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2020.05.11

新型コロナウイルスの検査目安の変更と専門家会議

 新型コロナウイルスによる感染問題に関する専門家会議はさる2月に設置された。新型ウイルスの検査のあり方が問題の一つであったが、当初、厚労省は重症患者の治療が支障なく行われることを最優先とするため検査を絞らざるをえないと考え、「37.5度以上の発熱が4日以上続く場合」を検査相談の目安とした。

 しかし、それでは現実の問題に対応できないことがはっきりしてきた。重症患者でなくても容体が急変すること、無症状者の中に保菌者がいてウイルスをまき散らしていることが把握できないこと、日本全体の感染状況が把握できないこと、さらに日本の検査は各国と比べ桁外れに少ないことなどの問題が浮上、あるいは明らかとなってきたのだ。

 5月の初め、つまり検査のあり方が問われるようになってから約2か月半が経過して、政府はやっと重い腰を上げ、検査方針を変更することに踏み切った。「37.5度以上の発熱が4日以上続く場合」は取り下げ、代わりに「息苦しさ、強いだるさ、高熱など強い症状のいずれかがある場合」に変更した。

 加藤勝信厚労相は5月8日の記者会見でこの変更を発表した際、「(37.5度以上で4日)は相談する側の目安で、4日以上、平熱以上が続く場合は必ず相談するようにと申し上げてきたが、相談や診療を受ける側の基準のように思われてきた。われわれから見れば誤解だ」と述べて顰蹙を買った。実際の検査が増えないのは国民の側の責任であるという発言だったからである。

 検査およびその相談を「37.5度以上の発熱が4日以上続く場合」とした最初の条件も、変更後の「息苦しさ」などの新条件についても、専門家の意見が参考になったのはまちがいないが、どれほど取り入れられたのか。

 日本では昔から「餅は餅屋」と言ってきたように専門家の意見を重視する。しかし、専門家の意見がそのまま対策や決定になるのではない。そもそも、政府が知りたいことは範囲が広いのに対し、専門家がもっとも得意とする分野は非常に狭い。専門家は日本だけでなく世界のトップクラスであろうが、政府の知りたいこと、聞きたいことすべてについて専門的な知識で答えられるのではない。

 もっとも、専門家はそれぞれ最も得意とする専門分野以外の関連分野でも、例えば医学全般についても一般人にはない知識を持っている。専門家のこのような常識はいわば準専門知識であるが、政府によって設置される専門家会議で重宝されるのはむしろこちらである。このような実態は専門家会議に関する世間の常識とはかなりかけ離れている。

 専門家会議の結論についても、関係省庁の官僚が草案を作成し、それで問題ないかを専門家に諮るというのが実態で、常識とはかけ離れている。はなはだしい場合、一部の表現について修正の意見が出ても無視されることさえある。そんなとき、あくまで修正を求める専門家もいるが、最終的には議長に一任するなどといって対立を避ける専門家もいる。あまり頑張ると、次回の会合にはお呼びがかからなくなるという現実問題があるからだ。

 時間の制約も考慮に入れなければならない。専門家会議が必要なのは緊急事態が多いので時間をかけて事態を調査し、じっくり事故原因を究明することは事実上困難である。

 この制約をどうすれば乗り越えられるか。そのことについてノウハウがあるのは官僚であり、したがって、官僚の要望する通りに動かなければならなくなる。専門家の立場は微妙である。

 新型コロナウイルスによる感染問題のように、従来の知見では対応できないことが出てくる場合、そして世間の厳しい批判の目にさらされる場合、専門家は困難な立場に置かれる。目安の修正後、専門家から出てきた発言には苦渋の跡がにじみ出ていた。

 ともかく、厚労省の説明では、目安の修正後も検査を大幅に拡大するという方針はないようである。検査の在り方が抜本的に改善されないでよいのだろうか心配である。
2020.05.04

