平和外交研究所

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2023.03.06

徴用工問題の解決策

 韓国政府は元徴用工をめぐる訴訟について、3月6日、日本企業が命じられた賠償を韓国の財団が肩代わりする「解決策」を発表した。
 
 元徴用工らを支援する韓国政府傘下の「日帝強制動員被害者支援財団」が、日本企業が命じられた賠償に相当する額を原告らに支給する。この財団は2014年6月に設立された公益法人であり、元徴用工や遺族への福祉支援、追悼・記念、徴用工に関する文化・学術研究、調査などを行っている。
 財団からの支払いには韓国企業からの寄付金が当てられる。韓国側は日本企業が自発的に寄付を行うよう呼びかけるという。

 林芳正外相は6日、「2018年の(韓国の)大法院判決により非常に厳しい状態にあった日韓関係を健全な関係に戻すためのものとして評価する」と外務省内で記者団に語った。

 「解決策」は尹錫悦大統領の日韓関係改善にかける熱意を示すものであり、文在寅前大統領の下でいちじるしく悪化した両国関係を改善するのに積極的意義がある。尹氏の努力を讃えるとともに、今後、「解決策」が実行に移され、元徴用工の気持ちが癒され、両国民の間にあったわだかまりが解消されることを望みたい。

 ただし、今後注目を要する問題がある。

 尹政権下で本件問題が完全に解決すればよいが、同政権の任期は2027年5月までであり、それまでに解決が完了しない場合、次期政権下でどのように扱われるか。日本としてはそんなことは考えたくもないことだろうが、これまでの経緯を想起すると次期政権がどのように引き継ぐか、心配がないわけではない。

 徴用工問題のみならず、慰安婦問題についても支援団体がいる。すでに「解決策」に批判の声をあげているようだ。支援団体にも、一部かもしれないが、資金の横領などの問題が起こっており、韓国政府に対しどこまで批判を行えるか。また尹政権の対応を見守りたい。

 日本側の関係企業としては今回の「解決策」が発表されたことをもって直ちに韓国側との関係改善に踏み出すことは困難であり、韓国での「解決策」の実施状況を見定める時間が必要であろうが、民間での協力は両国にとって利益となるものであり、問題解決の速度を速めるのに貢献するよう期待したい。

 日本政府としては、韓国との関係改善は安全保障、北朝鮮との関係、さらには米国との関係でも極めて有益であり、これまでのわだかまりを克服して協力関係の回復・構築に努めてもらいたい。

 かねてから問題となってきた対韓輸出管理の強化は、日本側は徴用工問題と関係なく必要な措置を取ったのだというのが日本政府の公式態度であるが、韓国側は輸出管理の強化に努めるなどの措置をすでにとっている。日本側としては、徴用工問題とは別にしても、強化措置の撤廃を行うべき時期に来ている。韓国側は対抗措置として世界貿易機関(WTO)に提訴しているので、これも早急に撤回する必要がある。

 徴用工や慰安婦問題に関してこれまでに生じた複雑な経緯にかんがみると、今後問題の解決が長引くかもしれない。一部に不満の声が上がっても、粘り強く対処し、解決を進めてもらいたい。1965年の日韓基本条約について、韓国側においては、これは無効であるとの考えが強いが、日本側はこれは両国間の正式の合意であり、あくまで尊重されるべきであるとの立場を貫いてきたと理解している。日本側がこの条約の尊重を韓国側に求めるのは、これが国際法であること、韓国が主権国家であることを認め、そうすることが両国にとって絶対的に必要だからである。今回発表された「解決策」を機会に両国の国際法尊重に関する立場が近づいたことを望みたい。
2023.02.04

ミャンマーとロシアは日本外交を困難にする

 ミャンマーで実権を握る国軍は2月1日、憲法で定められている2年の期限が到来した非常事態宣言を半年間延長すると発表した。軍事政権がそれだけ継続するのだが、延長が半年で終わるか情勢は不透明である。

 軍政府は2年前のクーデタの際にも総選挙は2023年8月まで延期することを示唆していたので、今回の発表は必ずしも約束違反ではないが、国軍の弾圧は甚大な被害を生んでおり、2年間に2940人の市民が犠牲になったという(人権団体による)。内外のメディアも厳しく弾圧され、日本人では映像ジャーナリストの久保田徹氏が2022年7月から4か月間拘束された。

 各国は軍政府による非常事態宣言の延長を批判し、米政府は1月31日、国軍と関係のある6個人と3団体に制裁を科すと発表し、英国、カナダ、オーストラリアなども制裁を強化した。

