8月, 2023 - 平和外交研究所 - Page 2
2023.08.11
ミサイルの発射実験数もさることながら、ICBMの完成に近づいていることが注目される。朝鮮中央通信は4月13日、固体燃料を使ったICBM「火星18」を試験発射したと報道した。ミサイルを遠くへ飛ばすための分離の技術、様々な機能を制御するシステムなども試験し、「驚異的な成果」を得たと誇った。ミサイル開発の順調な進展に自信を抱いているらしい。
北朝鮮による核とミサイルの開発は我が国にとって重大な脅威であるが、北朝鮮としては米国への対抗が最大の目的であり、ICBMが完成すれば必要な抑止力を持てると考えている。これは以前からの対米軍事戦略の核心であり、この点では特に変化はない。
変化したのは大韓民国との関係である。たとえば、北朝鮮の対韓国窓口機関である「祖国統一委員会」を解消した。また、「わが民族」という呼び方をしなくなった。最大の変化は、以前は韓国を「南朝鮮」、または「南朝鮮かいらい」などと呼んでいたが、最近「大韓民国」という呼称を使い始めたことである。さる7月10日、金与正氏が米軍の偵察活動を非難する談話で「『大韓民国』の合同参謀本部が米国の報道官のように振る舞っている」と述べて注目され、その後もこの呼称を使うようになった。
北朝鮮のこうした対韓方針の変化は、2021年1月の第8回朝鮮労働党大会から徐々に現れた。同党大会で党規約を改正し、「全国的な範囲で民族解放民主主義革命の課業を遂行」という文言を削除して「共和国北半部で富強かつ文明ある社会主義社会を建設」といった文言を新たに加えた。半島の統一は金日成主席から受け継いできた基本戦略であったが、金正恩総書記はこのころから変更しはじめたのである。
これら一連の変化は米国との関係に根がある。金総書記は19年のハノイでの米朝首脳会談が決裂したことに非常に不満であり、外交と軍事のトップレベルを大幅に入れ替えた。また、米国との交渉はうまくいかない、バイデン政権とはなにも新機軸を試みることはできないという認識を抱くようになり、挑戦的な姿勢を取り始めた。
ミサイルの大規模開発はその象徴であり、米朝会談後、早速発射実験を繰り返し行ったので19年の実験回数は過去最高となった。20~21年はコロナ禍の対策を進める傍ら、ミサイルの開発を進めたためか、発射回数は19年より著しく減少したが、22年には激増し、ICBM「火星18」を試射するに至った。
北朝鮮は国連から受けた制裁が重荷となっており、解除ないし緩和を望んでいた。米国との首脳会談に応じたのもそのためであった。しかし、米国との交渉は行き詰まり、制裁の解除も実現しなかった。北朝鮮はなけなしの資源をミサイルの開発に投入した。北朝鮮からすれば米国との話し合いがとん挫し、バイデン政権が北朝鮮との関係改善に熱意を示さない以上必要なことと考えたのであろう。
北朝鮮は韓国との関係でいくつかの新機軸を見せているが、基本戦略の核心はあくまで米国との関係にあり、韓国との関係は米朝関係に次ぐものであろう。韓国の尹錫悦大統領は米国との同盟関係を重視し、さる4月にバイデン大統領と会談し、北朝鮮の核に対抗するための「ワシントン宣言」に合意した。これは東アジアの安全保障にとって大きな前進であったが、北朝鮮からすれば主要な相手はあくまで米国であろう。南北の統一を考えない姿勢を見せているのも韓国との関係はさほど重視していないことの表れと思われる。
日本との関係では、岸田首相が5月27日、東京都内で開かれた、北朝鮮による拉致被害者全員の即時帰国を求める「国民大集会」に出席し、首脳会談の早期実現に向けて「私直轄のハイレベルで協議を行っていきたい」と述べたことに応じ、2日後に北朝鮮外務次官が談話を発表した。談話は、「日本が新しい決断を下し、関係改善の活路を模索しようとするなら、朝日両国が互いに会えない理由はない」と関係改善に前向きの発言であったが、拉致問題については「すでに解決した」と従来通りの姿勢を変えなかった。
