11月, 2020 - 平和外交研究所 - Page 2
2020.11.17
1 中国による人工島の造成と軍事施設建設が注目されるようになったのは2015年頃からであり、東南アジア諸国や米国、日本などが中止を求めても聞き入れなかった。基本的な建設はすでに完了し、最近はスプラトリー(南沙)の人工施設からのミサイル発射、パラセル(西沙)諸島海域での軍事訓練などを行っている。
また、中国は、2020年4月、スプラトリーおよびパラセルを海南省の一部に組み入れた。
この間、2016年7月には、国際仲裁裁判所が、南シナ海のほぼ全域は中国のものだとする主張に根拠はないとの判決を下した。しかし、中国は国連安保理の常任理事国という重要な立場にありながら、国際仲裁裁判所の判決を無視し、かつ、東南アジア諸国などがこの判決に言及するのを嫌い、その棚上げを図ってきた。
2 中国は、南シナ海問題は東南アジア諸国と中国との話し合いで解決するべきだとし、米国などが介入するのを排除しようとしてきた。
しかし、米国も東南アジア諸国もこの中国の主張には同調していない。米国は、艦船を南シナ海に航行させる「航行の自由作戦」を実施している。東南アジア諸国と合同で軍事演習を行うこともある。
ポンペオ米国務長官は2020年7月、南シナ海のほぼ全域を囲む「9段線」の内側に自国の権益が及ぶという中国の主張は「完全に不法」とする声明を発した。
3 ASEAN首脳会議の際に開催される拡大会議(東アジアサミット)は、中国が東南アジア諸国の懐柔を図る場になっており、同会議において中国に不利な結論が出ないよう、種々工作を行っている。
同会議の議長声明は、中国による人工島の造成以来、中国の行動に「懸念」していることを記載してきたが、2017年のASEAN首脳会議では「懸念」という表現が外された。議長を務めたフィリピンのドゥテルテ大統領が中国を刺激したくなかったからであった。
しかし、翌2018年には「懸念」が復活し、その後もこの言及は維持されている。2020年6月、発表された議長声明は、「信頼を損ね、緊張を高めた最近の活動や重大な出来事に懸念が表明された」として、名指しを避けつつも中国の動きを批判した。「紛争を激化させ、平和と安定に影響を及ぼす行動を自制する必要性を確認した」と記した。昨年11月の議長声明(タイが議長)の「いくつかの懸念に留意する」とのあっさりした言及と比べ、今回は表現がやや強まったとみられている。
4 東南アジア諸国と中国は、南シナ海問題をめぐって紛争が生じるのを防止するため、以前から行動規範(COC)を共同で作成しようとしてきた。しかし、東南アジア諸国側は厳しい規則を設けるべきだとの主張であるのに対し、中国は行動の指針は記載してもよいが、問題が起これば話し合いで解決すべきだとの考えであり、COCを作成する作業は進展していない。
5 中国は表向きは強硬な姿勢であるが、戦略的に行動している。国際海洋法裁判所(Tribunal. The United Nations Convention on the Law of the Sea)の新裁判官として中国は段潔竜(Jielong Duan 前駐ハンガリー大使)送り込んだ。2020年10月1日に着任し、任期は9年である。
段氏の立候補については、米国務省のデービッド・スティルウェル国務次官補(東アジア・太平洋担当)が7月の段階で、「中国は南シナ海などで多くの国々と領海問題を抱えており、中国の代表が裁判官になるのは、放火犯が消防士になるようなものだ」などと述べて、段氏の立候補に強く反対していた経緯がある。米国は各国にも働きかけたが、同調する国はあまり集まらなかったのであろう。
中国は他の国際機関にも中国人を積極的に送り込んでおり、すでに4つの機関の事務局長ポストを獲得している。米国や日本は国際機関全般を見渡した対応が必要になっているが、この点では日米間の連携は心もとない状況にある。
世界貿易機関(WTO)の新事務局長選挙ではトランプ政権が孤立無援に陥っている。
