5月, 2017 - 平和外交研究所 - Page 2
2017.05.25
THE PAGEに今回の勧告を分かりやすく解説する次の一文を寄稿した。
「「拷問禁止委員会」は5月12日、2015年12月の慰安婦問題に関する日韓合意について「見直すべきだ」とする勧告を含む「最終見解」を公表しました。
拷問禁止委員会とは、1984年に国連総会で採択された「拷問禁止条約」に基づいて設置された委員会で、慰安婦問題を審議する「場」の一つです。専門家によって構成されます。
この他、国連人権理事会、国際労働機関(ILO)、女子差別撤廃条約(に基づく委員会)、国際人権規約「自由権委員会」「社会権委員会」、人種差別撤廃委員会などでも慰安婦問題が取り上げられており、全体の状況は非常に複雑ですが、いずれの「場」でもほぼ定期的に審議の結果が公表され、関係国に対して「勧告」が行われます。これには法的拘束力はありませんが、無視したりすると次回の会議ではもっと厳しい「勧告」が行われる恐れがあり、強い力があります。
このうち、国連の機関は人権理事会だけです。女子差別撤廃委員会や拷問禁止委員会などの会議は国連から独立した存在ですが、通常国連の施設を借りて行われるので、外見上国連の委員会と区別がつきません。そのためか、報道では「国連の拷問禁止委員会」、さらには「国連拷問禁止委員会」などと呼ばれることがありますが、これは正確な呼称ではありません。
同じ慰安婦問題なら、一つの委員会でまとめて扱えばいいのではないかという考えがあるかもしれませんが、切り口がそれぞれ違っており、国連人権理事会は人権問題一般、国際労働機関は各国の労働問題(その中に「強制労働」が含まれ、さらにその中で慰安婦問題が扱われます)、女子差別撤廃条約は文字通り女性に対する差別の撤廃、拷問禁止条約は女性に限らず人に対する劣悪な待遇の撤廃を扱うので、一緒にされないのです。
拷問禁止委員会では、締約国の状況について順番に審査していきます。今回の「最終見解」は、韓国に関する審査の結果として韓国政府に対して行われたものです。勧告には法的拘束力はありませんが、野党時代から日韓の慰安婦合意を批判していた文在寅大統領にとっては国際的な援軍となるでしょう。今後、韓国政府は「日韓合意の再交渉」を求めてくる恐れがあります。
日本政府としては拷問禁止委員会の勧告を踏まえ、今後慰安婦問題についてどのように対処すべきでしょうか。実はなかなか厄介な面があります。慰安婦問題は日韓間での問題であると同時に、女性の権利、とりわけ武力紛争下での性的暴力から女性を擁護する国際的運動の一環として展開されており、国際社会は日韓両国から状況を聴取するだけでなく、国際社会として意見を持っているからです。多数の「場」で慰安婦問題が取り上げられているのはそのためです。
2015年末の日韓合意後の経緯を見ますと、まず、2016年2~3月に女子差別撤廃委員会で慰安婦問題が審議され、その「最終見解」は日韓合意を「留意する」と記しました。
今回の拷問禁止委員会が日韓合意を「歓迎し」「留意する」としたのは女子差別撤廃委員会と同様ですが、「見直すべきだ」との勧告を行いました。女子差別撤廃委員会の時と比べると、その分厳しくなったと思います。
日本はこれまで慰安婦問題解決のため努力し、その説明をし、国際社会が間違った点は指摘し、反論もしてきました。にもかかわらず、国際社会の意見がこのような形で表れてきたのです。
来る6月にはILOの会議があり、11月には国連の人権理事会で日本に関する審査が行われ、慰安婦問題が取り上げられるのは確実です。そして来年以降も多数の「場」で慰安婦問題が審議されます。
今回の勧告について、日本政府はすでに反論をしたと報道されていますが、内容は分かりません。いずれにしても、日本政府はこの際、日本の対応について足りなかった点はないか、あらためて検討すべきではないでしょうか。
