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2021.09.23
仏は激怒し、米豪に駐在する自国大使を直ちに本国に召還した。ルドリアン仏外相は、大使召還はマクロン大統領からの指示だと強調し、米豪の対応は「同盟関係や、欧州にとってのインド太平洋地域の重要性という考え方そのものに関わってくる」と警告した。
この経緯から、豪州による潜水艦契約の一方的、かつ突然の破棄は、米仏の同盟関係をも揺るがしかねない深刻な問題と見られたが、わずか1週間後、米仏首脳による30分の電話会談で事態の収拾に向けて原則合意が達成された。バイデン氏とマクロン氏の共同声明によれば、米仏両国は信頼回復のために、今後、突っ込んだ協議を行うことになっているが、ル・ドリアン仏外相が激怒した潜水艦契約の一方的破棄については何の言及も行われなかった。契約の破棄は取り消されないのである。
バイデン氏は謝罪せず、ただ、「開かれた協議があればよかった(the situation would have benefited from open consultations among allies on matters of strategic interest to France and our European partners)」、つまり「仏を含めて潜水艦契約の取り扱いを決定したほうがよかった」と言っただけである。
米仏両国の首脳は円熟した安全保障大国らしく振舞ったと言えるかもしれないが、両雄のだましあいのようなところがある。ともかく、今回の合意が容易に達成された背景には、二、三見逃せない事情があったと思われる。
一つは、もし、契約破棄の相談を仏にしていたならば、容易に結論を得られないことを米豪英とも認識していたことである。豪側には、契約の履行状況について不満があったとも言われているが、それだけでは一方的破棄を正当化できない。米豪英は仏が議論にたけており、容易に説得できる相手でないことを共通に認識しており、迅速に契約を破棄するには一方的に通告するほかなかったと思っていたのであろう。
もう一つの背景は、安全保障に関する米欧の同盟関係が欧州から中近東、とくにアフガニスタンへ、そしてアジア太平洋にまで拡大しつつあることを仏も重視していたことである。
さらに、歴史的には、仏は1966年から1996年までの30年間に南太平洋のムルロワ環礁(仏領ポリネシア)で193回の実験を行っていた(最後は1996年1月)。今回の米仏首脳協議でこの歴史問題が提起されたとは思わないが、両者の話し合いに影響を及ぼさなかったとも思わない。直接触れることはなかったにしても、バイデン氏もマクロン氏も意識しつつ話し合いを行ったものと推測される。
マクロン大統領は東京五輪の開会式出席後に仏領ポリネシアを訪問し、7月27日、タヒチ島での演説で「フランスは仏領ポリネシアに、核実験を繰り返してきたという借りがある」と述べている。マクロン氏は前回の大統領選で掲げた「歴史と向き合う外交」公約に従い、過去に複雑な経緯をたどった国や地域との関係改善を急ピッチで進めているのである。しかし、仏国内には核は必要との立場からマクロン氏の姿勢を弱腰だと批判する勢力も存在している。そんな事情からマクロン氏は謝罪はしないでおり、そのため南太平洋で批判されている。
豪にとっても南太平洋における核実験はデリケートな問題である。国内では仏に対する批判的勢力が非常に強い。ただ、豪はウランを仏に提供しており、政府は核実験についての姿勢が明確でないと批判されてきたが、基本的には南太平洋諸国よりである。
要するに、南太平洋における核実験は現在も続いている問題なのであり、バイデン氏がマクロン氏との会談で何も言わなくとも影のように付きまとっていたはずである。マクロン氏が今回の米仏首脳協議において意外にあっさりと矛を収めたのはそのような事情があるからだと思われる。
AUKUSの下での潜水艦製造契約の破棄
9月15日、インド太平洋地域における米英豪3カ国の新たな安全保障協力の枠組み「AUKUS」の設置が発表された。その直前、豪は、2016年に仏政府系軍事企業と結んだ、12隻のディーゼル潜水艦の建造契約(総額は約7・2兆円に上る見込み)を破棄する旨仏に一方的に通告した。仏は激怒し、米豪に駐在する自国大使を直ちに本国に召還した。ルドリアン仏外相は、大使召還はマクロン大統領からの指示だと強調し、米豪の対応は「同盟関係や、欧州にとってのインド太平洋地域の重要性という考え方そのものに関わってくる」と警告した。
この経緯から、豪州による潜水艦契約の一方的、かつ突然の破棄は、米仏の同盟関係をも揺るがしかねない深刻な問題と見られたが、わずか1週間後、米仏首脳による30分の電話会談で事態の収拾に向けて原則合意が達成された。バイデン氏とマクロン氏の共同声明によれば、米仏両国は信頼回復のために、今後、突っ込んだ協議を行うことになっているが、ル・ドリアン仏外相が激怒した潜水艦契約の一方的破棄については何の言及も行われなかった。契約の破棄は取り消されないのである。