6 フィリピン、マレーシア、ベトナムおよびインドネシアは、南シナ海を囲む形で中国と接しており、中国の「九段線」主張の被害を受ける関係にある。とくに、漁船が中国側から操業を邪魔され、ハラスメントを受ける被害が絶えない。そのため、これら諸国の政府は漁民や軍から強い突き上げを受けている。
しかし、これら諸国は、経済協力、観光、その他の問題で中国に依存しており、慎重に対処せざるを得ない。2016年に就任したフィリピンのドゥテルテ大統領はその典型であり、就任当初は前述したように中国の顔色をうかがう傾向が強かった。
しかし、ドゥテルテ大統領としても、最近はフィリピン漁船にたいする中国側のハラスメントを考慮せざるを得なくなっており、2019年4月には、「パグアサ島は我々のものだ。手を触れるな」と中国を批判した。
また、同国のロレンザーナ国防相は大統領と役割を分担する形で中国に注文を付ける発言を行っており、仲裁裁判所の判決に従うよう求めている。
マレーシアやインドネシアは国連の大陸棚限界委員会(CLCS Commission on the Limits of the Continental Shelf)に対して、国連海洋法上の立場を主張する文書を提出している。マレーシアは先陣を切って2019年12月に、またインドネシアは2020年5月と6月の2度にわたってであった。
また、インドネシアは6月、中国政府が南シナ海の海洋権益に関してインドネシアとの間で話し合いによる解決を目指して直接交渉をしたいとする提案に関して、「中国の一方的な主張に過ぎない」として拒否した。
7 菅義偉首相は11月14日、オンライン形式で行われた東アジアサミットに出席し、つぎの2点を強調した。
①法の支配や開放性とは逆行する動きが起きている。東シナ海では、日本の主権を侵害する活動が継続、南シナ海では、弾道ミサイル発射や地形の一層の軍事化などの緊張を高める行動や国連海洋法条約に整合しない主張が見られる。
②2016年の国際仲裁判断は最終的であり、紛争当事国を法的に拘束するものである。南シナ海において、航行及び上空飛行の自由を含む国連海洋法条約上の正当な権利が尊重される必要がある。「南シナ海に関する行動規範」(COC)は、国連海洋法条約に合致し、全ての利害関係国の正当な権利と利益を尊重すべきである。南シナ海の現状について各国と深刻な懸念を共有するとともに、法の支配と平和的手段の重要性を改めて強調する。
当然の主張であるが、今後は米国の新政権とともに、南シナ海問題に日米両国としてどのようにかかわっていくべきかあらためて徹底的に検討する必要がある。単にこれまでの方針によるだけでなく、中国の強引かつ戦略的な行動に対処していかなければならない。
東アジアサミットと南シナ海問題
南シナ海をめぐる東南アジア諸国と中国の対立は、最近、東南アジア諸国側が若干押し戻している感がある。基本的な力関係が変化したわけではないが、わが道を行く中国外交としても思い通りにならないことがあるようだ。1 中国による人工島の造成と軍事施設建設が注目されるようになったのは2015年頃からであり、東南アジア諸国や米国、日本などが中止を求めても聞き入れなかった。基本的な建設はすでに完了し、最近はスプラトリー(南沙)の人工施設からのミサイル発射、パラセル(西沙)諸島海域での軍事訓練などを行っている。
また、中国は、2020年4月、スプラトリーおよびパラセルを海南省の一部に組み入れた。
この間、2016年7月には、国際仲裁裁判所が、南シナ海のほぼ全域は中国のものだとする主張に根拠はないとの判決を下した。しかし、中国は国連安保理の常任理事国という重要な立場にありながら、国際仲裁裁判所の判決を無視し、かつ、東南アジア諸国などがこの判決に言及するのを嫌い、その棚上げを図ってきた。
2 中国は、南シナ海問題は東南アジア諸国と中国との話し合いで解決するべきだとし、米国などが介入するのを排除しようとしてきた。
しかし、米国も東南アジア諸国もこの中国の主張には同調していない。米国は、艦船を南シナ海に航行させる「航行の自由作戦」を実施している。東南アジア諸国と合同で軍事演習を行うこともある。
