平和外交研究所

2021 - 平和外交研究所 - Page 12

2021.05.27

東京五輪・パラリンピックの安全は確保できない

〇要点
・東京五輪・パラリンピックは非常に危険な賭けであり、絶対避けるべきだ。
・安全・安心の問題など無責任発言が相次いでいる。責任の所在を明確化すべきだ。
・外国人のコントロールは困難である。強制退去など1年も2年もかかるだろう。
・IOCは今夏開催に異常な執念を見せている。日本の状況を正確に説明すべきだ。
・開催後日本に残る悪影響は計り知れない。

〇人流
 菅首相は5月14日の会見で「メディアは約3万人」としたうえ、「その数を減らし、また行動を制限する、制限に反すると強制的に退去を命じる。そうしたことを含めて、今検討している」と述べた。
 選手、コーチ、各国のスタッフ、エッセンシャルワーカー、メディアなどを合わせると6万人余りが200カ国余りから東京に集結するという。

 これだけの数の人たちを統制する手立ては示されていない。また、行動規約に違反した者には国外退去を命ずるというが、命じられても退去しないだろう。日本側が違反を追及しても、相手は、否認する、あるいは本国の主権にかかわると抵抗する、あるいは報道の自由を制限すべきでないと抗弁するだろう。強制退去はいかに困難か、首相はそのことを踏まえて発言すべきだ。そもそもできないことをいかにもできそうに話すのは無責任である。

 最近、テストをして問題はないことが分かった、バブル方式で選手村と競技場を隔離すれば感染は防げるなどと言い出しているが、バブルの中にも問題があり得ることが判明している。PV(パブリックビューイング)は大きな密である。実験は選手以外の人たちの動きを考慮していない。

 オリンピックでばらまかれるウイルス、緩んだ世論の影響は計り知れない。日本国民へのダメージは長く残る。その問題の責任を誰が取るのかも不明確であり、うやむやになる危険が大きい。

〇検査
 政府の予想では、今夏の東京五輪・パラリンピックで、大会関係者向けの新型コロナウイルスの検査回数は1日最大で7万件以上と見込まれると報道されている。政府や大会組織委員会の推計によると、検査件数は開会式前日の7月22日が最大となる。都内の選手村などに宿泊する国内外の選手だけで約6200件に上る。このほか主な内訳はコーチやトレーナーらが約5600件、食事・清掃スタッフらが約5400件、選手が立ち入るエリアで活動する人が約4万件以上、メディア関係者が1万300件などである
 
 組織委は来日した選手とコーチらに毎日、検査を課す方針だ。その他の関係者も選手と接したり、選手が立ち入るエリアで活動したりする人には検査を毎日受けてもらう見込みだ。国内での1日あたりの検査能力はPCR検査が約20万件、抗原検査が5万件強で、「検査能力には余裕がある」とみているという。しかし、数字から安全な雰囲気を作り出そうとしているのではないか。
 検査には時間がかかる。検査を受けたくない人が必ず出てくる。その人たちに検査を強制できないことは前述したとおりである。

〇医療・防疫
 緊急事態宣言を引き延ばしても開催までに感染の拡大が起こる可能性がある。変異株の危険もある。
 そうなると、重症者が4-5月の大阪府のように多数発生し、病院にも入れないで死亡するケースも実際に起こる危険がある。それを絶対に発生しないようにできるとは誰もいえない。死者が出ると国民は激烈に反応するだろう。この問題はIOCのほうで無責任に言っている「どの国、関係者も多少の犠牲は我慢すべきだ」というような問題でない。
 日本医師会でもこの問題に責任は持てないだろう。医師は超人的な努力を行っているが、キャパを超える事態に責任を負えない。
 組織委のほうでは医師の確保にめどがつきつつあると言っているそうだが、危険の大きさ、感染の拡大状況などが明確にならないのにどうしてそんなことが言えるのか。「予定した数は確保できる」というに過ぎないのではないか。日本国内の医療事情がこの夏にどのような状態になるか誰にも分からない。日本の事情を無視して、組織委が予定した数だけを論じることなど、これも無責任である。
 
