中国
2015.05.07
米国や南シナ海の周辺国は南沙諸島における中国の埋め立て工事に強く刺激されており、安倍首相とオバマ大統領の会談にも影響する可能性があった。呉勝利司令官は日米が中国の行動を批判するのを牽制しようとしたのであろう。
中国が周辺諸国の懸念に配慮する用意が本当にあるなら、埋め立て工事を始める前にどうして説明しなかったのか、当然問われる。しかし、中国はそのような事前説明はいっさいせず、既成事実を積み重ねておいて、事後的にきれいごとを並べたに過ぎなかった。何回も繰り返されてきたパターンである。
報道によると、グリナート作戦部長が呉勝利司令官に言ったのは、「周辺国家に施設建設の目的を説明するよう希望する」「もし使用するとすれば、共同で人道的な救援に当たる場合だ」などであった。建設的な趣旨の発言であったが、それ以上踏み込んで、たとえば、なぜ事前に説明しなかったかなどを質すことは国家間では困難だからであり、同部長の発言の裏には中国の行動に対する疑念と批判的な気持があったと思われる。
以上は前座であり、本稿の趣旨は南シナ海をめぐる中国とロシアの立場の不一致や中国のロシアに対する不満を論じることにある。
最近、ロシアはベトナムに対して最先端のKlubミサイルの売却を決定して各国から注目された。潜水艦に配備するためであり、実現するとベトナムの防衛能力は一段と向上する(『多維新聞』5月3日付)。
ベトナムの動きは複雑である。さる4月初めにベトナム共産党のグエン・フーチョン書記長が訪中した。中国はこの訪中を喜び、米国に本拠がある中国語の『多維新聞』などは、「激しく対立していた両国がここまで和解するとはどの国も思わなかっただろう」などと述べて中国外交の成功を讃えた。
しかし、ベトナムはしたたかである。一方では中国と関係改善を積極的に進めつつも、中国の脅威への備えは決しておろそかにせず(4月23日本HP「南シナ海・東シナ海の問題に国際社会の注目が集まった」)、各国との関係強化を図っている。ロシアとは2001年から戦略的パートナーとなり、すでに12機のスホーイ戦闘機(SU-30MK2)、6隻の改良型キロ級潜水艦(Varshavyanka)を購入している。
しかしながら、南シナ海でのロシアの動向も複雑である。ロシアが世界各地で中国と連携あるいは共同して米国および日本など西側諸国に対抗しているのは周知のことであり、2014年春には尖閣諸島から遠くない海域で中国軍と合同演習を行なった。
また、ロシアは今年5月の対独戦勝利70年記念行事を大々的に行なうため習近平主席の出席を確保した。これに合わせて両国の海軍は合同演習を初めて地中海で行うことになっており、中国の艦船はすでに黒海に入っている。
しかし、アジアでは、ロシアは中国が歓迎しないこともしている。中国にとって問題の一つは、ロシアが資源開発についてベトナムに協力していることである。最近、ガスプロムはベトナム側と2つの鉱区の開発に関する協定に署名し、天然ガスなど生産物の49%を獲得することになった。ロシアはベトナムに投資する101ヵ国中18番目になっている。
ベトナムとロシアの貿易、科学文化交流も進展し、ロシアは原発の建設にも協力している。このように協力関係が進展したことを背景に、両国は2012年、それまでの「戦略的パートナー」を「包括的戦略的パートナー」に格上した。
軍事面では、カムラン湾をめぐって、ロシア、中国、米国の利害が錯綜している。カムラン湾は戦略的に重要な地点にあり、かつて旧日本海軍も利用していた。ベトナム戦争中は米軍の基地となり、米軍の撤退後はソ連が利用していた。ロシア軍は2002年にいったん撤退したが、その後ロシアはアジア太平洋重視に転換し、カムラン湾についても2012年、基地利用を復活させたいと表明するに至った。
しかし、その間、2011年以降からであるが、米国がカムラン湾基地への艦船訪問を実現しており、米国との関係も重視しているベトナムとしてはロシアの要請にすんなり応じるわけにはいかなくなっている。ベトナムは全方位外交である。
最近、ロシアは、ウクライナ問題をめぐって米国など西側の関係が悪化したためか、戦略爆撃機を太平洋上に飛行させており、米国を刺激していた。米国はロシア機がカムラン湾基地で補給を受けていたことを問題視し、ベトナムに対し、ロシアにそのような便宜を与えるのを中止するよう求めたと伝えられている。