ポンペオ米国務長官は2020年7月、南シナ海のほぼ全域を囲む「9段線」の内側に自国の権益が及ぶという中国の主張は「完全に不法」とする声明を発した。
3 ASEAN首脳会議の際に開催される拡大会議(東アジアサミット)は、中国が東南アジア諸国の懐柔を図る場になっており、同会議において中国に不利な結論が出ないよう、種々工作を行っている。
同会議の議長声明は、中国による人工島の造成以来、中国の行動に「懸念」していることを記載してきたが、2017年のASEAN首脳会議では「懸念」という表現が外された。議長を務めたフィリピンのドゥテルテ大統領が中国を刺激したくなかったからであった。
しかし、翌2018年には「懸念」が復活し、その後もこの言及は維持されている。2020年6月、発表された議長声明は、「信頼を損ね、緊張を高めた最近の活動や重大な出来事に懸念が表明された」として、名指しを避けつつも中国の動きを批判した。「紛争を激化させ、平和と安定に影響を及ぼす行動を自制する必要性を確認した」と記した。昨年11月の議長声明(タイが議長)の「いくつかの懸念に留意する」とのあっさりした言及と比べ、今回は表現がやや強まったとみられている。
4 東南アジア諸国と中国は、南シナ海問題をめぐって紛争が生じるのを防止するため、以前から行動規範(COC)を共同で作成しようとしてきた。しかし、東南アジア諸国側は厳しい規則を設けるべきだとの主張であるのに対し、中国は行動の指針は記載してもよいが、問題が起これば話し合いで解決すべきだとの考えであり、COCを作成する作業は進展していない。
5 中国は表向きは強硬な姿勢であるが、戦略的に行動している。国際海洋法裁判所(Tribunal. The United Nations Convention on the Law of the Sea)の新裁判官として中国は段潔竜(Jielong Duan 前駐ハンガリー大使)送り込んだ。2020年10月1日に着任し、任期は9年である。
段氏の立候補については、米国務省のデービッド・スティルウェル国務次官補(東アジア・太平洋担当)が7月の段階で、「中国は南シナ海などで多くの国々と領海問題を抱えており、中国の代表が裁判官になるのは、放火犯が消防士になるようなものだ」などと述べて、段氏の立候補に強く反対していた経緯がある。米国は各国にも働きかけたが、同調する国はあまり集まらなかったのであろう。
中国は他の国際機関にも中国人を積極的に送り込んでおり、すでに4つの機関の事務局長ポストを獲得している。米国や日本は国際機関全般を見渡した対応が必要になっているが、この点では日米間の連携は心もとない状況にある。
世界貿易機関(WTO)の新事務局長選挙ではトランプ政権が孤立無援に陥っている。
6 フィリピン、マレーシア、ベトナムおよびインドネシアは、南シナ海を囲む形で中国と接しており、中国の「九段線」主張の被害を受ける関係にある。とくに、漁船が中国側から操業を邪魔され、ハラスメントを受ける被害が絶えない。そのため、これら諸国の政府は漁民や軍から強い突き上げを受けている。
しかし、これら諸国は、経済協力、観光、その他の問題で中国に依存しており、慎重に対処せざるを得ない。2016年に就任したフィリピンのドゥテルテ大統領はその典型であり、就任当初は前述したように中国の顔色をうかがう傾向が強かった。
しかし、ドゥテルテ大統領としても、最近はフィリピン漁船にたいする中国側のハラスメントを考慮せざるを得なくなっており、2019年4月には、「パグアサ島は我々のものだ。手を触れるな」と中国を批判した。
また、同国のロレンザーナ国防相は大統領と役割を分担する形で中国に注文を付ける発言を行っており、仲裁裁判所の判決に従うよう求めている。
マレーシアやインドネシアは国連の大陸棚限界委員会(CLCS Commission on the Limits of the Continental Shelf)に対して、国連海洋法上の立場を主張する文書を提出している。マレーシアは先陣を切って2019年12月に、またインドネシアは2020年5月と6月の2度にわたってであった。
