平和外交研究所

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2020.09.26

菅首相と中韓首脳との電話会談

 菅義偉首相は、韓国の文在寅大統領および中国の習近平国家主席とそれぞれ電話会談を行った。菅氏の首相就任後初の、儀礼的は性格が強い会談であり、1回の電話会談で両国との関係が大きく変化することはあり得ないが、今後の関係にどのようにつながっていきそうか、考えてみた。

 日本から会談を求めるか、相手から先に会談を求めてくるか。本来どちらでも構わないことだが、時と場合によっては微妙な外交的意味合いがある。だから各メディアは、韓国からは会談を求めて来、中国については日本から求めたことを報道している。ただし、具体的な状況が分からないので、それ以上のことについては推測になるが、韓国についても菅新首相から会談を求めたほうがよかったのではないか。

 韓国との会談においては、韓国側に要求したことが特に目立っていた。日本政府の説明ぶりのせいかもしれないが、菅首相は文大統領に対し、「日韓関係をこのまま放置してはならない」とか、「今後とも韓国に適切な対応を強く求めていきたい」とか、「日韓関係を健全な関係に戻していくきっかけを韓国側がつくるよう」求めている。一つ一つの発言内容に問題があるわけではないが、「上からの目線」的な姿勢が目立っている。

 日本政府の中には、日韓関係が悪化したのは韓国側の責任だから、菅首相がそのような姿勢で韓国側に行動を促すのは当然だという考えがあるのだろうか。特に徴用工問題について、韓国側が日韓基本条約と請求権協定、それに国際法に違反した行動を取っているので日本が高圧的姿勢を取るのは当然だと考えているならば問題である。条約と国際法に違反していることを指摘し、違反状態をなくすよう求めるのは当然だが、上からの目線で要求するのは建設的でない。日本としては、相手国の行動いかんにかかわらず、つねに正しい態度で臨むべきである。

 一方、文在寅大統領は「両国政府とすべての当事者が受け入れ可能な、最適な解決策を一緒に探したい」とする従来の立場を強調したという。今後、菅首相は機会があるごとに、「すべての当事者が受け入れ可能な解決策」というだけでは問題は解決しないことをあらゆる方法で説得する必要がある。そのためにも主権国家どうしの関係は尊重するとの姿勢を示していくべきである。

 中国の習近平主席との会談では、習氏の国賓訪日について「特にやりとりはなかった」と菅首相は記者団に説明した。日本側では習氏の訪日に焦点を当てがちだが、今後日本としては戦略的に対中外交を進めていく必要がある。そのなかには、中国は国際的に真の友好国がいないこと、台湾問題、香港問題、南シナ海および東シナ海など日中両国の立場が対立しがちな問題があることなどが含まれている。習氏の訪日はその中の一案件に過ぎない。

 いずれにしても、対中外交は日米関係と両立するものでなければならない。米国はすでに中国共産党政権とは対決するも辞さないとの方針で臨んでいる。菅政権としては、米国の大統領選挙後にあらためて日本外交の基本を再構築する必要がある。
2020.08.27

『韓国社会の現在』を読んで

 最近出版された春木育美氏の『韓国社会の現在』は情報量が非常に豊富である。春木氏の韓国社会を見る目は決して甘くないが、温かい気持ちをもちつつ、かつ、冷静に韓国社会が直面している問題点を語っている。データの裏付けもしっかりしている。すきがないので最初は読むのに一種のしんどさを覚えたが、それを通り過ぎるといろんなことが立体的に見えてきた。私はこの本を読んで、いつか韓国に住んでみたいと思うようになった。

 「韓国では、少子高齢化が猛スピードで進行しており、すでに日本よりはるかに深刻化している。これから半世紀も経てば、『世界でもっとも老いた国』になるという。

 韓国で少子化が社会問題として浮上したのは2000年以降であり、2003年には世界でもっとも出生率が低い国となった。女性が子供を産まなくなったのである。1人の女性が生涯に生む子どもの数(合計特殊出生率)は、文在寅政権が発足した2018年に初めて1を下まわり、翌年には0.92まで落ち込んだ。同年、日本では1.36となっており、これでも低すぎると言われた。韓国はこれよりはるかに低くなったのである。

