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2018.11.09

マンチェスター・Uに所属するセルビア人MFマティッチ

 先般のサッカーワールドカップ・ロシア大会の際に、かつてユーゴで起こった悲劇を思い起させる出来事があったことを紹介したが、今度はイングランドのプレミアリーグの試合で、マンチェスター・Uに所属するセルビア人MFネマニャ・マティッチがとった行動に注目が集まった。

 英国では、11月11日の英霊記念日にポピーの花を洋服等につける習慣があり、今年もプレミアリーグの選手はユニフォームにポピーの花のマークを着けて試合に臨んだ。しかし、マティッチだけは着用しなかった。試合前に横一列に並んで記念撮影ではポピーをつけないマティッチが目立っていた。

おそらく、インターネットなどでそのことを指摘されたのだろう。マティッチは自身のインスタグラムでポピーの花を着けなかったのは「個人的な選択」としつつ、次のように語った。

「人々がポピーの花を着けている理由はわかってる。私は、全ての人の権利を尊重し、紛争により愛する人を失った方に同情します」。
「1999年、私が12歳のときに住んでいたヴレロは爆撃により荒廃していた。私にとって戦争の思い出はそのことだけです。その反動で、今はポピーの花をユニフォームに着けることが正しいとは思っていない」。
「英国の象徴であるポピーの花を傷つけたり、誰かを怒らせたいわけではない。我々はそれぞれの教育を受けてきた。このような理由に基づいた個人的な選択だ」
「この理由を理解してくれることを願っている。そうすれば、この後に控える試合でチームを助けることに集中できる」
(YAHOOニュース11月7日)。

 マティッチの行動には賛否両論があるだろう。きわどい問題なので注目されたのだが、結果的にはマティッチの説明は受け入れられたものと推測している。希望しているというべきかもしれない。

「ヴレロ」はセルビアの西部にある「ウヴ」市近郊の村だ。「ウヴ」市はマティッチの活躍を誇りとして、道路の一つをネマニャ・マティッチ通りにするそうだ。

1999年の爆撃とは、NATO諸国が、セルビア(当時は「旧ユーゴ」すなわち「ユーゴスラビア連邦共和国」)のミロシェビッチ大統領は「民族浄化」を進めているとしてそれを止めさせるためセルビア各地で行った爆撃のことであり、セルビアとコソボは無残に破壊され、多くの犠牲者が出た。
歴史の流れで言えば、「旧ユーゴ」が解体する過程において、コソボではセルビア人と、数では多数を占めるアルバニア人の対立が激化し、「民族浄化」と呼ばれる惨劇が起こって国際問題になったのである。
NATOでは、セルビア各地を爆撃することはやむをえなかったと見なされているが、爆撃を受けた住民はたまったものでなかった。12歳だったネマニャ少年にとってあまりにも悲惨な出来事だったのだろう。

 英国は爆撃を行った主要国であり、軍人の栄誉をたたえ記念する「英霊記念日」にマティッチが英国人と同じ気持ちになれず、ポピーを着用できなかったのも無理はない。

 戦争の記憶は簡単には消えない。東アジアでは70年以上たっても戦争の傷跡が残っている。セルビアでは爆撃からまだ30年足らずである。セルビアの首都、ベオグラード市内では、クネーザ・ミロシュ通りという幹線道路沿いに共和国政府、外務省、国防省・総参謀本部のコンプレックス、警察が並んでおり、その多くが爆撃され、半分近くが吹き飛んでしまった建物もあった。この光景は異様としか言えないものであり、日本から来た人は誰しも息をのんで凝視する。

 数週間前、セルビアから来た人に尋ねると、爆撃の跡はまだ手付かずのままだという。セルビアは今でも厳しい経済状況にあるのだ。

 このセルビア人は、「バルカン室内管弦楽団」の一員として来日した。この楽団は、今でも強く残っているバルカンにおける諸民族の対立をやわらげ、和解を促すために日本の指揮者、柳澤寿男氏が献身的な努力で立ち上げ、率いているものである。バルカンと日本の各地で演奏を行っており、その意義は高く評価されている。
 その費用はバルカン側では負担困難であり、日本側、実際には柳澤氏が中心になって金策に努めている。ご関心のある読者にも支援をいただければ幸いである。
 同楽団には同名のホームページ(http://www.marscompany-balkan.com/balkan/)がある。

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