とくに、国際社会がどのように慰安婦問題を見ているかを知るうえで2016年3月に公表された女子差別撤廃委員会の「最終見解」が参考になります。そこでは、慰安婦問題に限らず、女性に対する差別の撤廃に関する国会の役割、女性の人権擁護に関する日本国内の諸機構、日本に残存する「固定観念と有害な慣行」、女性に対する暴力、売買春、政治への参加、教育、雇用など広範な分野においても問題点が指摘されています。国際的な女性の権利擁護運動の関心がどこにあるかが示されているのです。
また、日韓合意以前ですが、2014年7月の国際人権規約「自由権委員会」の最終見解も「加害者の訴追」など厳しい内容であり、参考にすべきです。
日韓合意は画期的な一歩でした。日本はその忠実な履行に努めていますが、今後は、国際的に展開されている女性の権利を擁護する運動の重要性をこれまで以上に踏まえた行動が必要です。」
紙面の関係上触れなかったが、「女子差別撤廃委員会の最終見解」には、「締約国(日本のこと)の指導者や公職にある者が、慰安婦問題に対する責任を過小評価し、被害者を再び傷つけるような発言はやめるよう確保すること」との勧告もあった。日本では「強制性はあったか、なかったか」大きな議論になったが、「強制性はなかった」という発言は問題視されたのだと思う。
また、「慰安婦の問題を教科書に適切に組み込むとともに、歴史的事実を生徒や社会全般に客観的に伝えられるよう確保すること」とも勧告された。日本で教科書の関連記述が減らされたことも国際社会は問題視したのである。
さらに、日本では、この女子差別撤廃委員会の「最終見解」に不満な一部の人たちが同委員会を非難する署名運動までおこした。これらの指摘は、「女子の権利を擁護する運動に日本は熱心でない。一部にはそれに逆行する動きさえ出てきている」という認識あるいは疑問が強くなったことを示唆しているのではないか。
このような解釈に同意できない人も昨年以来の経緯と状況を虚心坦懐に振り返ってみるべきだ。
慰安婦問題-拷問禁止委員会の勧告
最近「拷問禁止委員会」で慰安婦問題について「勧告」が出たが、そもそも「拷問禁止委員会」と言ってもピンとこないかもしれない。しかも、慰安婦問題を扱っている委員会は複数あり、つぎつぎにいろんな場で慰安婦問題が扱われており、全体像は非常に分かりにくい。THE PAGEに今回の勧告を分かりやすく解説する次の一文を寄稿した。
「「拷問禁止委員会」は5月12日、2015年12月の慰安婦問題に関する日韓合意について「見直すべきだ」とする勧告を含む「最終見解」を公表しました。
拷問禁止委員会とは、1984年に国連総会で採択された「拷問禁止条約」に基づいて設置された委員会で、慰安婦問題を審議する「場」の一つです。専門家によって構成されます。
この他、国連人権理事会、国際労働機関(ILO)、女子差別撤廃条約(に基づく委員会)、国際人権規約「自由権委員会」「社会権委員会」、人種差別撤廃委員会などでも慰安婦問題が取り上げられており、全体の状況は非常に複雑ですが、いずれの「場」でもほぼ定期的に審議の結果が公表され、関係国に対して「勧告」が行われます。これには法的拘束力はありませんが、無視したりすると次回の会議ではもっと厳しい「勧告」が行われる恐れがあり、強い力があります。
このうち、国連の機関は人権理事会だけです。女子差別撤廃委員会や拷問禁止委員会などの会議は国連から独立した存在ですが、通常国連の施設を借りて行われるので、外見上国連の委員会と区別がつきません。そのためか、報道では「国連の拷問禁止委員会」、さらには「国連拷問禁止委員会」などと呼ばれることがありますが、これは正確な呼称ではありません。
同じ慰安婦問題なら、一つの委員会でまとめて扱えばいいのではないかという考えがあるかもしれませんが、切り口がそれぞれ違っており、国連人権理事会は人権問題一般、国際労働機関は各国の労働問題(その中に「強制労働」が含まれ、さらにその中で慰安婦問題が扱われます)、女子差別撤廃条約は文字通り女性に対する差別の撤廃、拷問禁止条約は女性に限らず人に対する劣悪な待遇の撤廃を扱うので、一緒にされないのです。
