平和外交研究所

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2020.10.02

日本学術会議の新会員に関する政府の拒否

 日本学術会議が8月末、新会員として政府に推薦した105人のうち6人が、菅義偉首相によって任命されなかった。会長(当時)の山極寿一・京都大前総長がそのことを知らされたのは9月28日の夜だったという。政府から任命拒否についての理由説明は一切なく、山極会長は「6人の方が新会員に任命されなかったのは初めてのことで、大変驚いた。菅首相あてに文書で説明を求めたが、回答はなかった」と説明した。

 新会長に選ばれたノーベル賞受賞者の梶田隆章・東京大宇宙線研究所長も、「極めて重要な問題で、しっかり対処していく必要がある。6人を任命しなかった理由について菅首相に説明を求めることを検討する」と述べている(引用の形式は一部修正した)。

 学術会議から推薦された人物について任命を拒否した政府の姿勢については以下の問題があると考える。

 まず学術会議の性格であるが、「行政、産業及び国民生活に科学を反映、浸透させることを目的として、昭和24年(1949年)1月、内閣総理大臣の所轄の下、政府から独立して職務を行う「特別の機関」として設立された」。具体的な役割は、次の4つである。

〇政府に対する政策提言
〇国際的な活動
〇科学者間ネットワークの構築
〇科学の役割についての世論啓発

 新会員の推薦が学術会議の趣旨にかなうか、慎重な検討の上行われたことは明らかであるが、政府が推薦に反対することは可能である。学術会議が推薦したからと言って推薦された人物について絶対的な保証があるわけはない。新会員の候補者による研究結果が100%正しいとは限らない。

 しかし、政府としては政府の方針に反対の意見をシャットアウトすべきでない。問答無用と突っぱねるべきでない。任命しないとの結論だけを押し付けるべきでない。少数であっても貴重な意見に耳を傾けるべきである。

 学術会議が政府の方針に賛成する学者だけで構成されるようになれば、翼賛会的な機関になる危険が増大する。そうなることは、政府にとって一時的に都合がよいかもしれないが、日本のためにならない。政府に都合の悪い意見を反政府的だなどと決めつけたり、排除したりすることがいかに危険なことであるか、日本国民はかつて嫌というほど経験した。今回、政府が行った、反論の機会も与えず、ただ排除したことはその轍を踏むことに他ならない。

 政治の信頼を取り戻すことも重要である。政府は権力を持つが国民全体のことを考えていることを実際に示してほしい。問題だと考える実質的な理由については何も説明せず、ただ、「今までも新会員の任命に問題はないか検討してきた。今回対応が変わったわけではない」と繰り返すだけでは、政治不信はますます深まるだろう。

2020.09.30

菅・プーチン電話会談と今後の対露交渉

 9月29日、菅首相はロシアのプーチン大統領と電話会談を行った。菅首相から、「平和条約締結を含む日露関係全体を発展させていきたい。北方領土問題を次の世代に先送りさせず終止符を打ちたい」と述べたのに対し、プーチン大統領からは、「二国間のあらゆる問題について対話を継続していく」との発言があったというのが菅首相自身の説明であった。

 両者の考えは一致していない感もあるが、短時間の会談であり、発言内容がすべて発表されたわけでもないので、両者の間には違いがあったと断定すべきでない。むしろ、菅首相就任後初の会談として友好的な話し合いであった。

 しかしながら、現時点の日露関係全体は肯定的に見ることはできない。ロシアはこの会談の数時間前(同日)、北方領土の国後島と択捉島で軍事演習を開始した。菅首相はこのことを知っていたうえでプーチン大統領と会談したのであり、発言には工夫を要したであろう。日本国内には、ロシア側の軍事演習に対して不快感を表明すべきであったという意見もある。

 かねてより、日本側から、ロシアによる北方領土の占領には法的根拠がないことを指摘すると、ロシア側は両国間の正常な関係をすべてぶち壊すくらいの勢いで反発するのが常であり、日本側としては法的根拠の問題には慎重にならざるを得なかった。

 しかし、ロシアに法的根拠がないことは明確であり、ロシア側もそのことを認識しているのは間違いない。もしロシアが法的根拠があると思っているならば日本と交渉する必要などない。ロシアに足りないのは法的根拠だけなのだから。ロシアが日本に対し、ロシアの北方領土の領有を法的に認めるよう求めていることは実態をよく表しているのである。

 軍事演習については、加藤官房長官は外交ルートで抗議したと説明している。いままでと同じ対応である。菅首相はこの問題についてなにも発言しなかったのではないかと思われる。

