルディブと中国との関係は深くなり、中国から多数の観光客が訪れるようになった。その数は年間30万人に達している。モルディブの人口は約40万人であり、常識では考えられないことが起こっているのだ。これだけの観光客を受け入れるにはホテル、道路、橋を大々的に新設することが必要になり、それも中国企業と労働者が行った。

 中国という桁外れの大国と世界でも人口の少ない小国が接触すればどうなるかを表している。
 モルディブのほか、東南アジア諸国でも、国によって程度の差はあるが、起こっている問題であり、マレーシアでは前政権が中国と進めていた「東海岸鉄道」などの巨大プロジェクトをマハティール新政権がキャンセルすることに成功した。あまりに国家財政への負担が大きくなるからである。

 フィリピンは、中国からの資本流入を歓迎している。今までできなかったことが可能になったからである。ドゥテルテ大統領の強いリーダーシップの下で今のところ矛盾は大きくなっていないのだろうが、過度のインフラ投資をすれば財政面でひずみが出てくる問題にどのように対処するのか、また、中国への依存度が高まるという問題もある。これらを考えると、フィリピンがタイトロープを渡っているような危うさを感じる。

 スリランカでも3年前、親中派の大統領が選挙で敗北した。新政権は追加工事を拒否したため、中国から賠償を求められたが、応じられないので港の管理権を99年間差し出す羽目に陥った。

 中国の「一帯一路」の一部で矛盾が現実化したのである。皮肉なことに、日本政府は「一帯一路」にかつては慎重であったが、政治的な理由から、最近「一帯一路」に可能な限りの協力を行う方針に転じた。それで日中関係がよくなるのであればよいという面はもちろんあるが、「一帯一路」はしょせん巨大な土木工事であり、それには危険が付きまとう。

(追加説明)
 スリランカでは、親中派のラジャパクサ前政権が中国から融資を受け南部のハンバントタにスリランカ第3の大規模港を2008年から建設した。第一期工事は中国の国有企業、中国港湾工程公司により完成されている。
乗客用ターミナル、貨物取扱所、倉庫、燃料積込地などが整備されているが、都市から港までのアクセス道路などの整備は遅れている。ハンバントタ港の稼働率は低迷しており、利益を上げるに至っていない。
そのため新政権は追加の開発計画を凍結した。これに対し、中国側は損害賠償を要求。返済免除と引き換えに、港の管理を99年間獲得した。

 スリランカ首相府は2018年6月30日、同国海軍はハンバントタ港に南部司令部を移転させると発表した。
同港は東西を結ぶ主要航路に近く、いわゆる「真珠の首飾り」の一つである。中国は2014年から海軍の宋級潜水艦を含む複数の艦船を寄稿させている。このような中国の動向をインドは警戒し、不満を表明した経緯もあった。
スリランカ海軍の南部司令部を同港に移転する決定は、中国海軍の行動を抑制するためか、それとも協力するためか、見解は分かれている。
 スリランカ首相府は、「中国が軍事目的で同港を使用することはない。同港の保安はスリランカ海軍の管理下に置かれるため、恐れる必要はない。スリランカは中国に対し、ハンバントタ港を(中国が)軍事目的で使用することはできないと通知した」などと説明しているという。

2018.09.20

文在寅大統領の平壌訪問

(要旨)
〇平壌を訪問した文在寅大統領は平壌で、かつてない熱烈な歓迎を受けた。南北両朝鮮の友好ムードはおおいに盛り上がった。今後のさらなる友好関係増進につながるだろう。
〇「非核化」が今回も会談の中心議題であったと言うが、この点で具体的な進展があったとは見られない。発表された共同宣言についてはさまざまな見方があろうが、米国が望んでいることから外れているのではないか。
〇文大統領は近くトランプ大統領に会い、金委員長との会談について説明するそうだが、文大統領からは、「北朝鮮は具体的な措置を取っているのだから、米国もそれなりに譲歩すべきである。米国があまりに硬い態度を取り続けて「非核化」交渉が崩壊してしまっては元も子もなくなる」ということではないか。
〇トランプ大統領が聞きたいことは、「金委員長はあくまで完全な「非核化」を実行する。そのためにすべてをさらけ出す用意がある」ことではないか。米国が求めているのは「非核化のリストと工程」だと言われているが、この表現は誤解を招きやすい。米国が求めている情報の第1は、北朝鮮が何発の核兵器を保有しているかである。
〇寧辺の核施設の廃棄が北朝鮮の本気度を示しているという見方があるが、その廃棄は完全な「非核化」の一部にすぎず、大した問題でない。
〇「非核化」については、金委員長とトランプ大統領の会談が中心であり、それをめぐって側近、メディア、研究者の間で生じている混乱はますますひどくなっている。