米ロの要求が真っ向から対立する中にあって、ベトナムは、カムラン湾基地をかつてのようにロシアに自由に利用させることは認めないが、上述したように補給などのための寄港については一定程度応じているらしい。
カムラン湾にはベトナム軍が使用する既存の海軍基地以外に民間用の港湾施設があり、ロシアはそこで潜水艦基地と修理ドックの建設に協力しており、両国は新施設におけるロシア艦船の定期的寄港、修理、休養娯楽のための利用についても話し合いを開始している。ベトナムが購入したキロ級潜水艦の1隻は2015年中に引き渡される予定であり、そのための港湾施設建設にロシアが協力するのは自然な流れなのであろう。
中国はこのようなロシアとベトナムの関係進展を歓迎せず、ロシア軍がカムラン湾の使用再開の希望を表明した際にはロシアを非難した。また中国はロシアが南シナ海での資源開発をやめるよう繰り返し要求し、ガスプロムとの契約にも異議を唱えた。これに対し、ロシアは中国と公然と対立することは避けたいので沈黙を続けているが、無視する構えである。
American Foreign Policy Council の上級研究員Stephen Blankは、中国とロシアの関係について次のような趣旨を述べている。
「ロシアは、米国のリバランシング戦略より早くからアジア太平洋を重視し始めており、ロシアとして主体的な立場で、ベトナムを始め、セーシェルやシンガポールとの協力関係の強化を図っている。
中国はロシアに対し、アジア太平洋地域の安全と安定のために協力して欲しいと呼び掛けており、これは中国にとってはロシアとのグローバルな協力の一環なのであろう。
しかし、ロシアにとってこれに応じることは中国のjunior partner に成り下がることを意味するので受け入れられない。
ロシアは米国に対抗する関係では中国を支持し、協力もしているが、中国の思い通りにはならない。アジアにおいては中国のパワーを抑制しようとさえしている。ロシアはまるでチェスのような動きをしている」。
またBlankは、中国がこの地域でアグレッシブになればなるほどロシアも含め近隣諸国とは摩擦が大きくなり、それを食い止めるための各国間協力が強化されることを中国は気が付くのが遅いのではないかと示唆している。
興味ある指摘である。日本はこの地域で中国、米国および東南アジア諸国の三者に注目しがちであるが、ロシアも一つの無視できない要因だと思われる。
南シナ海でのロシアと中国の不一致
4月29日、安倍首相が米議会で演説する数時間前だっただろうが、中国の呉勝利海軍司令官は米海軍のグリナート作戦部長に、テレビ電話で、中国が南沙諸島の岩礁で埋め立て工事をしていることについて、「施設ができれば付近の海域の気象予報能力や捜索救助能力が高まる。国際機関、米国、その他関係国が、将来条件の整った時に、中国が作った施設を利用し、人道主義に基づいて救援、災害対策を行なうことを歓迎する」と説明した。説明だけでなく、米軍の偵察機が工事現場に接近していることにも触れた。やんわりとであるが、不快感も示したのである。米国や南シナ海の周辺国は南沙諸島における中国の埋め立て工事に強く刺激されており、安倍首相とオバマ大統領の会談にも影響する可能性があった。呉勝利司令官は日米が中国の行動を批判するのを牽制しようとしたのであろう。
中国が周辺諸国の懸念に配慮する用意が本当にあるなら、埋め立て工事を始める前にどうして説明しなかったのか、当然問われる。しかし、中国はそのような事前説明はいっさいせず、既成事実を積み重ねておいて、事後的にきれいごとを並べたに過ぎなかった。何回も繰り返されてきたパターンである。
報道によると、グリナート作戦部長が呉勝利司令官に言ったのは、「周辺国家に施設建設の目的を説明するよう希望する」「もし使用するとすれば、共同で人道的な救援に当たる場合だ」などであった。建設的な趣旨の発言であったが、それ以上踏み込んで、たとえば、なぜ事前に説明しなかったかなどを質すことは国家間では困難だからであり、同部長の発言の裏には中国の行動に対する疑念と批判的な気持があったと思われる。