バイデン氏は謝罪せず、ただ、「開かれた協議があればよかった(the situation would have benefited from open consultations among allies on matters of strategic interest to France and our European partners)」、つまり「仏を含めて潜水艦契約の取り扱いを決定したほうがよかった」と言っただけである。
米仏両国の首脳は円熟した安全保障大国らしく振舞ったと言えるかもしれないが、両雄のだましあいのようなところがある。ともかく、今回の合意が容易に達成された背景には、二、三見逃せない事情があったと思われる。
一つは、もし、契約破棄の相談を仏にしていたならば、容易に結論を得られないことを米豪英とも認識していたことである。豪側には、契約の履行状況について不満があったとも言われているが、それだけでは一方的破棄を正当化できない。米豪英は仏が議論にたけており、容易に説得できる相手でないことを共通に認識しており、迅速に契約を破棄するには一方的に通告するほかなかったと思っていたのであろう。
もう一つの背景は、安全保障に関する米欧の同盟関係が欧州から中近東、とくにアフガニスタンへ、そしてアジア太平洋にまで拡大しつつあることを仏も重視していたことである。
さらに、歴史的には、仏は1966年から1996年までの30年間に南太平洋のムルロワ環礁(仏領ポリネシア)で193回の実験を行っていた(最後は1996年1月)。今回の米仏首脳協議でこの歴史問題が提起されたとは思わないが、両者の話し合いに影響を及ぼさなかったとも思わない。直接触れることはなかったにしても、バイデン氏もマクロン氏も意識しつつ話し合いを行ったものと推測される。
マクロン大統領は東京五輪の開会式出席後に仏領ポリネシアを訪問し、7月27日、タヒチ島での演説で「フランスは仏領ポリネシアに、核実験を繰り返してきたという借りがある」と述べている。マクロン氏は前回の大統領選で掲げた「歴史と向き合う外交」公約に従い、過去に複雑な経緯をたどった国や地域との関係改善を急ピッチで進めているのである。しかし、仏国内には核は必要との立場からマクロン氏の姿勢を弱腰だと批判する勢力も存在している。そんな事情からマクロン氏は謝罪はしないでおり、そのため南太平洋で批判されている。
豪にとっても南太平洋における核実験はデリケートな問題である。国内では仏に対する批判的勢力が非常に強い。ただ、豪はウランを仏に提供しており、政府は核実験についての姿勢が明確でないと批判されてきたが、基本的には南太平洋諸国よりである。
要するに、南太平洋における核実験は現在も続いている問題なのであり、バイデン氏がマクロン氏との会談で何も言わなくとも影のように付きまとっていたはずである。マクロン氏が今回の米仏首脳協議において意外にあっさりと矛を収めたのはそのような事情があるからだと思われる。
2021.08.16
日本政府も大使館の職員を国外に退避させることにしており、退避に関し米国などと協議中である。
カブールの陥落は予想以上に早かった。タリバーンは15日朝までにカブールを包囲し、アフガニスタン政府と協議する姿勢を示していたが、数時間後に大統領府が占拠されてしまった。そうなったのは、ガーニ大統領が混乱を望まず、自ら国外へ退去したからであったようだ。タリバーンの政治部門トップのバラダル幹部が、首都占拠後のビデオ声明で、「このような形での勝利は想定外だった」と述べたのはそのような事情であったことを示唆している。
カブール国際空港では国外脱出を求める人々が押し寄せ、飛行機の周りをとりまいており、米軍が威嚇発砲をしたと伝えられている。多少の混乱は避けがたいかもしれないが、外国人のカブールからの脱出が円滑に進むことを切望する。
ブリンケン米国務長官は15日のCNNテレビで、米大使館員らの退避に追い込まれたアフガンの現状をベトナム戦争末期のサイゴン(現ホーチミン)陥落になぞらえる見方に対し「サイゴンとは違う」と強調したという。その根拠は何かよく分からないが、米国は「負けた」と言われ続けるだろう。また、無責任だとも批判されるだろう。米国の立場が悪くなるのは避けがたい。
米軍の撤退は、トランプ前政権とタリバーンとの2020年2月の和平合意に基づくものである。バイデン大統領はこの合意を引き継ぎ、今年4月、米同時多発テロから今年の9月11日で20年になるのに合わせ、米軍を完全撤退させると表明し、5月から撤収作業を始めていた。
これまで米国もNATOや日本もアフガニスタンの軍・警察力の強化に協力してきたが、タリバーンの本格的攻勢がはじまるとそれはもろくも崩れてしまった。現実として受け止めるほかないが、米国がアフガニスタンの兵力をどのように評価していたか。米軍が撤退しても持ちこたえられると見ていたのかも問題になりうる。
今後どうなるかが問題であり、まず、タリバーン政権を各国が承認するかが問われる。英国のジョンソン首相は早くも15日、英メディアに「どの国にも、タリバーンを二国間で(正統な政府として)承認してほしくない」「志を同じくする国同士はできる限り、統一された立場であるべきだ」と牽制した。
カギとなるのは、アフガニスタンの新政権がテロリストや過激派をかくまったり、支援するかどうかである。通常そんなことは新しい政権に対して問わないが、20年前に米軍が打倒したのはタリバーンであり、その時はテロと過激派の脅威と戦うことに国際的な理解があった。今般カブールを奪回したタリバーンにはその懸念はないか。国際的には信頼はないと見るべきだろう。
