2019 - 平和外交研究所 - Page 3
2019.11.19
この件について米国国務省と国防省の高官は韓国に破棄を撤回するよう働きかけたが韓国は撤回に応じないという。
日本は、官房長官、外務相、防衛相などが「韓国が賢明に対応することを希望する」と表明している。この表明は誤りではないが、いわゆる上からの目線であり、「韓国が撤回するなら歓迎する」くらいのことを述べたほうが米国との関係でも得策だと思うが、それはともかく、この際、8月25日に「ザページ」に寄稿した一文を再掲しておく。
■GSOMIA破棄で日本の安全保障にどんな危機がある?(仮題)
韓国政府は8月22日、日韓「秘密軍事情報保護協定」(GSOMIA=General Security of Military Information Agreement)を延長せず破棄すると発表しました。
GSOMIAは軍事情報の扱いをめぐり、第三国への情報提供の禁止をはじめ、秘密の保護、指定、国内法令の制定、アクセス制限さらには電子的手段での秘密情報の送付規制などを取り決める協定であり、これを結ぶことによって同盟国間、あるいはそれに準ずる国家間での軍事情報の共有が可能になります。たとえば北朝鮮のミサイル発射に関する情報なども対象となります。
GSOMIAをもっとも多用しているのは米国で、60か国以上と結んでいます。韓国は33か国(日本を含めて)です。
それに対し日本は、米国やフランス、イギリス、イタリア、豪州、そして韓国のわずか7か国です。日本が少ないのは、自衛隊の性格上、軍事情報を他国と共有することには慎重だったからだと思います。日本は2007年になってようやく米国とGSOMIAを結びました。
韓国との締結は2016年でした。日本も韓国も米国と同盟関係にあり、日米韓の3国は北東アジアの平和と安全のために協力しています。この観点からすれば、日本と韓国はもっと早くGSOMIAを結ぶべきだったとも考えられますが、結果として日韓のGSOMIAは日米より8年も遅れました。
韓国には、1980年代から日本とGSOMIAを結びたいという考えがありました。韓国軍は、北朝鮮に関して信号(通信以外の電子信号)、画像、音声情報については豊富に持っていましたが、朝鮮半島外での情報は十分ではありませんでした。また最近では、衛星による情報収集の面で日本の自衛隊より遅れを取っていました(※参考1)。
しかし、韓国内には日本と軍事面で協力することに強い反対の声があり、韓国国会ではGSOMIAを結ぶことについて賛否が分かれていました。反対の理由は、主として日本による植民地支配などといった歴史問題でした。
李明博(イ・ミョンバク)大統領(2008~2013年在任)の時代になって、日韓GSOMIA締結に向けた議論が進み、あと一歩で協定を署名するところまでこぎつけましたが、結局国会の反対が強くなり、交渉は頓挫してしまいました。そしてその後を2013年に継いだ朴槿恵(パク・クネ)大統領の時代になってようやく結ばれたのです。
2017年に文在寅(ムン・ジェイン)大統領に就任すると、朴槿恵政権下での慰安婦合意が履行されなくなったほか、韓国大法院(最高裁)が日本企業に元徴用工への賠償請求を命じる判決を出したことから始まった一連の徴用工問題が深刻化しました。そうした状況の中で、日本政府が今夏、韓国に対する輸出規制を強化したのに対し、韓国で強い反発が起こり、文政権はGSOMIA協定を破棄することを決定しました。韓国政府は「日本が輸出優遇国(ホワイト国)から韓国を外したことが両国の安保協力環境に重大な変化を招いた」ことを理由に挙げました。
(※参考1)…THE DIPLOMAT, November 24, 2016, By Jaehan Park and Sangyoung Yun
ただし、破棄という最終決定を行う前に、韓国政府にはGSOMIAを継続する道を探った形跡がありました。特に、文大統領が8月15日の光復節演説で日本批判を控えたことです。これは、日本との関係を改善したいとのサインでした。
しかし、日本側はあくまで徴用工問題など一連の問題から悪化した両国間の関係を改善しなければならないと考えており、文大統領の演説だけで韓国側の期待に応える用意はありませんでした。
韓国側は、今月21日の北京での河野太郎外相と康京和(カン・ギョンファ)外相の会談で日本側の態度に変化がないことを確かめ、GSOMIAの破棄に踏み切りました。
GSOMIA協定の失効は今年11月22日で、それ以降の日韓間での軍事情報の共有は、協定を締結する前の3年前の状況に戻ることになりました。
日本は韓国の決定に抗議していますが、破棄によって日本が困るからではありません。日本にとって北朝鮮に関する情報は重要であり、韓国から直接提供を受ける方が何かと好都合でしょうが、必要な情報は米軍から得られます。