以上は前座であり、本稿の趣旨は南シナ海をめぐる中国とロシアの立場の不一致や中国のロシアに対する不満を論じることにある。
最近、ロシアはベトナムに対して最先端のKlubミサイルの売却を決定して各国から注目された。潜水艦に配備するためであり、実現するとベトナムの防衛能力は一段と向上する(『多維新聞』5月3日付)。
ベトナムの動きは複雑である。さる4月初めにベトナム共産党のグエン・フーチョン書記長が訪中した。中国はこの訪中を喜び、米国に本拠がある中国語の『多維新聞』などは、「激しく対立していた両国がここまで和解するとはどの国も思わなかっただろう」などと述べて中国外交の成功を讃えた。
しかし、ベトナムはしたたかである。一方では中国と関係改善を積極的に進めつつも、中国の脅威への備えは決しておろそかにせず(4月23日本HP「南シナ海・東シナ海の問題に国際社会の注目が集まった」)、各国との関係強化を図っている。ロシアとは2001年から戦略的パートナーとなり、すでに12機のスホーイ戦闘機(SU-30MK2)、6隻の改良型キロ級潜水艦(Varshavyanka)を購入している。
しかしながら、南シナ海でのロシアの動向も複雑である。ロシアが世界各地で中国と連携あるいは共同して米国および日本など西側諸国に対抗しているのは周知のことであり、2014年春には尖閣諸島から遠くない海域で中国軍と合同演習を行なった。
また、ロシアは今年5月の対独戦勝利70年記念行事を大々的に行なうため習近平主席の出席を確保した。これに合わせて両国の海軍は合同演習を初めて地中海で行うことになっており、中国の艦船はすでに黒海に入っている。
しかし、アジアでは、ロシアは中国が歓迎しないこともしている。中国にとって問題の一つは、ロシアが資源開発についてベトナムに協力していることである。最近、ガスプロムはベトナム側と2つの鉱区の開発に関する協定に署名し、天然ガスなど生産物の49%を獲得することになった。ロシアはベトナムに投資する101ヵ国中18番目になっている。
ベトナムとロシアの貿易、科学文化交流も進展し、ロシアは原発の建設にも協力している。このように協力関係が進展したことを背景に、両国は2012年、それまでの「戦略的パートナー」を「包括的戦略的パートナー」に格上した。
軍事面では、カムラン湾をめぐって、ロシア、中国、米国の利害が錯綜している。カムラン湾は戦略的に重要な地点にあり、かつて旧日本海軍も利用していた。ベトナム戦争中は米軍の基地となり、米軍の撤退後はソ連が利用していた。ロシア軍は2002年にいったん撤退したが、その後ロシアはアジア太平洋重視に転換し、カムラン湾についても2012年、基地利用を復活させたいと表明するに至った。
しかし、その間、2011年以降からであるが、米国がカムラン湾基地への艦船訪問を実現しており、米国との関係も重視しているベトナムとしてはロシアの要請にすんなり応じるわけにはいかなくなっている。ベトナムは全方位外交である。
最近、ロシアは、ウクライナ問題をめぐって米国など西側の関係が悪化したためか、戦略爆撃機を太平洋上に飛行させており、米国を刺激していた。米国はロシア機がカムラン湾基地で補給を受けていたことを問題視し、ベトナムに対し、ロシアにそのような便宜を与えるのを中止するよう求めたと伝えられている。
米ロの要求が真っ向から対立する中にあって、ベトナムは、カムラン湾基地をかつてのようにロシアに自由に利用させることは認めないが、上述したように補給などのための寄港については一定程度応じているらしい。
カムラン湾にはベトナム軍が使用する既存の海軍基地以外に民間用の港湾施設があり、ロシアはそこで潜水艦基地と修理ドックの建設に協力しており、両国は新施設におけるロシア艦船の定期的寄港、修理、休養娯楽のための利用についても話し合いを開始している。ベトナムが購入したキロ級潜水艦の1隻は2015年中に引き渡される予定であり、そのための港湾施設建設にロシアが協力するのは自然な流れなのであろう。