憲法改正の主要論点

 日本の憲法は「硬性憲法」などというレッテルを貼られているが、憲法は不変であるという原則などどこにもない。時代の変化に応じ改正すべきは当然である。

 しかし、憲法に自衛隊を明記することには反対だ。規定すべきだという意見の根拠は、自衛隊が我が国の防衛を担う機関としてしかるべき地位を認められていないという点にあるようだが、国家機関の中で自衛隊だけが例外的に重要なのではない。

 憲法9条は、日本が戦争に敗れた結果占領軍に押し付けられたものであるというのは、経緯的にはそうであろうが、それだけではあまりにも皮相的な見方である。現憲法は、日本が戦後国際社会との関係を再定義し、再出発した原点である。9条には一部賢明でない表現もあるが、そんなことは大した問題でない。同条の本質的意義を損なってはならない。

 また、自衛隊が違憲であるとの考えが国民の間にあることが理由とされることがあるが、自衛隊が憲法に違反しないことはすでに60年以上も前に憲法の解釈として認められてきたことであり、また、大多数の国民にもその解釈は受け入れられている。

 名称の問題として、「自衛隊」は適切でない、「防衛軍」、あるいは「国防軍」とすべきだというのであれば、自衛隊法など関連の法律で名称変更を行うことは可能であると考える。

 安全保障の関係では、現憲法の「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」との規定(第66条2項)は通常、文民統制(シビリアンコントロール)を定めた規定だと説明されるが、実態は文民統制にほど遠い。そのことは南スーダンへの自衛隊派遣に際して如実に表れた。

 憲法では、「軍はいかなる場合でも政府の判断に従う」という一般原則を明記すべきである。このような原則を立てれば、すべての軍人がまもるべき規範であることが明確になる。また自衛隊員の教育にも役立つ。現行憲法規定では首相や防衛相だけが文民統制の原則を守ることになっているが、国民全員の問題である。

 憲法改正については他にもいくつかの論点があり、最近注目を浴びた公文書の管理問題はその一つである。現在は、国会に対して虚偽の文書を提出しても罪に問われない。政府が決定を行う際の経緯を示す文書が恣意的に破棄されるというひどい状況にある。政府の決定に至る経緯や理由を知ることは国民の権利であり、関連の文書を残し、国民が閲覧できるようにしなければならない。そのため、文書管理に関する原則を憲法に記載すべきである。

 憲法の解釈が政府の方針によって、国会における数の力に頼って変更されてはならない。集団的自衛権の行使は認められないという、戦後貫かれてきた憲法解釈が変更されたのは誤ちでなかったか。今後の憲法改正に関する議論において、まずこの問題点が明らかにされなければならない。

2020.04.02

新型コロナウイルスによるパンデミックに関する疑問

 新型コロナウイルスの急速かつ大規模な感染拡大はフォローするだけでも容易でない。今後のために、特に印象的なこと、不可解なことを取りまとめた。基本的には時系列的に記載した。そのため、「政府と官僚に問いたい。もし専門家の言うような懸念が現実に起これば、それこそ日本経済は手痛い打撃をこうむる。その見識はないのか。」という記述は末尾になってしまった。

1.韓国の検査が多いのはどういう事情によるのか

 韓国の感染者数が1000人を超えたのは2月26日。それから急増し、1週間後には5倍になった。日本にとって驚きだったのはコロナウイルスの検査が桁外れに大規模だったことであり、感染者数がまだ2桁だった時から大量生産のためのコロナウイルス用検査キットの開発に直ちに着手するなど検査体制が強化され、2月22日から25日にかけては、1日あたり4500人から7500人程度のペースで検査を行い、検査数は6万6000人になった。

 韓国では約1か月後の3月27日の時点で、30万回以上の検査を実施し、1人当たりの検査率はアメリカの40倍となっていた(NYTによる同日の報道)。

 韓国が早い段階から果断な措置を取ったのは、2015年、MERS(中東呼吸器症候群)に対する対策が失敗し、36(38?)名が死亡するという苦い経験があったからだという。

