中国
2019.01.30
しかし、実際には、習近平の地位はまだ完全には固まっていないと思われる。その証左に、つぎのような出来事が起こっている。
〇陝西省では、石炭採掘と大規模違法建築に関し、中央の指示を無視したり、従わなかったりする事件が発生した。
前者は「千億鉱山開発案件」と呼ばれる。石炭の採掘をめぐって陝西省と鉱山開発業者との間で争いが起こり、訴訟となった事件である。発生したのは2006年なので習近平の前任の胡錦濤主席の時代であったが、政権が代わってからも問題は解決しなかった。裁判はすでに中国の最高裁判所まであがり、業者側が勝訴したが、執行はされていないという。
長年問題が解決しなかっただけではない。本件については陝西省の前書記(ナンバーワン)であった趙正永が関与していた。具体的な問題は一部しか明らかになっていないが、最高裁で事件を担当した王林清裁判官が判決を書く直前の2016年11月、関係のファイルが20日間あまり逸失したことがあった。
王裁判官は当時から身の危険を覚えていたらしく、公式の記録とは別に個人的な記録を作っており、これはのちに公になった。しかし、王氏自身は現在行方不明となっている(ラジオ・フランス・アンテルナショナル1月24日)。最高裁の暗部を暴露したからだと言われている。
後者は「秦岭別荘違法建築案件」と呼ばれ、テレビ局の取材がきっかけとなって発覚し、同省のガバナンスが問われる問題に発展した事件である。違法建築は4桁に上るほどの数であり、しかもテレビ局の放映で一般の関心が高かったので、中央は陝西省に対し事件の糾明と善処を求めた。しかし、陝西省ではまじめに対処せず、中央からの指示を関係部署に回すだけでほとんど何もしなかった。習主席としても手を焼いたらしく、前後6回にわたって指示を出した。また、中央は陝西省に対して人事上の措置も行い、数十名を入れ替えた。さらに反腐敗運動で恐れられる中央規律検査委員会から調査チームを派遣してようやく陝西省を従わせることができたという。陝西省が違法建築の除去を始めたのは2018年8月であった。
中央の機能不全は胡錦濤時代の代名詞のように見られているが、習近平政権下でも起こっているのである。
この2つの事件は、習近平主席の権威は実際には絶対的でなく、指示通りには動こうとしない地方の指導者がいることを示唆している。中国の省・自治区のナンバーワンは中央の大臣クラスであり、人事異動で中央政治局入りすることがよくある。
中国は、問題があるとみなした人物を強権的な方法で拘束し、取り調べる。その例は、国際刑事機構の孟宏偉総裁をはじめ脱税容疑の有名女優、人権派弁護士、日本に滞在中の研究員、香港の書店主など多数に上る。王林清裁判官の場合は現在のところ状況が不明であるが、実際には、拘束されていると思われる。
〇長老による習近平批判
中国の著名な改革派経済学者である茅于軾(ぼううしょく 天則経済研究所名誉理事長)は2018年末、Voice of Americaのインタビューで、「習近平は今日に至るまで国家を指導する理念を作っておらず、国をどの方向に導いていくか、どのような道筋で、何を目標に、どのような人を用いて治めていくか明確にしていない。アドバイザーに助けられて指導者らしくしているのか。あるいは表面は立派だとほめられながら実際には批判されているのか。それとも本人が馬鹿なのか。終身的に地位を確保するには憲法を改正する必要などない」と痛烈に批判している(当研究所HP「中国人研究者による習近平主席批判」2018年12月19日)。
このように激しい習近平批判は、常識的には不可能である。もちろん、茅于軾は当局からにらまれ、手荒に扱われているだろうが、他の人と違って拘束はされず、何とか活動を続けている。
中国には例外的に大胆な政府批判を行える人物がいるのも事実である。民主化を求める人たち、弁護士、長老などであり、共産党の権威を重視する習近平主席の下でこれらの勢力は大幅にそがれているが、長老の一部には今なお強い発言をする人物が残っており、茅于軾はその一人である。
中国共産党の歴代総書記の中でもっともリベラルな人物の一人であり、「ブルジョワ自由化」を進めたと批判され失脚した胡耀邦の長男、胡德平もそのような長老になりつつある。
1月16日、リベラルな研究者の会合で、胡徳平は、「ソ連の失敗は高度に中央集権的な政治体制と硬直した経済制度が原因であった。両方とも社会主義国として当然のことではない。資本主義国家は技術の進歩により効率を高めた。大量の資本投下により成長を図るのは間違いだ」と発言し、注目された。最後の論点は明らかな政府批判である。
