平和外交研究所

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2015.07.06

日韓首脳会談と70年談話 安倍政権のジレンマ

 安倍首相は2012年末、政権に復帰したころから、戦後70周年には首相としての談話を発表する考えを表明しており、その後国会答弁などで50周年の村山談話や60周年の小泉談話を「全体として引き継ぐ」と説明してきました。
 村山談話と小泉談話では、日本が先の大戦で近隣諸国などに対し、「植民地支配と侵略によって」「多大の損害と苦痛を与えた」ことについての「痛切な反省」と「心からのお詫び」の気持ちが表明されています。
 しかし、安倍首相は、これらのうち、どの部分は継承し、どの部分は継承しないか、明確な説明をしていません。

 安倍首相は「戦後レジームからの脱却」が持論です。戦後に作られた制度や秩序は本来の日本のあるべき姿を歪めており、是正する必要があるという考えであり、日本国憲法についても改正が「不可欠」だと主張しています。
 また安倍首相は、「侵略」の定義は定まっておらず、先の大戦における日本の行為を侵略であったと断定するのは適当でないという考えです。
 このような事情から、安倍首相は村山・小泉両談話において重要な表明である、日本は近隣諸国を「侵略」したという認識を引き継がないのではないかという疑問を持たれています。

 安倍首相は談話の内容について有識者の意見を徴するため懇談会(21世紀構想懇談会)を設置し、同懇談会は6月25日に審議を終えました。そこで議論がもっとも白熱したのは日本の行為を「侵略」と位置付けるかどうかであり、「侵略」であったとする意見が相次いだ一方、侵略の定義は明確でないとして、「侵略という言葉の使用は問題性を帯びる」との声も出たと報道されました(26日付『読売新聞』)。
 懇談会の議論の結果を談話に取り入れるか、取り入れるとしてもどの程度か、決まっていません。菅官房長官は6月22日の記者会見で、「懇話会でのさまざまな意見を聞いた上で、最後は首相を中心に政府として判断する」と述べています。
 「談話」の意味やその発表要件は法律で定義されていませんが、首相として見解を表明しておいたほうがよい重要問題について談話が発表されるのが習わしです。首相限りで発表されることもありますが、談話が閣議決定されると内閣全体が了承したことになり、重みが増します。村山・小泉両首相談話は閣議決定されました。
 しかし、安倍首相の談話については閣議決定しない考えがあるといううわさが出ています。そのことを質問された菅官房長官は、「まだ何も決まっていない」と答えました。これが日本政府の公式な立場です。
 このようなうわさが出るのは、安倍首相には「侵略」の意味などについてこだわりがあるからのようですが、「侵略」への言及を避けた談話については、内閣の他の構成員(国務大臣)が賛成するか必ずしも明確でありません。また対外的にも問題がありうるからです。

 中国や韓国は村山・小泉両談話を積極的に評価し、安倍首相も戦後70周年談話を発表するのであれば、両談話のような歴史認識を明確に示すことを強く希望しています。先の大戦で日本による植民地支配と侵略によって多大の損害と苦痛をこうむった両国として当然でしょう。
 しかし、安倍首相の談話が「侵略」など重要な歴史認識を明言せず、避けて通れば両国が反発することは不可避であると思われます。日韓首脳会談実現の努力に悪影響を及ぼし、結局開かれなくなる恐れも排除できません。また、米国からも問題視される危険があります。米国は安倍首相の靖国神社参拝など歴史に対する姿勢に疑問を抱いているからです。
 下手をすると一種の矛盾した状況に陥る危険があります。つまり、安倍首相にしても重要な問題だからこそ談話を発表するのでしょうが、安倍首相個人の歴史認識にこだわれば内外で強く批判され、ひいては政治的な問題に発展して国会運営に困難が生じ、安保法制審議にも影響が及ぶ恐れがあります。そういう事態を回避するために閣議決定しないというのは、結局談話を重要な表明として扱わないことになるのではないかと思われます。閣議決定しないことにより反対意見を交わそうとするのはしょせん姑息な手段ではないでしょうか。
 談話は発表しなければならないものではありません。しかし、首相として談話を発表する限り、内容的にも、手続き的にも堂々とした姿勢で臨んでもらいたいと願わずにおられません。

