平和外交研究所

オピニオン

2020.07.09

中国軍の演習など

 中国軍は7月6日までに、南シナ海、東シナ海および黄海で一斉に軍事演習を行った。当初予告していたのは南シナ海での演習であったが、範囲を広げて異例の3海域同時大演習としたのである。

 中国の意図は何であったか。軍事プレゼンスを誇示するのが狙いだというコメントもあるが、なぜ軍事プレゼンスを誇示する必要があったのかが問題である。

 米国務省は7月2日、中国の軍事演習は「南シナ海の状況をさらに不安定にする」と懸念を表明していた。中国政府はこれに対し、「米国は中国と東南アジア諸国との間に不和の種をまこうとしている」と批判したが、米軍はそれにかまわず、4日、南シナ海に原子力空母「ニミッツ」と「ロナルド・レーガン」を派遣し、大規模な軍事演習を行った。空母2隻が参加する演習は6年ぶりであった。

 3海域演習に先立ち、中国の官船「海警」(海上保安庁巡視船に相当)は6月21日、尖閣諸島周辺で日本の漁船を追い回した。また7月2日から3日夜にかけて、2隻の「海警」が約30時間にわたって尖閣諸島周辺の日本の領海に侵入した。これは8年前に日本政府が尖閣諸島を国有化して以降、最も長い領海侵犯であった。

 中国は過去数週間、活動を非常に活発化させているのである。その意図を判断する材料は乏しく、いたずらに推測を重ねるべきでないが、しいて言えば、新型コロナによる感染問題で約半年間国内が陰鬱な気分に陥っていたことと関係があるかもしれない。

 中国の国営中央テレビなどは、演習に投入されたミサイル駆逐艦をはじめ、南部、東部、北部の3戦区の部隊が同時期にそれぞれ演習を実施し、実際に火力を使うなどの映像を公開した。これらをみると、今回の演習では国内に向けて軍事力を誇示し、一種の景気づけを行う目的もあったのではないかと思われる。

 中国の「海警」が尖閣諸島周辺の日本の領海に執拗に侵入したことは看過できないが、今のところ、日本の海上自衛隊が出動するべき状況でない。出動すれば、尖閣諸島を日中間の紛争の対象としたい中国海軍は、待ってましたと言わんばかりに問題を拡大しようとするだろう。

 日本として取るべき対応は、中国船を追い払うことはもちろん、「海警」の尖閣諸島周辺での行動を、海上からだけでなく衛星からも子細に撮影しておくことと、南シナ海、東シナ海、黄海における中国軍の演習の影響を受ける恐れがある国々と情報交換など連携を強化することであろう。

2020.07.01

香港国家安全法と中国外交

香港での反体制的な言動を取り締まる「香港国家安全維持法」は6月30日、全人代(全国人民代表大会 国会に当たる)常務委員会で可決され、即日施行された。
 
 中国が同法の制定を強行したのは、来る9月に行われる香港の立法会(議会)の選挙で、現在のまま推移すれば民主派が議席を拡大して与党側を上回る可能性が出てきたことに習近平政権が危機感を抱いたことが背景になっている。昨年11月の区議会選挙では民主派が圧勝した。

同法の制定後、日本のほか英国、フランス、ドイツなど27か国はジュネーブの国連人権理事会で共同の声明を発表し、同法が香港市民の人権に影響を及ぼすとして、「深く、高まる懸念」と表明した。また、香港の住民や立法・司法組織の参加なしに同法を成立させたことは、「一国二制度」が保障する高度な自治と権利、自由を「害する」ものだと主張した。

菅官房長官は、30日の記者会見で、「同法の制定は遺憾であり、香港の一国二制度は日本にとっても極めて重要だ。同法制定は国際社会の一国二制度の原則に対する信頼を損ねる」と批判した。

トランプ政権は対抗措置として29日、防衛装備品や軍事転用可能な先端技術の対香港輸出を規制すると発表。米議会上院も同法に関与した中国当局者らに制裁を科す法案を可決した。これらはとりあえずの措置であり、米政府は中国の出方を見極めつつ追加措置を取る構えである。
 
