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中国

2019.05.27

天安門事件30周年の恐怖

 来る6月4日はいわゆる天安門事件が発生してから30周年となる。習近平政権はこの日に反政府運動が高まる危険があると神経をとがらせている。

 中国では1970年代の末からいわゆる改革開放が始まったが、政治的に困難な状況が生まれた。一方では、民主化を求める動きが強まったが、他方では、これは「ブルジョワ民主化」になるとして反対運動が起こり、両者の間で激しい緊張関係が生まれ、政治闘争にも発展した。当時の中国共産党総書記であった胡耀邦はリベラルな人物で、民主化要求に理解を示したが、あまりに行き過ぎて結局失脚した。

 胡耀邦は1989年4月、急死した。学生らはその死を悼んで天安門広場に集結し、民主化や言論の自由を要求する行動を起こした。普段は中国政府によって厳しく抑えられていたが、この時は学生のみならず一般市民も行動に参加した。また、地方から集まってきた者もおり、参加者は50万人にも上った。

 これに対し中国政府は沈静化に努めたが、デモ隊の行動はますます激しくなり、結局、6月4日、軍を出動させデモ隊を鎮圧した。死者は中国の公式発表では319人であったが、実際にははるかに多く、万の台に上るとも言われた。

 それ以来、6月4日は民主化要求が武力で鎮圧された記念の日となり、毎年各地で胡耀邦の死を悼む追悼会などが開催されてきた。

 中国政府がこのような動きを警戒するのは日本などでは想像もできないほど強い。天安門広場は、普段、観光客が多数訪れる人気のスポットであるが、毎年6月4日は一変して厳しい監視と規制の下に置かれる。

 天安門事件から20周年に際しては、中国政府(胡錦涛政権)は天安門広場周辺に監視の目を光らせ、広場への立ち入りを制限した。公安警察は天安門広場を行進し不穏な動きに備えた。また、インターネットを遮断したり、人権活動家の弁護士を半強制的に北京から地方に移したり、また、北京市内に留まった者に対しては外出を厳しく制限した。

 一方、天安門事件の被害者たちは、その後、政府によって「動乱を起こした」と断罪された犠牲者の名誉回復を求めて「天安門の母」という運動を組織しており、インターネットを通じて連帯を呼びかけている。しかし、中国政府にとってこれは危険な動きの温床である。

 習近平政権は胡錦涛政権より強権的であり、言論を強く統制している。安定を維持する(維穏)ためには強硬な手段もいとわない。天安門事件30周年を控えて、「天安門の母」などを警戒し、犠牲者の家族に対する監視を強化している。地方出身者に対してはいったん故郷へ戻るよう働きかけている。携帯電話の使用も規制している。
 民主化デモの拠点になりやすい北京大学においても重点的に監視を強化している。また、インターネット規制を強化しており、ウィキペディアなどは4月から、諸言語版をすべて封鎖している。
 要するに20周年の際に行ったことをすべて実施し、また、強化しているのである。

 さらに中国政府は5月初め、「全国公安工作会議」を開催した。政府は公安の改革はかねてからの懸案であることを強調し、天安門事件との関係はないと懸命に説明していたが、この会議が天安門事件30周年を控えての対策であったことは明らかだったといわれている。

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