日本政府がどのように動いているか承知していないが、このような両様にとれる談話は以前にも行っており、米国や韓国との関係が膠着状態に陥った時、日本に関心を向けることが過去何回かあった。小泉首相の訪朝の際もそのような背景があったという。現在の状況は似ているところがあるが、だからと言って、金総書記が岸田首相との会談実現に前向きになるわけではない。
繰り返すが、北朝鮮にとっては一にも二にも対米関係が死活にかかわる重要問題である。もちろん日本としては北朝鮮流の外交に付き合う必要はない。今後も国連制裁違反のミサイル発射を非難し、拉致被害者全員の帰国実現を求めることは正義にかなっている。ただ日本がそうするだけでは、金総書記は岸田首相に会おうとしないだろう。今回の外務次官談話が述べていることは明確であり、北朝鮮には北朝鮮としての言い分がある。それを無視しては外交は成り立たない。
最後に、金正恩の娘であるキム・ジュエさんについては、将来の後継者として育てているとする見方が大勢である。しかし、それは誰でも考えうる推測にすぎない。
キム・ジュエさんは2013年に誕生しているので、年齢は今年で10歳になる。この少女をどのように育てようとしているのか。金正恩氏の本当の考えはわからない。
キム・ジュエさんが初めて公の場に現れたのは2022年11月18日、ICBM「火星17」の発射実験の際であり、北朝鮮の尊称らしく「尊い子ども」と呼ばれた。その後何回か金総書記に連れられて姿を現したが、2023年5月16日金正恩氏と軍事偵察衛星を視察(報道は翌17日)したのを最後に写真の公開はなくなった。ただし、7月26日、金正恩氏がロシアのショイグ国防相に新兵器などを説明した際、ジュエ氏と正恩氏が一緒に写っていたという。
10歳の少女は国防の現場などに現れないほうが自然である。常態に戻ったとみるべきかもしれない。
ミサイルなど軍事戦略においても穏健な路線に立ち返ることが期待されるが、はたしてそれは可能か疑問である。真相が見えてくるにはなお時間が必要であろう。
北朝鮮の最近の外交・安全保障
北朝鮮ではコロナ禍の3年目にあたる2022年に約70発のミサイル発射実験を行った。それまでの最多は2019年の25発であったので一挙に3倍近くに跳ね上がったのである。今年はどうなるか。まだ年の半分をちょっとすぎたばかりであり、はっきりしたことは言えないが、印象としてはかなり少なくなる傾向である。ミサイルの発射実験数もさることながら、ICBMの完成に近づいていることが注目される。朝鮮中央通信は4月13日、固体燃料を使ったICBM「火星18」を試験発射したと報道した。ミサイルを遠くへ飛ばすための分離の技術、様々な機能を制御するシステムなども試験し、「驚異的な成果」を得たと誇った。ミサイル開発の順調な進展に自信を抱いているらしい。
北朝鮮による核とミサイルの開発は我が国にとって重大な脅威であるが、北朝鮮としては米国への対抗が最大の目的であり、ICBMが完成すれば必要な抑止力を持てると考えている。これは以前からの対米軍事戦略の核心であり、この点では特に変化はない。
変化したのは大韓民国との関係である。たとえば、北朝鮮の対韓国窓口機関である「祖国統一委員会」を解消した。また、「わが民族」という呼び方をしなくなった。最大の変化は、以前は韓国を「南朝鮮」、または「南朝鮮かいらい」などと呼んでいたが、最近「大韓民国」という呼称を使い始めたことである。さる7月10日、金与正氏が米軍の偵察活動を非難する談話で「『大韓民国』の合同参謀本部が米国の報道官のように振る舞っている」と述べて注目され、その後もこの呼称を使うようになった。
北朝鮮のこうした対韓方針の変化は、2021年1月の第8回朝鮮労働党大会から徐々に現れた。同党大会で党規約を改正し、「全国的な範囲で民族解放民主主義革命の課業を遂行」という文言を削除して「共和国北半部で富強かつ文明ある社会主義社会を建設」といった文言を新たに加えた。半島の統一は金日成主席から受け継いできた基本戦略であったが、金正恩総書記はこのころから変更しはじめたのである。
これら一連の変化は米国との関係に根がある。金総書記は19年のハノイでの米朝首脳会談が決裂したことに非常に不満であり、外交と軍事のトップレベルを大幅に入れ替えた。また、米国との交渉はうまくいかない、バイデン政権とはなにも新機軸を試みることはできないという認識を抱くようになり、挑戦的な姿勢を取り始めた。