ただし、大統領選を控えるトランプ大統領は微妙な立場にあり、さる1月に署名した米中通商協議の「第1段階の合意」に悪影響を与えることは避けたい考えであると言われている。しかもトランプ氏は、そもそも香港の人権問題に強い関心を抱かず、ボルトン前大統領補佐官に対し「関わりたくない」と話したとボルトン回顧録は記している。

 しかし、香港の人権問題に無関心を決め込むと米国内から強く批判され、ひいては大統領選に悪影響が及ぶとの事情もある。

 同法が引き起こした波紋は以上に限らない。香港の住民に及ぶ影響は最重要問題であるが、本稿では今後の中国外交と日本を含む各国の立場に関する原則的問題を指摘しておきたい。
 
国家安全維持法の制定は、香港の返還に際して中国が世界に対して行った「香港に一国二制度を認める」ことと「50年間は自治を変えない」との約束を破る行為である。中国は香港は中国の一部だと主張するが、中国が国際公約を破ったことは否定できない。

 この公約違反は、南シナ海における中国の国際法を無視した行動と軌を一にしている。2016年7月12日、国際仲裁裁判所が発表した判決を中国は認めないとの態度を取ったことである。

 今後中国は他国と主張を異にする場合、「主権」を振りかざしてあくまで主張を貫こうとするであろう。

今後も同様の事態が発生すれば、米国は例外として、単独では力が限られている各国は共同で対処するしか方法がないのではないか。

2020.06.01

国家安全法は香港の役割を損なう

 中国の全国人民代表大会(全人代。国会に相当する)は5月28日、香港に国家安全法制を導入する「決定」を採択した。今後、全人代常務委員会が決定を踏まえて関連法を制定する予定だという。香港で断続的に続いている激しいデモを抑え込み、共産党政権に批判的な言動を抑圧するのが狙いである。

 1997年の香港返還以来50年間保証されてきたはずの「高度な自治」と「一国二制度」は存続の危機に直面することとなり、香港では全人代の決定に反発して激しいデモが起こった。

 各国も懸念を表明した。菅官房長官は、28日午後の記者会見で「国際社会や香港市民が強く懸念する中で議決され、情勢を深く憂慮している。香港は、緊密な経済関係と人的交流を有する極めて重要なパートナーであり、一国二制度のもと、自由で開かれた体制が維持され、民主的・安定的に発展していくことが重要だ」と述べた。

 香港からの移民が多いアメリカ、イギリス、オーストラリアおよびカナダの4か国は同日、「自由の砦(とりで)として繁栄してきた香港の自由を脅かすことになる」と非難する共同声明を発表した。

 さらに米国のトランプ大統領は29日、中国は「一国二制度を一国一制度に変えた」と批判しつつ、香港に認めてきた貿易などの優遇措置を停止し、当局者に制裁を科す方針を発表した。犯罪人引き渡しや軍民両用技術の輸出管理に関する取り決めも取り消しの対象になる。

 国連安保理は29日、香港問題を非公式に協議することになったが、中国は内政問題だとして受け入れない意向を表明しており、協議が決裂するのは必至だとみられている。

 香港に適用される国家安全法制の内容はこれから決定されるのだが、かりに香港の「高度の自治」が維持できなくなると香港の国際的地位はどうなるか。特に懸念されるのは以下のような問題である。

 香港はこれまで中国と世界の貿易を仲介する巨大な商社兼銀行のような役割を果たしてきた(香港政府は「スーパーコネクター(中国語:超級連繋人)」という言葉を使っている)。香港空港の貨物取扱量は世界1位で、チャンギ空港(シンガポール)の2倍以上である。また海上コンテナの取扱量が、一時期の勢いは見られないものの、依然として世界5位を誇っている。