また、インドネシアは6月、中国政府が南シナ海の海洋権益に関してインドネシアとの間で話し合いによる解決を目指して直接交渉をしたいとする提案に関して、「中国の一方的な主張に過ぎない」として拒否した。
7 菅義偉首相は11月14日、オンライン形式で行われた東アジアサミットに出席し、つぎの2点を強調した。
①法の支配や開放性とは逆行する動きが起きている。東シナ海では、日本の主権を侵害する活動が継続、南シナ海では、弾道ミサイル発射や地形の一層の軍事化などの緊張を高める行動や国連海洋法条約に整合しない主張が見られる。
②2016年の国際仲裁判断は最終的であり、紛争当事国を法的に拘束するものである。南シナ海において、航行及び上空飛行の自由を含む国連海洋法条約上の正当な権利が尊重される必要がある。「南シナ海に関する行動規範」(COC)は、国連海洋法条約に合致し、全ての利害関係国の正当な権利と利益を尊重すべきである。南シナ海の現状について各国と深刻な懸念を共有するとともに、法の支配と平和的手段の重要性を改めて強調する。
当然の主張であるが、今後は米国の新政権とともに、南シナ海問題に日米両国としてどのようにかかわっていくべきかあらためて徹底的に検討する必要がある。単にこれまでの方針によるだけでなく、中国の強引かつ戦略的な行動に対処していかなければならない。
2020.11.13
菅首相外交の滑り出し
バイデン次期大統領と各国首脳との外交事始めは異例の事態と-
なった。トランプ大統領がバイデン氏の勝利を選挙後も認めないからであり、各国首脳にとっては、いつバイデン氏を次期大統領と扱うか、微妙な問題となった。早すぎるとトランプ大統領に外国からダメ出しすることになるが、遅すぎると米新政権との関係に悪影響が生じるからである。
各国首脳は、CNNテレビが米東部時間7日午前11時24分(日本時間8日午前1時24分)、米メディアで最初に当選確実を報じたのを待って、ツイッターで祝意の表明を開始した。最も早かったのはカナダのトルドー首相で、当確報道から38分後であり、次いでジョンソン英首相、マクロン仏大統領、コンテ伊首相、メルケル独首相と続き、菅首相はG7で最後になった。当確から5時間を過ぎていた。
祝意の表明は新政権との外交の第1ラウンドであったが、その順番は各国が決めることであり、それが1番になろうと、6番(G7で最後)になろうと大した問題でない。しかし、欧米では違った見方があった。イスラエルのネタニヤフ首相は8日に祝意を表明したのだが、ロイター電は「各国よりも遅れた」とコメントしたのである。
つぎに、バイデン氏は各国首脳と電話会談を行った。これは私人同士の電話とちがって、双方合意で行う、外交の第2ラウンドであった。このときもトルドー氏は最も早く、9日であった。バイデン氏がジョンソン、マクロン、メルケル各氏と会談したのは10日だった。
菅氏とバイデン氏の会談は12日であり、時差を考慮すれば米国では11日であったが、それでも他のG7諸国とは1日遅れであった。電話会談は祝意の表明よりも外交的意味が大きいが、その順番は目くじら立てるほどのことではないとも考えられる。かといってそんなことは重要な問題でないと割り切れるものでもない。時と場合によっては二国間関係に影響しうる。
カナダのトルドー氏は祝意の表明も、電話会談もだれよりも早かった。電話会談については政権移行チームがある程度調整するだろうことを考えれば、トルドー氏の迅速な祝意表明がとくに評価された可能性もありうる。
ともかく重要なことは菅氏とバイデン氏が何を話し合ったかであり、バイデン氏から尖閣諸島に日米安保条約第5条が適用されることを確約すると表明したことが大きく伝えられた。バイデン氏が日本をめぐる状況と日本政府が重視していることをよく理解していると解することは可能だろう。しかし、全体で約15分間の会談であり、両者は政治、経済、安全保障など重要課題について、上手に時間を使って話し合われなければならなかった。しかるに、報道されている限り、尖閣諸島問題がバランスを失して大きな話題となったのではないか。もっと大きな問題は、今後、日米両国が中国との関係をどのように考えていくかということであり、尖閣諸島問題はその一部に過ぎない。