中国はこのようなロシアとベトナムの関係進展を歓迎せず、ロシア軍がカムラン湾の使用再開の希望を表明した際にはロシアを非難した。また中国はロシアが南シナ海での資源開発をやめるよう繰り返し要求し、ガスプロムとの契約にも異議を唱えた。これに対し、ロシアは中国と公然と対立することは避けたいので沈黙を続けているが、無視する構えである。
American Foreign Policy Council の上級研究員Stephen Blankは、中国とロシアの関係について次のような趣旨を述べている。
「ロシアは、米国のリバランシング戦略より早くからアジア太平洋を重視し始めており、ロシアとして主体的な立場で、ベトナムを始め、セーシェルやシンガポールとの協力関係の強化を図っている。
中国はロシアに対し、アジア太平洋地域の安全と安定のために協力して欲しいと呼び掛けており、これは中国にとってはロシアとのグローバルな協力の一環なのであろう。
しかし、ロシアにとってこれに応じることは中国のjunior partner に成り下がることを意味するので受け入れられない。
ロシアは米国に対抗する関係では中国を支持し、協力もしているが、中国の思い通りにはならない。アジアにおいては中国のパワーを抑制しようとさえしている。ロシアはまるでチェスのような動きをしている」。
またBlankは、中国がこの地域でアグレッシブになればなるほどロシアも含め近隣諸国とは摩擦が大きくなり、それを食い止めるための各国間協力が強化されることを中国は気が付くのが遅いのではないかと示唆している。
興味ある指摘である。日本はこの地域で中国、米国および東南アジア諸国の三者に注目しがちであるが、ロシアも一つの無視できない要因だと思われる。
2015.04.01
まず、AIIBの本部は中国に置かれるそうであるが、それはいつ、どこで、どのようにして決定されたのか。中国が提案者だから本部を中国に置くのは当然というのはあまりに単純・安易な思考である。国際機関であれば、参加国は銀行の設立・運営に権利があるのは当然であり、本部の決定も一定の方式にしたがって行なわれなければならない。アイデアを出した国と本部が異なる例はいくらもある。
少々古いが「一次産品共通基金」の本部はアムステルダムに置かれた。オランダはこの機関設立の発案者でなかったはずである。国連大学は日本にあるが、日本が発案したのではなく、アジア開発銀行(ADB)も、本部があるフィリピンは発案者でなかったのではないか。国際機関の本部を招致することは大きな意味があり、決定が行われるまでに競争となるのが常である。簡単に決まることでない。
それとも、本部所在地の決定はまだ行われていないのか。
中国は「創始メンバー国」として迎える期限を3月末としたが、そのことは中国が決定できるのか。どのような権限で。もし中国だけでなく、複数の国が決定したのであればどの国か。
各国の出資比率はどうなるのか。これは国際金融機関としては決定的なことである。最大の問題点と言っても過言でない。
それとも、中国は中国法人として新しい銀行をつくる、つまり、国際機関でなく国内機関を設立しようとしているのか。
銀行に参加すればなぜメリットがあるか疑問であることは3月27日に書いたが、少し追加すると、参加国の企業だけがプロジェクトの請負で有利になることには普遍性の観点から問題がある。もし参加国だけがAIIBプロジェクトに入札できるというなら、それは昔の「講」のようなものではないか。
中国がAIIBに熱心なのはよく分かるが、その一つの理由は「海上のシルクロード」建設にAIIBが役立つからであろう。しかし、他のAIIB参加国は必ずしもそのような目的を共有しないはずである。では、そのような諸国の利益をいかに守れるか。なお「海上のシルクロード」については2月16、18、19,23日に書いているので参照願いたい。
IMF、世界銀行、ADBなど既存の国際機関の在り方に不満があるのは分からないでもないが、基本中の基本が分からないのに参加を決定する国にも、各国が次々に参加表明することを「雪崩」とか、「ドミノ現象」と表現するメディアの姿勢にも違和感を覚える。
日本が参加しないのは米国が参加しないからだとよく聞く。それを否定はしないが、基本に立ち返って見つめ、分析を試みることが必要でないか。
アジア・インフラ投資銀行(AIIB)-いくつかの疑問