拷問禁止委員会では、締約国の状況について順番に審査していきます。今回の「最終見解」は、韓国に関する審査の結果として韓国政府に対して行われたものです。勧告には法的拘束力はありませんが、野党時代から日韓の慰安婦合意を批判していた文在寅大統領にとっては国際的な援軍となるでしょう。今後、韓国政府は「日韓合意の再交渉」を求めてくる恐れがあります。
日本政府としては拷問禁止委員会の勧告を踏まえ、今後慰安婦問題についてどのように対処すべきでしょうか。実はなかなか厄介な面があります。慰安婦問題は日韓間での問題であると同時に、女性の権利、とりわけ武力紛争下での性的暴力から女性を擁護する国際的運動の一環として展開されており、国際社会は日韓両国から状況を聴取するだけでなく、国際社会として意見を持っているからです。多数の「場」で慰安婦問題が取り上げられているのはそのためです。
2015年末の日韓合意後の経緯を見ますと、まず、2016年2~3月に女子差別撤廃委員会で慰安婦問題が審議され、その「最終見解」は日韓合意を「留意する」と記しました。
今回の拷問禁止委員会が日韓合意を「歓迎し」「留意する」としたのは女子差別撤廃委員会と同様ですが、「見直すべきだ」との勧告を行いました。女子差別撤廃委員会の時と比べると、その分厳しくなったと思います。
日本はこれまで慰安婦問題解決のため努力し、その説明をし、国際社会が間違った点は指摘し、反論もしてきました。にもかかわらず、国際社会の意見がこのような形で表れてきたのです。
来る6月にはILOの会議があり、11月には国連の人権理事会で日本に関する審査が行われ、慰安婦問題が取り上げられるのは確実です。そして来年以降も多数の「場」で慰安婦問題が審議されます。
今回の勧告について、日本政府はすでに反論をしたと報道されていますが、内容は分かりません。いずれにしても、日本政府はこの際、日本の対応について足りなかった点はないか、あらためて検討すべきではないでしょうか。
とくに、国際社会がどのように慰安婦問題を見ているかを知るうえで2016年3月に公表された女子差別撤廃委員会の「最終見解」が参考になります。そこでは、慰安婦問題に限らず、女性に対する差別の撤廃に関する国会の役割、女性の人権擁護に関する日本国内の諸機構、日本に残存する「固定観念と有害な慣行」、女性に対する暴力、売買春、政治への参加、教育、雇用など広範な分野においても問題点が指摘されています。国際的な女性の権利擁護運動の関心がどこにあるかが示されているのです。
また、日韓合意以前ですが、2014年7月の国際人権規約「自由権委員会」の最終見解も「加害者の訴追」など厳しい内容であり、参考にすべきです。
日韓合意は画期的な一歩でした。日本はその忠実な履行に努めていますが、今後は、国際的に展開されている女性の権利を擁護する運動の重要性をこれまで以上に踏まえた行動が必要です。」
紙面の関係上触れなかったが、「女子差別撤廃委員会の最終見解」には、「締約国(日本のこと)の指導者や公職にある者が、慰安婦問題に対する責任を過小評価し、被害者を再び傷つけるような発言はやめるよう確保すること」との勧告もあった。日本では「強制性はあったか、なかったか」大きな議論になったが、「強制性はなかった」という発言は問題視されたのだと思う。
また、「慰安婦の問題を教科書に適切に組み込むとともに、歴史的事実を生徒や社会全般に客観的に伝えられるよう確保すること」とも勧告された。日本で教科書の関連記述が減らされたことも国際社会は問題視したのである。
さらに、日本では、この女子差別撤廃委員会の「最終見解」に不満な一部の人たちが同委員会を非難する署名運動までおこした。これらの指摘は、「女子の権利を擁護する運動に日本は熱心でない。一部にはそれに逆行する動きさえ出てきている」という認識あるいは疑問が強くなったことを示唆しているのではないか。
このような解釈に同意できない人も昨年以来の経緯と状況を虚心坦懐に振り返ってみるべきだ。
2017.05.23