 韓国の成功は各国からも注目され、フランスのエマニュエル・マクロン大統領とスウェーデンのステファン・ロベーン首相は、韓国の対策の詳細を聞くために文大統領に電話をかけてきた。
世界保健機関のテドロス事務局長は、ウイルスの封じ込めは難しいものの「可能である」ことを示したとして、韓国を称賛した。

 文在寅大統領は早期対応の経験を背景に活発に動いた。13日、マクロン大統領との電話会談では、「韓国政府はCOVID-19の防疫と治療の過程で多くの経験と臨床データを蓄積しており、これを国際社会と積極的に共有する意思がある。G20レベルの特別テレビ首脳会議を開催するのも良いだろう」として、テレビ会議を提案した。
しかし、各国首脳の反応は鈍かったようだ。会議が開かれたのは約2週間後の3月26日であった。会議時間は2時間6分、G20首脳とスペイン・シンガポール・ヨルダンなど招待国7カ国の首脳と国連(UN)・世界保健機関(WHO)・世界銀行(WB)など国際機関の首長が参加した大会議としてはあまりにも短時間であり、象徴的な意味合いが強かったが、韓国の経験をプレーアップするには役立ったのだろう。

2.日本の検査の少なさはなぜ改善されないか

 韓国が大規模な検査体制の構築に取り掛かっていた2月末、日本では、厚生労働省は検査数は累計1846件、1日100件程度と発表したが、都道府県の検査数が含まれていなかったとして加藤勝信厚労相は、2月18~24日間の7日間で計約6300件、1日平均約900件だと説明しなおした。しかし、それでも韓国の10分の1であった。

 日本政府はその後、数回にわたって検査体制の改善を発表したが、強調したのは「検査能力」の改善であり、「実際の検査数」は目立って上昇するには至らないでいる。

 政府の方針は、ある程度症状がある人、感染の恐れが強い事情がある人に限って検査するというものであり、それには疫学的に一定の合理性があり、海外でもそのような方針は一定程度理解された。

 しかし、新型コロナウイルス問題に対処するには検査の徹底が必要であることは世界の常識である。WHOのテドロス事務局長も、必要なのは「テスト、テスト、テスト」だと指摘した。

 日本でも3月末、感染の爆発的拡大の危険が認識されるに至って、あらためてこれまで取ってきた方針は有効か、問われている。

 検査をしない人、希望しても受けられない人、医師が必要だと判断しているのに検査してもらえない人から感染が拡大する問題があることが明確になってきたためである。つまり、これまでの方針では、急激な医療体制の崩壊は防ぐことはできても、野放しになっている無症状の感染者からの感染には対応できないのである。
感染がはっきりしない場合の自宅待機も感染の拡大につながっているという疑念が強くなっている。今までは自宅待機は限りある医療体制を補う役割があるものとして活用されたが、もっとはっきりした隔離が必要になっているという指摘である。

 「発熱外来」の設置の必要性も指摘されてからかなりの時間が経つが、ほとんど実行されていない。検査に限らないが、多数の人が医療機関に殺到する危険がある状況では発熱外来の設置が必要である。

 日本の検査が大事に至っていないのは、医療関係者の献身的努力もあるが、マクロ的には日本の感染者数が極めて低いということに支えられ、その問題点は隠されていたためでないか。しかし、現在感染者数は急増の危険が増大している。3月31日の増加数(1日だけの増加数)は200を超えた。韓国や中国の約2倍であり、この比率で行けばあと1か月半くらいで日本は現在の約3倍になる。韓国のレベル、つまり1万人程度になるということである。そのようになってくればこれまでの検査方針はたちまち瓦解するのではないか。

3.欧州でなぜ感染が急拡大したか 

 イタリアでは、1月31日に中国人観光客2人が陽性と判明したのが最初であった。それ以来、特に2月末から急拡大し、3月9日の時点で、感染者は9172人と韓国を上回った。

 感染が世界中に拡大している状況を前に、世界保健機関(WHO)は3月11日、「パンデミック」を宣言したが、2日後には欧州が世界の流行の「中心地」になったと位置づけた。イタリアはその時、韓国の2倍になっていた。3月末には感染者数は10万人を突破した。
 