 日本とミャンマーの関係は深い。日本から進出している企業はクーデタ前430社以上に上っていた。日本はミャンマーに対する最大の援助供与国である。日本としては、ミャンマーが国際的に孤立すれば、中国への接近を招くとの懸念もある。日本は独自の制裁には慎重な姿勢で臨んだ。だが、クーデタ後もミャンマー政府への経済支援を行えば、軍事政権を認めることになるのでODAの新規案件は進めないことにしたが、既存の援助案件は完了までに数年かかるものが多く、クーデタ後も軍政権(国軍系企業MECなど)に日本からの資金が流れた。そのためヒューマンライツウオッチ(HRW)など国際的に活動している団体からは厳しい目を向けられた。ミャンマーに関する国連特別報告者のトーマス・アンドリュース氏は今回の非常事態延長に伴い、日本に対し、国軍関係者らに対する経済制裁網への参加を提言。ODAなどの経済支援の見直しや、防衛省が国軍から受け入れている留学生の送還などを促した。

 非常事態の延長は日本の立場をいっそう困難にするだろう。これまで日本が欧米諸国とは異なり、対話を通して国軍に暴力行為をやめるよう働きかけてきたのは、説得によってミャンマーの民主化の実現を扶けるのが最善だという考えだったからである。しかし、今回の非常事態延長はそのような外交重視方針に冷水を浴びせかけた。

 非常事態を終わらせる総選挙が半年延期されたことは、冒頭で述べたように全くの驚きではないにしても、軍事政権が政権を明け渡す可能性が遠のき、下手をすると軍事政権が半年どころでなく長期にわたって続くことになる危険が増大したからである。

 今後の展開を左右する一つのカギは民主派勢力が樹立した「統一政府(NUG)」と国軍との関係がどうなるかである。国軍は相変わらず強権的だが、かなり手を焼いているのも事実であり、民間人への被害が及ぶのにもかまわず空爆を行ったり、一部地域では村を焼き払ったりするなどかなり強引に民主派勢力を鎮圧しようとしている。

 一方、民主派側も自分たちの力で政権を取るには程遠く、彼らが統治していると主張する地域は一部の農村部だけである。都市部は、基本的に軍が支配している。

 また、国民の3分の1近くを占める少数民族は必ずしも政府に従っておらず、武装闘争も継続している。そのため政府としても軍に依存することとなる。つまり、民主派勢力、国軍、少数民族のあいだの微妙なバランスは依然として続いている。

 国軍を支える外部勢力は中国とロシアである。中国はミャンマーと隣接している関係で以前から少数民族地域への影響力は大きい。そのために従来から国軍や政府とも一定の友好関係があり、クーデタ後もミャンマーの安定を望み、軍事政権とは距離を置き、国家の安定性について懸念を表明していた。王毅外相がクーデタ後初めてミャンマーを訪問したのは翌2022年の7月であった。

 ロシアは違っており、東南アジアにおいて中国のように広範囲に及ぶプレゼンスはなく、国軍が発言権を持つミャンマーとの関係だけが突出している。特に武器輸出は中国の次である。NLD(国民民主連盟、アウンサンスーチーが党首)政権下の18年にはスホイ30戦闘機の供給契約を結んだ。クーデタ直前の2021年1月にはショイグ国防相がミャンマーを訪問し、地対空防衛システムや偵察用無人機などの契約を結んだ。そしてクーデタ以降、ロシアは中立的立場をとった中国と異なり、ミャンマーとの軍事関係を一層強化した。3月、ミャンマーであった「国軍記念日」の行事に日本や欧米諸国が出席を見送るなかロシアから国防次官が出席した。6月にはミンアウンフライン最高司令官がモスクワで開かれた「国際安全保障モスクワ会議」に出席し、パトルシェフ国家安全保障会議書記、ショイグ国防相と会談した。ロシア側の厚遇が目立ったという。
 翌22年7月、ロシア軍によるウクライナ侵攻の5か月後であったが、ミンアウンフライン司令官が再度ロシアを訪問した。モスクワで会った人物にはロシア国営宇宙開発企業ロスコスモスのロゴジン社長が含まれていた。両者は何を話し合ったのか。ミャンマーは宇宙分野にも関心があるのだろうか。ロシア国防省は12日声明において「戦略的なパートナーシップの精神に基づき、軍事面や技術協力を深めていくことを再確認した」と発表した。
 
 ロシアは武器取引を通じてミャンマーとの関係を緊密化し、軍事政権の数少ない支持国になった。これはミャンマーにとって大きな意味があり、ロシアの友好国であることをアピールしてロシアに報いた。世界の嫌われ者同士が手を結んだというのは言い過ぎかもしれないが、ミャンマーの軍事政権はロシアが支えてくれるかぎり支配を継続できると考えている可能性がある。