日本政府は事務レベルで疑問点を中国に提示し説明を求めているが、明確な回答は得られていないと報道されている。その内容は知る由もないが、素人としても疑問がある。まず、AIIBの本部は中国に置かれるそうであるが、それはいつ、どこで、どのようにして決定されたのか。中国が提案者だから本部を中国に置くのは当然というのはあまりに単純・安易な思考である。国際機関であれば、参加国は銀行の設立・運営に権利があるのは当然であり、本部の決定も一定の方式にしたがって行なわれなければならない。アイデアを出した国と本部が異なる例はいくらもある。
少々古いが「一次産品共通基金」の本部はアムステルダムに置かれた。オランダはこの機関設立の発案者でなかったはずである。国連大学は日本にあるが、日本が発案したのではなく、アジア開発銀行(ADB)も、本部があるフィリピンは発案者でなかったのではないか。国際機関の本部を招致することは大きな意味があり、決定が行われるまでに競争となるのが常である。簡単に決まることでない。
それとも、本部所在地の決定はまだ行われていないのか。
中国は「創始メンバー国」として迎える期限を3月末としたが、そのことは中国が決定できるのか。どのような権限で。もし中国だけでなく、複数の国が決定したのであればどの国か。
各国の出資比率はどうなるのか。これは国際金融機関としては決定的なことである。最大の問題点と言っても過言でない。
それとも、中国は中国法人として新しい銀行をつくる、つまり、国際機関でなく国内機関を設立しようとしているのか。
銀行に参加すればなぜメリットがあるか疑問であることは3月27日に書いたが、少し追加すると、参加国の企業だけがプロジェクトの請負で有利になることには普遍性の観点から問題がある。もし参加国だけがAIIBプロジェクトに入札できるというなら、それは昔の「講」のようなものではないか。
中国がAIIBに熱心なのはよく分かるが、その一つの理由は「海上のシルクロード」建設にAIIBが役立つからであろう。しかし、他のAIIB参加国は必ずしもそのような目的を共有しないはずである。では、そのような諸国の利益をいかに守れるか。なお「海上のシルクロード」については2月16、18、19,23日に書いているので参照願いたい。
IMF、世界銀行、ADBなど既存の国際機関の在り方に不満があるのは分からないでもないが、基本中の基本が分からないのに参加を決定する国にも、各国が次々に参加表明することを「雪崩」とか、「ドミノ現象」と表現するメディアの姿勢にも違和感を覚える。
日本が参加しないのは米国が参加しないからだとよく聞く。それを否定はしないが、基本に立ち返って見つめ、分析を試みることが必要でないか。
2015.03.26
7年ぶりに来日したドイツのメルケル首相の発言が波紋を広げています。安倍首相との首脳会談でこそ深入りはしませんでしたが、来日中の会見や講演では、歴史認識問題や原発問題について踏み込んだ発言をしました。今回の来日をめぐっては、メディアの総括も「実利的な接近」(産経新聞)、「違い浮き彫り」(朝日新聞)などとまちまちです。どう評価すればいいのか。元外交官の美根慶樹氏が解説します。
——————————————————————-
■歴史と原発で異なる両国の状況
ドイツのメルケル首相が7年ぶりに訪日しました。ともにG8(主要国首脳会議)の一員として世界の政治・経済に大きな役割と責任を有する両国の首脳は、東アジア情勢、独仏両国の和解、ウクライナ情勢、過激派組織「イスラム国」、G8の議長、国連安保理の改革、日・EUの経済連携協定などについて話し合いました。
この中に日独両国の立場が異なる問題が含まれていました。一つは、かつて敵対していた国との和解であり、ドイツはフランスとの和解を実現し、またそのことについて強い自負と思い入れがあります。しかし、日本と中国および韓国との関係は独仏のようには進展していません。東アジアと欧州が歩んできた道は異なっています。
もう一つの原発については、ドイツはすでに脱原発を決定しているのに対して、日本は安全性を確認できた原発は再稼働する方針であり、両国の姿勢は非常に違っています。