 スペイン、ドイツ、フランスなども、イタリアほどではないが、イタリアと同様のパターンで感染が急拡大し、3月中旬には相次いで韓国を上回った。驚異的な感染拡大であり、3月31日現在、イタリアは韓国の約10倍、スペインは8倍強、ドイツは約6倍、フランスは約4倍となっている。中国と比べれば、3月末の時点でイタリアだけが(欧州以外では米国も)多いが、スペインは7.9万人であり、しかも1日のうちに約5千人増加しているので中国を上回るのは時間の問題であろう。
 
 イギリスは大陸諸国よりは感染拡大が少なかったかに見えたが、やはり3月中には急増し、26日には9533人となって韓国より多くなり、27日には11662人と万の台に乗った。さらにイギリスではチャールズ皇太子やジョンソン首相も感染した。
 中国や韓国がすでに微増傾向になっているのとはあまりにも対照的である。

 なぜ欧州諸国ではそのように感染が急拡大し、かつその規模が大きいのか。イタリアについてはその原因としていくつかのことが指摘された。
 
 第1に、中国人の増加が原因か、問題になった。イタリアで集団感染が初めて発生したのは2月下旬、北部の地方都市コドーニョであり、その周辺はグローバルに展開する中小企業が多く、中国だけでなく欧州各国とも人の往来が多い。
イタリアは欧州ではギリシャに次いで「一帯一路」に参加し、中国人の入国が増加していた。これらを実質的に仕切ったジェラーニ経済発展省次官は、10年にわたり中国で経済を教えてきた中国通である。
 2010年ごろ、イタリアの日刊紙では「ミラノ市で多い名字ベスト10」のうち6つが中国系であるとの報道もあった。

 しかし、全体としては中国人が多いとはいえないという。イタリアの中国系住民は32万人と日本の約半分に過ぎない(2018年)。中国人旅行者数も2019年で320万人と日本の3分の1強。武漢からの空港別旅行者数ランキングも、日本の成田(第3位)、関空(第7位)に対しイタリアの空港はトップテンに入っていなかった。

 第2に、イタリアは基本的に無償で新型コロナウイルスの検査をしているため、検査を積極的に受ける人が多く、感染者を発見しやすいともいわれていた。

 しかし、手当たり次第にPCR検査をしたために、医療体制がパンクしはじめ、引退した医師や看護婦、医学生にも応援を求めた。医療従事者は当初新型ウイルスと分からず、結果的に院内感染が起きてしまったこともあったといいう。
 集中治療の設備が足りず、イタリアのメディアは医療態勢が崩壊する危険性を書きたてた。

 第3に、国民性である。あいさつでは「握手・ハグ・バッチョ(キス)」が常態である。国民は一般に暢気である。親と同居する比率が高く、同居していなくても頻繁に会い、一緒に食事する。手洗いやうがいの習慣は少ない。ハンカチで鼻をかむ。そもそも日本などと異なり家の中も土足である。

イタリア以外の国は、中国との関係や高齢者の比率など多少異なる点もあろう。医療事情の差もあるかもしれないが、それにしても欧州諸国の急拡大パターンは中国や韓国と比べれば異質である。

 しかも、政府の対策は日本などと比べるとはるかに果断である。イタリアでは、2月下旬には集団感染が起きた北部の11の町を封鎖した。コンテ首相は3月8日、新型コロナウイルスの感染が広がっている同国北部のミラノやベネチアなどの地域で、人の移動を制限する政令を発表した。11日、新たな対策として翌12日から2週間、生活必需品を除く商店や飲食店の営業を禁止すると発表した。工場の操業も一部制限されるため、同国経済に大きな影響が出るのは必至だといわれた。しかし、コンテ首相は「全国民でこの規則を守れば、緊急事態から抜け出せる」と国営テレビなどを通じ、全国民に新たな対策への協力を呼びかけた。
 他の国でも、対策は日本より徹底している。パリの街中も人が極端に少なくなっている。
 