〇陳小雅の政府批判
陳小雅は1955年生まれ。かつて『紅旗』誌の副編集長を務めるなど体制派の研究者であったが、天安門事件を題材にした『八九民運史(八九は天安門事件のこと。民運とは民間運動の意味である)』を発表したため当局からにらまれ社会科学院から追放された。しかし、その後も、中国における民主化運動について著作活動を続けている。
1月27日、陳小雅は、出国しようとしたが空港で止められた。陳は、習近平、王滬寧および郭声琨(公安部長)の3名に対し、公開状を送り付け、「あなたたちは何を根拠にわたくしの出国は国家の安全に危害をもたらすなどと言うのか。その証拠を見せてほしい」とかみついた。しかも、同書簡の末尾には「病人が国を治めている。これこそ国家に対する最大の危険である」と大胆な言葉を書き添えた。
習近平の独裁的権力はほんものか その2
習近平主席は国政の全般にわたって権力を一身に集め、また、憲法を改正して終身主席になる道を拓くなど、独裁的地位を固めたと言われる。しかし、実際には、習近平の地位はまだ完全には固まっていないと思われる。その証左に、つぎのような出来事が起こっている。
〇陝西省では、石炭採掘と大規模違法建築に関し、中央の指示を無視したり、従わなかったりする事件が発生した。
前者は「千億鉱山開発案件」と呼ばれる。石炭の採掘をめぐって陝西省と鉱山開発業者との間で争いが起こり、訴訟となった事件である。発生したのは2006年なので習近平の前任の胡錦濤主席の時代であったが、政権が代わってからも問題は解決しなかった。裁判はすでに中国の最高裁判所まであがり、業者側が勝訴したが、執行はされていないという。
長年問題が解決しなかっただけではない。本件については陝西省の前書記(ナンバーワン)であった趙正永が関与していた。具体的な問題は一部しか明らかになっていないが、最高裁で事件を担当した王林清裁判官が判決を書く直前の2016年11月、関係のファイルが20日間あまり逸失したことがあった。
王裁判官は当時から身の危険を覚えていたらしく、公式の記録とは別に個人的な記録を作っており、これはのちに公になった。しかし、王氏自身は現在行方不明となっている(ラジオ・フランス・アンテルナショナル1月24日)。最高裁の暗部を暴露したからだと言われている。
後者は「秦岭別荘違法建築案件」と呼ばれ、テレビ局の取材がきっかけとなって発覚し、同省のガバナンスが問われる問題に発展した事件である。違法建築は4桁に上るほどの数であり、しかもテレビ局の放映で一般の関心が高かったので、中央は陝西省に対し事件の糾明と善処を求めた。しかし、陝西省ではまじめに対処せず、中央からの指示を関係部署に回すだけでほとんど何もしなかった。習主席としても手を焼いたらしく、前後6回にわたって指示を出した。また、中央は陝西省に対して人事上の措置も行い、数十名を入れ替えた。さらに反腐敗運動で恐れられる中央規律検査委員会から調査チームを派遣してようやく陝西省を従わせることができたという。陝西省が違法建築の除去を始めたのは2018年8月であった。
中央の機能不全は胡錦濤時代の代名詞のように見られているが、習近平政権下でも起こっているのである。
この2つの事件は、習近平主席の権威は実際には絶対的でなく、指示通りには動こうとしない地方の指導者がいることを示唆している。中国の省・自治区のナンバーワンは中央の大臣クラスであり、人事異動で中央政治局入りすることがよくある。
中国は、問題があるとみなした人物を強権的な方法で拘束し、取り調べる。その例は、国際刑事機構の孟宏偉総裁をはじめ脱税容疑の有名女優、人権派弁護士、日本に滞在中の研究員、香港の書店主など多数に上る。王林清裁判官の場合は現在のところ状況が不明であるが、実際には、拘束されていると思われる。
〇長老による習近平批判
中国の著名な改革派経済学者である茅于軾(ぼううしょく 天則経済研究所名誉理事長)は2018年末、Voice of Americaのインタビューで、「習近平は今日に至るまで国家を指導する理念を作っておらず、国をどの方向に導いていくか、どのような道筋で、何を目標に、どのような人を用いて治めていくか明確にしていない。アドバイザーに助けられて指導者らしくしているのか。あるいは表面は立派だとほめられながら実際には批判されているのか。それとも本人が馬鹿なのか。終身的に地位を確保するには憲法を改正する必要などない」と痛烈に批判している(当研究所HP「中国人研究者による習近平主席批判」2018年12月19日)。