 出生率が低下しているのは、晩婚化が進み、また生涯未婚率が上昇しているからである。高齢化率、単身世帯の割合、50歳時未婚率のどれを見ても、韓国の変化のスピードは日本を上回る

 このような状況に立ち至ったのは女性だけの責任でない。社会全体の問題である。就職難と失業の増大があまりにひどいため、かつては、娘よりも息子優先、娘の学歴はよりよい配偶者と結婚するための条件くらいに考えていた親の意識も、劇的に変わった。娘に結婚、結婚と言っていた父親の家庭も、まずは就職して安定した職と収入を得ることが優先事項になっている。
女子の働く意欲は確実に高まり、社会進出が進んだ。受験戦争に勝つことを重視するようになり、大学進学率は男子を追い抜いた。
大卒の「未婚」の男女の賃金格差は、縮小傾向にある。

 日韓の調査を比較すると、韓国女性の方が日本の女性よりも結婚へのネガティブな感情が強く、育児の大変さに意識が向いている。女性は教育費や養育費が非常に高いため、子供を産まない、産めない、あるいは一人にとどめるようになっている。また、子供は負担であるという観念が強くなっている。

 一方、子どもの数が1~2人へと減ったことで、娘たちは以前よりはるかに、大事にされるようになった。

 人口の減少が激しくなり、しかも高齢化が進むと15~64歳の生産年齢人口はますます減少していく。2017年には3757万人だったのが50年後には1784万人に半減する。

 少子高齢化は韓国の経済成長にマイナスに影響する。国力の低下は免れない。

 韓国では国内政治の対立軸として、世代間の利害対立がより深刻化する懸念がある。若者の人口面での社会的プレゼンスは縮小する一方、高齢層の有権者の厚みは、大きく膨らむからである。つまり、高齢者の利益にならなかったり、理念と合わなかったりするような政策決定は行いにくくなる。

 廬武鉉、李明博、朴槿恵、文在寅の各政権は、法律を制定し、出生促進政策を実施したが、出生率減少の速度ついていけない。
 日本の少子化対策を参考に対策を講じたが、事態は好転しなかったので、無償保育の実施、国際結婚への支援、教育費の負担の軽減、二重国籍の条件付き承認など大胆な施策を講じた。だが、いずれも安定的に効果を上げるに至っていない。」

 以上が、春木氏の指摘する韓国の少子高齢化の危機を、私なりに、大胆に要約したものである。韓国社会が抱えている問題は非常に深刻だが、危機感は薄いという。

 最大の問題は、女性の地位・家族内秩序の変化、職業事情(高い失業率)、教育問題などが悪循環を起こして少子高齢化傾向を作り出していることである。今後、社会全体において新しい秩序とバランスを見出すことができなければ極端な少子高齢化は食い止められないのではないか。


2020.07.22

韓国における政治と裁判

 さる7月7日、ソウル中央地裁は、朝鮮戦争中北朝鮮軍の捕虜とされ、強制労働を強いられたのは国際法違反だとして、韓国人の男性2人が北朝鮮政府と金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長に賠償を求めた訴訟において、正恩氏らに対し、2人にそれぞれ2100万ウォン(約188万円)を払うよう命じる判決を下した。

 2人はそれぞれ2000年と01年に脱北して韓国に戻り、2016年10月に提訴したが、地裁が一定期間、書類を公開することで被告側に届いたとみなす公示送達の手続きを取ったため判決までに時間がかかったという。

 今回の判決に対し、北朝鮮が韓国内で控訴することはありえない。判決は履行されないままの状態で推移し、確定するだろう。

 一方、韓国の検察は、南北連絡事務所を爆破した疑いで、7月16日、北朝鮮の金正恩委員長の妹・与正氏への捜査に着手した。ただ、与正氏の事情聴取など、処罰に向けた捜査は事実上不可能で、形式的なものになる。