ミサイルの大規模開発はその象徴であり、米朝会談後、早速発射実験を繰り返し行ったので19年の実験回数は過去最高となった。20~21年はコロナ禍の対策を進める傍ら、ミサイルの開発を進めたためか、発射回数は19年より著しく減少したが、22年には激増し、ICBM「火星18」を試射するに至った。
北朝鮮は国連から受けた制裁が重荷となっており、解除ないし緩和を望んでいた。米国との首脳会談に応じたのもそのためであった。しかし、米国との交渉は行き詰まり、制裁の解除も実現しなかった。北朝鮮はなけなしの資源をミサイルの開発に投入した。北朝鮮からすれば米国との話し合いがとん挫し、バイデン政権が北朝鮮との関係改善に熱意を示さない以上必要なことと考えたのであろう。
北朝鮮は韓国との関係でいくつかの新機軸を見せているが、基本戦略の核心はあくまで米国との関係にあり、韓国との関係は米朝関係に次ぐものであろう。韓国の尹錫悦大統領は米国との同盟関係を重視し、さる4月にバイデン大統領と会談し、北朝鮮の核に対抗するための「ワシントン宣言」に合意した。これは東アジアの安全保障にとって大きな前進であったが、北朝鮮からすれば主要な相手はあくまで米国であろう。南北の統一を考えない姿勢を見せているのも韓国との関係はさほど重視していないことの表れと思われる。
日本との関係では、岸田首相が5月27日、東京都内で開かれた、北朝鮮による拉致被害者全員の即時帰国を求める「国民大集会」に出席し、首脳会談の早期実現に向けて「私直轄のハイレベルで協議を行っていきたい」と述べたことに応じ、2日後に北朝鮮外務次官が談話を発表した。談話は、「日本が新しい決断を下し、関係改善の活路を模索しようとするなら、朝日両国が互いに会えない理由はない」と関係改善に前向きの発言であったが、拉致問題については「すでに解決した」と従来通りの姿勢を変えなかった。
日本政府がどのように動いているか承知していないが、このような両様にとれる談話は以前にも行っており、米国や韓国との関係が膠着状態に陥った時、日本に関心を向けることが過去何回かあった。小泉首相の訪朝の際もそのような背景があったという。現在の状況は似ているところがあるが、だからと言って、金総書記が岸田首相との会談実現に前向きになるわけではない。
繰り返すが、北朝鮮にとっては一にも二にも対米関係が死活にかかわる重要問題である。もちろん日本としては北朝鮮流の外交に付き合う必要はない。今後も国連制裁違反のミサイル発射を非難し、拉致被害者全員の帰国実現を求めることは正義にかなっている。ただ日本がそうするだけでは、金総書記は岸田首相に会おうとしないだろう。今回の外務次官談話が述べていることは明確であり、北朝鮮には北朝鮮としての言い分がある。それを無視しては外交は成り立たない。
最後に、金正恩の娘であるキム・ジュエさんについては、将来の後継者として育てているとする見方が大勢である。しかし、それは誰でも考えうる推測にすぎない。
キム・ジュエさんは2013年に誕生しているので、年齢は今年で10歳になる。この少女をどのように育てようとしているのか。金正恩氏の本当の考えはわからない。
キム・ジュエさんが初めて公の場に現れたのは2022年11月18日、ICBM「火星17」の発射実験の際であり、北朝鮮の尊称らしく「尊い子ども」と呼ばれた。その後何回か金総書記に連れられて姿を現したが、2023年5月16日金正恩氏と軍事偵察衛星を視察(報道は翌17日)したのを最後に写真の公開はなくなった。ただし、7月26日、金正恩氏がロシアのショイグ国防相に新兵器などを説明した際、ジュエ氏と正恩氏が一緒に写っていたという。
10歳の少女は国防の現場などに現れないほうが自然である。常態に戻ったとみるべきかもしれない。
ミサイルなど軍事戦略においても穏健な路線に立ち返ることが期待されるが、はたしてそれは可能か疑問である。真相が見えてくるにはなお時間が必要であろう。
2023.08.04