このように激しい習近平批判は、常識的には不可能である。もちろん、茅于軾は当局からにらまれ、手荒に扱われているだろうが、他の人と違って拘束はされず、何とか活動を続けている。
中国には例外的に大胆な政府批判を行える人物がいるのも事実である。民主化を求める人たち、弁護士、長老などであり、共産党の権威を重視する習近平主席の下でこれらの勢力は大幅にそがれているが、長老の一部には今なお強い発言をする人物が残っており、茅于軾はその一人である。
中国共産党の歴代総書記の中でもっともリベラルな人物の一人であり、「ブルジョワ自由化」を進めたと批判され失脚した胡耀邦の長男、胡德平もそのような長老になりつつある。
1月16日、リベラルな研究者の会合で、胡徳平は、「ソ連の失敗は高度に中央集権的な政治体制と硬直した経済制度が原因であった。両方とも社会主義国として当然のことではない。資本主義国家は技術の進歩により効率を高めた。大量の資本投下により成長を図るのは間違いだ」と発言し、注目された。最後の論点は明らかな政府批判である。
〇陳小雅の政府批判
陳小雅は1955年生まれ。かつて『紅旗』誌の副編集長を務めるなど体制派の研究者であったが、天安門事件を題材にした『八九民運史(八九は天安門事件のこと。民運とは民間運動の意味である)』を発表したため当局からにらまれ社会科学院から追放された。しかし、その後も、中国における民主化運動について著作活動を続けている。
1月27日、陳小雅は、出国しようとしたが空港で止められた。陳は、習近平、王滬寧および郭声琨(公安部長)の3名に対し、公開状を送り付け、「あなたたちは何を根拠にわたくしの出国は国家の安全に危害をもたらすなどと言うのか。その証拠を見せてほしい」とかみついた。しかも、同書簡の末尾には「病人が国を治めている。これこそ国家に対する最大の危険である」と大胆な言葉を書き添えた。
2019.01.28
日本のメディアは慎重に見守っているが、『多維新聞』(在米の中国語新聞)、BBC、ラジオ・フランス・アンテルナショナル(rfi)などは中国政治の異常な状況を概略以下のように伝えている。
1月21日から各省(地方の各省・自治区)、各部(国務院の各省庁)のトップを集めて「研討会(研究と検討の会)」が、続いて25日には党中央政治局会議が開催されたが、異例である。
政治局会議は昨年末に開催されたばかりであった。これは中国共産党の最重要会議の一つであり、毎月開催されるものではない。また、「研討会」が4日間にわたって開催されたのは、事の重大さを示しており、「重大危機处理研討班」と報道したものもあった。
24日、「研討会」を締めくくるにあたり、王 滬寧(ワン フーニン)政治局常務委員(トップ7の一人)は「最悪の事態に備えよ」と発言した。中国では、そんな言葉はめったに聞かれない。王滬寧は何を言おうとしていたのか憶測を呼んだ。
25日の政治局会議では「党の政治建設を強化することに関する中共中央の意見」や「中国共産党重大事項請示(指示を仰ぐこと)報告条例」などを審議したが、これも異例なことだった。党の強化については、習近平政権が成立して以来何回も呼びかけてきたにもかかわらず、また党建設を強化するというのは奇妙なことである。
「重大事項に関し指示を求め、報告する条例」は、「指示を求めるべきであれば実際に求めなけらればならない」と言っている。習近平は各機関、各地方のすることに安心していない、草木皆兵(相手の勢いなどに恐れおののくあまり、何でもないものに対しても、自分の敵であるかのように錯覚しておびえること)のような状態にある。
これらの会議で一貫して強調されたのは「安定」と「政治的安全」であった。習近平自身も「七つの安全」を唱えたが、その中で一番重要なのは「政治的安全」であった。
若干さかのぼって、1月17日の全国公安庁局長会議で、趙克志公安部長はさらに直接的に、「政権の安全、制度の安全が国家政治の安全の核心である。中国共産党の指導と我が国の社会主義制度を敢然と防衛しなければならない」と述べていた。
中国の内部事情は外から見たのとかなり違っており、共産党の独裁体制についての不安定感はかつてないほど深刻だ。