 ソウル地裁の判決や金与正氏への捜査は韓国国民を擁護する点で積極的に評価されるのだろうが、第三者の立場から見て疑問の余地がある。

 韓国の憲法は半島全体に適用されるということになっているが、実際にはその効力は北朝鮮に及ばない。したがって韓国政府の法務長官の指揮下にある検察はもちろん、政府とは独立の裁判所も、北朝鮮や北朝鮮の指導者に対して、建前はともかく実際には管轄権を及ぼすことができるか疑問である。

 韓国には戒厳令はないが、北朝鮮との往来を禁止する国家保安法があり、かねてから民主系はその廃止を目指し、保守派が反対してきた。南北間の往来は別の法律により可能になっているが、保安法は今でも北との関係を制限する基本の法律として機能しており、韓国の法律は北朝鮮に適用できないのではないか。

 そもそも朝鮮戦争は朝鮮半島内での内戦であり、各国民の保護は内戦の処理と同時に行われるしか方法がないのではないか。理想的な解決ではないが、そうせざるを得ないと思われる。朝鮮戦争は休戦状態にあるだけで、南北朝鮮が準戦時体制下にある現在、お互いの請求権を処理する合意はもちろんない。

 現実の問題として、韓国には朝鮮戦争において北朝鮮により損害を被った国民が多数存在している。もし、彼らが救済を求めてきたばあいに、韓国の裁判所は今回と同様北朝鮮に賠償を命じるのだろうか。1~2件の判決ならばともかく、数が多くなりすぎると混乱に陥り、政府は政治的に介入せざるを得なくなるのではないか。

 以上のように考えれば、ソウル地裁の判決を違法とはいえないにしても、朝鮮戦争において国民が被った損害は韓国政府が補償すべきだと思われる。現実には、政府が消極的な姿勢を取る一方、裁判所だけが行動を起こしている。それは朝鮮半島の現状に照らして適切か疑問である。

(注)国家保安法
現行の国家保安法は、非常戒厳令拡大措置によって国会が解散状態にあった1980年12月、全斗煥政権が設立した国家保衛立法会議において制定された。この改訂で、国家保安法に反共法が統合され、新たに北朝鮮との往来も処罰対象になった。また、反国家団体を称賛・鼓舞する行為や国家保安法違反行為に対する不告知罪などで法の拡大解釈の余地が広がった。そのため、政治権力が批判勢力を弾圧するための道具として同法がたびたび活用される事態と冤罪が生じた(最大の具体例が後述の「学園浸透スパイ団事件」)。

1988年に盧泰愚政権が発足すると、同年に南北朝鮮の交流をうながす「7・7宣言」が発表され、さらに1990年には「南北交流協力に関する法律」の公布で韓国政府の承認下における北朝鮮との往来が可能になったことから、国家保安法はその存在意味に疑問を提起されるようになった。

民主系の盧武鉉政権は国家保安法を人権抑圧の温床として撤廃し、刑法の内乱罪と外患罪に統合を目指した。これに対し、不告知行為の取締りが困難になるとして、保守系野党・ハンナラ党は同法の存続を求めた。一方、憲法裁判所と大法院も合憲判決を下しており、韓国国民を対象にした世論調査でも、保安法廃止は少数派である。

2007年12月の大統領選挙で李明博が当選、ハンナラ党が政権を奪還し、翌年4月の総選挙で、国家保安法廃止に賛成する議員が多かったウリ党の流れを受け継ぐ統合民主党や、左派系の民主労働党がいずれも議席を減らし、ハンナラ党を中心とする保守・中道保守勢力が国会の多数を占めたことで、国会内でも保安法廃止は少数派となった。

 文大統領は以前から国家保安法廃止や連邦制統一を主張してきたが、実現はしていない。

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