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2016.11.02

(短評)アウン・サン・スー・チー・ミャンマー国家最高顧問の訪日

 11月1日から5日まで,アウン・サン・スー・チー・ミャンマー国家最高顧問が訪日する。同氏は80年代の半ば、日本に留学していたこともあり日本には親近感を持っているが、日本が軍事政権時代に援助を供与していたことには不満であったと言われている。新政権下のミャンマーをどのように見るべきか。

 訪日は8月末の中国、9月の米国訪問の後となった。それより以前の5月、同最高顧問はラオスを訪問していた。ラオスは今年のASEAN議長国なのでスー・チー最高顧問が最初の訪問先としてラオスを選んだのはごく自然なことだったと思う。
 中国訪問はネピドーで民族和解の大会議、「21世紀パンロン会議」が開催される直前であり、スー・チー氏は多忙だったはずだが、あえて中国を訪問した。一部少数民族はこの会議に参加するのを拒否して武装闘争を続けており、中国との関係が深い彼らを抑えるのに中国の協力を必要としたことが背景にあったと思われる。
 ミャンマーと中国とは地理的、歴史的に関係が深い。しかも南シナ海問題などのためにASEANとの関係増進を重視する中国は、新政権の成立直後に王毅外相を訪問させるなど、ミャンマーを取り込もうとする姿勢が顕著である。去る8月のスー・チー最高顧問の訪中においても中国の積極的な姿勢が目立った。

 ミャンマーの対外関係は国内政治と密接に関係している。ミャンマーでは今でも軍が特権を保持しており、軍の意向に反すると何もできなくなる。新政権としては軍の特権を取り上げたいが、一部とはいえ、政府と対立する少数民族がいる限り、軍に頼らざるを得ない。少数民族はミャンマーの全人口の3割近くを占めており、最大問題だ。
 新政権は、成立後、憲法を改正して軍の特権を廃止しようとしたが、うまくいかなかった。そこでスー・チー氏の父アウン・サン将軍が試みた民族和解の方式である「パンロン会議」を70年ぶりに復活させ、全少数民族の代表が一同に会して協力しあう道を拓こうとした。
 しかし、一部少数民族は依然として政府と対立している。「パンロン会議」は今後も半年に1回程度開催されるそうだが、諸民族の大同団結を実現するにはまだ道は遠い。したがってまた、軍の特権も当分の間は大目に見ざるを得ない。
 アウン・サン・スー・チー最高顧問が率いる新政権による民主的国家の建設計画は、大まかに言ってそのようなバランスの上に成り立っているように見える。今後の重点は経済発展であり、これまで制裁のために出られなかった米国企業もミャンマーに強い関心を示しているそうだ。
 中国は、とくに少数民族地域では一歩も二歩も先に行っているが、環境問題のために現地の反発が強いミッソン・ダムのような矛盾もある。
 日本は今後経済面でのかかわりを深めていくことになるが、政府、軍、少数民族の間の対立関係が妨げにならないよう注意が必要だ。
 

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