このような政治の不安定感は最近急速に高まった。数年前、中国は米国とともに世界を管理しようとした。数カ月前にも「目には目を、歯には歯を」などと強がりを言っていたが今はまるで違ってきている 1949年に中国共産党が初めて政権を奪取した時のように、薄氷を踏むように危うく、敵に取り囲まれているという評論もある。
安全が脅かされている原因は、対外面では米国との貿易戦争である。
対内面ではMinsky Momentが来ているとも言われている。資産価格が大幅に下落する危機であり、所有権、株券、不動産、ファンド、銀行、証券会社、などについて信用がなくなれば問題が爆発し、だれも逃げられなくなる。
習近平自身、意外な事態が起こりうることに警鐘を鳴らしているが、ではどうするかについては、あくまで党中央の監督を強化し、さまざまな規則を制定するなど専制的な方法で対処しようとしている。しかし、本当に恐ろしい事態が起これば、絶望的な「自力更生」しかなくなるのではないかという者もいる。共産党にも、独裁体制にも頼れなくなることである。
以上のような見方は、一部、思い込みや誇張があるかもしれないが、我々が見逃すことができない事実も伝えている。習近平以下の指導者が共産党独裁体制の維持可能性について懸念を抱いていることは今年になってから現れ始めた現象でなく、かねてからの問題であるが、以上が伝える中国の状況は想像以上に深刻である。
中国という巨大な国の政治状況を安易に単純化できないのはもちろんである。習近平政権は第1期(2012~17年)において、汚職の摘発や国家制度の改革などおいては顕著な実績を上げたかに見えたが、政権の基盤を強化できたかといえば、疑問がある。習近平氏はそのような状況の中で、あくまで共産党による指導を強化して乗り切ろうとしているようだが、はたして正解か、今年1年だけでもさまざまなことがありそうだ。
習近平の独裁的権力はほんものか その1
今年は「中華人民共和国」建国から70周年にあたる。しかし、中国、とくに権力の中枢は祝賀ムードにないようだ。日本のメディアは慎重に見守っているが、『多維新聞』(在米の中国語新聞)、BBC、ラジオ・フランス・アンテルナショナル(rfi)などは中国政治の異常な状況を概略以下のように伝えている。
1月21日から各省(地方の各省・自治区)、各部(国務院の各省庁)のトップを集めて「研討会(研究と検討の会)」が、続いて25日には党中央政治局会議が開催されたが、異例である。
政治局会議は昨年末に開催されたばかりであった。これは中国共産党の最重要会議の一つであり、毎月開催されるものではない。また、「研討会」が4日間にわたって開催されたのは、事の重大さを示しており、「重大危機处理研討班」と報道したものもあった。
24日、「研討会」を締めくくるにあたり、王 滬寧(ワン フーニン)政治局常務委員(トップ7の一人)は「最悪の事態に備えよ」と発言した。中国では、そんな言葉はめったに聞かれない。王滬寧は何を言おうとしていたのか憶測を呼んだ。
25日の政治局会議では「党の政治建設を強化することに関する中共中央の意見」や「中国共産党重大事項請示(指示を仰ぐこと)報告条例」などを審議したが、これも異例なことだった。党の強化については、習近平政権が成立して以来何回も呼びかけてきたにもかかわらず、また党建設を強化するというのは奇妙なことである。
「重大事項に関し指示を求め、報告する条例」は、「指示を求めるべきであれば実際に求めなけらればならない」と言っている。習近平は各機関、各地方のすることに安心していない、草木皆兵(相手の勢いなどに恐れおののくあまり、何でもないものに対しても、自分の敵であるかのように錯覚しておびえること)のような状態にある。
これらの会議で一貫して強調されたのは「安定」と「政治的安全」であった。習近平自身も「七つの安全」を唱えたが、その中で一番重要なのは「政治的安全」であった。
若干さかのぼって、1月17日の全国公安庁局長会議で、趙克志公安部長はさらに直接的に、「政権の安全、制度の安全が国家政治の安全の核心である。中国共産党の指導と我が国の社会主義制度を敢然と防衛しなければならない」と述べていた。
中国の内部事情は外から見たのとかなり違っており、共産党の独裁体制についての不安定感はかつてないほど深刻だ。
このような政治の不安定感は最近急速に高まった。数年前、中国は米国とともに世界を管理しようとした。数カ月前にも「目には目を、歯には歯を」などと強がりを言っていたが今はまるで違ってきている 1949年に中国共産党が初めて政権を奪取した時のように、薄氷を踏むように危うく、敵に取り囲まれているという評論もある。