タリバーンにはそのような懸念を払しょくしてもらいたい。前述のバラダル幹部は、「国の安全と幸福を実現できるか、我々は試されることになる」と語っている。国際社会の見方を気にしているとも解せられる言葉である。
中国とロシアはタリバーンに対し融和的であろう。ロシアは今後も大使館をカブールに残すと説明しているが、1980年代はタリバーンの敵であった。その後遺症は今も残っているだろう。
新しい政権がもっとも頼りにしそうなのは、イランと中国である。中国は、さる7月末、タリバーンの代表団を受け入れ、王毅外相が会見している。今後、タリバーン政権と中国が接近する公算は大きい。
しかし、タリバーン政権が中国に求めることは、経済支援と、安保理など国際社会においてタリバーン政権を支持することである。これはどちらも中国にとって大きな負担となる。また、中国の新疆ウイグル問題もある。タリバーン政権はまちがいなく、ウイグルのイスラムを支持する。中国とタリバーン政権は最初は互恵の関係にあろうが、中長期的には疑問が相次いで出てくる。
タリバーンによるアフガニスタン全土の掌握
アフガニスタンの首都カブールに迫っていた反政府勢力タリバーンは、8月15日中に大統領府を掌握した。アフガニスタン全土がタリバーンの手に落ちたわけである。ただし、米英などは自国民の脱出支援のために兵士を派遣しており、カブール空港など一部地域に残っている。日本政府も大使館の職員を国外に退避させることにしており、退避に関し米国などと協議中である。
カブールの陥落は予想以上に早かった。タリバーンは15日朝までにカブールを包囲し、アフガニスタン政府と協議する姿勢を示していたが、数時間後に大統領府が占拠されてしまった。そうなったのは、ガーニ大統領が混乱を望まず、自ら国外へ退去したからであったようだ。タリバーンの政治部門トップのバラダル幹部が、首都占拠後のビデオ声明で、「このような形での勝利は想定外だった」と述べたのはそのような事情であったことを示唆している。
カブール国際空港では国外脱出を求める人々が押し寄せ、飛行機の周りをとりまいており、米軍が威嚇発砲をしたと伝えられている。多少の混乱は避けがたいかもしれないが、外国人のカブールからの脱出が円滑に進むことを切望する。
ブリンケン米国務長官は15日のCNNテレビで、米大使館員らの退避に追い込まれたアフガンの現状をベトナム戦争末期のサイゴン(現ホーチミン)陥落になぞらえる見方に対し「サイゴンとは違う」と強調したという。その根拠は何かよく分からないが、米国は「負けた」と言われ続けるだろう。また、無責任だとも批判されるだろう。米国の立場が悪くなるのは避けがたい。
米軍の撤退は、トランプ前政権とタリバーンとの2020年2月の和平合意に基づくものである。バイデン大統領はこの合意を引き継ぎ、今年4月、米同時多発テロから今年の9月11日で20年になるのに合わせ、米軍を完全撤退させると表明し、5月から撤収作業を始めていた。
これまで米国もNATOや日本もアフガニスタンの軍・警察力の強化に協力してきたが、タリバーンの本格的攻勢がはじまるとそれはもろくも崩れてしまった。現実として受け止めるほかないが、米国がアフガニスタンの兵力をどのように評価していたか。米軍が撤退しても持ちこたえられると見ていたのかも問題になりうる。
今後どうなるかが問題であり、まず、タリバーン政権を各国が承認するかが問われる。英国のジョンソン首相は早くも15日、英メディアに「どの国にも、タリバーンを二国間で(正統な政府として)承認してほしくない」「志を同じくする国同士はできる限り、統一された立場であるべきだ」と牽制した。
カギとなるのは、アフガニスタンの新政権がテロリストや過激派をかくまったり、支援するかどうかである。通常そんなことは新しい政権に対して問わないが、20年前に米軍が打倒したのはタリバーンであり、その時はテロと過激派の脅威と戦うことに国際的な理解があった。今般カブールを奪回したタリバーンにはその懸念はないか。国際的には信頼はないと見るべきだろう。
タリバーンにはそのような懸念を払しょくしてもらいたい。前述のバラダル幹部は、「国の安全と幸福を実現できるか、我々は試されることになる」と語っている。国際社会の見方を気にしているとも解せられる言葉である。
中国とロシアはタリバーンに対し融和的であろう。ロシアは今後も大使館をカブールに残すと説明しているが、1980年代はタリバーンの敵であった。その後遺症は今も残っているだろう。
新しい政権がもっとも頼りにしそうなのは、イランと中国である。中国は、さる7月末、タリバーンの代表団を受け入れ、王毅外相が会見している。今後、タリバーン政権と中国が接近する公算は大きい。
しかし、タリバーン政権が中国に求めることは、経済支援と、安保理など国際社会においてタリバーン政権を支持することである。これはどちらも中国にとって大きな負担となる。また、中国の新疆ウイグル問題もある。タリバーン政権はまちがいなく、ウイグルのイスラムを支持する。中国とタリバーン政権は最初は互恵の関係にあろうが、中長期的には疑問が相次いで出てくる。
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