 ドイツは何事にも徹底している。メルケル首相は、3月1日、最終的にはドイツ国民の6~7割が感染する可能性があると発言した。また同氏自身感染者と接触していたことが分かったので在宅勤務に切り替えた。そして計3回の検査を受け、いずれも陰性だったことが30日までに確認された。

 ドイツについては、感染者数が多い(世界第5位)割に死亡率が0.7%と突出して少ないことが指摘されている。その第1の理由は、早期大量の検査を行い、隔離を進め、また、重症化しやすい高齢者の感染者増を抑えたといわれている。人工呼吸器の多さなども指摘されている。
 
 ただし、未確認情報であるが、ドイツでは当初肺炎で死亡した患者の多くは新型コロナウイルスでなく、インフルエンザなど他の病気が原因であったと処理され、後に是正措置は取られなかったともいわれている。
 
 ドイツの医療事情が他の欧州諸国より良いのは事実だろうが、それだけで死亡率がイタリアやスペインの約10分の1であることを説明できるか、疑問の余地はある。

 なお、新型コロナウイルスには2つのタイプがあり、欧州諸国では毒性の強いタイプが多いという説もある。

4.米国で想像を絶する感染拡大が起こった

 米国の感染者数の増加は欧州をはるかに上回る。米ジョンズ・ホプキンス大学システム科学工学センターのまとめによると、3月31日までの感染者数18万5千人である。

 2月19日には、わが厚生労働省の発表によると15人であり、2月末でも100人に満たず、3月15日でも1678人に過ぎなかったが、それから爆発的に増加したのだ。4日後の19日には1万を超え、さらに4日後の23日には3万強となり、その5日後の28日には中国を、さらにその翌日にはイタリアをも抜き去って10万人の大台を超え、それから3月31日までの3日間、毎日約1万8千人が感染し続けたのである。比率で言えば、3月の後半だけで100倍以上に増加したことになる。

 こんなことが実際に起こり得るのか、容易には信じられないくらいであるが、検査に問題があったとも指摘されている。米国では新型コロナウイルスによる感染はインフルエンザの陰に隠れており、死亡してもインフルエンザによる死亡と判定され、見直されることはなかった。3月後半になってようやく新型コロナウイルスの検査が本格的に始まると、各地で感染者が続々と見つかるようになったという。

 米国の疾病対策センター(CDC)は世界に冠たる疫病の権威であるが、その方針も原因の一つであったとみられている。

 新型コロナウイルスについては中国が1月12日、ゲノム情報を世界に共有し、まもなくドイツの研究者が検査方法を開発し、世界保健機関(WHO)も採用し、17日に手順を公開した。
 
 ところが、米疾病対策センター(CDC)はこの検査方法を使わず、独自の手法の開発を進めた。そのため各州に向け検査キットを発送したのは2月5日になった。しかもこのキットには欠陥があった。さらに、検査対象者を限定し、当初は全ての結果をCDCで取りまとめる方針を取ったため、感染の状況把握が大幅に遅れた。
 
 米国のメディアも検査の問題を取り上げ、特に、韓国の検査数の多さと比較して米国の検査数があまりにも少ないと批判した。検査を多く行わない限り、アメリカでどれだけ感染が拡大しているのかわからないとも訴えた。

 そしてCDCは2月14日、「新型コロナの検査対象を大幅に見直す」という発表を行った。検査対象を大幅に拡大した結果が、前述した3月後半になってからの爆発的増加の一因であったと思われる。

 感染の爆発的拡大は医療体制に極度の負担を強いる結果となった。感染が集中しているニューヨークの医療関係者のみならず各地で窮状を訴える声が上がった。人工呼吸器、マスクが足りない、初期には新型コロナウイルスと知らずに治療に当たったため医師や看護師が感染した、防護具が足りない、病院は医師たちに節約を求めているなどである。