安全が脅かされている原因は、対外面では米国との貿易戦争である。
対内面ではMinsky Momentが来ているとも言われている。資産価格が大幅に下落する危機であり、所有権、株券、不動産、ファンド、銀行、証券会社、などについて信用がなくなれば問題が爆発し、だれも逃げられなくなる。
習近平自身、意外な事態が起こりうることに警鐘を鳴らしているが、ではどうするかについては、あくまで党中央の監督を強化し、さまざまな規則を制定するなど専制的な方法で対処しようとしている。しかし、本当に恐ろしい事態が起これば、絶望的な「自力更生」しかなくなるのではないかという者もいる。共産党にも、独裁体制にも頼れなくなることである。
以上のような見方は、一部、思い込みや誇張があるかもしれないが、我々が見逃すことができない事実も伝えている。習近平以下の指導者が共産党独裁体制の維持可能性について懸念を抱いていることは今年になってから現れ始めた現象でなく、かねてからの問題であるが、以上が伝える中国の状況は想像以上に深刻である。
中国という巨大な国の政治状況を安易に単純化できないのはもちろんである。習近平政権は第1期(2012~17年)において、汚職の摘発や国家制度の改革などおいては顕著な実績を上げたかに見えたが、政権の基盤を強化できたかといえば、疑問がある。習近平氏はそのような状況の中で、あくまで共産党による指導を強化して乗り切ろうとしているようだが、はたして正解か、今年1年だけでもさまざまなことがありそうだ。
2019.01.10
金委員長は昨年末トランプ大統領に書簡を送っていた。その内容は公開されていないが、トランプ大統領は「素晴らしい手紙であった」と喜んだ。また、金委員長が新年の辞で述べたことも前向きであった。これらを通じて、両指導者は非核化の目標に変わりはないことを確かめ合った。実務者協議は停滞しているが、両指導者の姿勢は明確だ。
金委員長はなぜ中国へ行ったか。1月8日は金委員長の誕生日であり、その祝賀を北京で行うことは異例である。初めてのことではなかったか。
金委員長は昨年3回訪中しており、今度は習近平主席が訪朝する番だ。そう決まっているのではないが、だれが考えてもそれは北朝鮮が期待していることである。
にもかかわらず、金委員長が訪中したのは、近く米国の大統領と再び会談するにあたって、北朝鮮としては中国との緊密な関係を背景として米国との関係を進めるのだという姿勢を明確にしておくためであったようだ。
金委員長がそこまであえてしたのは、トランプ大統領から要求されることは北朝鮮の安全にとって深刻な危険を伴うことであると考えているからだと思われる。
すなわち、トランプ大統領と会談すれば、北朝鮮が核兵器を含むすべての核関連施設を検証にゆだねる「申告」をする決断を迫られる。これは「非核化のリスト」と呼ばれることもある。北朝鮮にとってこれは非常に危険なことである。その「申告」には、核兵器が何発、どこに保管されているか、それを、いつ、どこで、だれが廃棄するのかまで記載されるのであり、そんなことを米国に示すのは北朝鮮としては首を洗って敵に差し出すようなものだからである。北朝鮮内部には、そのような「申告」は危険だ、そんなことをすれば北朝鮮は滅びると心配する人がいるだろう。金委員長は北朝鮮で絶対的な権力者であっても、国民からそのような悲鳴が上がれば、無視できない。
つまり、金委員長は「非核化」を決断する前に、中国との緊密な関係を再確認しておこうとしたのであろう。そうすれば、「非核化」後の北朝鮮にとって安全保障面での後ろ盾になるし、また、北朝鮮内部を非核化で引っ張っていくのに役立つからである。
中朝関係は、東西冷戦の終結、両国、とくに北朝鮮の指導者の交代などを経てかなり揺らいできたが、この際金委員長としては、中国との特別に緊密な関係を再確認することが最適だと改めて認識したのだと思われる。
金委員長の訪中のもう一つの目的は、中国の改革開放と経済発展の実情を自ら視察し、北朝鮮の経済発展に役立たせることである。
過去3回の訪中時にも経済関連施設、とくに農業研究施設を視察しており、今回は医薬品工場やハイテク企業が集まる「北京経済技術開発区」を視察した。
金委員長は「中国の発展経験は非常に貴重なものであり、今後も訪れて実地で見分し、交流したい」と述べている(新華社1月10日)。