この間、米海軍は「航行の自由作戦」を継続しようとしたが、中国との協力関係を重視するトランプ大統領はそれを許可しなかったと伝えられた。トランプ大統領は「航行の自由作戦」を控えることを、中国から協力を引き出す取引材料の一つに使った可能性もある。
一方、フィリピンのドゥテルテ大統領は、2016年7月に国際仲裁裁判の判決が出た後、習近平主席との間で、南シナ海問題は平和的に解決することで合意した。判決の影響を最小化しようとする中国ペースに乗った感はあったが、ドゥテルテ大統領は中国から巨額の経済協力を獲得したし、また、前政権下で激しくなったスプラトリー諸島(南沙諸島)をめぐる緊張関係が和らいだのでフィリピン国内では高い支持率を維持した。
しかし、スプラトリー諸島付近ではその後もフィリピン漁船が中国の艦艇によって操業を妨げられる事件が発生しており、それに対する対応を不満とする勢力はドゥテルテ大統領としても無視できない圧力となっている。
そんななか、ドゥテルテ大統領は4月6日、フィリピン独立記念日(6月12日)に同国が実効支配するスプラトリー諸島のパグアサ島(比名。英語名はThitu Island。中国名は中業島)に自ら行き、「フィリピンの旗を立てる」と記者団に語ったが、1週間後の13日、「中国に、今は行かないでほしいと言われた。中国との友情を重んじて計画は改める」と前言を翻した。その際、ドゥテルテ氏は中国側が「(領有権を主張する)各国が旗を立てることになれば問題になる」と発言していたことも明かした。
しかし、4月20日、フィリピンの漁船が中国の艦艇によって追い払われる事件が起こり、フィリピンでは強い反発が起こったので、翌日、ドゥテルテ大統領はロレンザーナ国防大臣を同島に派遣・上陸させた。この経緯を見ると、南シナ海の問題は今でもかなりデリケートな問題であることがうかがわれる。
そして4月26日からASEANの年次会議がマニラで開かれ、29日の首脳会議の議長声明で「埋め立て工事と軍事化への反対」について言及するか否かが問題になった。声明の原案には含まれていたので、マニラの中国大使館は削除すべきだと猛烈に働きかけたと言う。これに対し、ベトナムやインドネシアなど4カ国が残すべきだと主張したが、最終的には、「状況の複雑化を招く行為は避けることが重要だ」とやんわり記すにとどまった。議長声明が会議終了の翌日に発表されたのはそのような紛糾があったからだ。
当然だが、ドゥテルテ大統領は議長として会議をまとめるのに苦労したのだろう。5月1日には、ミンダナオ島のダバオ市を親善訪問中の中国のミサイル駆逐艦「長春」に乗船した。久しぶりの中国艦船の寄港であったが、大統領が訪問するのは異例だ。ドゥテルテ氏の中国に対する気遣いがうかがわれる。中比両国の海軍は今後合同演習を行うそうだ。
しかし、それから2週間後北京で開催された「一帯一路」会議に出席したドゥテルテ大統領は習近平主席と会談し(15日)、その会談内容について、19日、ダバオ市で次の通り説明した(香港紙『明報』)。
「ドゥテルテは、「フィリピンはスプラトリー諸島のReed Bank(中国名は「礼乐滩」。フィリピン名は「Recto Bank」)で石油の掘削を行う予定である。同島はフィリピンの排他的経済水域内にある」と言った。
これに対し習近平は「それはすべきでない。そこは中国のものだ」と言った。そこで、ドゥテルテは「我々には国際仲裁裁判がある」と言ったところ、習近平は「我々には歴史的権利がある。あなたたちのは最近の法律に過ぎない」と言い、さらに「我々は友人だ。私はよい関係を維持したい。しかし、貴方がどうしてもそうするというなら、私も言わざるをえなくなる。我々は戦争するかもしれない、我々はあなた方と戦争するかもしれない」と言った。」
ドゥテルテ大統領の説明は国内向けに「自分は中国を相手に努力している」ことをアピールする意図が入っていた可能性はあるが、もし、事実そういうことだったのであれば、習近平主席はドゥテルテ大統領を露骨に恫喝したことになる。