バイデン氏側の発表文には「尖閣」の文字はなかったことにも、かれらの基本的考えが表れているのではないか。
ともかく、今回はわずか15分間の第2ラウンドであった。第3ラウンドは菅首相が訪米し、バイデン大統領(予定)と対面して行う会談であり、これは前2回のラウンドとは比較にならないくらい重要である。菅首相には、日本の新しい指導者であることを力強くアピールしてもらいたい。初めての外交舞台となると慎重に振舞おうとしがちであるが、官僚の書いた原稿を読み上げるようなことはやめてもらいたい。少々の誤りがあっても何ら差し支えない。菅氏は、自分自身の性格をあらわにして自分の考えを話すのが最良の方法であると考える。
2020.11.12
最大の問題は中国との関係である。トランプ政権の対中姿勢は明確であり、しかし、批判された。G20や各種国際機関においても米国第一主義を貫いたために、結果的に中国を国際協調的にみせる舞台づくりをおこなったと言われた。
コロナ禍に関しては中国を非難し続け、WHOは中国寄りだとして脱退したが、国内では約1千万人のコロナ感染者を出し、死者は23万人を超えるなどしたために主張は説得力を欠いた。トランプ政権の対中政策を総合的に示したのが、今年7月のポンペオ国務長官による中国共産党政権の全面批判であった。
経済面では、中国製造業と不当な貿易が米国人の雇用を奪っていると主張し、中国に投資する米企業を批判して政府調達から締め出すなど強い姿勢で臨んだ。また、トランプ氏は、米国経済を中国経済から切り離す考え(デカプリング)に理解を示したが、そうすれば米国経済が被る不利益は巨額に上るとも批判された。
トランプ氏は、自分の再選のため習主席に農産物購入拡大を要請するなど露骨な矛盾を指摘されたこともあった(ボルトン前補佐官による暴露)。
バイデン政権が成立すれば、中国に対する姿勢がどの程度変化するか。協力する場が拡大する可能性と対立が継続する可能性があろう。一部激化する危険もありうる。
中国との協力関係は進むか
協力については、バイデン氏はコロナ対策を最重視する考えを示しており、WHOに復帰する考えを表明している。テドロス事務局長は11月9日、バイデン氏に祝意を表明ずみである。トランプ氏の脱退宣言の効力が発生するのは来年の7月であるので、それ以前に復帰が表明されるわけである。
トランプ大統領が脱退した地球温暖化の国際枠組み「パリ協定」へ復帰する方針をバイデン氏は明言しているので中国とは協力する形になる。
バイデン氏は米企業には国内回帰を促す方針である。必要な税制改革の意図も表明した。デカプリングは米経済の足かせになるとの理由で批判的である。
台湾・香港・南シナ海など
台湾の統一は習近平政権が実績を上げられないでいる最大問題である。そのせいか、最近、中国は台湾との中間線を超えた飛行を繰り返したり、南シナ海での演習を強化したりするなど緊張を高める行動をとっている。トランプ政権は、香港問題の影響もあったが、台湾に対する支持を強化したので、中国を一層いらだたせた。
バイデン氏は、台湾について好意的だと伝えられているが、公にはまだ基本方針を表明していない。しかし、8月、大統領選挙への民主党候補になるに際し、それまでの民主党綱領には記載されていた「一つの中国」を削除した。新民主党綱領からこの文言を落としたのであり、これは大きな出来事であり、中国は強く反発した。
中国は最近、米国との関係改善は困難だとの認識を深めた結果であろう。外交面、経済面で独自の道を進もうとする姿勢が顕著である。「中国の特色ある社会主義」の対外面での表れともいえよう。習近平主席は米国を批判し、内需主導型経済への転換、技術大国化など強調しており、いわゆるデカプリングは歓迎すると言わんばかりである。トランプ政権が中国の共産党政権と全面的に対決する姿勢を打ち出したのに真っ向から対抗する形になっている。
