平和外交研究所

ブログ

オピニオン

2016.04.22

習近平政権の言論統制‐2016年(その2)

 習近平主席は「中央サイバーセキュリティ・情報化指導小組」の長である。習近平が一身に集めている権力の一つだ。形式的には宣伝工作、メディア対策などの総元締めであり、中共中央の宣伝部門もその指揮下に置かれている。習近平が実際どの程度個別の問題にまで指示しているかは不明だ。前回のコラムで紹介した議論によると、現場あるいは下部機構がメディアに対して恣意的な処分をしていることがうかがわれる。つまり、必ずしも習近平の考えではないということだ。
 一方、雑誌『炎黄春秋』において起こったことなどは、明らかに習近平の指示があったと推測される。この雑誌は中国革命の元老の次の世代、「紅二代」に属する胡徳平(胡耀邦の子)、李鋭(毛沢東の秘書)らにより出版されてきた雑誌だ。彼らは指導者におもねることなく比較的リベラルな発言で改革開放の推進を後押ししてきた。
 しかし、中央の宣伝部門にとっては、このような雑誌を野放しにしておくことは危険であり、様々な形で圧力を加えてきた。習近平主席が言論統制を強化する方針を打ち出したことは宣伝部門にとって追い風となり、2015年6月、当時の楊継縄編集長を辞任に追い込んだ(当研究所HP 2016.01.09付「習近平主席の2本の鞭-その2言論統制」)。
 習近平も「紅二代」だ。この雑誌の関係者は習近平と同等レベルの大物ばかりであり、その編集長を首にすることは習近平の直接の指示なしにはできないはずだ。

 習近平は諸権力を一身に集め、第2の毛沢東になろうとしていると言われるくらいだが、実際には習近平に批判的な人たちもおり、まだ微妙な状況もあるようだ。
 その関連で注目されたのは、習近平に対して辞任を要求した公開状だった(当研究所HP 2016.03.07付「習近平主席への公開状(抜粋)」、2016.03.28 付「(短文)習近平主席に対して辞職を求める公開状の調査」および2016.03.30 付「(短文)習近平に対する第2の辞任要求」)。
これを報道したサイトはすぐに閉鎖されたが、インターネットで広く流布された後であった。
 当局は犯人探しに躍起となり、少しでも関係した人物を拘束し、本人が捕まらない場合は家族に圧力を加えることも辞さなかった。中国の著名コラムニスト、賈葭も行方不明になった一人である。

 この公開状は本当に影響があったか。
 一つ意外なことが『炎黄春秋』誌で起こった。同誌は閉刊近くまで追い込まれていたのだが、当局は今年の春節(旧正月)を前にして態度をがらりと変えた。習近平の側近が同誌を訪問し、天安門事件で失脚した趙紫陽の業績をたたえることを勧めたのだ(米国に本拠がある『多維新聞』3月22日付)。
 また、同誌は昨年、新春交歓会を直前になって突然中止させられたのだが、今年は開催を認められた。
 杜導正同誌社長はかつて趙紫陽の薫陶を受けた人物だ。直ちに趙紫陽の業績をたたえる一文を掲載した。趙紫陽は天安門事件で学生に同情しすぎて失脚したのであり、趙紫陽についてこのような文章を発表することは、いわゆる民主派の不満を吸収する政治的意義がある。
 ただし、習近平に変化があったか否か、この件だけで判断することは困難だ。ジェスチャーだけかもしれない。
 習近平は4月19日、北京で「サイバーセキュリティと情報化に関する取り組みの座談会」を招集し、「イノベーション、協調、エコ、開放、共有の発展理念に従い中国の経済・社会発展を推進することは、当面の中国の発展における要請と大きな趨勢であり、中国のインターネット・情報事業の発展はこの大きな趨勢に適応し、新たな発展理念に実行において一歩先んじ、インターネット強国の建設を推進し、インターネット・情報事業の発展を推進し、インターネットが国と国民により良く幸福をもたらすようにするべきだ」と強調した(翌日の人民日報報道)。
 要するに、中国の発展に重要な役割を果たすインターネットを盛り立てなければならないと言っており、これまでインターネットを強く問題視し、かなり乱暴な手法でネット空間を統制してきた習近平政権として、この座談会では一味違った包容力を示した感もある。
 ただし、これは人民日報の報道だ。習近平がメディアは国家に奉仕するべきだという考えであることは周知であり、最近は「メディアは共産党の一家(姓党)」を繰り返し強調している。そう簡単に軟化するとは思えない。
 しかし、今までのようにただ言論統制を強化するだけでは不満が高まり、危険な状態に発展することを恐れ、一種のガス抜きを図った可能性はある。公開状の信ぴょう性とともに今後検証していくべきことだと思われる。