このドゥテルテ発言は外電で広く報道され、このまま放置すると問題になることを恐れたカエタノ外相は22日、記者団に対し「ドゥテルテ・習会談は極めて率直に行われた。相互に尊重・信頼しあっていた。会話は戦争をすると互いを脅したのではなく、いかに対立を回避し地域の安定を実現するかという文脈で行われた」と説明した(ロイター22日など)。
今回のドゥテルテ発言はこれで一件落着となりそうだが、今後も同氏の言動には注意が必要だ。ドゥテルテ氏は適当と判断すれば仲裁裁判を持ち出す考えなのだと思われる。
南シナ海問題におけるドゥテルテ大統領の動向
南シナ海において最大の懸念は米中が軍事衝突することであるが、トランプ政権の成立後、両国は北朝鮮問題や経済・投資面での協力に注意を向けており、南シナ海が話題に上ることは少なくなっている。この間、米海軍は「航行の自由作戦」を継続しようとしたが、中国との協力関係を重視するトランプ大統領はそれを許可しなかったと伝えられた。トランプ大統領は「航行の自由作戦」を控えることを、中国から協力を引き出す取引材料の一つに使った可能性もある。
一方、フィリピンのドゥテルテ大統領は、2016年7月に国際仲裁裁判の判決が出た後、習近平主席との間で、南シナ海問題は平和的に解決することで合意した。判決の影響を最小化しようとする中国ペースに乗った感はあったが、ドゥテルテ大統領は中国から巨額の経済協力を獲得したし、また、前政権下で激しくなったスプラトリー諸島(南沙諸島)をめぐる緊張関係が和らいだのでフィリピン国内では高い支持率を維持した。
しかし、スプラトリー諸島付近ではその後もフィリピン漁船が中国の艦艇によって操業を妨げられる事件が発生しており、それに対する対応を不満とする勢力はドゥテルテ大統領としても無視できない圧力となっている。
そんななか、ドゥテルテ大統領は4月6日、フィリピン独立記念日(6月12日)に同国が実効支配するスプラトリー諸島のパグアサ島(比名。英語名はThitu Island。中国名は中業島)に自ら行き、「フィリピンの旗を立てる」と記者団に語ったが、1週間後の13日、「中国に、今は行かないでほしいと言われた。中国との友情を重んじて計画は改める」と前言を翻した。その際、ドゥテルテ氏は中国側が「(領有権を主張する)各国が旗を立てることになれば問題になる」と発言していたことも明かした。
しかし、4月20日、フィリピンの漁船が中国の艦艇によって追い払われる事件が起こり、フィリピンでは強い反発が起こったので、翌日、ドゥテルテ大統領はロレンザーナ国防大臣を同島に派遣・上陸させた。この経緯を見ると、南シナ海の問題は今でもかなりデリケートな問題であることがうかがわれる。
そして4月26日からASEANの年次会議がマニラで開かれ、29日の首脳会議の議長声明で「埋め立て工事と軍事化への反対」について言及するか否かが問題になった。声明の原案には含まれていたので、マニラの中国大使館は削除すべきだと猛烈に働きかけたと言う。これに対し、ベトナムやインドネシアなど4カ国が残すべきだと主張したが、最終的には、「状況の複雑化を招く行為は避けることが重要だ」とやんわり記すにとどまった。議長声明が会議終了の翌日に発表されたのはそのような紛糾があったからだ。
当然だが、ドゥテルテ大統領は議長として会議をまとめるのに苦労したのだろう。5月1日には、ミンダナオ島のダバオ市を親善訪問中の中国のミサイル駆逐艦「長春」に乗船した。久しぶりの中国艦船の寄港であったが、大統領が訪問するのは異例だ。ドゥテルテ氏の中国に対する気遣いがうかがわれる。中比両国の海軍は今後合同演習を行うそうだ。
しかし、それから2週間後北京で開催された「一帯一路」会議に出席したドゥテルテ大統領は習近平主席と会談し(15日)、その会談内容について、19日、ダバオ市で次の通り説明した(香港紙『明報』)。
「ドゥテルテは、「フィリピンはスプラトリー諸島のReed Bank(中国名は「礼乐滩」。フィリピン名は「Recto Bank」)で石油の掘削を行う予定である。同島はフィリピンの排他的経済水域内にある」と言った。