(説明)
 文在寅大統領は9月18日、夫人とともに平壌を訪問した。同日と翌日に金正恩委員長と会談し、その後、「9月平壌共同宣言合意書」が発表された。

北朝鮮が米朝会談以来米国から求められていることは、きたるべきIAEAなどによる査察において北朝鮮が提出することになる申告の準備である。その中には核兵器開発に関するすべての情報が含まれなければならない。つまり、北朝鮮には何発の核兵器があり、どこにあり、いつ、どこで、どのように廃棄するかなどが最重要問題であり、いわば完全な「非核化」の一丁目一番地である。
寧辺の核施設やミサイル発射施設の廃棄は、それなりに重要なことである。トランプ氏は、金氏がその廃棄に合意したことは「とても素晴らしい」とツイートしたが、かといって申告の準備を急がなければならないことに変わりはない。原子炉や実験場の廃棄など個別の問題にこだわるとそれだけ回り道になる危険がある。
米側が求めていることは、いわば、「全部脱いで裸になってください」というもので、それだけ聞くと、途方もない要求であるが、検証とはそういうものである。日本でもどの国でも、そのような要求を受け入れている。受け入れざるを得ないのだ。かつて、北朝鮮のメディアが「強盗のようだ」と評したことがあったが、これは表現はともかく、正しい指摘であった。もしこの言葉を使うのであれば、「米国が強盗のように要求しなければ北朝鮮の非核化などおぼつかない」のである。
しかし、南北両朝鮮の間では、北朝鮮が一方進んだのだから、米国も一歩前に出てほしいという気持ちが強く出てくる傾向がある。残念ながら、これは米国が合意していることではない。そもそも、今問題になっているのは「北朝鮮の非核化」である。もし、「米国の非核化」も問題になっているのであれば、お互いに一方ずつ歩み寄るのもよいだろうが、そもそもそういう事態ではないのである。
この筋道から外れれば混乱がひどくなる。
2018.09.19

多国籍軍への自衛隊派遣

(要旨)

〇陸上自衛隊を「多国籍軍」に派遣することを検討中という。
〇「平和維持活動(PKO)」と「多国籍軍」は異なる性質の活動であり、PKOは紛争が終結した後の活動として国連で承認されているが、「多国籍軍」についてはそのような承認はなく、紛争の状態について意見が分かれる。この区別は極めて重要である。
〇「多国籍軍」への部隊派遣については日本国憲法違反の問題がある。
〇イラク戦争の際、日本は戦争が行われている地域の付近にまで自衛隊の部隊を派遣し、米軍への物資輸送など後方活動に従事させたが、戦争に参加はしなかったと説明した。
〇2015年に成立した安保関連法によれば、自衛隊の「多国籍軍」への派遣は認められる。イラク戦争の際のような法擬制を作る必要はなくなったのだが、そもそも安保関連法は憲法違反の疑いが濃いものである。
〇今回検討されている「多国籍軍」への派遣は自衛隊を「PKOに派遣する場合の5原則に照らして問題ないと法律で定められていると言うが、PKOでない活動にPKO原則を適用するのは筋違いであり、意味がない。
〇日本国民は「多国籍軍」へ関与する覚悟があるのか、あらためて問われる。

(説明)
 日本政府は派遣をまだ決定していない。陸上自衛隊員2名の派遣を考えているようだ。
 
 この報道が行われたのは2018年9月18日である。

 PKOは、国連の決議でPKOとして認定された活動である。「多国籍軍」の場合、PKOとしての認定がないのはもちろんだ。しかし、国連の決議がまったくないわけではない。関連の決議はあるが、その内容が問題であり、国連として「武力行使」を認定しているか否かについて各国の意見が分かれる。イラク戦争の場合が「多国籍軍」の例であり、1991年の湾岸戦争以来何本かの決議が安保理で採択された。しかし、2003年のイラクへの攻撃開始の直前になっても、直接的にイラクを攻撃してもよいという決議は、米英などが懸命に努めたが反対意見が強く、成立しなかった。反対意見の最大の根拠は、査察が行われている途中だからであった。
 しかし、米国はそのような国連の状況ではらちが明かないと判断して攻撃に踏み切り、英国などが続いた。

 日本は、特別措置法を制定して、自衛隊を戦争の近くに派遣した。戦争に巻き込まれてはならないので「非戦闘地域」に限って自衛隊が活動できるようにした。しかし、これは法律によって作り出された擬制であり、「戦闘地域」と「非戦闘地域」の区別は言葉としては明確でも実際にははっきりしなかった。国会でその区別の説明を求められた小泉首相は、「そんなことは分からない。自衛隊が派遣されているところが非戦闘地域だ」と、条件と結論をさかさまにした答弁を行った。

 日本国憲法は、日本が国際紛争に巻き込まれ、武力行使することを禁止している(9条1項)。「多国籍軍」は紛争がある中で行動するので、それに参加すれば憲法違反となる危険が高い。そのため政府は「イラク復興支援特別措置法」を制定し、そのような仕組みにしたのであった。憲法をかいくぐるための措置であったが、政府としては米国に協力するためやむを得ない判断だった。

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