メルケル首相はこれらの問題についてかなり踏み込んだ発言をしましたが、「東アジア情勢についてアドバイスする立場にない」と断るなど、日本に対して批判的になるのは極力避けていました。相手国の置かれた状況を理解し、それなりに認めつつ話し合いを行なうことが国家間の関係では非常に重要です。メルケル首相はそのような配慮をしっかりとしながら和解と原発について明確にドイツの考えを述べていました。立派な外交姿勢であったと思います。
しかし、多くの日本国民は、また、メディアも、メルケル首相の訪日になにかはっきりしないところがあると感じているように思われます。報道の力点もまちまちです。日独間の距離を感じたとするものもあります。そのような印象になるのは日独双方に原因があるようです。
■独にとっても対中国関係が重要に
ドイツにとっての外交課題を考えてみると、対応を誤ると直ちにドイツに影響が及んでくる国として米国、次いでロシアがあります。順序は逆かもしれません。米国とは同じNATO加盟国ですが、水面下には盗聴問題が象徴するような緊張関係もあります。米国との関係をうまく処理できないドイツの指導者は失格でしょう。ロシアはエネルギーの供給国ですが、欧州の安全保障にとって脅威となりうる国であり、冷戦時代からあまり変化していない面があります。
この両国に次いでEUとの関係が重要であり、各国と協力しながらギリシャなどの財政困難を処理することが求められています。
また、新しいパワーである中国は、ドイツにとっても重要になっています。ドイツは米国に次ぐ、またEU内では抜群の輸出大国であり、中国のような巨大な市場、しかも急速に拡大する市場はドイツにとって極めて重要です。しかも、中国は国際政治面でも独特の考えと主張があり、ドイツとしては慎重に友好関係を築き上げ、維持していかなければなりません。
日本とは、歴史的、伝統的に親しい関係にあり、同じG8のメンバーとして安心して付き合える国であり、ドイツに危険を及ぼす可能性は世界で最も小さいでしょう。メルケル首相は訪日の前に、日本は「価値を共有する国だ」と言ったそうですが、この言葉は日本のイメージを端的に表明しているように思われます。このように考えれば、メルケル首相が過去7年間日本を訪問していなかったことはうなずける面もありました。要するに、日本とドイツは分かりあえているから、あえて訪問する必要はなかったということなのでしょう。
しかし、このような日本の状況に最近変化が生じ、国内政治においても対外的においても新しい主張が強くなりました。また、尖閣諸島や歴史問題をめぐって中国との矛盾が激化し、ドイツにとって理想的な、日本との友好関係を維持しつつ中国との経済関係を増進させていくのに支障が生じるかもしれない状況になってきました。
■日本にとって独は「遠い国」
一方、日本は、ドイツを明治維新後に学んだ国、第二次大戦で共に戦って敗れた国、どちらの国民も優秀かつ勤勉である、というイメージで見る傾向が強いですが、メルケル首相が率いる現在のドイツを見るのに、このようなイメージは時代遅れか、あるいは当たり前すぎるでしょう。
もし日本が現在のドイツを、西側の重要な一員でありながらイラク戦争のような場合には米国に同調しないという選択をできる国、脱原発という、経済的には負担が大きくなるが一大決断をできる国、という目で見るならば、メルケル首相の訪日もかなり異なるものとなり、緊迫感を伴ってきたかもしれません。しかし現実には、知識としてはドイツのこのような面を知っていても、日本の現状からは遠く離れた国のこととみなしています。要するに、現在のドイツは日本にとって直接影響のある国ではなく、また、日本とは環境があまりにも異なっているという印象が強いのです。
両国とも以上のような立場の違いは十分理解しているので、メルケル首相の訪日に際し、立場の違いを目立たせないよう気を付けながら無難に首脳会談を行いました。メルケル首相はかなり踏み込んだ発言もしましたが、原発については、「日本はあれ程ひどい被害をこうむっておきながらなぜ続けるのか」と言いたかったのではないかと思われます。しかし、外交的配慮からそこまで言いませんでした。だからメルケル首相の訪日のポイントは何か分かりにくくなったのです。
■福島第一原発の視察を希望した?