 また香港は中国と取引したい世界の企業に便宜を図ってきた。中国には商慣習、法律、言語などの面でさまざまな困難があり、また「人治」の壁を乗り越えなければならないなど制約があるが、香港を介せば中国市場で、何を、どのタイミングで、どう売り込み、代金回収するか、消費者の嗜好や商習慣、政府との関係など、各地の内情を踏まえて戦略を立てて実行することが可能になるのである。中国「市場」の巨大化とともに香港のこの役割は顕著に増大している。

 そして香港には国際金融市場としての役割がある。中国が依然として厳格な資本規制を実施し、しばしば金融市場や銀行システムに介入するのに対して、香港は世界有数の開放的な市場であり、株式と債券の資金調達の場としても最大級である。香港の世界水準の金融システムのおかげで香港は世界と中国の間でさまざまな役割を果たせたのである。

 また香港は、人民元のオフショアセンターとしての役割を増大しつつある。中国は、人民元建て債券の発行、元建て貿易決済の解禁など、人民元国際化に向けた準備を進めており、2007年、中国人民銀行(中央銀行)は本土系金融機関による香港での元建て債券の発行を認可し、国家開発銀行は50億元の元建て債券を発行した。その後、中国銀行、中国輸出入銀行、交通銀行、中国建設銀行が相次いで元建て債券を発行している。香港で発行される人民元建て債券は投資家にとって、比較的低リスクで中国経済の成長性と将来の元高差益を同時に狙える金融商品として注目度が高まりつつある。人民元建て金融商品が中央銀行を含む世界各国の主要金融機関の投資対象となりつつあるのだ。また、元建て債券の発行は、香港の債券市場に厚みを増し、香港の国際金融センターとしての機能を一層強化している。

 人民元による貿易決済も拡大している。中国政府は2009年、上海と広東省4都市(広州、深セン、珠海、東莞)の計5都市を元建て貿易決済の実験都市として指定し、香港、マカオ、東南アジア諸国連合(アセアン)との貿易で人民元による決済を認めると発表した。同年、上海市と香港、広東省と香港の間での元建て貿易決済が始動した。

 香港の人民元オフショアセンターとしての役割は今後一層高まるとみられている。香港金融管理局は2010年2月、人民元業務に関する緩和措置を発表した。これにより中国政府と中国本土金融機関に加えて、香港企業と海外企業も香港で元建て債券の発行が可能となった。香港銀行による人民元貸出、元建ての財・サービス貿易を行う香港企業の人民元口座開設も可能となった。この緩和措置は、2004年の人民元業務解禁以来最大の前進であったという。

 香港はこのように国際金融センターとして重要な地位を占めており、ロンドン、ニューヨークに続く世界第3位の地位をシンガポールと激しく競い合っている(5位は東京、6位は上海)。

 今回の国家安全法の制定により香港の役割が直ちに消滅するわけではない。中国政府は「香港の役割を維持したい。ただ暴力沙汰は困る」という姿勢であるが、激しいデモや共産党政権に批判的な言動は許さないことにすれば、「高度な自治」や「一国二制度」は維持できず、巨大な商社兼銀行としての機能が悪影響を受けるのは不可避であろう。

 自由な香港の象徴である香港ドルの価値も下落する。それどころか、香港ドルは早晩維持する理由がなくなり、人民元が本土と同様に使用されることになるだろう。

 それに中国人は意識していないかもしれないが、本土化が進んだ結果「人治」傾向が強くなるのではないか。

 香港の中国本土化は、中国の大国主義者にとっては喜ばしいことかもしれないが、香港が役割を果たせなくなると、世界にとっても中国にとっても失うものが大きすぎる。

 香港の現在(2018)の一人あたりGDPは、日本の3万8,550ドル(2017年IMF推計値。以下同じ)を上回る4万4,999ドルと、シンガポールの5万3,880ドルに次ぐ高さであるのも香港の特別の役割のおかげであり、本土化した結果がどうなるか、言わずもがなである。

 香港の返還から20年余りの時間しか経過していないが、香港政府と中国政府は香港のトップ(行政長官)を民主的な選挙で選出することを拒否するなど返還の際の中英合意に反してきた。それに今回の国家安全法の制定である。性急な香港の中国本土化には重大な問題がある。


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