平和外交研究所

ブログ

朝鮮半島

2020.06.18

金与正氏の突出ぶり

 南北朝鮮間の緊張が高まっている。北朝鮮は6月16日、開城(ケソン)に設置されている南北共同連絡事務所を爆破した。この事務所は韓国の文在寅政権が進める南北融和政策の象徴として2018年9月、韓国政府が建設費用の約180億ウォン(約17億円)を支払って開設したものであり、南北の当局者が常駐して日常的に意思疎通していた。

 関係悪化の原因は、北朝鮮に対する制裁を解除するよう韓国が米国を説得できないことである。北朝鮮は脱北者による北朝鮮への気球を使ったビラ散布も攻撃しているが、それは一部の問題である。新型コロナウイルス問題については「感染者ゼロ」というのが北朝鮮の公式見解だが、中国との貿易はそのあおりを受けて大幅に減少している。

 関係悪化が目立ってきたのは去る3月からであり、北朝鮮側で韓国批判の先頭に立ったのは金正恩委員長の妹、金与正党第一副部長であり、同氏の言動には印象的なことが2点あった。1つは、突然、恐ろしい言辞を弄し始めたことと、2つ目は同氏が北朝鮮の軍隊の上に立って指示を下していることである。

 同氏はこれまで北朝鮮の高官のイメージには似つかわしくない、人当たりの良い性格であることで知られていた。これは単なる一時の印象でなく、かなりの時間、また、複数回南北会談などの場で共に働いた韓国側の高官が観察したことであり、また、日本政府も日朝関係の打開のために同氏がキーパーソンだとみていたという。同氏はこれまで金正恩委員長の特別秘書的な役割を務めていた関係で外国のメディアで写真が報道されることも多かったが、まさにこのような印象の映像であった。

 ところが、さる3月3日、金与正氏名義で初めて発表された談話では、韓国の大統領府を「不信と憎悪、軽蔑だけをいっそう増幅させる」「非論理的で低能な思考」「行動と態度が三歳の子ども」「怖気づいた犬ほど騒々しく吠える」などと罵倒し、6月4日には、ビラ散布を激しく攻撃するとともに、南北共同連絡事務所の閉鎖を含む措置をとると発表した。9日、北朝鮮は韓国の青瓦台と金正恩委員長の執務室である労働党本部3階書記室とのホットラインをはじめ、南北共同連絡事務所、軍の通信線などをすべて閉鎖すると発表。13日、金与正は「韓国当局と決別する時が来たようだ」と恐ろしい宣告を行い、15日、文在寅大統領が金正恩委員長へ行った特使派遣提案を拒否したうえ、16日、南北共同連絡事務所の爆破を実行。17日には、南北関係の悪化は、「韓国当局の執拗で慢性的な親米屈従主義が生んだ悲劇だ」と批判し、さらに、文在寅大統領が15日に「緊張をつくり出し、対決の時代に戻ってはいけない」などと求めたことにも言及して、「事態の責任まで我々に転嫁しようとするのは、実にずうずうしい不遜な行為」だとこき下ろしたのである。

 これら一連の北朝鮮の行動に韓国側が強い衝撃を受けつつ、金与正氏に一体何事が起ったのかいぶかったのは当然である。

 第2に、金与正氏は談話で「敵国への次の行動の行使権は、わが軍の総参謀部に委譲する」など、いかにも自分が軍を指揮していると言わんばかりのことを述べたことである。朝鮮人民軍はこれを受けて、開城(ケソン)工業団地と金剛山観光地区に部隊を展開すると発表し、韓国側の出方によって「今後の連続的な対敵行動措置の強度と決行時期を決める」とも表明した。

 これらはきわめて不自然なことであり、金委員長は金与正氏に特別の任務を与えたのだと思われる。そうしたのは、金委員長には以前から健康に問題があり、歩行が自由でないこともあったが、最近、健康への不安が一層強まる出来事があったためではないか。

 金委員長は去る4月、20日間動静が伝えられなくなったばかりでなく、祖父の故・金日成主席の生誕を記念する4月15日の「太陽節」に姿を現さなかった。これはよほどのことが起こらない限りあり得ないことである。このころ、中国から大規模な医療団が訪朝したことが明らかになっている。また、金委員長は1月末から2月にかけても22日間動静が伝えられなかった。これらのことから金委員長が重い病にかかった可能性が高い。

 要するに、金委員長は、万が一の場合金与正氏に後を託するほかないと考え、手を打ち始めたのではないか。北朝鮮の指導者としては恐ろしいこともしなければならない。とくに、人民軍をコントロールするのは決定的な問題である。これらのことを考え、金与正氏に準備させようとしているのである。同委員長には10歳をはじめに3人の子がいるといわれているが、性別は確認されていない。いずれにしても若すぎる。金与正氏が金委員長の後継者になる可能性は高くないとみるべきだろうが、少なくとも金与正しか委員長の代行になれる人物はいないと金委員長は判断したのではないかと思われる。

このページのトップへ

Copyright©平和外交研究所 All Rights Reserved.