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2014.02.21

中台関係①

中国と台湾の関係が最近一歩前進したことについて、何回かに分けて考察してみる。

「初めての閣僚級合意の内容」

2014年2月11日、南京で、中国政府で対台湾政策を担当する張志軍・国務院台湾事務弁公室主任と、台湾で対中政策を担当する王郁琦・行政院大陸委員会主任委員が会談した。1949年に中国が分断後初めての閣僚級会談である。これまでは、台湾側は「海峡交流基金会(海基会)」、中国側は「海峡両岸関係協会(海協会)」という民間の窓口を設けて接触・意見交換してきた。
今回の会談では両国の当局間に直接対話の枠組みを作ることに合意したので、今後は民間レベルの対話から政府レベルの対話に格上げされることになる。以前の海基会と海協会との接触もそれぞれの政府の意向を受けて行なわれていたであろうが、直接の政府間接触が実現したことは、中台関係前進の象徴であるのみならず、実質的な意味も大きい。
18日には、台湾の連戦・国民党名誉主席と習近平主席との会談が北京で実現した。「中国メディアによると、習氏は(中略)「両岸関係の全面的な発展に積極的な意義あった」と評価。「(今後も)政治的な問題について平等に協議し、情理に合った取り決めをしていきたい」と述べた」と『朝日新聞』が報道した(2月19日)。『産経新聞』は同日、「習氏は「一つの中国枠組みの中で、台湾と対等な立場で交渉したい」と述べ」たと報道している。その他の邦字紙は簡単な報道だけで、習氏の発言内容はよく分からない。
一方、新華社(2月19日)によると、「その際、習近平総書記は次ぎのように強調した。両岸双方は「両岸は家族のように親しい」の理念をもって、時勢に順応し心を一つにして両岸関係の平和な発展を推進し、両岸の人々に幸せをもたらし、中華民族の偉大な復興の中国の夢を共に実現することを期待している。習総書記はまた次のように指摘した。歴史と現実の原因で両岸関係には簡単に解決できない問題が存在する。しかし、両岸同胞は一つの家族であり、共通の血筋、共通の文化、共通の願いを持っている。これこそが互いに理解しあい、心を一つにして協力し、共に前進する重要な力だ。」と報道している。
この記事は黒地に白ぬきで書かれており、コピーを取れない。将来、内容が変更することがありうるので、ここに書き写した。
新華社電には、習近平氏が「平等に協議」も「対等な立場で交渉」も発言した記載がない。この点は大きな違いである。産経新聞は「「台湾と対等な立場で交渉する」とは、かつての最高実力者、鄧小平が1970年代末に台湾に呼びかけた言葉である。しかし、近年の中国の国力増強に伴い、中国の最高指導者からはあまり聞かれなくなった」と解説している。
このような言葉があるかないかは重要な違いである。

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2014.02.19

中国雑記 2月19日まで

○腐敗取締関係
海南省副省長の冀文林が調査を受けている(人民網0218)。
陝西省政治協商会議(非共産党系諸党派や団体をふくめる民意代表会議)副主席の祝作利も調査されている(新華網0219)。
なお、副部長(大臣)級以上で調査の対象になっている者はこの他にもいる可能性が大きい。
○年末から年初にかけ、北京、済南、瀋陽、南京、成都、蘭州各軍区、さらに海軍、第二砲兵隊(ミサイル部隊)、などでも大幅な人事異動があった(新京報2月18日など)。
○同じ頃、党中央でも組織部(人事を担当)、中央弁公庁(わが官房にあたる)、中央党校、中央党史研究室、中央文献研究室、中央编訳局(マルクス主義の研究や翻訳をつかさどる)などでも大幅な人事異動があった(大公網0213)
○1953-54年に起こった高崗事件について、最近出版された張明遠の『我的回憶』は今でも隠されてきたことを伝えているが、この事件について分かっていることは氷山の一角に過ぎない(共識網0214)。
○曽慶紅の息子曽偉はオーストラリアで巨額の投資をし、移民のビザを取得した。

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2014.02.18

金生恩の権力確立

北朝鮮の平壌で「2月中旬」に労働党の「第8回思想労働者大会」が開催される。このことに関連して、2月10日付の多維新聞は、これは重要な会議であるとしつつ、北朝鮮の政治情勢を分析しており、参考になる。

○この会議は「党の思想建設上重要な意義があり、政治思想をもって千万の(注 「多数の」という意味であろう)軍民を闘争に参加させ、先軍(注 金正日が確立した軍事優先主義)の朝鮮が繁栄する時代を開く」と朝鮮中央通信は報道している。この会議が前回開かれたのは2004年2月であった。
○金正恩は2012年4月15日、著作を発表し、朝鮮労働党の指導思想を「金日成―金正日主義」とし、全社会を「金日成―金正日化」することを最高の綱領とすることを提起した。今回の思想労働者大会は全国人民に指導思想が変わったことを教え、また新しい指導者が金正恩であることを確認する。
○1974年2月、労働党代表者会議は金正日を金日成の後継者として承認するとともに、同人の弟の金英柱に対する批判を行なった。金正日はそれ以来金日成主義の権威を高める手を打ちながら、種々の口実を設けて多数の反対者を粛清した。金英柱は副総理に降格、外国へ放逐し、1993年になってやっと帰国を許した。
○金正日の異母弟、金平日を支持していた南日(かつて副総理)は1976年2月、化学プラントを視察中であったが、平壌に車で平壌に急行(注 きっかけは不詳)する途中に、軍用車に衝突された。事情通によると、当時金日成の後継者をめぐる競争は激烈であり、金正日は信頼する「護衛二局」に殺害させたそうである。
○1977年、金正日に反対していた、労働党中央書記兼国家副主席の金東奎とその支持者は、「党唯一の思想体系である十大綱領を害した」とされて党籍をはく奪され、政治犯収容所に収監された。生死は不明である。
○金正恩は当時の金正日より年若く、実力もまだついていない。これまでに粛清したハイレベル高官は軍の李英浩と党の張成沢だけである。金正日のひつぎに寄り添った者はすべて片づけたが、これでは完全に権力を掌握するには程遠い。今回の思想労働者大会は金正恩による粛清の開幕を告げるものであり(標識着)、今後金正恩は金日成-金正日主義を持ち上げつつ、金ファミリーに不満を持つ者を追い落としていく可能性がある。
○2013年9月、北朝鮮は憲法よりも、また労働党規約よりも高位の「党の唯一の思想体系を樹立する十大原則(十大原則と略称)」を39年ぶりに改訂し、「白頭山血統、すなわち金正恩一家の政権世襲制を明文化した。改訂後の「十大原則」は、北朝鮮で今後粛清が継続することを示している。

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