これに対し習近平は「それはすべきでない。そこは中国のものだ」と言った。そこで、ドゥテルテは「我々には国際仲裁裁判がある」と言ったところ、習近平は「我々には歴史的権利がある。あなたたちのは最近の法律に過ぎない」と言い、さらに「我々は友人だ。私はよい関係を維持したい。しかし、貴方がどうしてもそうするというなら、私も言わざるをえなくなる。我々は戦争するかもしれない、我々はあなた方と戦争するかもしれない」と言った。」
ドゥテルテ大統領の説明は国内向けに「自分は中国を相手に努力している」ことをアピールする意図が入っていた可能性はあるが、もし、事実そういうことだったのであれば、習近平主席はドゥテルテ大統領を露骨に恫喝したことになる。
このドゥテルテ発言は外電で広く報道され、このまま放置すると問題になることを恐れたカエタノ外相は22日、記者団に対し「ドゥテルテ・習会談は極めて率直に行われた。相互に尊重・信頼しあっていた。会話は戦争をすると互いを脅したのではなく、いかに対立を回避し地域の安定を実現するかという文脈で行われた」と説明した(ロイター22日など)。
今回のドゥテルテ発言はこれで一件落着となりそうだが、今後も同氏の言動には注意が必要だ。ドゥテルテ氏は適当と判断すれば仲裁裁判を持ち出す考えなのだと思われる。
2017.05.18
「一帯一路」とは2013年に習近平主席が打ち出した構想であり、中国と欧州を結ぶ陸上及び海上のルート(シルクロード)を中心に輸送インフラを整備し、沿線国での投資を活発化させることにより約70カ国にまたがる経済圏を建設しようとしている。
今次国際会議は初めての開催であり、具体的な問題について決定するのではなく、参加国間の協力について合意を形成していくプロセスの第一歩であったと見るべきだろう。次回会議は2019年に開催することになっている。
「一帯一路」と同じく中国の提唱により2015年末に発足したアジアインフラ投資銀行(AIIB)は「一帯一路」とペアであり、同構想を実現する手段となっている。
日本が米国とともにAIIBに参加していないことについてかねてから賛否両論があったところ、今次「一帯一路」会議に二階自民党幹事長が参加したので、AIIBについても政府は姿勢を変えるのではないかと一部で取りざたされているが、簡単に考えるべきではないと思う。
「一帯一路」は、中国が鉄道、道路、パイプラインなどの建設をこれまでの各国別協力から多数の国との協力事業として拡大するものであり、構想の発表からわずか4年でこのような一大国際会議の開催にまでこぎつけられたのは、中国が戦略的に持てる資源を集中的に投入したからであり、中国の新たな成功例だと言えるだろう。
一方、「一帯一路」も中国主導で進めたいという意図は見え透いていた。中国は各国の意見を聞かないのではなく、各国の参加を求めるし、意見も聞く。しかし、それはあくまで中国主導の妨げにならない範囲のことであり、極端に言えば、各国は中国主導に花を添えているのに過ぎない。
このようなやりかたは「中華思想」的であり、また、「冊封」、つまり中国が天であり各国はこれに従属するという清朝以前の体制と本質的には変わらないのではないか。
たとえば、貿易に関する議論において結論となる文書の草案が主催者たる中国側から提示されたが、ほとんど議論をする時間的な余裕がないのに「修正できない」と言われたので、EUの一部諸国は対応できず、最終文書に同意しなかった。中国が各国の意見に本当に耳を傾け、良い意見は採用する用意があるならもっと違った対応になっただろう。今回の会議が終了するまでに一定の結論を出さなければならない、それに異論を唱えることは許さないとするのは中国側の都合に過ぎない。