中国は、南シナ海でもまた香港問題でも大胆に行動したことが好ましい結果につながっていると認識している可能性があり、中国の独自外交路線と相まって危険な事態に発展するおそれさえある。
バイデン政権は中国と関係を保って自由化や民主化を促す歴代政権の「関与政策」に戻るともいわれるが、そのような政策が有効であったのは、中国が西側に遠く及ばなかった時代であり、今はその頃とは比較にならないくらい巨大なパワーとなっている。その中国が米国などとの協調の考えを放棄しつつあるとすれば一大事である。バイデン政権はトランプ前政権と異なる外交方針で臨むとしても、このような中国との関係では、戦略的な対応が必要になる。
北朝鮮
北朝鮮については、バイデンはトランプのやり方を厳しく批判した。そして、金正恩委員長に対しても、お互いの舌戦であったが、「殺人独裁者(murderous dictator)」などと呼びつつ、「自分は金委員長と会わない」と明言した。
トランプには金委員長と会談することに、個人的な強い希望があったが、バイデンにはこれはない。
一方、バイデンは北朝鮮問題については、韓国と日本との連携を重視し、中国に北朝鮮の非核化のため「強い圧力(enormous pressure)」をかける考えを示しているが、これだけでは収まらないことはすでに明らかになっている。バイデン政権はいずれ北朝鮮政策を深めることが必要となるのではないか。
日本との関係
バイデン氏は、オバマ前大統領が日本政府と主導した環太平洋連携協定(TPP)については、公約である政策綱領への記載を見送った。市場開放に慎重な中西部の「ラストベルト」(さび付いた工業地帯)の激戦州に配慮であり、当面は「いかなる新たな貿易協定交渉にも入らない」と記した。かといって、バイデン氏は持論であるTPP再交渉を主張しようとしているのではない。トランプ政権下で保護主義に傾いた政策の急転換は難しく、再交渉問題は封印しているのである。
在日米軍駐留経費の日本側負担をめぐる交渉については、「実務者による交渉を重視する姿勢に戻ることになる」、「(トランプ氏のような)法外な要求をすることはない」などの観測が聞こえてくる。常識的な見方であろうが、未確定である。
イラン・中東
イランについては、バイデン氏は、当選すれば関係改善に取り組むと公言してきた。オバマ・バイデン時代に成立した歴史的なイラン核合意(JCPOA JOINT COMPREHENSIVE PLAN OF ACTION)を、「トランプは投げ出し、イランが核開発計画を再始動させることを許し、結果として地域におけるリスクを上げてしまった」との認識を示しつつ、「イランは、再びJCPOAを遵守しなければならない。もしイランがそうするならば、私はJCPOAに復帰する。そして、私は同盟国とともに対話を用い、(核開発以外の)イランの域内を不安定化させる諸活動についてもより効果的に対抗する」と述べている(中東調査会「中東かわら版」2020年9月3日付)。
トランプ氏は中東でオバマ時代とは非常に異なる政策を取ってきた。特にイスラエル寄りになったことであり、バイデン政権になるとイスラエルとの関係が変化するのではないかとの注目が集まっている。
ロイター電は、イスラエルのネタニヤフ首相が8日、バイデン氏に「偉大な友人」と述べて祝意を表明したことを伝えつつも、その表明は各国よりも遅れたとコメントしている。ネタニヤフ氏がどのタイミングで祝意を表明すべきか、悩んだのは当然であろう。8日でも早かったという見方が成立するかもしれない。ネタニヤフ氏はバイデン氏に、「われわれは約40年の長きにわたり温かい人間関係を築いてきた。あなたはイスラエルの偉大な友人だと認識している」とも述べている。