 日本が対話を通して民主化の実現に寄与するという方針は、軍事政権としてもいつまでも強権的、暴力的に民主派勢力を抑圧することはできないだろうという見通しの上に立っている。しかし、ロシアのウクライナ侵攻がどのように展開するかにもよるが、この前提は崩れるかもしれない。そうなると対話を通して効果を生み出すことは困難になる。日本政府の意図でないが、軍事政権を甘やかしているという風当たりが国際的に強くなる危険もある。日本外交にとって容易ならざる事態となることが懸念される。
2022.10.17

核の呪縛から抜け出せるか

 ウクライナへ侵攻しているロシア軍はますます劣勢になっている。プーチン大統領は困難な状況に陥り、欧米の報道には八方ふさがりになっているとするものもある。クリミア半島とロシア領を結ぶクリミア大橋での爆破事件と、それに報復してロシアが行ったウクライナ全土へのミサイル攻撃は、その中には首都キーウも含まれるが、素人が考えてもロシアの劣勢を挽回するとは見えず、ロシアの非人道性のみを目立たせる結果になっている。だが、このままロシアが負け続ければプーチン氏は窮余の一策として核兵器使用に踏み切るのではないかという懸念が高まっている。

 そんな中、NATOのある高官は10月12日、ロシアによる核兵器の使用は「前例のない結果をもたらす。ほぼ確実に、多くの同盟国から、そして潜在的にはNATO自体から物理的な対応を引き出すだろう」と語ったと報道された。この高官は明言していないが、「もしロシアが核を使用すれば、NATOは一丸となって通常兵力でロシアに反撃し、せん滅する」という意味だと解されている。

 核の抑止力の根本は「相互確証破壊」、つまり、一方が核を使えば他方も核を使うのでお互いに確実に破壊しあうという考えであり、実際にそうなれば世界は破滅するので核は使えない。だから核には相手の攻撃を抑止する力があると思われてきた。

 しかしプーチンは、ロシアは必要であれば核の使用をいとわないと言い出した。ロシアの安全保障戦略にも盛り込んだ。ロシアにとっても世界の破滅は怖いはずだが、そんなことを言い出したのは、ロシアの軍事力は西側に対抗できないが、核だけは別で、核の使用につながることはさせないという考えからであったと推測される。

 プーチンは、西側は核の使用が世界の破滅に発展することが怖いので、ロシアが核を使っても、とくに小型の核、いわゆる戦術核ならば、西側は核を使えないと見たのである。

 たしかに西側は世界の破滅が怖いのでやはり核は使えない。核でなければロシアの核攻撃を防げないが、それでも核は使えないという考えが強かった。プーチンの見立て通りだったのである。

 ウクライナでロシアが劣勢になるにともない、プーチンは核の使用をほのめかすどころかほぼ公言するようになり、西側は頭を痛めた。プーチンが発言するのは止められないが、NATOとしては口が裂けても言えないことだからである。

 しかし、NATOの高官は、ロシアの核使用があっても、西側は核で対抗することしかできないのでなく、通常兵器で反撃し、ロシアをせん滅できるといいだしたのであり、これは画期的な考えである。アルマゲドン(世界を破滅させる戦争)は回避できる。ロシアは戦術核を、NATOは通常兵器を使うだけでも甚大な被害が生じるが、アルマゲドンにはならず、人類は生き残れる。

 今回のNATO高官の発言の背景には、「NATOと同盟国が力を合わせれば、ロシアをせん滅できる」という自信ができているようだ。もちろんこの新戦略は簡単でなく、まだ正式にNATOの戦略になっているわけではない。だが、ロシアが核を使えばそれに対抗する手段は世界の破滅を賭するしかないという思考の行き詰まりから抜け出す道筋を示している。

 また、NATO内では、核戦争であればどうしても反対する国が出てくるだろう。通常兵力でも困難だが、核戦争とは大違いで、合意ははるかに得られやすい、という事情もありそうだ。

 NATOがアルマゲドンの呪縛から解放されれば核の脅しはきかなくなる。ロシアにとっても核を使いやすくなるという面もあろうが、NATOから壊滅的な反撃を受けるのであれば、核はやはり使えない。核は(半分)なくても相互確証破壊になるわけである。

 このようなシナリオ通りに事が運ぶか楽観的になるのは禁物だが、ウクライナ戦争の中で新しい可能性が生まれ、NATOは「核には核で対抗するしかない」という究極の制約から抜け出しつつあるように見える。

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