最後に、メルケル首相は人道上の理由と福島原発の崩壊の2点から東日本大震災について強い関心を持っているはずです。今回の訪日に際して、日本政府に被災地や福島原発の視察を希望したのではないかと、個人的には想像しています。メルケル首相が福島原発の視察に行けばあまりにもドイツと日本の違いが強調されすぎてしまうので、日本政府としては応じることはできなかったでしょうが、この点について少しでも情報が公開されておれば、メルケル首相の姿勢が明確になったのではないでしょうか。
実際には何も発表されていないので、想像を重ねることになってしまいますが、日本政府には情報提供のあり方について考慮してもらいたく、またメディアにはこのような問題意識をもって追究してもらいたかったと思います。
歴史認識・原発問題で発言 独メルケル首相の来日をどう総括するか
THEPAGEに3月15日掲載された文章です。7年ぶりに来日したドイツのメルケル首相の発言が波紋を広げています。安倍首相との首脳会談でこそ深入りはしませんでしたが、来日中の会見や講演では、歴史認識問題や原発問題について踏み込んだ発言をしました。今回の来日をめぐっては、メディアの総括も「実利的な接近」(産経新聞)、「違い浮き彫り」(朝日新聞)などとまちまちです。どう評価すればいいのか。元外交官の美根慶樹氏が解説します。
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■歴史と原発で異なる両国の状況
ドイツのメルケル首相が7年ぶりに訪日しました。ともにG8(主要国首脳会議)の一員として世界の政治・経済に大きな役割と責任を有する両国の首脳は、東アジア情勢、独仏両国の和解、ウクライナ情勢、過激派組織「イスラム国」、G8の議長、国連安保理の改革、日・EUの経済連携協定などについて話し合いました。
この中に日独両国の立場が異なる問題が含まれていました。一つは、かつて敵対していた国との和解であり、ドイツはフランスとの和解を実現し、またそのことについて強い自負と思い入れがあります。しかし、日本と中国および韓国との関係は独仏のようには進展していません。東アジアと欧州が歩んできた道は異なっています。
もう一つの原発については、ドイツはすでに脱原発を決定しているのに対して、日本は安全性を確認できた原発は再稼働する方針であり、両国の姿勢は非常に違っています。
メルケル首相はこれらの問題についてかなり踏み込んだ発言をしましたが、「東アジア情勢についてアドバイスする立場にない」と断るなど、日本に対して批判的になるのは極力避けていました。相手国の置かれた状況を理解し、それなりに認めつつ話し合いを行なうことが国家間の関係では非常に重要です。メルケル首相はそのような配慮をしっかりとしながら和解と原発について明確にドイツの考えを述べていました。立派な外交姿勢であったと思います。
しかし、多くの日本国民は、また、メディアも、メルケル首相の訪日になにかはっきりしないところがあると感じているように思われます。報道の力点もまちまちです。日独間の距離を感じたとするものもあります。そのような印象になるのは日独双方に原因があるようです。
■独にとっても対中国関係が重要に
ドイツにとっての外交課題を考えてみると、対応を誤ると直ちにドイツに影響が及んでくる国として米国、次いでロシアがあります。順序は逆かもしれません。米国とは同じNATO加盟国ですが、水面下には盗聴問題が象徴するような緊張関係もあります。米国との関係をうまく処理できないドイツの指導者は失格でしょう。ロシアはエネルギーの供給国ですが、欧州の安全保障にとって脅威となりうる国であり、冷戦時代からあまり変化していない面があります。
この両国に次いでEUとの関係が重要であり、各国と協力しながらギリシャなどの財政困難を処理することが求められています。