日本が韓国に対して協定の継続を求めているのは、輸出規制は強化しつつ、一方で韓国との関係は重要であり、できる限り協力していきたいという姿勢を示すほう日本国内に対しても、また米韓などとの関係においても得策だという政治的考慮からでしょう。
逆に韓国は日本と違って、GSOMIA協定がなくなることで比較的大きな影響を受けるでしょう。前述の締結の経緯からもうかがわれますが、韓国は特に、衛星や電子情報偵察機が収集した情報について、日本や米国などに依存しています。韓国はこのような他国への依存性を解消するため、自国によるレーダー情報や衛星情報を強化する計画を進めているといわれています。
ただし、日韓の間には軍事情報に関する覚書があり(※参考2)、これは今後も維持されるでしょう。この覚書にはGSOMIAのような法的拘束力はなく、共有する情報の範囲も核兵器とミサイルに限られており、その上、米軍を介するなどの制限がありますが、その範囲内においては、今後も情報共有の手段として機能するでしょう。
この点も含めて考慮すれば、GSOMIAの破棄により韓国軍が受ける打撃は限定的かもしれません。しかし、もっと憂慮されるのは、今回の決定が、日韓関係の悪化に拍車をかける危険です。
韓国内には事態を冷静に見る人たちもいますが、かなりの割合の韓国民が破棄決定に賛成しています。世論調査会社リアルメーターが8月7日付で発表した調査結果によると、破棄に賛成する人が47.7%で、反対の39.3%を上回っていました(朝日新聞8月23日付)。このような世論は、今後も韓国政府に対日本で強い姿勢を促す圧力となります。
韓国が強い態度に出れば、我が国においても韓国に対する姿勢が一層強くなります。対立がエスカレーションしていく危険は日韓双方にあり、今後、両国は政府も国民も問題の拡大を防ぐ努力をしなければなりません。今回の問題は、軍事的影響よりも、日韓の亀裂が修復不可能なまでに拡大するきっかけになり得る危険をはらんでいるといえます。
(※参考2)…参考1のTHE DIPLOMAT記事、及び‘ROK-US-Japan Intelligence Sharing Agreement’ and Establishment of THAAD System (Summary) Chul-ho Chong
今回の協定破棄は、米国にとっても問題です。ポンペオ米国務長官は「韓国側と話をしたが、韓国のGSOMIAに関する決断に失望している」と述べました。この「失望」とは外交の常識に照らして、かなり強い言葉です。これで米韓関係が壊れるようなことはないでしょうが、もし日本について同じようなことが言われれば、大騒ぎになるでしょう。
今回の決定に先立ち、ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)やスティルウェル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)は日韓を訪問して関係改善を促しましたが、韓国は思いとどまりませんでした。
韓国の決定を、米国、特に米軍として歓迎できないのは明らかでしょう。米国防総省のイーストバーン報道官は8月22日の声明で「米日韓が連帯し協力するとき、我々はより強くなり、北東アジアはより安全になる。秘密情報の共有は我々が共通の防衛政策と戦略を発展させるカギだ」と、米軍の立場を雄弁に語っていました。
もっとも、今回の破棄に関してトランプ大統領がどのような姿勢であったのかは、明確でありません。「トランプ政権は韓国にもっと強く働きかけることができたが、実際にはそうしなかった、特にトランプ大統領が関与しなかったので韓国は協定の破棄に踏み切った」とみる意見もあります。
米韓軍事演習が8月20日に終了し、これからトランプ大統領は米朝非核化協議の再開に力を入れることになるでしょう。またトランプ氏には、日本と韓国に駐留している米軍のあり方を見直そうという考えもあるようです。トランプ大統領が北東アジアの安全保障について今後どのような考えで臨むのか、これらを含め全体的に見ていく必要があります。
なお、日韓GSOMIAやTHAAD(高高度防衛システム)は日米韓の安全保障面での協力を強化するものであり、北朝鮮や中国はかねてから批判の対象にしてきました。それだけに、今回のGSOMIA破棄は中朝両国にとって有利になるものとみているでしょう。北東アジアにおける日米韓の安全保障協力の弱体化は、北朝鮮や中国をますます喜ばせることになるのも一つの現実です。
今後、中国と北朝鮮にロシアを加えた3国間の連帯がさらに強化されていけば、北東アジアにおけるパワーバランスにも影響が生じてくる恐れがあります。日米韓の3国はGSOMIA破棄問題を乗り越え、協力を強化していかなければなりません。
韓国によるGSOMIAの破棄