中国は北朝鮮がこのように親近感を示し、頼ってくることを歓迎している。「弟分になった」とは口に出して言わないだろうが、実際にはそのような気持ちなのではないか。
中国は北朝鮮が「非核化」することも賛成している。中国はもともと北朝鮮の核開発を苦々しく見守ったのであり、「非核化」は中国にとっても好ましいことである。
今回の金委員長の訪中について公式の発表はないが、新華社電の報道は両首脳が朝鮮半島の平和と安定に貢献したことを伝えており、その中で金委員長は「半島の非核化の立場を堅持する」と述べ、習主席は「北朝鮮が半島の非核化の方向を堅持することを支持する」と応じている。
金正恩委員長の訪中(第4回目)
金正恩委員長は1月7~10日、第4回目の訪中を行った。最大の目的はトランプ大統領との再会談に備え、中国との関係を再確認しておくことであったと思う。金委員長は昨年末トランプ大統領に書簡を送っていた。その内容は公開されていないが、トランプ大統領は「素晴らしい手紙であった」と喜んだ。また、金委員長が新年の辞で述べたことも前向きであった。これらを通じて、両指導者は非核化の目標に変わりはないことを確かめ合った。実務者協議は停滞しているが、両指導者の姿勢は明確だ。
金委員長はなぜ中国へ行ったか。1月8日は金委員長の誕生日であり、その祝賀を北京で行うことは異例である。初めてのことではなかったか。
金委員長は昨年3回訪中しており、今度は習近平主席が訪朝する番だ。そう決まっているのではないが、だれが考えてもそれは北朝鮮が期待していることである。
にもかかわらず、金委員長が訪中したのは、近く米国の大統領と再び会談するにあたって、北朝鮮としては中国との緊密な関係を背景として米国との関係を進めるのだという姿勢を明確にしておくためであったようだ。
金委員長がそこまであえてしたのは、トランプ大統領から要求されることは北朝鮮の安全にとって深刻な危険を伴うことであると考えているからだと思われる。
すなわち、トランプ大統領と会談すれば、北朝鮮が核兵器を含むすべての核関連施設を検証にゆだねる「申告」をする決断を迫られる。これは「非核化のリスト」と呼ばれることもある。北朝鮮にとってこれは非常に危険なことである。その「申告」には、核兵器が何発、どこに保管されているか、それを、いつ、どこで、だれが廃棄するのかまで記載されるのであり、そんなことを米国に示すのは北朝鮮としては首を洗って敵に差し出すようなものだからである。北朝鮮内部には、そのような「申告」は危険だ、そんなことをすれば北朝鮮は滅びると心配する人がいるだろう。金委員長は北朝鮮で絶対的な権力者であっても、国民からそのような悲鳴が上がれば、無視できない。
つまり、金委員長は「非核化」を決断する前に、中国との緊密な関係を再確認しておこうとしたのであろう。そうすれば、「非核化」後の北朝鮮にとって安全保障面での後ろ盾になるし、また、北朝鮮内部を非核化で引っ張っていくのに役立つからである。
中朝関係は、東西冷戦の終結、両国、とくに北朝鮮の指導者の交代などを経てかなり揺らいできたが、この際金委員長としては、中国との特別に緊密な関係を再確認することが最適だと改めて認識したのだと思われる。
金委員長の訪中のもう一つの目的は、中国の改革開放と経済発展の実情を自ら視察し、北朝鮮の経済発展に役立たせることである。
過去3回の訪中時にも経済関連施設、とくに農業研究施設を視察しており、今回は医薬品工場やハイテク企業が集まる「北京経済技術開発区」を視察した。
金委員長は「中国の発展経験は非常に貴重なものであり、今後も訪れて実地で見分し、交流したい」と述べている(新華社1月10日)。
中国は北朝鮮がこのように親近感を示し、頼ってくることを歓迎している。「弟分になった」とは口に出して言わないだろうが、実際にはそのような気持ちなのではないか。
中国は北朝鮮が「非核化」することも賛成している。中国はもともと北朝鮮の核開発を苦々しく見守ったのであり、「非核化」は中国にとっても好ましいことである。
今回の金委員長の訪中について公式の発表はないが、新華社電の報道は両首脳が朝鮮半島の平和と安定に貢献したことを伝えており、その中で金委員長は「半島の非核化の立場を堅持する」と述べ、習主席は「北朝鮮が半島の非核化の方向を堅持することを支持する」と応じている。
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