 これから菅首相によるロシアとの外交が始まる。重要な点を指摘しておきたい。安倍前首相のように、自らの任期の間に北方領土問題を解決したいと前のめりにならないことが肝要である。解決のため努力するのはもちろんよいことである。しかし、前のめりになり、その結果日本の国益を損ねてはならない。

 具体的には二つの問題があった。一つは、日露両国の先人によって、両国間には国後、択捉、歯舞、色丹の4島の帰属について未解決の問題があることが合意されていたのに、日本政府はそれを無視し、日ロ間の交渉は1956年以来何ら進展しなかったという説明ぶりにしたことである。先人の努力を無視してはならない。

 第二に、4島のうち、国後島と択捉島を安売りしてロシア側の領有を認め、歯舞および色丹の2島だけを日本側に返還するようにプーチン大統領に持ち掛けた安倍氏の交渉姿勢は国益を害するものであった。

 北方領土問題は、米国の関与なくしては解決困難になりつつある。本稿では詳しく論じないが、北方領土問題は第二次大戦の結果から生じたことであり、ロシアによる千島列島の占領を含め米国が主導して戦後の秩序が決定された。そのことを無視しては北方領土問題の法的解決は不可能である。
 またロシアは、最近の交渉で、北方領土が日本に返還された場合、米軍基地の設置を認めないなど、事実上、日本だけで決定できないことを返還の条件としており、この観点からも米国の関与が必要になっている。

 米国が関与する可能性は極めて低いのだが、かといって、日露両国だけで解決することは困難になりつつあるのであり、日本政府は今後、戦略的に、粘り強く米国の関与を求めていくべきである。

2020.09.07

セルビア・コソボ経済正常化

 9月4日、トランプ米大統領はセルビアとコソボが経済関係の正常化に合意したと発表した。「経済関係の正常化」とは決まった内容があるわけではないが、米側では、セルビアとコソボは道路や鉄道網の整備、国境検問所の開放、米国からの投資促進などが期待されると説明している。

 セルビアもコソボも我が国からははるかに遠い西バルカンの国である。日本から直行便があればウィーンと大差ない時間で行けるはずだが、現実には乗り換えが必要であり、アフリカに行くのに近い距離感である。日本で話題になることは両国ともほとんどない。スポーツ選手にはテニスのジョコビッチやサッカーのストイコビッチなど世界のトプクラスがおり、そちらの方が日本では知られている。

 かつては西バルカン全体が「ユーゴスラビア」であったが、1990年代から瓦解の過程が始まり、最後に残ったのがセルビアとコソボである。コソボはユーゴ時代セルビアの一自治区であったが、2008年に「コソボ共和国」として独立を宣言した。

 コソボは、現在では9割以上がイスラム教徒のアルバニア系であり、だから独立を求めるのであるが、セルビアはコソボの独立を認めない。セルビアはクロアチアやスロベニアなど旧ユーゴを構成していた共和国が相次いで独立を宣言した際、もちろん何もなかったわけではないが、比較的容易に独立を認めた。しかし、コソボの独立だけは頑として首を縦に振らない。コソボがセルビア正教の聖地であり、今でも重要な教会がコソボに多数存在しているからであり、またコソボ内にセルビア人の居留地があるからだ。もし独立を認めれば、セルビア正教の教会セルビア人はイスラムから攻撃されるという気持ちもある。

 今回の合意に際しても、この特殊事情がなお問題になっていることがうかがわれた。コソボのホティ首相は「完全な関係正常化に向けて大きく前に進んだ」と語り、これが独立の承認に繋がる期待感をにじませたが、セルビアのブチッチ大統領は「両国にはまだ多くの違いがあるが大きな前進だ」と慎重であり、また「この合意は相互承認を含んでいない」とくぎを刺すことも忘れなかった。セルビアとしては、セルビア正教会やセルビア人居留地の完全保護が実現しない限り、今回の合意から前進できないのであろう。

 トランプ大統領が11月の大統領選を見越して仲介の労を取ったのは明らかである。今回の合意達成に際して、イスラエルとコソボの国交樹立をも実現させた。ユダヤ人とイスラムを歩み寄らせたのであるが、セルビアの正教徒にも歩み寄りは可能であることを示したかったのであろう。

 また、トランプ大統領はセルビアに対して経済面でのかなりの優遇策を取る姿勢をみせたのだと推測される。トランプ大統領らしい、実弾を重んじた大胆な手法である。独立承認までは見通せないが、経済関係だけでも進展すれば両国にとって大きな利益となる。

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