 日本を訪れる数万人の外国人は200近い国から来るのであり、これらの国々ではコロナの感染率やワクチン接種の進展具合、変異株感染の動向がそれぞれ異なる。IOCは日本へ来るまでに8割近い人がワクチン接種を受けていると説明しているが、ICO自身がこの数字の実現に責任を持てるか。これも無責任な発言でないか。
これらの人たちはチャーター機で来るとは限らない。ばらばらに来る。それを入管でコントロールできるか。できない。日本人の帰国者の追跡さえ問題が生じているのに、このように多数の外国人入国者をコントロールすることは困難である。

〇各国の世論
 日本国民の約8割が今夏の開催に反対であるのを無視することは愚挙である。
 また新聞通信調査会は3月20日、米国、中国、仏、タイ、韓国の5カ国で実施した「対日メディア世論調査」の結果を発表した。タイで95.6%、韓国では94.7%が「中止すべきだ」「延期すべきだ」と回答。中国では82.1%、米国では74.4%、フランスでは70.6%が東京五輪・パラリンピックを「中止・延期すべきだ」と答えた。要するに各国も日本以上に中止・延期を望んでいるのだ。
 米国務省は5月24日、日本への渡航警戒水準を最高レベルの「レベル4」に引き上げ、「渡航中止」を勧告した。日本からの問い合わせに対し、五輪参加の方針は変更していないと説明している。日本では矛盾した表明のように受け止められているが、米国は、日本が自発的に五輪開催を中止することを望んでいる。自分たちからは言いたくないのでそのように矛盾しているとも見える対応をしているのだということを見抜かなければならない。
2021.05.25

米韓首脳会談と非核化

 バイデン米大統領は文在寅韓国大統領と5月21日、ホワイトハウスで会談した。会談の主要テーマは北朝鮮問題だったと言われているが、メディアなどでは、バイデン・文両大統領の北朝鮮についての考えはかなりずれている、とのコメントが多かった。

 バイデン政権の北朝鮮政策は見直しが終わったばかりであり、その内容を知りたいところであるが、今次会談後も具体的に示されなかった。4月に見直し結果が発表された際、「トランプ政権の『グランドバーゲン(一括取引)』もオバマ政権の『戦略的忍耐』のアプローチもとらない」と説明されたが、それ以上のことは不明確なままである。失礼ながら、バイデン政権の考えは一種の「中間的政策」に過ぎないようだ。

 バイデン大統領は記者会見でソン・キム国務次官補代行の北朝鮮担当特使への任命を発表した。ソン・キム氏はよく知られている朝鮮通であり、韓国の大統領も同席している場で新任の発表が行われたことはソン・キム氏にとって晴れがましいことであっただろう。しかし、バイデン政権の新しい北朝鮮政策について具体的に公表されたことはソン・キム氏の任命だけだというのは言い過ぎであろうか。

 一方、韓国側は今次首脳会談で一定の成果を上げたと言えよう。特に印象的だったのは2018年4月の文・金両首脳による板門店宣言を、同年6月にシンガポールで米朝首脳が出した共同声明と、形式的には同等の扱いをし、今後両声明を基礎として北朝鮮と対話していくという方針が明記されたことである。韓国大統領府関係者が「韓国側の強い要望が反映された」と話している通りの面があるのであろう。

 しかし、今後文大統領がバイデン大統領との協力関係を背景に働きかけても、金正恩総書記が誘いに応じることはまず考えられない。金氏にとって最大の問題は米国に対する不信である。この不信感は米国の責めに帰せられることでなく、むしろ北朝鮮側の発言と行動にそもそもの原因があるのだろうが、その点はともかく、金総書記が米国を信用していないことは事実であり、その問題をいかに打開していくかが今後の米朝関係を進めるうえでカギとなる。

