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2013.12.22

張成沢粛清後の北朝鮮の対外関係

事実上北朝鮮のナンバー2であり、金正恩第一書記の後見役であった張成沢前国防委員会副委員長は、12月8日の朝鮮労働党政治局拡大会議で党行政部長などすべての職務を解任され、そのわずか4日後の12日に、特別軍事裁判で「国家転覆陰謀行為」の罪で死刑判決を受け、即日処刑された。しかもその間、暴行を受けた跡が生々しい張成沢が会議場から連行される様子がテレビで放映されるなどした。世界中が強い衝撃を受けた。
金正恩第一書記が金正日総書記の後継者となったのが2年前であり、それ以来比較的短い期間であったが、今回の粛清により北朝鮮の真の指導者としての地位を確立することに成功したようであるが、この残酷な事件は北朝鮮の内外に計り知れない影響を及ぼしたものと思われる。
今回起こったことは北朝鮮の政治問題であるが、中国との関連抜きには語れない。北朝鮮においては中国の存在があまりに大きいので何かにつけて反発することがあり、張成沢についても中国にかたより過ぎると批判する声があったが、経済の改革は一刻の猶予もならない問題であり、そのため中国の協力を求めることは国家利益に沿うものであり、張成沢が中国との協力の中心になっていたこと自体に問題はなかったはずである。
しかし、張成沢の昨年8月の訪中は問題になった可能性がある。訪中の直接の目的は、北朝鮮東海岸の羅先と中朝国境にある黄金坪の2つの経済特区での共同開発プロジェクトに関する会議に出席することであったが、張成沢の代表団は北京にも足を運び胡錦涛主席と会談した。中国のメディアは「張成沢同志は長年、中国と北朝鮮の友好関係を深めるために尽力してきた」と紹介しており、中国は張成沢の代表団を手厚くもてなしていた。
このことを金正恩がどのように見ていたかが問題である。当時、金正恩は、真の指導者としての地位を確立するのに懸命であっただろう。しかるに、張成沢が率いていたのは党政の複数の高官を含む50人にものぼる大代表団であり、そのようなことは金日成、金正日以外にありえないことであった。張成沢のこの訪中は、第三者的に見れば年若い金正恩を補佐するため、その代行として務めたことであっただろうが、金正恩からすれば、張成沢は脇役としての則を越えて北朝鮮の政治を牛耳ろうとしている、看過できないと思い始めた可能性がある。
同年末から今年にかけ、北朝鮮は「人工衛星」と称するミサイル実験と第3回目の核実験を断行して国際社会から非難を浴びたが、金正恩は、米国を恐れない、戦争状態に立ちいたっても怖くない、と大胆に振る舞った。これには中国も辟易していたくらいである。
それから間もなく(ただし時間的には前後しているかもしれないが)、中国は北朝鮮との銀行取引を停止する措置を取った。それまで中国は、国連での対北朝鮮制裁決議にもかかわらず実際には禁輸を厳格に実行していないと見られがちであったが、その時中国は明らかに一歩踏み出して制裁措置を強化したので、かねてから中国の姿勢に不満であった米国でさえ積極的に評価していた。
中国のこのような態度は、金正恩にとって一種の警告であったものと思われる。一方、張成沢に対してはとくに関係がなかったどころか、間接的には張成沢を擁護する意味合いがあったのかもしれない。
そもそも中国として年若く、経験の浅い金正恩を重視する理由は乏しかった。中国は権力の世襲に否定的であり、金正恩が北朝鮮の第三代目の世襲後継者となったことに高い評価を与えていなかった。一方、張成沢は、一時期退けられた後にカムバックするなどしたこともあったが、金正日の義弟で経験豊かであり、中国として張成沢への協力に力を入れたのは自然なことであっただろう。
金正恩と張成沢の間では、張成沢の訪中以後さらなる問題が発生したのかもしれない。具体的な状況は知る由もないが、北朝鮮は張成沢の罪状として、「羅先経済貿易地帯の土地を外国に売り飛ばす売国行為」を挙げている。これは張成沢と中国との協力現場である。また、張成沢は「石炭をはじめとする貴重な地下資源を売り飛ばさせた」とも非難しており、買い取り先は中国しか考えられない。北朝鮮当局の発表をうのみにすることはできないが、少なくとも北朝鮮の発表に中国への批判や不快感が込められているのは明らかである。
今回の事件により張成沢が進めてきた北朝鮮との協力は影響を受け、後退、あるいは頓挫することになる公算が大きい。しかし、今や中国は、今回の事件は「北朝鮮内部の問題」と片付け、中国が関係していたことなど何もなかったかの如く平然たる態度を取っている。このことについて、海外に拠点を置き中国に通じている新聞は、北朝鮮の現体制が崩壊するとその影響は中国にも及ぶので、中国としては北朝鮮との協力関係を維持していくほかないことを指摘するものがある。その通りであると思われる。中国は今後、金正恩とその指名する人物を窓口として関係を再構築していくのであろう。
 米国は張成沢ととくに関係なかったようである。実はさる10月、ケリー米国務長官は東京で北朝鮮に対する米国の姿勢について記者から問われ、不可侵協定を締結する用意があると重要発言を行なっていた。これまでの立場から一歩も二歩も踏み出した発言であったが、日本との2+2協議後の記者会見であったためか、あるいは今回の事件に忙殺されていたためか北朝鮮は食いついてこず、そっけない反応であった。
今後、米国がケリー発言の趣旨を再度表明する用意があるか注目していく必要があるが、残酷な性格を持つ独裁的指導者であるという印象を強く与えてしまった金正恩を相手として米国が関係を進めるにはまだかなりの時間を要すると考えるべきかもしれない。
日本は北朝鮮との関係正常化を急ぎ、拉致問題の早期解決を図らなければならないのは山々であるが、金正恩政権の安定性について慎重な見極めが必要であるのは米国と同様であろう。


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