「一帯一路」についてはもっと根本的な疑問がある。すなわち、習近平主席は2015年3月末のボアオ・アジアフォーラムで、「中国と周辺の国家が運命共同体の意識を樹立することが重要であり、「一帯一路」戦略はそのための重要なブースターとなる」と述べていた。この中国と周辺諸国が運命共同体であるということは、協力しあうという範囲をはるかに超えているが、「一帯一路」構想の推進によりそこまで盛り上げていくというのが中国の考えなのである。その運命共同体の中心は当然中国なのであろう。やはり「中華思想」的な発想なのではないか。
また、そもそも中国がBRICs銀行とは別にAIIBを設立したのは、前者ではブラジル、ロシア、インドおよび中国は平等の立場にあり、中国の主導にならないからであった.中国はどうしても中国主導の開発銀行を作りたかったのである。
中国が中国風に振舞っただけでは今次会議は成功しなかったかもしれない。しかし、中国は巨大な資金を提供して会議に実を注入した。インフラ整備に使うシルクロード基金へ1千億元(約1兆6400億円)増資、参加国・地域へ600億元の援助を供与などである。
さらに、中国は今後5年で「一帯一路」の沿線国家・地区から2兆ドル(約226兆円)の商品を輸入するとも表明した。
これらの寛大なオファーはもちろん各国から歓迎された。しかし、一方で、各国の意思を軽視しておいて、他方で、恩恵を示して中国に引き付けようとするのは冊封体制と何ら変わりないではないか。
各国は今次会議にどのような姿勢で臨んだか。二、三の点が注目された。
米国は日本と同様AIIBに参加していないので「一帯一路」についても警戒的だと見られていたが、今回の会議にはマット・ポッティンジャー国家安全保障会議アジア上級部長を代表として派遣した。また、北京の米大使館は「一帯一路工作チーム」をつくって協力する方針だそうだ。これらは、去る4月のトランプ・習会談で合意された「100日計画」に基づいて実施されたことである。
一方、中国は6月にワシントン郊外で開催される投資サミット(Select USA 投資サミット。第4回目だが、トランプ政権下で初めて)に参加することに合意した。つまり、今次「一帯一路」会議への米国の出席は、米国投資会議への中国の参加とディールになっているのだ。米国の投資会議は中国の「一帯一路」会議ほど盛大なおぜん立てになっていないかもしれないが、両方とも投資を呼び込むための国際会議である。
インドが今次「一帯一路」会議に参加しなかったことも目立っていた。その海上ルート(「一路」)がインドに脅威となっているためである。つまり、インドはBRICs銀行のように、一方では中国と協力しつつ、海上では中国の行動を警戒しているのである。
「一帯一路(シルクロード経済圏構想)」国際会議
5月14~15日、北京郊外で「一帯一路(シルクロード経済圏構想)」国際会議が開催された。中国にとって今年最大のイベントであり、130以上の国が参加した。プーチン・ロシア大統領、エルドアン・トルコ大統領、東南アジア諸国の首脳なども出席した。「一帯一路」とは2013年に習近平主席が打ち出した構想であり、中国と欧州を結ぶ陸上及び海上のルート(シルクロード)を中心に輸送インフラを整備し、沿線国での投資を活発化させることにより約70カ国にまたがる経済圏を建設しようとしている。
今次国際会議は初めての開催であり、具体的な問題について決定するのではなく、参加国間の協力について合意を形成していくプロセスの第一歩であったと見るべきだろう。次回会議は2019年に開催することになっている。
「一帯一路」と同じく中国の提唱により2015年末に発足したアジアインフラ投資銀行(AIIB)は「一帯一路」とペアであり、同構想を実現する手段となっている。
日本が米国とともにAIIBに参加していないことについてかねてから賛否両論があったところ、今次「一帯一路」会議に二階自民党幹事長が参加したので、AIIBについても政府は姿勢を変えるのではないかと一部で取りざたされているが、簡単に考えるべきではないと思う。
「一帯一路」は、中国が鉄道、道路、パイプラインなどの建設をこれまでの各国別協力から多数の国との協力事業として拡大するものであり、構想の発表からわずか4年でこのような一大国際会議の開催にまでこぎつけられたのは、中国が戦略的に持てる資源を集中的に投入したからであり、中国の新たな成功例だと言えるだろう。