(THE PAGEに7月3日掲載)
2015.06.22

日韓国交正常化50周年 両国関係を改善しよう

 今年は日韓国交正常化が実現して50周年、両国で慶祝行事が行われる。
 両国間の歴史においてはさまざまな困難があり、日本による韓国併合は今日に至るも負の影響を残している。村山首相以来日本の歴代首相は、植民地支配によって韓国の人々に多大の苦痛と損害を与えたことを直視し、痛切な反省と心からのお詫びを表明してきた。
 日韓両国は大きな努力を払って困難を克服し、関係を改善してきた。たとえば、韓国の対日差別的文化政策の撤廃により日韓間の文化交流は飛躍的に発展した。これにより両国民が得た利益は計り知れない。今後も両国間の交流をさらに深め、相互理解を増進し、協力しあう分野を拡大していきたい。
 しかし、ここ数年、両国の関係は歴史問題などのために落ち込み、『朝日新聞』と韓国の『東亜日報』の共同世論調査によると、関係が良好でないと思っている人は日本で86%、韓国では90%と異常な高さに上っている。安倍首相と朴槿恵大統領の首脳会談が一度も実現していないことはそのような状況にある両国関係を象徴している。

 この度国交正常化50周年が両国で慶祝されるに際して、両首脳が別々にではあるが、日韓両国の大使館で開催される行事に出席することとなった。これは大きな前進である。
 韓国の尹炳世(ユンビョンセ)外相はすでに来日して岸田外相と、さらに安倍首相とも会談している。外相会談では日本の産業革命遺産の世界遺産への登録について双方が歩み寄って合意に達し、また、百済の歴史遺跡の登録に両国が協力することを約すなど、大きな成果を上げた。
 一方、両国間にはなお解決すべき問題がある。韓国側は、日本の、とくに安倍首相の歴史に向き合う姿勢を問題視している。
 一方、韓国側には政治と司法の両方にまたがる問題がある。その一つの例が産経新聞記者の裁判であり、韓国政府の取った措置は報道の自由を妨げるのではないか。
 また、韓国政府は、朴槿恵政権が成立する以前であったが、慰安婦問題に関し韓国の憲法裁判所が下した決定に促され、それまでの態度を変えて日本政府に国家補償を求めるようになった。
 これらは行政府だけの責任でなく、司法にまたがる問題であることは分かるが、憲法裁判所の決定だからと言って韓国政府が従来の見解を変えることは日本として受け入れられない。当然のことであるが、両国は日韓基本条約および請求権協定で決定したことを尊重する義務があり、韓国側が日本側の解釈に同意できないのであれば、同協定3条に明記されている方法で、つまり仲裁により解決を図る必要がある。
 日韓両国政府が関係改善に動き出し、一歩どころか二歩も前進しているときにこんなことを言い出さなくてもよいと思われるかもしれないが、両国間の関係がさらに進展することを願うからこそ指摘しておきたい。
 安倍首相と朴槿恵大統領には首脳会談を実現してほしい。そのために、安倍首相から、前提条件を付けず、歴史問題も含め両国間のあらゆる問題について話し合う用意があることを伝えるのが望ましい。
 朴槿恵大統領は歴史問題について結果が出ることが先決などと言わないでほしい。
 個人の信条はともかく、国家の指導者として議論し、お互いに確かめ合い、疑問を呈し、誤解があればその解消を図るべきであり、それは安倍首相も朴槿恵大統領もできるはずである。

2015.06.19

ウクライナ、北方領土……ジレンマの日ロ関係

THE PAGEに6月18日掲載されたもの。

「2015年のG7サミットは6月7~8日、ドイツ南部のエルマウで開催されました。ロシアによるクリミア併合以来1年余り苦慮してきた欧米諸国や日本がどのようなメッセージを出すかが最大の焦点でした。議論の結果は、ロシアにミンスク合意(2014年9月、ウクライナ政府、親ロシア派、ロシアおよび監視役のOSCE 代表による停戦合意)を順守すること、およびウクライナ領内の親ロシア派に対する越境支援を中止することを求め、ロシアが応じなければ制裁の強化もいとわないという、予想された通りの強い要求となりました。