また、新しいパワーである中国は、ドイツにとっても重要になっています。ドイツは米国に次ぐ、またEU内では抜群の輸出大国であり、中国のような巨大な市場、しかも急速に拡大する市場はドイツにとって極めて重要です。しかも、中国は国際政治面でも独特の考えと主張があり、ドイツとしては慎重に友好関係を築き上げ、維持していかなければなりません。
日本とは、歴史的、伝統的に親しい関係にあり、同じG8のメンバーとして安心して付き合える国であり、ドイツに危険を及ぼす可能性は世界で最も小さいでしょう。メルケル首相は訪日の前に、日本は「価値を共有する国だ」と言ったそうですが、この言葉は日本のイメージを端的に表明しているように思われます。このように考えれば、メルケル首相が過去7年間日本を訪問していなかったことはうなずける面もありました。要するに、日本とドイツは分かりあえているから、あえて訪問する必要はなかったということなのでしょう。
しかし、このような日本の状況に最近変化が生じ、国内政治においても対外的においても新しい主張が強くなりました。また、尖閣諸島や歴史問題をめぐって中国との矛盾が激化し、ドイツにとって理想的な、日本との友好関係を維持しつつ中国との経済関係を増進させていくのに支障が生じるかもしれない状況になってきました。
■日本にとって独は「遠い国」
一方、日本は、ドイツを明治維新後に学んだ国、第二次大戦で共に戦って敗れた国、どちらの国民も優秀かつ勤勉である、というイメージで見る傾向が強いですが、メルケル首相が率いる現在のドイツを見るのに、このようなイメージは時代遅れか、あるいは当たり前すぎるでしょう。
もし日本が現在のドイツを、西側の重要な一員でありながらイラク戦争のような場合には米国に同調しないという選択をできる国、脱原発という、経済的には負担が大きくなるが一大決断をできる国、という目で見るならば、メルケル首相の訪日もかなり異なるものとなり、緊迫感を伴ってきたかもしれません。しかし現実には、知識としてはドイツのこのような面を知っていても、日本の現状からは遠く離れた国のこととみなしています。要するに、現在のドイツは日本にとって直接影響のある国ではなく、また、日本とは環境があまりにも異なっているという印象が強いのです。
両国とも以上のような立場の違いは十分理解しているので、メルケル首相の訪日に際し、立場の違いを目立たせないよう気を付けながら無難に首脳会談を行いました。メルケル首相はかなり踏み込んだ発言もしましたが、原発については、「日本はあれ程ひどい被害をこうむっておきながらなぜ続けるのか」と言いたかったのではないかと思われます。しかし、外交的配慮からそこまで言いませんでした。だからメルケル首相の訪日のポイントは何か分かりにくくなったのです。
■福島第一原発の視察を希望した?
最後に、メルケル首相は人道上の理由と福島原発の崩壊の2点から東日本大震災について強い関心を持っているはずです。今回の訪日に際して、日本政府に被災地や福島原発の視察を希望したのではないかと、個人的には想像しています。メルケル首相が福島原発の視察に行けばあまりにもドイツと日本の違いが強調されすぎてしまうので、日本政府としては応じることはできなかったでしょうが、この点について少しでも情報が公開されておれば、メルケル首相の姿勢が明確になったのではないでしょうか。
実際には何も発表されていないので、想像を重ねることになってしまいますが、日本政府には情報提供のあり方について考慮してもらいたく、またメディアにはこのような問題意識をもって追究してもらいたかったと思います。
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