「全ての原発からトリチウムが発生する。トリチウムを希釈して海に放流するのは、国際的に使用されている一般的な処理方式だ」。
「韓国の年間トリチウム排出量は214兆ベクレルで、日本の175兆ベクレルより多い」。
「(日本と韓国の基準年がずれているのは)国別に最も新しい資料の中で信頼できる資料を国民に公開しただけであり、統計上の錯覚を与えようとしたり、操作を加えたりした事実は全くない。基準を2019年に合わせても韓国のトリチウム放出量は205兆ベクレルで、日本より多いという事実は変わらない」。
注1 トリチウムの除去は技術的に難しく、各国は基準値以下に薄めてから海洋や大気中に放出している。各国のトリチウム排出量については当研究所HP「放射性物質処理水の排出-日本と中国、韓国、台湾などとの比較(メモ)」を参照願いたい。
注2 処理水放出に関する韓国政府の姿勢は客観的であるといえる。尹錫悦大統領は7月末に釜山(プサン)の水産市場を訪れ科学的根拠のないデマを飛ばすべきでないと強調し、また、魚を食して水産物の安全性をアピールしたという。
注3 中国の原発から出るトリチウムの量は韓国より多いが、中国は依然として一方的に日本の処理水放出を批判しており、税関当局は7月上旬から、日本から輸入されるすべての水産物を対象に、事実上の輸入制限措置に近い放射性物質検査を始めた。
注4 おりしも7月13日、欧州連合(EU)は日本産食品輸入に対する規制撤廃を発表した。この規制は2011年の福島原発事故後に導入されたもので、今回のEUの決定により欧米の対日水産物輸入制限はすべて撤廃されることとなった。
注5 中韓両国は2011年以来の輸入制限は現在も維持している。今回の処理水放出に関し、中国はさらに事実上の規制措置を加えたが、韓国はそれはしていないのである。
処理水の海洋放出と韓国・中国
韓国政府は7月12日、日本における処理水の海洋放出に関する資料を作成し、公開した。8月3日、韓国国務調整室のパク・クヨン(朴購然)第1次長は会見で、韓国メディアからの質問に答え以下のように説明した。処理水の問題は非常に専門性が高く、わかりにくいので、さわりだけを記しておく。「全ての原発からトリチウムが発生する。トリチウムを希釈して海に放流するのは、国際的に使用されている一般的な処理方式だ」。
「韓国の年間トリチウム排出量は214兆ベクレルで、日本の175兆ベクレルより多い」。
「(日本と韓国の基準年がずれているのは)国別に最も新しい資料の中で信頼できる資料を国民に公開しただけであり、統計上の錯覚を与えようとしたり、操作を加えたりした事実は全くない。基準を2019年に合わせても韓国のトリチウム放出量は205兆ベクレルで、日本より多いという事実は変わらない」。
注1 トリチウムの除去は技術的に難しく、各国は基準値以下に薄めてから海洋や大気中に放出している。各国のトリチウム排出量については当研究所HP「放射性物質処理水の排出-日本と中国、韓国、台湾などとの比較(メモ)」を参照願いたい。
注2 処理水放出に関する韓国政府の姿勢は客観的であるといえる。尹錫悦大統領は7月末に釜山(プサン)の水産市場を訪れ科学的根拠のないデマを飛ばすべきでないと強調し、また、魚を食して水産物の安全性をアピールしたという。
注3 中国の原発から出るトリチウムの量は韓国より多いが、中国は依然として一方的に日本の処理水放出を批判しており、税関当局は7月上旬から、日本から輸入されるすべての水産物を対象に、事実上の輸入制限措置に近い放射性物質検査を始めた。
注4 おりしも7月13日、欧州連合(EU)は日本産食品輸入に対する規制撤廃を発表した。この規制は2011年の福島原発事故後に導入されたもので、今回のEUの決定により欧米の対日水産物輸入制限はすべて撤廃されることとなった。
注5 中韓両国は2011年以来の輸入制限は現在も維持している。今回の処理水放出に関し、中国はさらに事実上の規制措置を加えたが、韓国はそれはしていないのである。
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