 実は、サミット参加7カ国のロシアに対する立場は同一でなく、もっとも強硬なのは米国です。

 冷戦終結後、ロシアと西側諸国の関係は大いに改善され、1994年からロシアはG7に参加するようになりました。
 しかし、ロシアが西側諸国と主張を異にすることはその後も生じています。ロシアがもっとも強く反発する相手は米国であり、時には米国に負けない軍事力を保有していることを誇示してまで対抗姿勢を見せることがあります。また国連でも、ロシアは中国とともに保守的な立場に立って米欧諸国に反対し、そのため国連として必要な結論が出せなくなる場合があります。
 米国は長い冷戦時の経験と、このようなロシアの現状にかんがみると、ロシアに対し時には強い態度で臨まなければならないという確固とした信念があると思われます。
 ロシアがクリミアの併合を強行したことはまさにそのように強く対処しなければならない事態であり、米国は他の西側諸国とともにロシアのクリミア併合を認めず、また、ウクライナ領内の親ロシア派に対してロシアが人的・物的支援を続けることを強く非難し、制裁措置の実施に踏み切りました。
 一方、欧州諸国や日本は米国と共働しつつも、米国とは異なる事情によって一定程度影響を受けます。欧州諸国については、隣国であり、親ロシア派の問題で困難に陥っているウクライナを支援しなければならないが、ロシアからの天然ガス輸入への依存度が高いのでロシアと良好な関係を維持したいという両側面があります。

 日本とロシアの関係も複雑です。ロシアは、ウクライナ問題について日本がロシアに対して米欧諸国と同様厳しい態度で臨み、制裁を課していることに不満であり、日本の姿勢は日ロ二国間関係に悪影響を及ぼすと、なかば脅しのようなことを口にすることもあります。
 ロシアとしては、日ロ両国は隣国どうしであり、北方領土問題を解決して平和条約を結ばなければならないことを考慮すると、日本は米国と違った対応をしてもよいではないかという、一種の期待感があるように思われます。
日本にとって北方領土問題を解決することはもちろん重要な課題です。安倍首相は今年内にもプーチン大統領を日本に迎え、交渉を進めたいという考えをロシア側に伝えています。
 一方、米国は、ロシアがウクライナで引き起こした問題が未解決のまま、日本がロシアとの関係を進めることは西側としての連帯を弱めると警戒しており、国務省の高官は日本の動きを牽制する発言を行っています。

 このような状況の中で開催されたG7サミットは、安倍首相にとって日ロ関係促進に対する米欧の立場を値踏みする機会となり、各国首脳との二国間会談でロシアのプーチン大統領との会談を目指す方針を伝え、理解を求めました。
 サミット終了後の内外記者会見で、安倍首相は、「ロシアには、責任ある国家として、国際社会の様々な課題に建設的に関与してもらいたい。そのためは、私は、プーチン大統領との対話を、これからも続けていく考えであります」「ロシアとは、戦後70年経った現在も、いまだに平和条約が締結できていないという現実があります。北方領土の問題を前に進めるため、プーチン大統領の訪日を、本年の適切な時期に実現したいと考えています。 具体的な日程については、今後、準備状況を勘案しつつ、種々の要素を総合的に考慮して検討していく考えであります」と、ロシアとの関係改善、北方領土問題の解決、プーチン大統領訪日にかける熱い気持ちを語っています。

 しかし、問題のウクライナ情勢はまだ混とんとしており、今後数カ月以内にG7諸国が制裁を強化することが必要となる事態に陥らないという保証はありません。かりにそうなれば、日本としても米欧諸国と並んで制裁の強化が必要となるでしょう。
 来年のG7サミットは日本で開催されます。ロシアのG7への参加はクリミア併合以降停止されています。日本としては、ウクライナの問題を解決し、ロシアとの関係を進めて伊勢志摩サミットにプーチン大統領を迎えたいところですが、残念ながら事態はまだまだ流動的と言わざるをえません。

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