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2018.07.31

中国における「個人崇拝」問題

 最近、中国では、習近平主席に対する批判が起こっていると一部のメディアが指摘している。とくに問題視されているのは「個人崇拝」の傾向である。中国では毎夏指導者が河北省北戴河で非公式の協議をする習わしがあり、そこでも話題になっているという。

 在米の中国語新聞『多維新聞』7月16日付は要旨次のように論評している。

〇米中間の貿易戦争を背景に、北戴河避暑の直前から、「個人崇拝」に関する議論が突然沸き起こってきた。

〇最近、習氏の写真やポスターを即刻撤去するよう警察が指示したとする文書がインターネット上で拡散した。今月初めには、上海で董瑶琼という名前の女性が「独裁、暴政に反対する」と叫びながら、習氏の写真に墨汁をかける事件が起こった。

〇政府も習近平の宣伝頻度を下げている。人民日報7月9日付は、1面の見出しの中に習氏の名前を出さなかった。

〇政治状況に詳しいある人物は「政変」はあり得ないと言いつつ、「個人崇拝」を生み出す原因に注目すべきだと述べている。

〇中国では、毛沢東の「個人崇拝」から文化革命がおこった苦い経験から、「個人崇拝」を排除し、集団指導によることにした。

〇しかし、胡錦涛の時代、またもや「船頭多くして船進まず」や「中南海から指示が出ない」現象が現れた。

〇そこで第18回党大会の前後、党の集中統一的指導を強化し、内政・外交両面で現れていた問題を克服する試みが行われた。

〇しかし、この時の調整にも問題があった。諸団体の活力を抑制したため、個人崇拝の傾向を復活させたのだ。

〇個人崇拝は中国政治において周期的に現れる問題である。中央が「政治意識」「大局的意識」「核心意識」「右に倣う意識」を強調すると、上から下への統制が強化され、結果、本来細かいことでも大きな事にし、厳しい罰を課すようになる。また、下から上へお世辞を言うようになる。

〇西側の政治と中国の政治は違う。前者においては意見の集約が困難なためそれだけ能率が悪くなる。中国はその逆であるが、中国政治においては階層、官民の区別と対立が重要な問題になる。中国型の権力集中型政治は体制の硬化を惹起しやすく、西側の政治より早く老化する。

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