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2015.03.26

歴史認識・原発問題で発言 独メルケル首相の来日をどう総括するか

THEPAGEに3月15日掲載された文章です。

7年ぶりに来日したドイツのメルケル首相の発言が波紋を広げています。安倍首相との首脳会談でこそ深入りはしませんでしたが、来日中の会見や講演では、歴史認識問題や原発問題について踏み込んだ発言をしました。今回の来日をめぐっては、メディアの総括も「実利的な接近」(産経新聞)、「違い浮き彫り」(朝日新聞)などとまちまちです。どう評価すればいいのか。元外交官の美根慶樹氏が解説します。

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■歴史と原発で異なる両国の状況
 ドイツのメルケル首相が7年ぶりに訪日しました。ともにG8(主要国首脳会議)の一員として世界の政治・経済に大きな役割と責任を有する両国の首脳は、東アジア情勢、独仏両国の和解、ウクライナ情勢、過激派組織「イスラム国」、G8の議長、国連安保理の改革、日・EUの経済連携協定などについて話し合いました。

 この中に日独両国の立場が異なる問題が含まれていました。一つは、かつて敵対していた国との和解であり、ドイツはフランスとの和解を実現し、またそのことについて強い自負と思い入れがあります。しかし、日本と中国および韓国との関係は独仏のようには進展していません。東アジアと欧州が歩んできた道は異なっています。

 もう一つの原発については、ドイツはすでに脱原発を決定しているのに対して、日本は安全性を確認できた原発は再稼働する方針であり、両国の姿勢は非常に違っています。

 メルケル首相はこれらの問題についてかなり踏み込んだ発言をしましたが、「東アジア情勢についてアドバイスする立場にない」と断るなど、日本に対して批判的になるのは極力避けていました。相手国の置かれた状況を理解し、それなりに認めつつ話し合いを行なうことが国家間の関係では非常に重要です。メルケル首相はそのような配慮をしっかりとしながら和解と原発について明確にドイツの考えを述べていました。立派な外交姿勢であったと思います。

 しかし、多くの日本国民は、また、メディアも、メルケル首相の訪日になにかはっきりしないところがあると感じているように思われます。報道の力点もまちまちです。日独間の距離を感じたとするものもあります。そのような印象になるのは日独双方に原因があるようです。

■独にとっても対中国関係が重要に
 ドイツにとっての外交課題を考えてみると、対応を誤ると直ちにドイツに影響が及んでくる国として米国、次いでロシアがあります。順序は逆かもしれません。米国とは同じNATO加盟国ですが、水面下には盗聴問題が象徴するような緊張関係もあります。米国との関係をうまく処理できないドイツの指導者は失格でしょう。ロシアはエネルギーの供給国ですが、欧州の安全保障にとって脅威となりうる国であり、冷戦時代からあまり変化していない面があります。

 この両国に次いでEUとの関係が重要であり、各国と協力しながらギリシャなどの財政困難を処理することが求められています。

 また、新しいパワーである中国は、ドイツにとっても重要になっています。ドイツは米国に次ぐ、またEU内では抜群の輸出大国であり、中国のような巨大な市場、しかも急速に拡大する市場はドイツにとって極めて重要です。しかも、中国は国際政治面でも独特の考えと主張があり、ドイツとしては慎重に友好関係を築き上げ、維持していかなければなりません。

 日本とは、歴史的、伝統的に親しい関係にあり、同じG8のメンバーとして安心して付き合える国であり、ドイツに危険を及ぼす可能性は世界で最も小さいでしょう。メルケル首相は訪日の前に、日本は「価値を共有する国だ」と言ったそうですが、この言葉は日本のイメージを端的に表明しているように思われます。このように考えれば、メルケル首相が過去7年間日本を訪問していなかったことはうなずける面もありました。要するに、日本とドイツは分かりあえているから、あえて訪問する必要はなかったということなのでしょう。

 しかし、このような日本の状況に最近変化が生じ、国内政治においても対外的においても新しい主張が強くなりました。また、尖閣諸島や歴史問題をめぐって中国との矛盾が激化し、ドイツにとって理想的な、日本との友好関係を維持しつつ中国との経済関係を増進させていくのに支障が生じるかもしれない状況になってきました。

■日本にとって独は「遠い国」
 一方、日本は、ドイツを明治維新後に学んだ国、第二次大戦で共に戦って敗れた国、どちらの国民も優秀かつ勤勉である、というイメージで見る傾向が強いですが、メルケル首相が率いる現在のドイツを見るのに、このようなイメージは時代遅れか、あるいは当たり前すぎるでしょう。

 もし日本が現在のドイツを、西側の重要な一員でありながらイラク戦争のような場合には米国に同調しないという選択をできる国、脱原発という、経済的には負担が大きくなるが一大決断をできる国、という目で見るならば、メルケル首相の訪日もかなり異なるものとなり、緊迫感を伴ってきたかもしれません。しかし現実には、知識としてはドイツのこのような面を知っていても、日本の現状からは遠く離れた国のこととみなしています。要するに、現在のドイツは日本にとって直接影響のある国ではなく、また、日本とは環境があまりにも異なっているという印象が強いのです。