 また金総書記は文大統領に対する信頼も失っており、韓国ができることはないと見限っている。北朝鮮が最も重視する制裁措置の緩和について、文大統領が意味のある提案ができれば別であろうが、その可能性は限りなく低い。バイデン大統領との今次会談でその件について話し合ったかもしれないが、表に出せることは皆無であった。今後、文大統領が金総書記に働きかけても、制裁はどうするのだと問われれば、返答に窮するのではないか。

 北朝鮮と米国との非核化交渉が膠着状態に陥ったのは、トランプ政権がいわゆる「段階的非核化」を認めなかったからであるが、金総書記としては、第2回目のハノイ会談に臨むにあたって北朝鮮の交渉チームからも、また韓国側からも米国の意図についてミスリードされたと考えている可能性が高い。今後の北朝鮮の非核化交渉の成否は、米朝間で信頼関係を構築できるかということと、バイデン政権が段階的非核化について北朝鮮と妥協できる方策を見つけ出せるかということにかかっている。

 バイデン大統領は、中国との関係においては目覚ましい姿勢をみせている。またパレスチナ問題でも鮮やかな外交ぶりである。これにくらべ北朝鮮との関係では、トランプ政権が実現した核と長距離ミサイルの実験停止とシンガポール合意から後退しないことがボトムラインとなっていくのではないか。
2021.05.21

中国・EU投資協定と米欧中関係

 中国とEUが投資協定(CAI Comprehensive Agreement on Investment)の交渉を開始したのは2014年。35回の交渉を経て、2020年12月に原則合意された。中国側が、新疆ウイグル自治区の人権問題などに関する欧米の批判をやわらげ、また2020年内合意の目標を実現するために譲歩し、またEU側ではコロナ禍の中で経営難に陥っている欧州企業が中国市場でのビジネス機会の拡大を求めたことなどが背景として指摘されている。EUの閣僚理事会議長国が中国との経済関係促進に熱心なドイツであったことが大きな要因であったと見る向きもある。
 協定が発効すれば、EU側が問題視していた中国の国有企業や強制的な技術移転などについての規律が盛り込まれるなど、中国市場への参入障壁が一部緩和されることになる。今後の中国・EU経済関係の礎石となるとも言われていた。

 バイデン政権は成立前だったが、CAIの原則合意を止めようとしたとみられていた。国家安全保障担当補佐官に指名されていたジェイク・サリバンは、「バイデン・ハリス政権は、欧州のパートナーとの間で共通の関心である中国の経済慣行に関して、早い段階での協議に喜んで応じるだろう」とのコメントを発表したのだ。だがEUは交渉を止めず、合意にまで進んだという。CAIについて、米国内では肯定的な意見もないではなかったが、批判的な見方が多かった。

 3月22日、EUと英国、米国、カナダは、中国が新疆ウイグル自治区で重大な人権侵害を行っているとして、中国政府当局者に対する制裁措置を発表した。1月にバイデン米政権が発足してから初めての米欧協調行動であり、これら諸国はウイグル族の扱いに関する中国政府の責任を追及する姿勢を鮮明にしたのであった。

 これに対し、中国は報復措置として米国、EUなどに対して制裁を発動し、CAIは進まなくなった。

 5月20日、欧州議会は中国との交渉を再開する条件として、中国が対EU制裁を撤回することを求める決議を行った。中国の制裁は国際法に基づいていないとも主張した。

 しかしCAIは中国・EU関係にとどまらず、中国と米欧の問題になっている。中国はメンツにかけても応じないだろう。

 一方で中国は、EUの中でも関係が深いイタリアなどに、協定発効の必要性を説得しているが、それで事態が打開されることはありえない。ティエリ・ブルトン(Thierry Breton)欧州委員(域内市場担当)は5月6日、昨年末の「原則合意」は「合意」というより「方針」のようなものであり、CAIは当面実現しないだろうとの見解を示したという(AFP2021年5月7日付)。

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