一方、ネタニヤフ氏はバイデン氏への祝意を表明した直後、トランプ大統領と撮影した写真をヘッダー画像に使っているツイッターアカウントへの投稿で、トランプ氏に謝意を表明し、「イスラエルと私個人に示してくれた友情」を挙げつつ、エルサレムをイスラエルの首都と認定し、ゴラン高原に主権を認め、イランと対峙し、アラブ諸国との国交正常化を実現させ、米イスラエル同盟を「空前の高みに引き上げた」と称賛した。
ともかく、バイデン氏の中東政策についてはイスラエルとの関係を含め、不透明な点が存在しているのが現実である。
バイデン政権になれば米国の外交はどうなるか
バイデン政権が成立した場合どのような外交姿勢をみせるか、トランプ大統領が個性的、独断的であっただけに、予想しにくい面がある。最大の問題は中国との関係である。トランプ政権の対中姿勢は明確であり、しかし、批判された。G20や各種国際機関においても米国第一主義を貫いたために、結果的に中国を国際協調的にみせる舞台づくりをおこなったと言われた。
コロナ禍に関しては中国を非難し続け、WHOは中国寄りだとして脱退したが、国内では約1千万人のコロナ感染者を出し、死者は23万人を超えるなどしたために主張は説得力を欠いた。トランプ政権の対中政策を総合的に示したのが、今年7月のポンペオ国務長官による中国共産党政権の全面批判であった。
経済面では、中国製造業と不当な貿易が米国人の雇用を奪っていると主張し、中国に投資する米企業を批判して政府調達から締め出すなど強い姿勢で臨んだ。また、トランプ氏は、米国経済を中国経済から切り離す考え(デカプリング)に理解を示したが、そうすれば米国経済が被る不利益は巨額に上るとも批判された。
トランプ氏は、自分の再選のため習主席に農産物購入拡大を要請するなど露骨な矛盾を指摘されたこともあった(ボルトン前補佐官による暴露)。
バイデン政権が成立すれば、中国に対する姿勢がどの程度変化するか。協力する場が拡大する可能性と対立が継続する可能性があろう。一部激化する危険もありうる。
中国との協力関係は進むか
協力については、バイデン氏はコロナ対策を最重視する考えを示しており、WHOに復帰する考えを表明している。テドロス事務局長は11月9日、バイデン氏に祝意を表明ずみである。トランプ氏の脱退宣言の効力が発生するのは来年の7月であるので、それ以前に復帰が表明されるわけである。
トランプ大統領が脱退した地球温暖化の国際枠組み「パリ協定」へ復帰する方針をバイデン氏は明言しているので中国とは協力する形になる。
バイデン氏は米企業には国内回帰を促す方針である。必要な税制改革の意図も表明した。デカプリングは米経済の足かせになるとの理由で批判的である。
台湾・香港・南シナ海など
台湾の統一は習近平政権が実績を上げられないでいる最大問題である。そのせいか、最近、中国は台湾との中間線を超えた飛行を繰り返したり、南シナ海での演習を強化したりするなど緊張を高める行動をとっている。トランプ政権は、香港問題の影響もあったが、台湾に対する支持を強化したので、中国を一層いらだたせた。
バイデン氏は、台湾について好意的だと伝えられているが、公にはまだ基本方針を表明していない。しかし、8月、大統領選挙への民主党候補になるに際し、それまでの民主党綱領には記載されていた「一つの中国」を削除した。新民主党綱領からこの文言を落としたのであり、これは大きな出来事であり、中国は強く反発した。
中国は最近、米国との関係改善は困難だとの認識を深めた結果であろう。外交面、経済面で独自の道を進もうとする姿勢が顕著である。「中国の特色ある社会主義」の対外面での表れともいえよう。習近平主席は米国を批判し、内需主導型経済への転換、技術大国化など強調しており、いわゆるデカプリングは歓迎すると言わんばかりである。トランプ政権が中国の共産党政権と全面的に対決する姿勢を打ち出したのに真っ向から対抗する形になっている。
中国は、南シナ海でもまた香港問題でも大胆に行動したことが好ましい結果につながっていると認識している可能性があり、中国の独自外交路線と相まって危険な事態に発展するおそれさえある。