 両国とも以上のような立場の違いは十分理解しているので、メルケル首相の訪日に際し、立場の違いを目立たせないよう気を付けながら無難に首脳会談を行いました。メルケル首相はかなり踏み込んだ発言もしましたが、原発については、「日本はあれ程ひどい被害をこうむっておきながらなぜ続けるのか」と言いたかったのではないかと思われます。しかし、外交的配慮からそこまで言いませんでした。だからメルケル首相の訪日のポイントは何か分かりにくくなったのです。

■福島第一原発の視察を希望した?
 最後に、メルケル首相は人道上の理由と福島原発の崩壊の2点から東日本大震災について強い関心を持っているはずです。今回の訪日に際して、日本政府に被災地や福島原発の視察を希望したのではないかと、個人的には想像しています。メルケル首相が福島原発の視察に行けばあまりにもドイツと日本の違いが強調されすぎてしまうので、日本政府としては応じることはできなかったでしょうが、この点について少しでも情報が公開されておれば、メルケル首相の姿勢が明確になったのではないでしょうか。

 実際には何も発表されていないので、想像を重ねることになってしまいますが、日本政府には情報提供のあり方について考慮してもらいたく、またメディアにはこのような問題意識をもって追究してもらいたかったと思います。
2015.03.24

リー・クアンユー・シンガポール元首相の死去

リー・クアンユー・シンガポール元首相は学生時代から3月23日に他界するまで、つねに傑出した人物であったことは世界中に知られている。私は2000年、瓦防衛庁長官(当時)がリー上級相に会見した際、お供の一人として同氏の偉大さを垣間見る機会があった。同氏は首相職を退いてからすでに10年経過していたが、アジアの政治状況を一分の緩みもなくフォローしていた。リー氏が日本に対して強い関心を抱いていたこともよく知られていたが、いわゆる「日本びいき」という情緒的なことでなく、アジア情勢の透徹した分析から論理的に導き出した結果として日本に強い期待を抱いていた。リー氏がかくしゃくとして、しかしそれをやさしい言葉で包んで語った光景は忘れられない。
リー元首相のご冥福をお祈りする。
2015.02.07

原発の安全性とトリウム炉

友人から、トリウム炉がもっともすぐれているという趣旨の、古川和男氏の『原発安全革命』を送ってもらいました。以下はそれに対する私のメールです。

「先日は『原発安全革命』を送っていただきありがとうございました。こちらからの連絡が遅れて申し訳ありません。

私は技術のことは素人ですが、原発の安全性というか、安全なエネルギーを確保することには関心があり、古川さんがトリウム炉を提唱されていることも聞いていました。また、私が昨年末まで勤めていたキヤノングローバル戦略研究所の高温ガス炉研究会にも一度だけですが、顔を出したこともあります。このような関係から、軽水炉原発が日本としてよい選択であったか、米国、とくに産業界にしてやられたのではないか、今後も軽水炉でよいのか、など一応疑問を持っています。経産省がこれまでエネルギー確保のために努めてきたことは正当に評価すべきですが、原子力発電に関する同省行政の在り方については東日本大震災以降強い疑問を持ち、関係企業との癒着、ないしはなれ合いがあるのではないかという気持ちを払しょくできません。しかし、私の得意な分野でないためか、原発の安全性について自分で問題を調べたり、行動を起こしたりはしていません。

前置きが長くなりましたが、古川さんの本には興味深いことがいっぱい書いてあります。全部は理解できていませんが、拝読していて、政府が決定したエネルギー政策、核燃料サイクルの問題点をどのように取り上げ、さらに将来的には変えていくか、国民の安全にかかわるこの重要で複雑な世界にどのようにメスを入れていくかといういつもの疑問がわいてきました。古川さんはおそらく小型溶融塩発電炉FUJIを進めるのがよい、それが突破口になるとお考えなのだと思います。私も素人ながら、FUJIを研究し、推進することに興味がありますが、軽水炉や高温ガス炉との比較考量もしたうえで、もっともよい方法を導き出さなければなりません。

FUJIに関する今後の検討は誰が進めていくのでしょうか。科学的知識のある専門家が必要なのは当然ですが、専門家だけでは物事を動かせません。専門家だけでは原子力政策という難問を解決することは無理で、結局軽水炉派にいいようにやられてしまうでしょう。政府と官僚機構の仕組みに通じている人でこの問題に熱意を持って取り組める人の協力が絶対的に必要です。さらには広く国民の理解と協力も得ていかなければなりません。そのような大局的状況の中で、専門家の間でFUJIがどのように評価されているのかがまず問題になるでしょう。

さらに、私は、プルトニウムという危険物質を減少させることは日本の国益に照らしても重要と思っています。あれほど何回も事故を起こした高速増殖炉についていずれはうまくいくなどという話は聞きたくありません。

もう一つの問題は廃棄物の処理場が出てこないことです。これも極めつけの難問であることは世界中が知っています。しかし、現実には問題は未解決ですが、原発は再開されようとしており、そうなると行き場のない廃棄物が増加するのは不可避です。このことはすでに政治のレベルでも指摘されていますが、同調する人は思ったほど増えていない印象があります。

以上、私の関心事を簡単に列挙しました。今後、どう考えればよいか、また、どうしたらよいか、教えていただけると助かります。」

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