 米国では感染防止対策はよく行っており、日本よりはるかに厳格である。国家非常事態宣言は感染の爆発が起こる直前の3月13日に行った。ニューヨークではその前日に非常事態宣言を出していた。しかし、それでも感染の爆発的拡大を防げなかったらしい。
 欧州諸国ではようやく感染の拡大が収まりつつあるとみることもできるが、米国の状況が今後どうなるか、想像もつかないのが現実である。

5.東京でもニューヨークのような状況になるか

 日本の感染者数は各国と比べ突出して少ない。4月1日現在、クルーズ船の乗客・乗員を含めても感染者数は3212人であり、けた違いの低さである。前述したように検査の問題や医療機関への負担の増大などはあるが、国際的に大きな問題にならないで推移している。しかし、今後もこの状態が続くか。にわかに雲行きが怪しくなっている。

 特に、東京における感染者数の急増である。小池知事は3月25日、緊急の記者会見を開き、「今の状況を感染爆発の重大局面ととらえこの認識を共有したい」と述べて強い危機感を示したうえで、平日はできるだけ自宅で仕事を行って夜間の外出を控え、特に週末は不要不急の外出を控えるよう呼びかけた。「感染爆発の重大局面」と大書したものをテレビに見せるなどもした。

 しかし、深刻な危機感は今一つ伝わってこなかった。小池知事が指摘した25日の感染者数は41人であり、これは危機感を伝えるには少なすぎた。また、感染経路が不明者が増えていることも説明したが、これもよく考えなければほんとうに怖いことがつたわってこない。

 知事は明言しなかったが、東京には、ウイルスの保菌者であるが症状がないので正常な健康体のようにふるまっている人が急増しているのではないか。これはまさにニューヨークで起こったことであり、最も怖いことではないか。このことを考慮すれば、知事が盛んに「感染爆発の重大局面」にあると発言したのは理解できる。

 小池氏は東京都知事として独断で述べたのではなく、日本政府と協議の上で発言したことは間違いない。同知事が伝えたかった本当のことは、日本政府が恐れていることに他ならないと思うが、日本政府は本当に危機感を抱いているのか、よく分からない。

 4月1日に開かれた政府の専門家会議は、感染者が急増する都市部を中心に、爆発的な感染拡大が起こる前に医療現場が機能不全に陥るとして、早急な対応を求めた。感染の拡大に応じて3地域に分けて対応する考え方を示し、大きく拡大している地域は学校の一斉休校も選択肢の一つとしたのだ。

 政府の専門家会議の性質上発言できることは限られているが、専門家は早く緊急事態宣言を出して体制を強化する必要があるという考えであるのに対し、政府はかたくなにこの宣言を出す時期でないとして専門家の考えを退けているのではないか。

 同日、日本医師会は、「医療危機的状況宣言」と題する文書を発表した。あわせて政府に対して特別措置法に基づく緊急事態宣言を出すよう改めて求めた。
 宣言は、大都市圏を念頭に「一部地域では病床が不足しつつある」とし、これ以上の患者増加は医療現場の対応力を超えると指摘。「感染爆発が起こってからでは遅く、今のうちに対策を講じなくてはならない」として、国民に健康管理の徹底や感染を広げない対策への協力を求めたのだが、同時に緊急事態宣言を出してくれない政府への不満がにじんでいた。

 なぜ政府は緊急事態宣言の発出に踏み切れないのか。経済への影響、とくに零細企業に対し補償なく強い勧告はできないとする考えが政府内にあるからだろう。補償には財政措置が必要だが、これには財務省が抵抗し、どうしても政府が必要というなら、全省庁の予算を一律に削減することを条件にする。これには厚労省を除く全省庁が反対する。肝心の新型コロナウイルス感染症対策本部はこのような官僚の厚い壁を突破できない。そして、首相に発言権の強い経済官庁の抵抗のみが残るという形になっているのではないか。

 政府と官僚に問いたい。もし専門家の言うような懸念が現実に起これば、それこそ日本経済は手痛い打撃をこうむる。そのような問題について見識はないのか。

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