このままいけば11月22日、日韓「秘密軍事情報保護協定」(GSOMIA=General Security of Military Information Agreement)は廃棄されることになりそうだ。この件について米国国務省と国防省の高官は韓国に破棄を撤回するよう働きかけたが韓国は撤回に応じないという。
日本は、官房長官、外務相、防衛相などが「韓国が賢明に対応することを希望する」と表明している。この表明は誤りではないが、いわゆる上からの目線であり、「韓国が撤回するなら歓迎する」くらいのことを述べたほうが米国との関係でも得策だと思うが、それはともかく、この際、8月25日に「ザページ」に寄稿した一文を再掲しておく。
■GSOMIA破棄で日本の安全保障にどんな危機がある?(仮題)
韓国政府は8月22日、日韓「秘密軍事情報保護協定」(GSOMIA=General Security of Military Information Agreement)を延長せず破棄すると発表しました。
GSOMIAは軍事情報の扱いをめぐり、第三国への情報提供の禁止をはじめ、秘密の保護、指定、国内法令の制定、アクセス制限さらには電子的手段での秘密情報の送付規制などを取り決める協定であり、これを結ぶことによって同盟国間、あるいはそれに準ずる国家間での軍事情報の共有が可能になります。たとえば北朝鮮のミサイル発射に関する情報なども対象となります。
GSOMIAをもっとも多用しているのは米国で、60か国以上と結んでいます。韓国は33か国(日本を含めて)です。
それに対し日本は、米国やフランス、イギリス、イタリア、豪州、そして韓国のわずか7か国です。日本が少ないのは、自衛隊の性格上、軍事情報を他国と共有することには慎重だったからだと思います。日本は2007年になってようやく米国とGSOMIAを結びました。
韓国との締結は2016年でした。日本も韓国も米国と同盟関係にあり、日米韓の3国は北東アジアの平和と安全のために協力しています。この観点からすれば、日本と韓国はもっと早くGSOMIAを結ぶべきだったとも考えられますが、結果として日韓のGSOMIAは日米より8年も遅れました。
韓国には、1980年代から日本とGSOMIAを結びたいという考えがありました。韓国軍は、北朝鮮に関して信号(通信以外の電子信号)、画像、音声情報については豊富に持っていましたが、朝鮮半島外での情報は十分ではありませんでした。また最近では、衛星による情報収集の面で日本の自衛隊より遅れを取っていました(※参考1)。
しかし、韓国内には日本と軍事面で協力することに強い反対の声があり、韓国国会ではGSOMIAを結ぶことについて賛否が分かれていました。反対の理由は、主として日本による植民地支配などといった歴史問題でした。
李明博(イ・ミョンバク)大統領(2008~2013年在任)の時代になって、日韓GSOMIA締結に向けた議論が進み、あと一歩で協定を署名するところまでこぎつけましたが、結局国会の反対が強くなり、交渉は頓挫してしまいました。そしてその後を2013年に継いだ朴槿恵(パク・クネ)大統領の時代になってようやく結ばれたのです。
2017年に文在寅(ムン・ジェイン)大統領に就任すると、朴槿恵政権下での慰安婦合意が履行されなくなったほか、韓国大法院(最高裁)が日本企業に元徴用工への賠償請求を命じる判決を出したことから始まった一連の徴用工問題が深刻化しました。そうした状況の中で、日本政府が今夏、韓国に対する輸出規制を強化したのに対し、韓国で強い反発が起こり、文政権はGSOMIA協定を破棄することを決定しました。韓国政府は「日本が輸出優遇国(ホワイト国)から韓国を外したことが両国の安保協力環境に重大な変化を招いた」ことを理由に挙げました。
(※参考1)…THE DIPLOMAT, November 24, 2016, By Jaehan Park and Sangyoung Yun
ただし、破棄という最終決定を行う前に、韓国政府にはGSOMIAを継続する道を探った形跡がありました。特に、文大統領が8月15日の光復節演説で日本批判を控えたことです。これは、日本との関係を改善したいとのサインでした。
しかし、日本側はあくまで徴用工問題など一連の問題から悪化した両国間の関係を改善しなければならないと考えており、文大統領の演説だけで韓国側の期待に応える用意はありませんでした。
韓国側は、今月21日の北京での河野太郎外相と康京和(カン・ギョンファ)外相の会談で日本側の態度に変化がないことを確かめ、GSOMIAの破棄に踏み切りました。
GSOMIA協定の失効は今年11月22日で、それ以降の日韓間での軍事情報の共有は、協定を締結する前の3年前の状況に戻ることになりました。
日本は韓国の決定に抗議していますが、破棄によって日本が困るからではありません。日本にとって北朝鮮に関する情報は重要であり、韓国から直接提供を受ける方が何かと好都合でしょうが、必要な情報は米軍から得られます。