バイデン政権は中国と関係を保って自由化や民主化を促す歴代政権の「関与政策」に戻るともいわれるが、そのような政策が有効であったのは、中国が西側に遠く及ばなかった時代であり、今はその頃とは比較にならないくらい巨大なパワーとなっている。その中国が米国などとの協調の考えを放棄しつつあるとすれば一大事である。バイデン政権はトランプ前政権と異なる外交方針で臨むとしても、このような中国との関係では、戦略的な対応が必要になる。
北朝鮮
北朝鮮については、バイデンはトランプのやり方を厳しく批判した。そして、金正恩委員長に対しても、お互いの舌戦であったが、「殺人独裁者(murderous dictator)」などと呼びつつ、「自分は金委員長と会わない」と明言した。
トランプには金委員長と会談することに、個人的な強い希望があったが、バイデンにはこれはない。
一方、バイデンは北朝鮮問題については、韓国と日本との連携を重視し、中国に北朝鮮の非核化のため「強い圧力(enormous pressure)」をかける考えを示しているが、これだけでは収まらないことはすでに明らかになっている。バイデン政権はいずれ北朝鮮政策を深めることが必要となるのではないか。
日本との関係
バイデン氏は、オバマ前大統領が日本政府と主導した環太平洋連携協定(TPP)については、公約である政策綱領への記載を見送った。市場開放に慎重な中西部の「ラストベルト」(さび付いた工業地帯)の激戦州に配慮であり、当面は「いかなる新たな貿易協定交渉にも入らない」と記した。かといって、バイデン氏は持論であるTPP再交渉を主張しようとしているのではない。トランプ政権下で保護主義に傾いた政策の急転換は難しく、再交渉問題は封印しているのである。
在日米軍駐留経費の日本側負担をめぐる交渉については、「実務者による交渉を重視する姿勢に戻ることになる」、「(トランプ氏のような)法外な要求をすることはない」などの観測が聞こえてくる。常識的な見方であろうが、未確定である。
イラン・中東
イランについては、バイデン氏は、当選すれば関係改善に取り組むと公言してきた。オバマ・バイデン時代に成立した歴史的なイラン核合意(JCPOA JOINT COMPREHENSIVE PLAN OF ACTION)を、「トランプは投げ出し、イランが核開発計画を再始動させることを許し、結果として地域におけるリスクを上げてしまった」との認識を示しつつ、「イランは、再びJCPOAを遵守しなければならない。もしイランがそうするならば、私はJCPOAに復帰する。そして、私は同盟国とともに対話を用い、(核開発以外の)イランの域内を不安定化させる諸活動についてもより効果的に対抗する」と述べている(中東調査会「中東かわら版」2020年9月3日付)。
トランプ氏は中東でオバマ時代とは非常に異なる政策を取ってきた。特にイスラエル寄りになったことであり、バイデン政権になるとイスラエルとの関係が変化するのではないかとの注目が集まっている。
ロイター電は、イスラエルのネタニヤフ首相が8日、バイデン氏に「偉大な友人」と述べて祝意を表明したことを伝えつつも、その表明は各国よりも遅れたとコメントしている。ネタニヤフ氏がどのタイミングで祝意を表明すべきか、悩んだのは当然であろう。8日でも早かったという見方が成立するかもしれない。ネタニヤフ氏はバイデン氏に、「われわれは約40年の長きにわたり温かい人間関係を築いてきた。あなたはイスラエルの偉大な友人だと認識している」とも述べている。
一方、ネタニヤフ氏はバイデン氏への祝意を表明した直後、トランプ大統領と撮影した写真をヘッダー画像に使っているツイッターアカウントへの投稿で、トランプ氏に謝意を表明し、「イスラエルと私個人に示してくれた友情」を挙げつつ、エルサレムをイスラエルの首都と認定し、ゴラン高原に主権を認め、イランと対峙し、アラブ諸国との国交正常化を実現させ、米イスラエル同盟を「空前の高みに引き上げた」と称賛した。
ともかく、バイデン氏の中東政策についてはイスラエルとの関係を含め、不透明な点が存在しているのが現実である。
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