 個別の事案ではあいかわらず強権的に言論を統制するケースが目立っている。以下はその若干の例である。これは必ずしも網羅的でなく他にも隠れているケースがありうる。

○香港の「銅鑼灣書店」の店長、店員ら5人は、2015年10月、突然失踪した。後に中国から電話があり居場所が判明した。約5カ月後の3月24日、香港へ帰還した。中国での調査は終わっておらず、近日中に大陸へ戻るそうだ。彼らが中国によって拉致されたのは明らかだ。
○『明報』でパナマ文書の特集を組んだ編集幹部、姜国元が4月20日、突然解雇された。パナマ文書は習近平の親族が租税回避にかかわっていたことを暴露したことでよく知られている。香港の財界人も多数関与していた。『明報』紙側では、パナマ文書の特集が解雇の理由でないと説明しているが、誰からも信じられていないようだ。明報は香港の新聞として中国内の新聞ほど統制されていないが、完全に独立しているわけではない。
○さる1月、甘粛省の地元紙、「蘭州晨報」「蘭州晩報」「西部商報」に所属する男女3人の記者が拘束された。彼らは地元政府の不正などに関する報道を行ない、脅迫を受けていた。
○『南方都市報』前編集長、李新はタイへ出国し連絡を絶った。後に、本人から妻へ電話があり、中国での調査に協力していることが判明した。妻は「中国の当局により強制的に連れ去られたに違いない。鑼灣書店の店主と同じだ」と話している。

最後に、中国の言論統制に関する当研究所のコラムを掲げておく。
2013.10.23 「中国の言論統制強化」
2016.01.09 「習近平主席の2本の鞭-その2言論統制」
2016.04.20 「習近平政権の言論統制‐2016年(その1)」

2016.03.07付「習近平主席への公開状(抜粋)」
2016.03.28 「(短文)習近平主席に対して辞職を求める公開状の調査」
2016.03.30 「(短文)習近平に対する第2の辞任要求」

2016.04.15

パナマ文書が示す中国における信頼の欠如

 パナマ文書による暴露で、中国の習近平主席、英国のキャメロン首相、ロシアのプーチン大統領など世界的指導者が脱税工作に直接的、あるいは間接的に関与したのではないかと議論を呼んでいる。
 中国政府は神経をとがらせ、関連の報道を遮断したり(英ガーディアン紙によれば一昨年ころから何回か起こっている)、記者会見などでは一切ノーコメントで、話題にしないという厳しい反応を示したりしている。
 習近平を擁護する意見も出ている。習近平の義理の兄が以前オフショア法人に関係していたがもう終わっていることだから習近平には問題ないとする擁護論で、ネットに流れている。
 世界的な指導者の問題だから関心が集まるのはごく自然なことだが、中国についてはそれだけで済まない。もっと全体的な、現在の体制にかかわってくる問題があるように思われる。

 パナマ文書を作成したMossack Fonseca法律事務所に対し、パナマに法人設立を依頼した(目的は脱税)全世界の企業・個人のなかで、中国人と香港人(個人と法人を含め。以下単に中国人)が最も多くて16300あり、これは、2015年末の時点で、この事務所に来た依頼全体の約3分の1を占めており、ほかのどの国より断然多い。つまり、中国人は世界のどの国の人よりも多くオフショア法人を利用しているのだ。
 日本はいまのところまだほとんど出ていない。一説によると約400の個人・法人がかかわっているとも言われているが、仮にこの数字だとしても中国の40分の1だ。相対的には、あまりに少ないので物足りない気持ちがしないではないが、世界を股にかけて活躍するのは良いことなら別だが、脱税のためであれば喜べない。