日本が韓国に対して協定の継続を求めているのは、輸出規制は強化しつつ、一方で韓国との関係は重要であり、できる限り協力していきたいという姿勢を示すほう日本国内に対しても、また米韓などとの関係においても得策だという政治的考慮からでしょう。
逆に韓国は日本と違って、GSOMIA協定がなくなることで比較的大きな影響を受けるでしょう。前述の締結の経緯からもうかがわれますが、韓国は特に、衛星や電子情報偵察機が収集した情報について、日本や米国などに依存しています。韓国はこのような他国への依存性を解消するため、自国によるレーダー情報や衛星情報を強化する計画を進めているといわれています。
ただし、日韓の間には軍事情報に関する覚書があり(※参考2)、これは今後も維持されるでしょう。この覚書にはGSOMIAのような法的拘束力はなく、共有する情報の範囲も核兵器とミサイルに限られており、その上、米軍を介するなどの制限がありますが、その範囲内においては、今後も情報共有の手段として機能するでしょう。
この点も含めて考慮すれば、GSOMIAの破棄により韓国軍が受ける打撃は限定的かもしれません。しかし、もっと憂慮されるのは、今回の決定が、日韓関係の悪化に拍車をかける危険です。
韓国内には事態を冷静に見る人たちもいますが、かなりの割合の韓国民が破棄決定に賛成しています。世論調査会社リアルメーターが8月7日付で発表した調査結果によると、破棄に賛成する人が47.7%で、反対の39.3%を上回っていました(朝日新聞8月23日付)。このような世論は、今後も韓国政府に対日本で強い姿勢を促す圧力となります。
韓国が強い態度に出れば、我が国においても韓国に対する姿勢が一層強くなります。対立がエスカレーションしていく危険は日韓双方にあり、今後、両国は政府も国民も問題の拡大を防ぐ努力をしなければなりません。今回の問題は、軍事的影響よりも、日韓の亀裂が修復不可能なまでに拡大するきっかけになり得る危険をはらんでいるといえます。
(※参考2)…参考1のTHE DIPLOMAT記事、及び‘ROK-US-Japan Intelligence Sharing Agreement’ and Establishment of THAAD System (Summary) Chul-ho Chong
今回の協定破棄は、米国にとっても問題です。ポンペオ米国務長官は「韓国側と話をしたが、韓国のGSOMIAに関する決断に失望している」と述べました。この「失望」とは外交の常識に照らして、かなり強い言葉です。これで米韓関係が壊れるようなことはないでしょうが、もし日本について同じようなことが言われれば、大騒ぎになるでしょう。
今回の決定に先立ち、ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)やスティルウェル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)は日韓を訪問して関係改善を促しましたが、韓国は思いとどまりませんでした。
韓国の決定を、米国、特に米軍として歓迎できないのは明らかでしょう。米国防総省のイーストバーン報道官は8月22日の声明で「米日韓が連帯し協力するとき、我々はより強くなり、北東アジアはより安全になる。秘密情報の共有は我々が共通の防衛政策と戦略を発展させるカギだ」と、米軍の立場を雄弁に語っていました。
もっとも、今回の破棄に関してトランプ大統領がどのような姿勢であったのかは、明確でありません。「トランプ政権は韓国にもっと強く働きかけることができたが、実際にはそうしなかった、特にトランプ大統領が関与しなかったので韓国は協定の破棄に踏み切った」とみる意見もあります。
米韓軍事演習が8月20日に終了し、これからトランプ大統領は米朝非核化協議の再開に力を入れることになるでしょう。またトランプ氏には、日本と韓国に駐留している米軍のあり方を見直そうという考えもあるようです。トランプ大統領が北東アジアの安全保障について今後どのような考えで臨むのか、これらを含め全体的に見ていく必要があります。
なお、日韓GSOMIAやTHAAD(高高度防衛システム)は日米韓の安全保障面での協力を強化するものであり、北朝鮮や中国はかねてから批判の対象にしてきました。それだけに、今回のGSOMIA破棄は中朝両国にとって有利になるものとみているでしょう。北東アジアにおける日米韓の安全保障協力の弱体化は、北朝鮮や中国をますます喜ばせることになるのも一つの現実です。
今後、中国と北朝鮮にロシアを加えた3国間の連帯がさらに強化されていけば、北東アジアにおけるパワーバランスにも影響が生じてくる恐れがあります。日米韓の3国はGSOMIA破棄問題を乗り越え、協力を強化していかなければなりません。
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