一方、「一帯一路」も中国主導で進めたいという意図は見え透いていた。中国は各国の意見を聞かないのではなく、各国の参加を求めるし、意見も聞く。しかし、それはあくまで中国主導の妨げにならない範囲のことであり、極端に言えば、各国は中国主導に花を添えているのに過ぎない。
このようなやりかたは「中華思想」的であり、また、「冊封」、つまり中国が天であり各国はこれに従属するという清朝以前の体制と本質的には変わらないのではないか。
たとえば、貿易に関する議論において結論となる文書の草案が主催者たる中国側から提示されたが、ほとんど議論をする時間的な余裕がないのに「修正できない」と言われたので、EUの一部諸国は対応できず、最終文書に同意しなかった。中国が各国の意見に本当に耳を傾け、良い意見は採用する用意があるならもっと違った対応になっただろう。今回の会議が終了するまでに一定の結論を出さなければならない、それに異論を唱えることは許さないとするのは中国側の都合に過ぎない。
「一帯一路」についてはもっと根本的な疑問がある。すなわち、習近平主席は2015年3月末のボアオ・アジアフォーラムで、「中国と周辺の国家が運命共同体の意識を樹立することが重要であり、「一帯一路」戦略はそのための重要なブースターとなる」と述べていた。この中国と周辺諸国が運命共同体であるということは、協力しあうという範囲をはるかに超えているが、「一帯一路」構想の推進によりそこまで盛り上げていくというのが中国の考えなのである。その運命共同体の中心は当然中国なのであろう。やはり「中華思想」的な発想なのではないか。
また、そもそも中国がBRICs銀行とは別にAIIBを設立したのは、前者ではブラジル、ロシア、インドおよび中国は平等の立場にあり、中国の主導にならないからであった.中国はどうしても中国主導の開発銀行を作りたかったのである。
中国が中国風に振舞っただけでは今次会議は成功しなかったかもしれない。しかし、中国は巨大な資金を提供して会議に実を注入した。インフラ整備に使うシルクロード基金へ1千億元(約1兆6400億円)増資、参加国・地域へ600億元の援助を供与などである。
さらに、中国は今後5年で「一帯一路」の沿線国家・地区から2兆ドル(約226兆円)の商品を輸入するとも表明した。
これらの寛大なオファーはもちろん各国から歓迎された。しかし、一方で、各国の意思を軽視しておいて、他方で、恩恵を示して中国に引き付けようとするのは冊封体制と何ら変わりないではないか。
各国は今次会議にどのような姿勢で臨んだか。二、三の点が注目された。
米国は日本と同様AIIBに参加していないので「一帯一路」についても警戒的だと見られていたが、今回の会議にはマット・ポッティンジャー国家安全保障会議アジア上級部長を代表として派遣した。また、北京の米大使館は「一帯一路工作チーム」をつくって協力する方針だそうだ。これらは、去る4月のトランプ・習会談で合意された「100日計画」に基づいて実施されたことである。
一方、中国は6月にワシントン郊外で開催される投資サミット(Select USA 投資サミット。第4回目だが、トランプ政権下で初めて)に参加することに合意した。つまり、今次「一帯一路」会議への米国の出席は、米国投資会議への中国の参加とディールになっているのだ。米国の投資会議は中国の「一帯一路」会議ほど盛大なおぜん立てになっていないかもしれないが、両方とも投資を呼び込むための国際会議である。
インドが今次「一帯一路」会議に参加しなかったことも目立っていた。その海上ルート(「一路」)がインドに脅威となっているためである。つまり、インドはBRICs銀行のように、一方では中国と協力しつつ、海上では中国の行動を警戒しているのである。
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