 ともかく、これほど多くの中国人がオフショア法人を作りたがるのはなぜか。
 第1は、脱税が目的だ。
 第2に、中国の法と司法に信頼がないからだ。
 第3に、中国内では資本、カネの保護、移動が制限されており、金持ちには何かと不便だ。だから、特権階級はため込んだカネをオフショアで運用したがる。
 さらに、人民元のレートが低下するに伴い、この傾向が激しくなっている。

 これら3つの理由は相互に関係がある。とくに、第2と第3は密接に関連しあっているが、第2の方が広い。

 このような現象は不正行為を働いている中国人の個人的問題と見るのは皮相的な観察だ。中国には権力とつながり、また、権力によって保護され、利益をむさぼっている人が多数いることが問題だ。党と政府の官僚だけでなく、その親族も特権階級の一部を構成している。一種の社会現象と言えるだろう。
 しかも、彼らは、そのような不正行為がまかり通る状況は長続きしないと思っている。つまり、彼ら自身もよくないことだという認識を多かれ少なかれ抱きつつ、今のうちにできるだけ儲けておこうと考えている。彼らは結局、自分自身たち、自分たちの体制に信頼を持っていないのではないか。
 これはいわゆる「裸官」、すなわち、家族を外国で住まわせ、自分ひとり国内で悪事、あるいはすれすれのことをして蓄財し、発覚しそうになると家族のいる海外へ逃亡しようとする人たちに共通の考えだが、それに限らない。法律に触れないで利益をむさぼる特権階級も同様の考えであり、親族を何とか外国で勉強させ、勤務させ、金儲けさせようとしている。
 大多数の特権を享受できない人たちはこのような特権階級を怨嗟の目で見ている。もちろん信頼していない。つまり、中国では特権階級もそうでない人も現在のあり方に信頼を置いていないのではないか。
 中国人をすべて悪人で片づけるべきでないのはもちろんだ。古来より立派な人もいたし、今でも清廉潔白な人に会う。しかし、それより何倍、何十倍もの比率で不心得な中国人が表れてくる。
 ここに述べたことは推測がかなり混じっているが、少なくとも仮説としてその妥当性を確認していくべきことと思われる。

2016.04.12

(短評)ケリー長官の被爆地訪問の印象

 G7外相会合について昨日もコメントしたが、それは「核軍縮および不拡散に関する広島宣言」、つまり、外相会合での議論の結論についてであった。

 ケリー長官は、原爆資料館や原爆ドームなどを訪問した印象として、「感極まるものだったことを個人レベルで表明したい」「驚異的」で「人間としてのすべての感受性を揺さぶられる衝撃的な展示だった」と語ったと伝えられている。メディアによって報道内容に若干の相違はあるが、感極まったこと、驚いたこと、それに極度に強い衝撃であったことなどの点ではほぼ共通している。
 各国の報道を丹念に調べていく余裕はないが、他の外相も同様だったと思われる。そして、外相たちがこのような経験をしたことが今次会合の最大の成果だ。
 
 もちろん、その衝撃から核兵器の非人道性についての確信へ、さらには廃絶に進んでもらいたいと思う。しかし、そのためには、政治的な問題も絡んでくる。そのレベルになると、各国の考えは一致していない。

 実は、今回の会合で外相たちが体験したことも他の人には共有されていない。外相たちは広島へ来る前から核兵器についての知識を持っていたが、その知識は原体験がないうえで得た知識に過ぎず、核爆発の実相を知っておれば知識もおのずと違ってきたはずだ。
 だから、外相たちが被爆体験を多少なりとも共有したことは大きな前進だったと思う。
 次はもちろん世界の指導者たちによる被爆地訪問だ。

アーカイブ

検索

このページのトップへ

Copyright©平和外交研究所 All Rights Reserved.